冥界の日常1

 

その日、廊下に何かが落ちていた。

「何だ、鈴本。こんなとこデ、何してル?」

声に反応したのか、その物体がこちらを見た。

「何だ、チェシルじゃん。」

「デ、何してル?」

「今日の仕事面倒だから、サボれないかな〜って考えてた。」

何それと、相手が持っていた書類をひょいっと手にとってこの状態に納得した。

「でも、今日中にしないと終わらナイし、怒られるヨ?ゲヒヒ、ボクちゃんとしては構わないけどサ。」

ひらひらとその書類を目の前で動かすと、嫌そうにしながらむくりと起き上がってそれを取った。

「ボクちゃんも似たようなもんだヨ?」

ほらと見せたら、元々嫌そうな顔がさらに嫌そうになった。

「ゲヒヒ、ボクちゃんとしては多いのハ、楽しいケドサ。嫌いなワケ?」

「えーだって面倒じゃん。」

「そうカナ?なかなかザックザク人切れないデショ。」

「あーそういや、チェシルは『斬る』のが好きだったよね。」

嫌な趣味だよねと言えば、ただ面白そうに笑っていた。

「何でなのカナ?ゲヒヒ、ボクちゃん知らないケドサ、何かネ、斬る瞬間、自分も斬られたみたいでネ、何か楽しいんダヨネ。」

「うわー、斬られて楽しいっておかしいじゃん。」

「そうカナ?何かね、痛いんダヨネ。とっても痛い。ケド、ボクちゃんは痛くナイ。変なんだ。でも、楽しいケド、悲しいんダ。わかんないから、もっともっと斬ったらわかるんじゃないカナって思ってルンダ。」

わからないことがわかるかもしれないんだから、楽しいでしょとそいつが言うのに、適当に聞き流し、書類に目を向ける。

「本当、面倒だけど、行くか…。」

「行く気、ナッタ?」

「田所戻ったら嫌味言われそうだしさ。」

「ゲヒヒ、田所、死神様のお気にいりダモン。死神様の代行だしネ。怒ったら怖いシネ。あんなんデモ、田所ハやっぱり死神らしいヨネ。ゲヒヒ。」

もう一度見る、書類に書かれた今日の仕事内容。本当に面倒だ。

「でもサ、これって守り人連中にやらせてもイイんジャナイ?」

「ゲヒヒ、そうかもネ。だって、これだけの仕事、増やすノ、アイツ等だもんネ。」

そう、今日に限ってこんなにも仕事が多い理由はベルセルにある。正確には歪みにある。

その後始末の為に守り人が下した決断が、歪みの元諸共、焼き払うこと。そこに、いくつもの命があるが、すでに違う異質なものになりかけている。

それでも、完全に異質なものに変わらない限り、魂の処理は冥界の管轄下にある。

「ソウイエバ、田所の奴、ここにイルのカ?」

紙を指してそいつが言う。そう言えばと鈴本も振り返ってみた。

「あ…イタカモネ。」

「ゲヒヒ、じゃあ、サボってもいいカモネ。」

だって、こう言う時よく先に後始末してること多いからと言う相手に、そうだったと思いだす。

「でも、一応行かないと嫌味言われたらイヤダカラネ。」

仕方ないからちょっと行ってくると、その場から姿を消した。

「ゲヒヒ、君も本当に相変わらず。ア、もしかしてアイツに用があったカナ?天霞君。」

「貴様に名を呼ばれたくはないわ。」

言葉と同時に投げ飛ばされるナイフを器用に避けて笑う。

「ソレデ、君も今日は仕事忙しいワケ?」

「…チッ…今日は書類作成だけだ。」

「フーン、暇なんだネ。」

「黙れ。」

彼はそのまま通り過ぎて行った。

「ソウイエバ、何しに来たんだろうネ。」

首をかしげる。ここへは、彼はあまり来ない場所だったから。けれど、すぐに考えるのが面倒になって、彼もまた仕事に頭を切り替えた。









冥界の日常2

 

その日は静かだった。何故なら、一番うるさい男が仕事で冥界の、この『都市』にいないからだ。

冥界には人が考えている地獄に近いものや、死神が仕事する都市など、それなりに区域がわかれている。全てが不安定に同じような景色が続いている何もないところというわけではないのだ。

ちなみに、『都市』というのは、回収された魂がいて、何も気付かずに騒いでいる場所ではなく、冥王と呼ばれる死神が住む神殿のことで、そこに田所達、死神が暮らしている。何人も死神がいるが、うるさい男として名があがる男、チェシルが本日ここにいない。ある意味、それは冥界にとっては平和だ。何せ、アレは何を思ったらそう行動にでるのか謎が多く、まれに味方だろうと笑いながらチェインソーを振り回して追いかけてくるのだ。

冥界においても、いろんな意味で危険人物と認識されている彼は、いない日は平和だと誰もがまったり過ごすのが彼がきてからの日常だったりする。はっきりいって、その辺のことを本人はまったく理解していないおバカなので、問題というか、衝突がおきることはないのだが。

