普通の家で、普通に生きて、普通に死んでいくのだと思っていた。

あの日、あの家で、家族を殺され、鬼が私の目の前に立つまでは。

あの鬼は、もう殺すことが疲れたのだと言った。

鬼は、期間毎に血肉を喰らわなければ狂うらしい。その結果、私の家族は奪われた。

正気に戻った鬼は、そこへやってきた私に言った。

私に、鬼自身を食べて、鬼であることを引き継げ、と。

憎いけれど、食べるなんて、家族を奪った行為と同じことをしたくなく、私は断った。

けど、どんなに逃げても、抵抗は鬼には通じることなく、私は結局鬼を『食べた』。

それから私の成長は止まった。

怪我も、すぐに治るような化け物になってしまった。

 

 

 

君へ捧ぐ子守唄

 

 

逃げるように、いろんな街を渡り歩いた。

あれから何年たったことか。己の年も数えるのが面倒になったこの頃。

この教会で過ごす数年を最後に、死ぬことも考えた。

そんな時、私は出逢った。

一人でぽつんといる女の子がそこにいて、見ていたら目があった。

すぐにふいっとそらした彼女に、私はつい話しかけていた。そして、人と深くかかわらないようにしてきた私が、はじめて強引に中へ連れ、スープをごちそうした。

どうしてなのかわからない。でも、少しだけ似ていたからかもしれない。

もういない、家族…私と同じであって少し違う、記憶の中から成長することのない妹の姿と。

「どうして、私に構うの?」

ここには、私以外に神父とシスターがいるが、二人は気味悪がって、話しかけないし、むしろ私がつれてきたことに迷惑そうにしていた。聖職者が何という言動だと思うが、私も神へ祈りなんて捧げず恨みを重ねているので人のことは言えないかと流した。

だから、彼女がそういう言葉の意味を私はわかっていた。私もまた、かつてどうしてかまうのかと関わる連中に言ったことがある。

昔の私。今も私は変わっていないのかもしれないけれど、そのせいか放っておけず、構っていたら、見てしまった。

彼女が不気味がられ、親に捨てられたと言う原因を。

「っ、あんた、見たのね…。」

驚き、そして、きっとこっちを睨み付ける。敵意のこもった目。

でも、私は彼女が不気味がられる理由がわからない。驚きはしたけど、その力はあまりにも綺麗だと思った。

だから、とっさにすごいって言葉にでて、もっと見せてと要求していた。

きょとんとした彼女は、最初は嫌がってはいたけれど、次第に見せてくれるようになった。

それからだ。距離が近づいたのは。

いろんな動くものを見た。純粋にすごいと喜ぶ私。そんな私を大事な人として近くにおいてくれる彼女。

少しだけ、うらやましかった。

私なんかと違い、純粋な力。私にはない、綺麗で美しい世界。私の世界は歪みきっているのに。

だからだろうか。彼女を守りたいと思った。彼女に悪意を持って近づく連中がいることを知ったから。あの力が害のあるものだと私は思えなかったから。

私は、神に誓いの中に重ねて恨みを告げるシスターだ。

「かわいそうに。さようなら。」

人ではないもの。その影が見える私は、それが彼女を狙っているのを知った。だから、いつしか、憎いこの力で彼女を守る為に走り回った。ずっと嫌いで、使うのが嫌だったのに。

けれど、彼女の笑顔を見れるのなら、それで良かった。

だから、だんだんと影を『殺す』ことになれていった。心も冷めていった。神への祈りの時も、恨みが濃くなっていった。

「『鬼喰い』を継承した人間、か。」

その日、影を倒したとき、いつものように誰もいないことを確認したはずなのに、気づかない間にそこに人影があった。

まずいと思った。彼女は私に教えてくれた。でも、私はまだ彼女に言っていない。傍にいて、まだ偽ったまま。だから、誰かに見られて、彼女に知られるのだけは避けないといけない。

