四方位番人の雑談

 

その日は、定期報告のためにベルセルの本拠地へ足を踏み入れていた。

基本的には死神の田所という男がこの世界に起こった出来事を記録しているが、守り人の仕事の一つとして、守り人の観点からの年に一度の報告書の提出義務があった。

といっても、歪みの対処が優先で、後始末も含め、その日に間に合わないこともあるので、それは後日ということになっている。

最初は報告期間が一カ月もあることが謎だったが、確かにこの仕事上では問題ないのかもしれない。

本来なら、エリアの守り人だけがくるのだが、余所からは僕と姉さん二人で一人扱いのような感じで思われていて、付いてきても問題視されない。まぁ、心配でもあるので何も言われないならそれはそれでいいが。

珍しく報告に四組が来ていて、それがまた珍しいことにそのうち僕達含め三組がこの世界の東西南北に位置する、世界を維持するための門の番人全員がそろっていたことに、多少何かあるのかと思ったりもしたけれど。

「相変わらずみたいだね、そっちは。」

気さくに話しかけてくる、西の番人であり、エリア9の守り人の陣。今日は一緒に使い魔の珊瑚もいるようだ。

「そちらもお変わりないようで。でも、珍しいですね。」

いつもは二人とも一人で来られるのでしょうと問いかけると、北の番人であり、エリア2の守り人の心がついでだと答えた。何のついでなのかはわからないが、何かあったのだろう。

そもそも、心の方も連れているのが千で、千と珊瑚は血の繋がりはないものの兄弟のように共に過ごしてきたので、珍しい組み合わせにはそのあたりの事情というものだろう。

それにしても、両目を白い布で覆っているのに見えているというのは不思議だ。力があれば、僕も見えなくないが、普段からそれなのが今も謎だったりする。噂では、見なくてもいいものまで見えるから、制限のために覆い隠していると言われているが、実際のところはあまり交流もないのでわからない。

「時間があるなら、蒼君達もくる?」

参加するもよし、見学するもよし、どうする?と聞かれても、ついでの用事で、いったいこれから何があるのかなんて蒼にはわからない。

「あ、いたいた。もう、待ちくたびれたよっ!」

突如空から堕ちてきた、いや、飛んできて現れた女に少し驚く。だが、彼女が誰なのかすぐにわかった。

「姉様。こちらにも手順というものがあるのです。いい加減待つということぐらい覚えて下さい。」

「あーもう、何でそんなこと言うかな。姉がわざわざお願い聞いてやってきたのよ?もっと他に言うことあるでしょう?」

ねぇねぇ、何でそんなことしか言ってくれないのーとわめく女に、どことなくゆうと似ているかもしれないと蒼は他人事のように考えていたが、ここに現れたもう一人に、彼に姉なんていたんだという純粋な驚きと同時に似てなさ過ぎてさらに驚くことになった。

「少し黙ってて下さい。こんなところで騒がれたら迷惑です。」

「もう、可愛くない〜。」

ぷいっとそっぽ向いた女性にいいのかと思いつつも、冥鎌の方を見ると、暇ならくるかと聞かれ、とりあえず何をするのか気になったので頷いた。

「紅はどうする?」

そう言えば、一言も話してないが、姉さんが一緒だったことを思い出した。予想外なことが続いてすっかり忘れていたが。それに、今思ったが、冥鎌の姉というのなら、やはり背中の翼は本物で、天使、なのだろう。だが、天において、天使は神に隷属する存在で、基本的に地上に干渉しないし、いること自体ほとんどない。それが、目の前にいるということはどういうことだろう。何か用事があるらしいが、それ程問題が大きいことでもあったのだろうか。そう、僕は心配していたのに、理由はかなりあっさりしていた。

「凛々も、遊んでもらうか?」

「え、いいの?」

わくわくと目を輝かせていた少女が、うれしそうにはしゃぐ。

「それで、これから何があるんですか?」

姉も少し首を傾げていて、だけど興味はあるようでじっと天使を見ていた。基本的に興味関心を向けることが少ない姉にしては珍しいことで、けれど、昔の姉を思うと良い傾向で、少しばかりうれしかった。

