ゆうと竜




 

珍しい客が現れた。

「何か用〜?」

「歪みの監視、と言えばわかるか?」

「なーるほど。どこのエリア?」

「エリア4だ。」

「冥鎌とこね。確かに私のとこきた理由がわかるわ。」

そう言って、ゆうは立ちあがった。何気に少し楽しそうだ。面白いことがなくてちょうど暇をもてあましていたのかもしれない。

「助かる。」

「いえいえ。お互い様でしょ〜。」

そう、彼がここへ来るのは、大抵仕事で他エリアにまぎれて歪みの原因の捜索及び結末を見届ける為、衣服の調達に来るのだ。

普段のゆうならば、ゆうの趣味における服しか作成しないが、世鷲のことだけは別だ。それは、あくまで付き合い上での理由だが、そんなこと他の奴等は知らないし、わざわざ教えることもないので秘密扱いになっているが。

「んで、今度の奴はどんなんなの〜?」

「強制排除したが、どうも頑丈でね。」

エリアXに関してのみ、立ち入る何者に対しても強制排除が執行され、許可が女王陛下直々におりている。だから、入る手前で警告し、入った瞬間襲いかかる。それが当たり前なのだ。

同時にいろんなところで入り込まれたら対処しようがないが。

「よしっ、こんなんでどうよ?」

すぐに簡単に描いたデッサンをいくつか見せ、これと指さされたものを早速作成するために布と裁縫箱を用意する。

「それにしても、これ、そんなに駄目?」

なかなかいいと思ったのにと、竜の刺繍が施されたものを残念そうにみる。

「明らかに僕に対する嫌がらせだろ、それ。」

呆れ半分、不満半分で答えた世鷲にそんなことないよと笑顔で返す。

守り人でも、あまり世鷲の正体を知る者は少ない。ゆうはその数少ない正体を知る、そして親しい悪友のような関係だ。あくまでゆうにとってであり、世鷲がゆうのことをどう思っているのかまったくわかっていないが、それは彼女だからこそというわけで、世鷲自身がゆうにそのことを告げる気はない。

「一応、配慮して蒼竜にしたんだよ?」

格好いいでしょと言われるが、世鷲にとってはありがた迷惑でしかない。もし、これを他の女が言えば、容赦なく切り捨てているところだ。

「そもそも、あっちじゃこんなの着てる人結構いるし〜。誰も世鷲を見て竜だとか言って指を指すことなんてないじゃん。」

「それもそうだが…。」

それでも、世鷲は自分の正体があまり好きではないらしい。理由はちゃんとあるらしいが答えてくれないので、それ以降聞いたこともない。だいたい、竜が珍しくて追いかけまわされるのが面倒なんだろうと、その程度の認識でそれ以上考えてない。まぁ、ゆうも自分の正体についてどうこう言われるのは好きではないが。

「格好いいから好きなんだけどね、世鷲の姿。」

そもそも、出会いは人の姿をしていない彼とだった。怪我をしていたのを助けたことからはじまった。あの頃はまだ人だった自分は竜なんて生き物がいることなど知らなかった。見たこともない大きな蜥蜴のような存在に、もちろん遭遇した直後は恐れを抱いた。けれど、怪我をしていた彼を見て、恐れより助けたいという思いが強くなった。

一度互いに心を開いてしまえば、仲良くなることはたやすいことだ。

ま、それが切欠で異端と呼ばれ、人に殺される羽目になったわけだが。

今でこそわかるが、あの頃はすでに村の者のほとんどが魔に侵され、自我が壊されていた。だから、本能…つまり魔によって強められた破壊衝動に従い、自分達と違う者の排除をした。

魔神はすでに世界中に脅威を振るい、人は人ではなくなりつつあったのだ。

「思えば付き合い長いよね。」

「…そうだな。」

ついこぼれる独り言。

ベルセルが組織され、世界の平和の均衡を保つ為に管理される、それより前。大きな戦争が起こる、その直前。かなり長い付き合いだ。

今思えば、ある意味ゆうはあの戦争の引き金のようなものだったのかもしれない。最初に異端として大掛かりの処刑が執り行われ、そこから人々の間で亀裂が広がり確かな溝を生んだからだ。

「あの後、私は生まれ変わった。…雪女の一族の一人として。」

前世の記憶を持ったまま、この世に戻った。正真正銘、今度は人ではない異端の存在として。その頃には戦争は終わりに近づいていたが、歴史が激しさを物語っていた。

自身の持つ力に、最初は戸惑った。記憶があることにも戸惑い恐れた。人であることを否定した自分が、人ではない存在に生まれ変わったことで絶望した。友人だった彼等からの言葉が今も覚えていて、彼等はもうこの世にいないとわかっていても、恐ろしかった。