今の私にとって、彼女だけが生きがいなのだから。

だから、今までと違い、人殺しになっても、知られないまま彼女の最期まで見守るつもりだ。

もう、私は罪を繰り返してでも、隠し続けることを決めたし、いくら汚れてもこの手と一生付き合うと決めたのだ。

「私のこと、知られるわけにいかない。だから、死んで!」

そう言って、構える手。鋭くとがる爪。意識一つで変わる鬼の姿が表にでるそれが嫌いだけど、今はそんなこといってられない。

殺す気で、私は掴みかかった。勢いを付けて喉を引き裂けばそれで終わり。多少、周囲や服が酷いことになるが、抵抗されても困るし、逃げられるわけにもいかない。

だから、あるはずの引き裂く感触がなかった瞬間、背後に感じた気配に、私は久しぶりに恐怖を覚えた。

鬼を食べてから、私の速度についてこれる者はいなかった。こうも簡単に背後をとられるようなこともなかった。

ゆっくりと振り返るとそこに人影…長い髪の男か女かわからない人物がそこにいた。けれど、先程とは違い、はっきりとわかる、人ではない気配。私が人ではないいからこそわかるそれ。

「あなた、何者…?」

「ただの通りすがりです。それに、貴方に危害を加えるつもりはないです。」

本当に通ったら、人ではなく鬼喰いがいたから、何か起こす気なら止めるつもりで声をかけただけだとその人はいった。

「でも、すぐに気づかなかったが、あそこのシスターですね。」

「…それを知ってどうするつもり?」

「別にどうもしません。どうして影を…『私達』からすると歪みの元となる小さな影を消して回ってる人物がいるようだと報告があったので、どういうことかの調査のついで、です。」

もし、歪みの元があるなら片づけるのが仕事だから、いつも気を付けているが、感じたらすぐに消えるから何が起こっているのかと調査した結果、私にたどり着いたのだと言った。

「なおさら、おかしな話ね。本気であなた、何者よ?」

「私は幻神楼の主、冥鎌。気づいてる通り、人ではない。今の主な仕事はさっきのような影や影の成長した魔影や魔人、それに関わる後始末といったところだ。」

こちらは害がなさそうだからこれで手をひくが、そっちがまだ何かあるなら、場所を移して話しをしようというので、私はわかったと答えて教会へと案内した。

 

 

 

 

教会の横にある相談室の一室を借りることにし、そこにその人を案内した。

あの子は奥の住居の部屋にいるだろうから、こっちにこないからバレない。バレても、私と違い、影を殺さないし、限りなく人に近い彼女にこの人が何かするとは思えないが念には念をいれておこうと思っていたら、座ったその人が話しかけてきた。

「私の要件はあの影のこと。そちらが退治していることによって消えているのなら、今後問題があるわけではないし、どちらかというとあんたが今までとは違う強い影と遭遇したときに気をつけろという忠告だけだ。」

ここに連れてきたという事はそちらに要件があるのだろうと、その人はいい、何が聴きたいのかと聞いてきた。

「あの影、貴方は知ってるの?」

「ああ。あれはこの世界を壊す原因の一つだ。他にもいろいろあるが、放っておくと混乱を起こして、たくさんの命が奪われる。それを排除するのが私…俺たちが属する組織の仕事だ。」

「そう。…貴方は私のこと、知ってるの?確か鬼喰いと言ったわよね。」

あの場で動転していたとはいえ、確かにその人は鬼喰いといったのだ。普通なら、鬼だと思うのに、鬼を食べたのだと言ったのだ。それが私は気になっていた。

「ああ。混ざっている感じがしたからな。そもそも、こちらでは人でありながら、異質を取り込んだもの。つまり後天的にこちらへ来たものを総称して鬼喰いという。」

だから、よくある人魚の血肉を食して不老不死になるのも、異界に迷い込んで異界の住人となったものも、全て『鬼喰い』と呼ぶのだと教えてくれた。

「人からすれば、異質は異質でしかない。異質を食べて異質になることに区別をせず鬼喰いと呼ぶ。だから、こちらもそう総称することにしただけだがな。」

それを聞いて、少しだけほっとした。鬼を食べて異質になった。それがどこかで漏れたのかと思った。だが、異質であるからこそ、その可能性があって言われただけなら、過去を知られているわけではない。