「でもさ、あんまし毎回暴れられても困るんだけどさ。そこんとこどうなの?保護者君。」

「…。」

「一人でしゃべって俺寂しい奴みたいじゃないか。」

ひどいよぅ〜と前を歩く天霞を追い掛けながら話しかける田所。

諦める気はないらしく、いつまでもついてくる彼に、いい加減面倒になった天霞は足を止めて田所の方へ向きを変え、何がいいたいのかと聞き返した。

「だって、アレの保護者でしょ?」

「違います。」

「でも、君が必死にお願いして、死神になった子だよ?」

「それは事実ですね。」

最初は元に戻そうと思った。けれど、今はそれでもいいと思っている。何故なら、自分が悪いからだ。それに、今の彼を否定することは、かつて存在を否定された己と同じで、嫌いだった両親と同じことをするように思えた。だから、彼がこのままでいるのなら、そのままの彼と付き合えばいいと思っている。

これは、散々彼に言われた諦めのつもりではない。

「生前の彼とまったく違うことになったけど、君はそれでもいいわけ?」

「構わない。彼が好きにすればいい。かつて俺は自由にさせてもらえた。だから…。」

「へぇ…ま、どっちでもいいけど〜。」

そう言ってもう興味がなくなったらしい田所はどこか行くのか思えば、何か思いだしたように続けた言葉。天霞を動揺させるには効果的だった。

その様子を見て面白そうにしている田所が憎たらしい。

けれど、彼の言葉が真実ならば…また、変わるかもしれない。

「いつか、あの日の答えが聞けるかもしれない、か…。」

壊れた彼は、もうあの日は忘れたい過去になっているのかそれとも…怖いけど知りたい答えとともに、もうしばらくはこのままになりそうな日々に、諦めていない自分に苦笑する。

あれだけ諦めやすい自分がおかしなものだ。結局今の自分は彼によって生かされているようなものだ。

『時々糸が切れるみたいに止まって、赤色に怯えを見せてるみたいなんだけど、それって今の彼からは想像できないよねぇ?どう思う?』

確信を持ったような、田所の言葉が、腹立たしい。

「あ、天霞じゃナイカ。ソンナトコ立って、ドウシタノ?あ、もしかして殺されタカッタ?今から斬ル?」

「…。」

返事をしない天霞に、首をかしげたチェシルは天霞の前に立って顔を覗き込む。

「ン?ゲヒヒ、泣くほど楽しいコト、あったノカ?」

指摘されて、初めて気付くそれに、何だか見られたことも含めて失態だと思う。

「いや、何でもない。」

「ソウカ?へこんでタラ、面白くナイカラ、元気、出せヨ。」

相変わらず、おかしな笑い方でそういう彼。何だか、最近癖のように、つい投げるナイフ。あっさりかわされるけど。

「そそ、ソウコナクッチャネ。」

楽しそうにしているのなら、今はそれでいいかもしれない。あの頃と大分変ってしまったが、いつも楽しそうにしていた彼らしさではあるのかもしれない。

そうやって甘やかした結果、今の彼が彼のままなのかもしれないが。

「あ、ソウダ。天霞、知ってる?」

「何がだ。」

「最近面白いコト、アッタンダヨ。」

今の彼が面白いということは、大抵血なまぐさいことばかり。また、仕事で何かあったのかと思ったら、違ったらしい。

「守り人、イルデショ。白い羽ついてる奴。」

「冥鎌のことか。」

「そいつね、面白いンダ。」

いつものおかしな笑顔とは少し違う、あの頃を思い出す笑顔で彼は言った。

「コノ前道に堕ちてタンダ。だから、斬ってもイイカって聞いた。そしたら、返事ナイカラ、死んだノカ、思ったケド、生きてた。」

その時、何か昔にも同じようなことがあった気がしたんだと彼は言った。その時、近づく全部が敵だと思ってるみたいに警戒しまくって、毛を逆立てた獣みたいで、懐かしい気持ちと面白い気持ちで、何か楽しかったと彼は言った。

『本当にお前変わったよな。最初会った時なんて、毛を逆立てた獣みたいにけいかいして威嚇しまくってたのに。』

かつて、笑いながらそう言った彼と重なる。流れる涙が止まり、自然と笑みが浮かぶ。

「ゲヒヒ、何でダロウネ。何かネ、天霞は笑ってる方がイイネ。ドウシテダロウネ。ゲヒヒ、ワカンナイケド、別にイイヨネ。」

つい、彼を腕に抱きしめて、感じる体温にほっとするが、意味をわかってない彼は相変わらず笑っているだけで、天霞はすっと離れると、また、挨拶代わりになりかけている攻撃をしかける。

「今度は、殺リ合イカ!ヤル!」

「阿呆。貴様に構ってる暇はないんだよ。」

そう言って、彼を置いてその場から去る。