いつか、雪女という名の通り、心も閉ざされて冷たくなっていくのかと思った。

けれど、一つだけ良かったことがある。あの時の竜が、世鷲が会いに来てくれた時、自分が彼を覚えていたことがうれしかった。

あの時はもう、会えないと思っていたからだ。そして、約束を守れなかったことを謝りたかったからだ。

「でも、私は世鷲にまた会えて良かったよ。」

「それは光栄なことだ。」

今こうしていられること、あの頃は考えられなかった。本当に、あっという間だった。

あの後、世鷲がどうしているのか、私には知らないことだが、今自分の目の前にいるのだから、無事に戦争を乗り越えたのだろう。

「それにしても、先代ってば目覚めたらしいけど、復帰する気がないんだってさ。」

ひどいよね。話題を変えてそんなつぶやきをこぼす。

「お前は無理やり引っ張りこまれたのだったな。」

「そうなんだよ〜拒否権あると思うのに、聞かんっ!とか言ってさ、無理やり押し付けて眠りについちゃったんだよ。」

傍迷惑なおっさんだったと言うが、はっきり言って見た目からはおっさんと呼ぶのは抵抗があるような男だ。ここの先代は。

「久しぶりに会いたいものだな。」

「そう?私は会うぐらいなら守り人の地位返却したいよ。」

むくれるゆうに苦笑する世鷲。一度死んで失われたはずだが、彼女は変わらない。それが、世鷲にとっては喜ばしいことだった。

「…どうやら、少し行かなくてはいけないようだ。」

ふと顔をあげ、感じた気配を探る。そして、自分のやるべき仕事をこなさないとならないことで、席を立つ。

「そっか。ま、がんばってね。」

「明日にはできているか?」

「んーたぶん。」

「そうか。」

ではまたな、と世鷲はそこから姿を消した。

「今でも、守り人なんてもの、面倒で嫌いなんだけど…。」

それでも、すぐに代替わりせずここにいるのは、彼が守り人であるから。そして、彼が守る世界の平和とやらに興味があるからだ。

「この世界に、守るだけの価値があるのか。希望なんてもの、そもそもあるのか。見てみたいじゃない。」

次死ぬその日まで、自分は面倒だがこの場所から動くことはないだろう。

「北斗にだけは魂の回収されないようにしないとな。」

そんなことになったら、いろいろと面倒そうだ。自然と笑う自分に、あの頃が少しだけ蘇り、懐かしいなと思った。

 

 




◆冥鎌と凛々



その日、いつも騒がしい凛々の姿がないことに気付いた。

静かならそれでいいのだが、目を離して放っておくと、あの娘は何をやらかすか想像がつかないため、結局捜す必要がある。

冥鎌ははぁと深く溜息をつき、重い腰をあげた。

だが、今回ばかりは凛々を探すべきではなかった。

彼の住家であるそこは、それなりに広いが、一般の人間も足を踏み入れる場所だ。正体を知られないようにするため、出来るだけ人目を避けて進めば、聞きなれた声が耳に届いた。

「みーっけ!もう、さがしたんだからねー!」

と、勝手なことを言って飛びついて攻撃しておきながら、そんなことを言ってのける幼い少女を、ひきはがして目の前に立たせた。

いつもの事なので怒るのも最近面倒だ。だが、ここは走ると都合が悪いので、そこは注意しておく。どうせ、聞いてはいないだろうが、何度も言えばいつか学習してくれるだろうと信じて。

「どうかしたのか。」

「あのね、探してたの。れんちゃんを。」

いつものとこにいないから探しちゃったんだからーと文句を言いながら、冥鎌の周囲をぐるうる回る。なんだか、帰ってきた主人に喜ぶ犬みたいな少女に、本気で悩む。これでいいのかと。もっと教育が必要ではないのかと。

きっと、何をしても彼女が変わることはないだろうが。

「あ、そうだ。これ、凛々とれんちゃんの分なの!」

そう言って、満面の笑みでそれを見せた。はっきりいって、今すぐ回れ右をして部屋に戻りたい。見なかったことにして。だが、そういうわけにはいかなかった。

「じゅじゅちゃんが今度仕事でこっち来たでしょ?」

じゅじゅとはエリアX担当の守り人、世鷲のことだ。凛々は会う相手全員にあだ名をつけているので、余所からくる連中は人物がなかなか一致しなくて会話が大変だとよく聞く。ちなみに、自分も最初はかなり困った。誰を指しているのか聞いてもあだ名でしか答えないからだ。

話を戻すが、世鷲は先日からエリアXに関わる仕事でここエリア4に入っている。そして歪みが生じたために自分もまた仕事を始めている。

会った時、確かに彼はあの女が作ったのであろう、ここの民族衣装をしっかりと着ていて、違和感無く街に溶け込んでいた。それだけだと思ったのに、やはりこちらにまできたようだ。

凛々が今手にしているそれは、ゆうが作ったものだろう。

「何故いつも女ものをよこすんだ、あの女はっ!」

渡されたそれは、どこをどうみても女ものだ。それもかなり手の込んだものだ。世鷲には普通の男ものだというのに、何故こっちには女ものを寄こすのか、あの女の趣味はまったくわけがわからない。

まぁ、服にあまり頓着しない自分にとって、凛々の服に困っていた部分もあるので、彼女の分を用意してくれる分には感謝しているが、これはどうかと思う。

「ほら、おそろい〜。」

と、喜ぶ凛々。そう、おそろいだから、一緒に着ようと言うのだ。そして、着ないとぐれるのだ。

はっきりいって最悪だ。逃げておくべきだった。

「明日、これ来てじゅじゅちゃんともおそろいでお仕事ね。」

今は悪魔の笑みにしかみえない。

きっと、また世鷲は複雑な顔をして、けれど何も言わず仕事をするのだろう。

いっそのこと笑ってくれる方が楽だと思いながら、受け取ったそれを持って部屋に戻るのだった。もちろん、凛々も一緒に。