「そう、なんだ。…でも、その言い方私は好きじゃないわ。言葉のとおり、こんな風になったのは、鬼を食べたからだから。」

「そうか。…ああ。そう言えばいたな。鬼の一族の一人。『菊火』は血肉を喰らう鬼。その鬼を食べた者がいる、と。」

ほっとしたのもつかの間、やはり、その人は知っていた。

「だからといって何かあるわけではないが、安定しているようだな。」

「…どういうこと?」

「もし、血肉を喰らう鬼を食べた影響で異質化したのなら、元の鬼の資質を受け継ぐ可能性もあった。」

「っ、私も、人を食べることになったってこと?」

「そうなるな。」

愕然とした。年をとらない。戦闘に特化する程度に頑丈であり、治癒力が強いだけだと思っていた。

「鬼の一族…他の一族にも言えるが、能力は様々だ。それを、一族の人間は呪いと呼ぶものもいる。制御できない力や性質の悪いおかしなのもあるからだ。それを第三者が手に入れることになる場合、軽度になることもあるが、悪化して余計に強い力になりえることもある。」

私の場合は軽かったし、制御できるだけの精神と肉体がそろっていたから今があるんだなとその人は言った。

「もう、治ることはないのね。」

「それは残念ながらな。だから、異能者は捨てたがる。その代償が己の命であることが多い。」

私とその鬼の間にどのような経緯があったかは知らないが、何かの理由があって鬼は私を選び、持つ異能を捨てることを選んだのだとその人は言った。

私は、これでどこか治る可能性も期待していたが、治らないという、この力を知る者からの言葉で、踏ん切りがついた。もう二度と人にはなれない。それは変わらない事実なのだと。逃げても、変わらない現実として受け入れなければならないってこと。

「それで、話は終わりか?」

「そう、ね。私が知りたかったことはこれ以上はとくに…。」

「本当に?」

私はまだ、気になっていることが確かにある。だが、それは私のことではないから、聞くことはできない。その為に口を閉ざすと、その人は立ち上がった。

「そろそろ帰ることにする。そちらも都合があるだろうしな。…あと、影を追うのもいいが、あまり無理をして反対にやられるなよ。」

そう言って、扉を開けた。その時だった。

「ラディ。」

そう言って、飛び込んできた小柄な影。奥の部屋から出てこないと思っていた少女だった。

「シュプレイン。どうしたの?」

「…ラディ待ってた。『鳥』が教えてくれた。帰ってるって。…でも、お客さんだったの?」

私に飛びついてきた後、私の後ろに隠れ、警戒してその人をじっと見ている少女に、どうしたものかと考える私を余所に、彼は言った。

「別に、彼女のことは知っている。どうしてその能力があるのか、も。」

その言葉に、反応を示した私。けれど、彼女もはっと気づいてその人を見る。

「でも、知らなくてもいいことだろう。今は二人でいられればいいと思っているのなら。」

それ以外に必要なことはないだろう。そういってその人は帰って行った。

私は彼女を守る為に、もし何かを知っているのなら知りたいと思ったが、きっと彼と会うには、彼女と離れる必要がある。それができないからこの先も知らないままなんだろうなとどこかで思った。

 

 

 

 

あれから、時々会う彼のことは、結局私にはわからないまま。でも、あの子が結構気を許したようで、出かけて会いに行っているのを知った時は、子離れに寂しく思う親の気持ちはこんなものかと思ったものだ。

今日も、神へ祈る。私を変えたことを呪い憎しみを込めて。けれど、あの子と出逢ってからは、あの子の無事を祈っている。

「本当に、おかしなものね。」

家族を失ってから、もう二度と家族はできないと思っていた。けれど、血のつながりはないのに、家族のように大事な存在が出来た。出会いは、昔の放り出されて途方にくれた自分のようだったのと、妹のようで放っておけなかっただけなのに、今では愛しさが占めている。わからないものだ。

