幻神楼に来る人達1

 

 

 

その日、珍しくイミタンドが一人で来ていた。あくまでも珍しいというだけで、時々彼は一人でここに赴く事がある。それは、家族に会う時や今回のように…そう、今回のように暇を持て余して愚痴を言いに来るときだ。

「すまない、ありがとう。」

お茶を用意して出してくれた寧爛に礼を言い、元の仕事に戻ってもらった。

「それで、今日は何の用だ。」

「だから、時間つぶしです。」

隠してるようだったが、明日は自分の誕生日。だから、お祝いの唄を練習したくて、一人になりたくて、どうしても屋敷の外に出かけてほしいという彼女の意思がみえみえだったので、何も言わず買い物と頼まれていた冥鎌からの書類の受け取りに来たのだと、半分惚気…いや、半分以上か。仕事をついで呼ばわりな感じで居座る気でいる彼に溜め息がでる。

まぁ、最初の頃を考えると前向きになったし、彼女も楽しそうだしそれはそれでいいのかもしれない。だが、ここは相談所でも暇つぶしの為の場所でもない。

そして、退屈な凛々がいては、ある意味で戦場だ。

バシッとすでに何度目かわからない、彼女からの攻撃の攻防を、椅子に座ったまま、イミタンドの会話を半分以上聞き流しながら手でかわしている現状。本気で面倒くさい。

冥鎌こそ、ゆっくり休みが欲しいものだ。

その時だった。二度のノックと共に再びこちらへ姿を見せた寧爛。

「主様。お客様がお見えです。どうされますか?」

「客…?…ああ、ユエ殿か。」

気配でわかった相手にどうしたものかと少し考える。

最近増えた、この屋敷にやってくる変わり者。確かに互いの利害一致による契約はなされているが、仕事がない限り、あの男はどうもここにやってきてはのんびりお茶を飲んで帰ることを繰り返している。

まぁ、事実上害はないので放っておいているが。

「イミタンド。一般人だがよいか?」

「一般人なのにここまで来るのか?」

イミタンドが驚くのも無理はない。ここは主の君臨する玉座。冥鎌自身そんなつもりはないが、そう呼ばれる奥の広間だ。基本、ここに足を踏み入れるのは異端者やベルセル関係者、ここで過ごすことになる連中が最初に顔を合わせる時や各部署を担当する連中の報告ぐらい。一般人で外の奴がここへ毎回来ること自体、あまり例としてはない。だからこその、純粋な驚きだった。

「おい、凛々。ユエ殿が来たそうだ。外行ってこい。」

「え、本当っ!楽しい?強い?」

「さぁな。お前は『お姉さん』なんだから、ちゃんと子どもには教えてやれよ。」

「わかった。凛々はお姉さんだからいい子する!教える!楽しいの我慢する!」

行ってくると元気よく出て行った凛々に、やっと面倒な攻防から解放されたとほっとする。だが、可笑しな組み合わせでのお茶会になりそうだと、ある意味これも疲れるかもしれないと思うと、やっぱり変わらないかもしれないと思うのだった。

 

 

 

 

それにしても、なんだか昔を思い出す。

別に、この男にとってはあくまでも純粋な強い相手への好意だろうし、そして彼にとっては少々彼女のことに関して反抗期を向けているが、結局親みたいにとられるのを嫌がる子どものような執着心なのだろう。

だが、はっきり言って無言で二人が睨み合っている様を視るのは面倒くさいの一言だ。

勝手にしてろというところだが、ここから抜けることを彼等がよしとしないのだから仕方ない。

本当に面倒なでかい子どもだ。

そろそろこの二人の睨み合いをどうにかしようかと思った頃、丁度いい事件が起こった。

あくまでここは神が住まう社…つまり神域と世間では呼ばれているが、あくまで認識としては帰る家のない連中が住みついた場所だ。外への買い出しに出る者達だっているし、この社の噂を聞いても神がいると思わず攻めてくるろくでなしどもがいないわけでもない。

大抵の奴らは寧爛が撃退するが、今日は凛々が星架の教会の連中と手合わせしている為に入口付近の人ではほとんどないに等しい。

つまり、寧爛が対応できない人数で来られた場合、何人か突破されても仕方ないのだ。あくまで、彼女は足止めで凛々と警備を担当する五人の警備長が最終的に片付けるのだから。

「警備長も全員向こうに行ってしまっているようだ。」

水の流れでこの幻神楼全体で異変があればわかる冥鎌が、立ちあがってそう言えば、すぐにイミタンドとユエも席を立った。

「手伝おう。」

「せっかくだし、暇だし手伝ってあげます。」

「それは助かる。たまには彼等にも仕事以外の休暇をあげたいからな。」

管理側というものを任せられる程の人物がほとんどいないここでは、彼等の休みは少ない。むしろすすんで引き受けてくれているが、たまには留守がちではあるが、冥鎌も力になりたいのだ。

