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その日、また命が消えた。 かつての自分なら、簡単に切り捨てて奪っていた命。 けれど、助け合い、手を取り合えることを知った今、昔の自分のような彼等のことが痛々しく感じた。 だからといって、この身を譲ることなどできないから、全力で対応することになるけれど。 やるせない。 大事なお気に入りの帽子とコートもボロボロだ。 何とかこの色眼鏡だけは死守できたが、それ以外の被害は酷い。 「大事なものほど、簡単に壊れていく。」 本当にやるせない。不条理な世の中だ。 増えていく大事なもの ぼんやりと、過ごす午後。何もやる気が起こらない。 そもそも、ここでは普段から帽子を被ったままでいることは少ないので、誰も不審には思わないが、自分の中では昨日から違和感が続いていた。 大事なものだったのに、破ってしまった。頼んで修復してくれると言っていたのだが、どうも手元にあるという安心感がないせいか、ぼんやりとしてしまうし、やる気も出ない。 「セイ兄…。」 「ネル…いや、悪い。ダメだとわかってるんだが…思ったより、大事みたいだ。あの帽子。」 苦笑すると、変わらず無表情のネルタが言った。今はそれほど髪も目も、気にしていないし気にしないようになった。けれど、隠すためだと言われても、あれは最初にもらった大事なプレゼント。はっと思い出すあの日のこと。 「私も大事。この傘、主様がくれた。」 綺麗な、青空によく映える赤色の傘。今ではいくつかの仕込みをし、布地もまたホーレイの研究で強化した防護布でできていて、戦闘の際にも役に立つ逸品だ。 ネルはいつも雨が降らなくてもこの紅い雨傘をさして出歩く。それが当たり前の光景であるから誰も言わない。 「この傘、セイ兄の帽子と同じ。最初に貰った。大事な誓いの証。だから。」 だから、無くしたら悲しい。壊れても同じ。だから、その気持ちわかるという彼女に、励まされたんだとわかったセイレはありがとうと礼を言って頭をなでた。 「はやく、戻ってくるといいね。」 「ああ。…この調子じゃ、主様へのお菓子の用意もできそうにないしな。」 絶対気になって、失敗作になってしまう。そしたら奏鈴にも心配をかけてしまう。あの人は思ったより人を見ていて、そういうのにすぐ気づいてしまうから。 いつから、俺はこんなにも人間のように感情に動かされるようになったのだろう。 「いや、違うか。いつから俺は、人間らしさを失くしてしまっていたんだろう、だな。」 妹が生きていたころは、もっとあったかかったし、優しかった。けれど、いつの間にか冷たく固まった心。ここにきて変わってきたことを実感している。けど、いつからと言われるとわからない。 もし、もしだ。もしもの話。ここがなくなってまた一人になったら、俺はどうなってしまうのだろう。前のように人形のような生きているか死んでいるかわからないものに戻ってしまうのだろうか。それとも…すでに死んでいてこの世界にいないのか。 ぼんやりと、俺はその日を過ごした。暮れていく。明るい空は闇に包まれていく。その姿をただぼんやりと見ていた。何もかも失って、もう進めないと倒れて空を眺めて過ごしたあの日と同じように。 「もしかしたら、最初から何もなくて、俺は変わってないのかもしれないな。」 最初から、死んでいる心ない人形のように偽って生きてきたのかもしれない。 「俺はいらない、のかな。」 「どうしてそう思うのかは知らんが、俺はお前がいてくれて助かっているがな。」 それでもいらないと言うのなら、個人の自由だから止めないと、いつの間にか近くに来た相手に驚いて立ち上がって振り返る。 そこにいたのはここの主である冥錬で、あの大事な帽子をくれた相手だった。 「主様…。」 「悩むなとは言わんが、思いつめすぎても、いいことないぞ。」 そう言って、彼は持っていたものを俺の頭に乗せた。 「あ、これ…。」 「今日はお前と会った日だからな。誕生日変わりだ。」 最初に貰ったのと少し違う帽子。 「あと、これの修復ができたと言っていたぞ。」 そう言って、最初に貰った帽子を手渡された。 手元に戻った、大事なもの。 「あの、主様…。」 「何だ?」 「ありがとうございます。」 「ああ。また、帽子が好きなら、次も贈ろう。それがお前を守る盾となるのなら。」 ホーレインが作った防御性能の高い布で作った奴なのだと教えてくれた。 「あとで部屋にネルと一緒においで。新しいコートを贈ろうと思ったが、見当たらなくてな。」 戦いの中で、戦闘服は身を守る大事なもの。そして、戦いへの意思を固めるもの。だから、大事だと思っているから、彼等自身の戦闘服というものがあるのなら、それで構わない。けど、贈ったものでいいのなら。 「少しでもお前たちの身を守る助けになるならな。」 それに、こういうものは繰り返せば壊れて行ってしまう。大事にすることも大事なことだが、万全に準備することも大事。気に入っているのなら普段の替えにすればいいと彼は言った。元々、それほど替えがないから新しいのを用意しておきたいと思っていたと言われ、嬉しくなった。 大事にしたい大事なもの。けど、また増えていく大事なもの。それが、冷たい心をあったかくする。 「お前たちには留守を任せているしな。」 これぐらいさせてくれという彼に、もう一度礼を言い、あとでいくと伝えた。 彼が部屋に戻った後、まだ俺はここにいた。 今度はさっきと違って、新しい帽子と大事な帽子を胸にあの頃を思い出していた。 大事なものは壊れていく。けど、消えないものも確かにある。この帽子の傷だって、重ねれば記録となって残る。そこに過去があったという証明になる。それが、俺が確かに生きているという証にもなるのではないだろうか。 |