だが、今どういう事態なのかはまったくわからないためにそれを知る必要はあった。

危険なことはないと思いたい。何せ、集まっているメンバーがメンバーだからだ。だが、守り人と言う仕事上、安全なんてあってないようなものなので、身構えてしまうのは仕方ないことだと思う。

「ああ、そう言えばまだ言ってなかったな。」

気付いた冥鎌が、簡単に教えてくれた。どうやら、日々続く闘いの上で、千と珊瑚の二人が、戦闘の訓練をしたいと守り人に進言したことから始まる。はっきりいって陣と心はそういう指導に向いているとは言えない。とくに珊瑚の弓はどちらも使わないからこそ指導するようなこともできない。そこで、普段インテリ側だが、戦闘能力も申し分ない冥鎌に相談した結果、今回のことになったらしい。

「ほら、さっさと移動してやろうよー、なーなーなー。」

「…わかりました。すいません、うるさい姉で。ほら、さっさと場所造って下さい。」

「よしゃ〜やるぜ〜。」

と言ったら、すぐさま周囲の景色が入れ替わった。本当に一瞬の作業だった。

「周囲に何かあったらいけませんから。見学ならこっちで。」

そう言って、連れていかれたところで、彼の姉である天使の方を見ると、かなりやる気満々で、本当に大丈夫かと少し心配になる。

「今日はすまなかったな。」

「いえ。それに、私がするわけでもないですし、少々姉がすることに心配覚えているので、反対に申し訳ない気がしてますから。」

後ろから声をかけた心に本当に困ったように答える冥鎌。

「だが、たまにはこれぐらい必要なのかもしれん。」

強い相手との手合わせは、強い敵との戦いの際に経験で生かされるかもしれない。この先、敵のレベルがどう変わるかはわからない。

「そうだよな。ワテかて、風の扱いは教えられるが、ワテのはどうもあいつの望む扱い方と違うみたいやからな。」

「まぁ、使い手のクセで変わりますから。体術も剣術も、何より魔術であっても。」

それに、彼等は種族も違うから、体術と魔術の使う位置も変わってくるから、戦闘スタイルも変わる。そのせいで指導できないのも理由の一つだし、実戦の相手にしては、どちらかというと二人は補助で、身を守るために体術を会得していると言うだけで、倒すためのものではない。

「冥鎌さんは、どうして指導しようと思わなかったんですか?」

ふと、彼であれば実戦の相手として問題ないはずなのに、姉を呼んだ理由がわからず、つい口を挟んでしまった。

「私でも良かったのだが、丁度二人がお願いに来た日に、姉が乱入してきて、その心意気気にいったとか言いだして、今日稽古つけてやるとか言って帰って行ったからな。」

その日を思い出したのか、少しげんなりとしている冥鎌に、聞かない方が良かったみたいだと少し反省した。

「でも、現役の八大天使と手合わせできるなんて、なかなかない機会やさかい、いい訓練になっていいけどな。」

「体術、魔術、飛行、今の彼等では決して敵わない領域にいる相手に、どうやって向かっていくか、考えるのもまた訓練になる。我は考えに入り込み過ぎて、結論しか言わぬことが多いからな。自分で考えるということは時に必要だ。」

目の前で繰り広げられる子どものじゃれあいのような千と珊瑚と凛々をあしらうフェルマータの姿に、自分達でも簡単にはいかないだろう。

「…冥鎌。我も、試したい。」

くいっと袖をひかれ、原因の方を向けば、珍しく紅から話しかけてきたことに驚きつつも何をためしたいかを聞いた。すると、結界魔術の耐性と速度の訓練の為、無差別に様々な威力で攻撃してほしいとのことだった。

つまり、それに対応して、術式を展開し、攻撃の強度に合わせて結界も強度を変化させる訓練ということだ。

守り人であり、門の番人であるが故に、闘いを避けることはできない。だからといって、戦えないから守れないのではいけない。最低限の能力がなければ守り人になることは不可能であるが、今のままで満足していいという理由にはならない。