此処は元々、冥鎌の『城』なのだから。

 

 

入口から入ると、広い廊下がそこにある。真っ直ぐ続いたそれは途中から枝分かれし、庭や裏の畑、厨房に続く。もちろん、真っ直ぐ廊下を進めば、主である冥鎌の部屋に辿り着く。

ろくでなしと称した山賊共は、人気が薄い廊下に少し首を傾げるものの、この立派な建物のつくりに、金になるものがありそうだと期待を持ちながら、一番向かってはいけない部屋を真っ直ぐ目指した。

「なんだ?」

「誰かいる。」

「一人は手強そうだが、あとの二人は楽勝だな。」

このまま突破することにした彼等。相手の力量を測れない彼等は気付くことはなかった。

「完全な馬鹿ですね。」

「ああ、同感だ。ただの馬鹿だ。」

明らかに弱そうなイミタンドに言われ腹を立てた山賊。手強そうで気をつけるつもりであるユエに対しても、怒りを向けて、その判りやすい態度に二人は反対に呆れかえる。

「アマレッツァドーレ…悲劇の歌姫。」

すっと、取り出した横笛を構え、吹く。流れる旋律に、最初は何だと拍子抜けする山賊達であったが、すぐに異変を感じたようだ。

耳障りな…超音波のように内側から壊す、音という攻撃。普通の人間なら知らないであろうそれを、彼等が回避する術などなかった。

「ほぉ…思っていたよりはやるようだ。」

「それはどうも。」

味方には何もないように制御する。それも術者の素質次第。だからといって、イミタンドはユエに褒められても嬉しくはなかった。

「これで、精神力の低い奴はつぶれたな。」

数が減るにこしたことがない。それに、ここで殺しをするつもりはないし、生きたまましかるべき場所へ引き取ってもらうつもりだ。だから、問題を起こされても困るのだ。

「せっかく凛々も楽しんでいることだしな。早々に引き取り願おうか。」

普段は決して使わない細身の剣を取りだした。

「何なんだ、くそっ。お前等、とっととやっちまえ!」

単調な連中の攻撃、足止めされていたのだろう、寧爛も追いつき、戦闘開始のベルが鳴る。

 

 

 

 

結果から言えば、冥鎌が何かをすることなく片はついた。

ユエは順番に相手を沈めていき、イミタンドはある意味で催眠術のような感じで意識をもっていき、寧爛は冥鎌にそんなことさせられませんと普段以上に本気で容赦なくぶっ飛ばしていた。

普段大人しい彼女にしては珍しいなと思ったが、何も聞かなかった。

「後のことを頼んでもよいか?」

「はい。お手数をおかけしました。」

寧爛に呼んでもらった警備長の一人に、捕縛した連中を任せ、客である二人と共に部屋に戻ろうとした。

「そろそろ俺は帰ります。」

「そうか。気をつけて。彼女によろしく言っておいてくれ。」

「ああ。」

そう言って、寧爛にも挨拶してイミタンドは帰っていった。来るのも突然なら帰るのも突然だ。本当に最初出会った時を考えると予想できないぐらい自由にしてる彼に、悪いことではないが複雑だ。

それにしても、イミタンドは帰ったが、ユエはまだ居座る気でいるようなので、一息入れれば、彼の望む手合わせを少ししてもいいかと考えた時だった。

捕縛した奴の一人が、抵抗し、縄から抜けた。刃を一番弱そうに見える、先程結果的に何もしていなかった冥鎌へと向ける。反射的に気付いたユエが動こうとしたが、手で制止させ、反対の手で横へ一線を斬るように動かせば、巻き上がる鋭い風が刃を吹き飛ばし、男に牙を向いた。

そのまま、パチンと指をならせば、元通り、だが先程より強く縄で縛りあげられて転がる男がそこにいた。

「さすがだな。」

感心するユエ。慌てて頭をさげる警備長の連中。別に、彼等は優秀だが、ユエ同様の一般人なのだから、無理をされる方が困る。

「今度は簡単に解けないだろうが、気をつけてくれ。お前達の身の安全の方が優先事項だ。」

「はい。それではすぐに行ってまいります。」

「ああ、頼む。」

寧爛にしばらく外からの訪問者はよっぽどな事がない限り待つか帰って貰うように言い、その日の事件は幕を閉じた。

この騒ぎでもこないところを見ると、凛々は思い切り楽しんでいることだろう。今晩はゆっくり眠れるかもしれない。そんなことを考えながら、ユエにお茶を出し、もう一度ゆっくりした時間を過ごした。