「お帰り。」

扉の音と気配で、声をかけて振り返ると、そこにはあの子がいる。

最初の頃は、寂しくて一人で寝るのを怖がっていたあの子が、今は強くなった。

強がって人で我慢していたのを、よく強引に入って子守唄を歌ったものだ。今もすぐに思い出せる懐かしい思い出。いつしかこの日々が壊れてしまう日がくるのだろう。

私はもう、年を重ねない。年を重ねる彼女とは違う。時間の流れが違いすぎるから、きっとおいて行かれてしまう。

私はもう、一人でいたくないのだろう。だから、この子を拾った。今ならわかる。

いつかくる別離の日。それまで、『子守唄』を彼女に捧げよう。安らかに過ごせるように。

その為にあの影が邪魔をするのなら容赦しない。ただそれだけのこと。

「そう、決めました。だから、私はあの子のこと、貴方から聞くのもやめておきます。」

「そうか。」

いつだったか、偶然町で会った時にそう言った。そうしたら今度一緒に遊びにおいでと誘ってくれた。

少しだけ嬉しかった。今まで誰にも言えなかったこと、知ってる人がいるということは、思ったより私には良かったのかもしれない。

「そうだ。自分自身と向き合うのもいいかもしれない。それと、お前以外の他の異能力者と会うのも。」

「え?」

「幻神楼にはたくさんいる。だから、お前一人ではない。…まぁ、それは連れがいるから知っているだろうが。」

「…そうね。確かに、そうね。この世界には、『人』以外もたくさんいる。」

だから、逃げることも隠れることも、思ったより必要のないことかもしれない。そう思った。

あの時は、無くした家族のことと、家族を奪った敵と、それに対面したときの恐怖と、敵を己の中へ取り込み化け物となったことで、家族を奪った原因と同じものになったという嫌悪でいっぱいになって、周囲を視る余裕がなかった。

ただ、隠れて生きた。そう言えば、死ぬことを考えても、いくら治癒能力が高くて不老不死のような状態でも実際に行動したことはない。本当に死なないのかは私にもわからないのだ。

今思えば、おかしなものだ。冷静になれというのも難しいが、他にも選択肢はあったのかもしれない。それこそ、家族を奪った『鬼』なんかより、私の方が選択肢がたくさんあったのかもしれない。

今だからこそ。鬼の必死だった姿。少しだけ、悲しげに見えたその目のことが蘇る。もしかしたら、鬼を食べたからこそ、鬼の気持ちが私の中に残っただけなのかもしれないけれど。

「今度、行ってみるわ。そうしたら、これから少しは神にちゃんと祈れるかもしれないわ。」

いつも、神へは祈りはない。ただの憎しみと哀しみと呪いと、あの子の安全の為に言葉をのせるだけ。

あの子への子守唄には、あの子への想いが込められているのに、シスターでありながら、本当に酷い話だ。

「ありがとう。貴方と出逢って、自分と向き合えるようになった。それと、少しあの子を取られた気がしてしまうけど、あの子と友達になってくれてありがとう。」

私もあの子も、お互いだけのままでは、この世界では生きて行けない。狭い世界のままではいけない。だから、知っても近くにいてくれる人ではない存在はありがたかった。

「これからは、もう少しまともなシスターになるわ。」

あの子が外でも笑うようになった。春の御子を引き受けて、人と関わることを選べるようになった。

だから、私もこれから止まったままではなく前に進もうと思うのだと言うと、いいことだと彼は言って帰って行った。

私も、あの子が待つ家へと帰る為に足を進めた。お土産に彼女の好きなお菓子を持って。









あとがき
やっとまともに名前で登場したあの人こと、クラウディ。
この人もふつうじゃない人でした。そして、周囲に信仰深く見られるぐらい、真剣に神に祈ってるようにみえて、神を呪ってましたという少々物騒なお姉さん。
シュプレインとは違う意味で相手を大事にしているので、何かあったら笑顔で物騒なことしそうな危険人物です。