こういった機会がなければ手合わせなんて僕達はしないだろう。そもそも、僕達と対等に戦えるレベルの、あくまで手合わせとして殺し合わない相手はなかなかいない。

暇な時と忙しい時と極端な守り人では、滅多に都合をつけることはできない。だから、ある意味こういった機会は貴重なのかもしれない。

「なら、蒼もどうだ。一方的に攻撃を受けている状態を阻止するのもパートナーの仕事だろう?」

冥鎌の申し出に頷き、手合わせをしてもらうことになった。

かつて、僕は姉が巻き込まれた事故の際に側にいなかったことを後悔した。けれど、今思えば力がなければ結局回避できないのなら意味がないということも理解しているからこそ、強くなりたいと思った。

その為の訓練なら、願ってもいないこと。何より、冥鎌の実力はわかっている。だからこそ、聖獣の力を解放していない自分が絶対敵わないことは百も承知であるが、冷静に考えることも状況を有利にする上で必要なことだ。

そういった戦い方も経験しておいて損はない。

ここにいる四人の番人の中で、一番新参者で弱く経験が少ないと自覚しているから。

「あっちに巻き込まれると面倒だから、向こうに行くか。」

心と陣の二人に、彼等のことを任せ、何かあったら教えてくれるように言い、僕達は移動した。

「さて、訓練する上で、ルールを決めておこう。」

そう言って、冥鎌は五つの光の泡をつくりだした。それはふよふよと宙を漂い、不思議な、どこか奇妙なそれを目で追う。

「これに指示を出して攻撃をランダムに行う。それを防ぐのが紅。攻撃は全部でそれぞれから50回。合計250回だな。」

どういったことになるかを理解しやすいように、泡の一つに指示を出す。すると、一瞬でそこから消え、二人の背後に攻撃があたり、地面が少し焦げていた。

「目で追えるような代物じゃない。まぁ、力を解放していたら見えるのだろうが、今のお前達ではたぶん無理だろう。」

冥鎌の言葉の通りだった。

250回全て防ぎきるか、蒼が俺の動きを止められるか。それが終わりだ。もちろん、簡単に攻撃を受けはしないし、紅が危ないと判断した時は打ち消す。もし蒼が攻撃で邪魔したら、その回数だけ、攻撃の回数も一回分減る。」

持久戦にして、どれだけ耐えられるかをしてもいいが、この後からの仕事に支障をきたしてはいけないからという理由で、上限をつけたと言われ、素直に礼を言っておいた。

「さぁ、はじめようか。」

すっと光の泡が姿を消した。僕と姉さんはお互いを見て冥鎌の目を見て、了承の意味で頷いた。

 

 

 

「なかなかいい動きだった。じゃが、まだまだだ。…それにしても、あっさり手玉にとられると、こちらとしても困るが、やはり別格なんじゃろうな。」

疲れて膝をついた蒼の側に静かに現れた心が、声をかけて治癒術を施した。疲れを多少癒やすだけのものだったが、今はすごくありがたかった。本当、紅への攻撃に集中しているのに、こっちを見ていないのに全て完全に防がれてしまった。

彼もまた、自分達同様に力を制限しているはずなのに。

「今度機会があったら、ワテとも手合わせしてほしい。」

「…。」

「何でそんな顔するんさ。」

ひどいよと言うが、冥鎌としては、相変わらずかつての名前のままで呼ばれる方が迷惑で酷い行為だ。

「だが、途中からあんなに紅までムキになるとは思わんかったが…いい傾向なのかもしれんな。」

よしよしと頭を撫でると、少しだけ表情が柔らかくなる。

見た目若いが、年長者であるために、僕達からするとお父さんみたいな感じだ。本人はこれでも、人の40代に合わせたと言っていたが、30代入ってないように見えなくもない。

最近若いお父さんというのもいるので気にしないことにしているが。

姉は間違いなく兄のようにではなく、父のように彼を慕っている。これがいいことなのかあまりよくないのかはわからないが、姉がもう一度心から笑えるのならそれでいいと思う。

その後、皆それぞれの場所へ帰って行った。まだまだ弱いことを実感し、これからもがんばろうと思った。

だって、こんな弱いままでは姉を守る事なんて無理だ。

あの日、姉の身に何があったのかは知らない。けど、姉の心を壊す程の出来事があったのは事実だ。また、僕が知らない何かが起こったら、今度は姉自身を失うことになってしまうだろう。それだけは避けたい。

だから、強くなりたい。

「帰ろう。姉さん。」

頷く姉の手を引いて、僕達も岐路につく。