|
まるで死の世界のようだった。 生きるものの気配がないその大地の上に立って、ぼんやりしていると、声が聞こえた。 足を進めると、そこには似ていない二人の子どもがいた。 まだ幼いその子どもだけが、どうやらこの場所の生き残りだったようだ。 本当なら、全て抹消するのが仕事であったのだが、気まぐれに私はこの二人を拾い、近くの岩場で生活するようになった。 かつて夢みたのは強い母の姿 里へは報告し、子どもの元へ戻った私は、顔を見ると飛びついてきた二人に押しつぶされかけた。 どうやら、口では文句をいうくせに、寂しかったようだ。 それから私は仕事があるからといい、子どもにはここで過ごすように言い聞かせ、私は時々ここを離れることも理解させた。 何度かの間、私はこの子たちが同じ場所にいただけの存在で、兄弟ではないことを知った。 「それで、お前たち名前は何だ?」 今まで、結構な時間を一緒にいたのに名前を知らないことに思い至り、私は二人にきくと、首を傾げ、そして子供たちは揃えて言った。 「「名前なんてないよ。」」 なるほどと、私だけが納得した。きっとこの子ども達は売られ、あの村に連れてこられた『名無し』だったのだろう。 そもそも村といっても、山賊まがいの連中が根城にしていた集団生活の場であり、彼等の暴れた後に持ち出されたものが集まっていたところだ。だから、私を含めた忍びが仕事として一掃しにいったのだ。 つまり、元から彼等には家族はなく、あそこにいた連中がいなくなったところで、彼等の状況は変わらないし、名前がつくわけでもない。 「じゃあ、お前はキュレイアーツで、そっちがグレイアーツ。私のことも名乗っていなかったな。私は傘華だ。」 「お姉ちゃんは傘華?僕がキュレイアーツ?」 「そうだ。」 「お姉ちゃんと似てないよ。」 「そうだな。だが、似ていない方がいい。この名前はろくでもないものだからな。」 そう、漢字と呼ばれる字で名乗る者達は和に連なる者達が多いが、いくつか分裂したとはいえ、ろくな職の奴がいないだろう。それなら、同じろくでもない奴らがいたとしても、同じでない方がいい。 「とにかく、名前もできた。呼んだら返事しろよ。」 少し考えた二人の子ども。わかったかともう一度いうと、元気な返事が返ってきた。 「じゃあ、夕食にしようか。」 元気な返事がもう一度。普段ここにいられないから、保存のきく多量の食材と、焼いたり煮たりする調理や火の扱い方など、いろいろ教えて過ぎていく時間。 眠った二人の頭を撫で、立ち上がる。今日からまた、仕事だ。彼等と出逢った『戦場』のように、命のやりとりをする時間がやってくる。 「好きでやってるわけじゃないが…褒められたことではないのに、こういう技術だけ上手くなっていく。」 いくら幼馴染が里を変えると考えてそれに付き合うと決めても、先はまだ長そうだ。 あとどれだけ、この手で命を奪い続ければ終わるのだろうか。むしろ、終わりはあるのだろうか。 「気持ちが弱くなったら死ぬ。母さんの言ってた意味はわかるけど…母さんのように強くなれそうにはないな。」 思い出す、亡き母の姿。同じ親を亡くした幼馴染二人と一緒に私をここまで育ててくれた人。 厳しい人だった。けど、優しくて暖かい人だった。 「いってきます。」 眠る彼等と別れるのは少々名残惜しかったが、傘華は立って、忍びとしての仮面を被った。 たくさん、殺した。 たくさん、悲鳴を聞いた。 たくさん、世界が紅く染まった。 たくさん、たくさん…たくさん…そして、静かになった。 「大丈夫か?」 「問題ないよ。そういう志摩こそどうなんだ?」 戦闘で、最前線に向かないくせにというと、苦笑しながら私のことが心配だから、後ろでじっとはしていられないとか言ってきた。本当に馬鹿だ。それでお前に何かあったら私がどう思うかわかってないんだろう。 「とにかく、長居は無用だし、帰ろう。」 「そうだな。」 一度だけ振り返り、もう振り返らず私はそこから立ち去った。 途中で水浪や操真とも合流し、戻った里。やっぱり、『家』に『帰ってきた』という気持ちにはなれなかった。 「いつか、帰ってきて良かったと思える故郷にしたい。」 そう、言った幼馴染の願いが叶う日はいつだろうか。そもそも、私たちこそが帰ってきたと思えない家なのに。 報告をして、数日時間が過ぎていた為、あの二人のことが気がかりで、今は一人で過ごす家には戻らず、そのまま出かけた。 入り口付近まで来ると、おかえりと飛び出してくる二人。ああ、帰ってきたのかと思った。そして、最初の仕事の際に、家で待っていて、おかえりと出迎えてくれた母のことを思い出した。 「ただいま。いい子にしていたか?」 「うん。」 「ちゃんと、焼いた。おさかなも川でとって焼いたよ。」 今日くるって知ってたら、おさかなよういしていたのに。そういう二人に礼を言って頭を撫でる。ああ、こうやって私も厳しい母にしてもらった。きっと、その記憶が母が優しくて暖かいと思う元なのだろう。 「キュレ、グレイ。」 「何?」 「ありがとう。今度は連絡できるようにしておく。」 「うん。絶対。」 中に入り、二人の最近の話を聞いた。たくさん、聞いた。 その話が、たくさん積み重なっていき、たくさんの私の悪夢が薄れていく。 成程という感じだ。きっと、こういうことがしたいのだろう、志摩は。 幼馴染はどうしても一緒に仕事で出ることが多いし、互いに留守であることが多い。だから、大事な彼等が出迎えてくれることも、出迎えることもなかなかない。それが、あの里において私たちが帰る家だと思えない原因の一つなのだろう。 それから私は、里とここを行き来する生活を続けた。一度だけ、最近の私のことで心配した幼馴染が途中までついてきて、遠くから二人のことを見て、納得して帰ったが、それ以外でここに私以外がきたことはなかった。 大きくなった二人には、生きて行く術として、あまり教えたくはないが、身を守る術ぐらいは必要かと思い、刃物の扱いや体術など、あとは忍術というよりも魔術にしかい、世界にある火や水といった元素を扱うことも教えた。 素質があったようで、二人はすぐに上達した。その成長に私は嬉しくなって、わが子のように、成長を一緒に喜ぶ日々の中、私の本来の生活を忘れかけていた。 二人の戦闘指南をしていた。よく見れば、本当に似ていて、本当に反対だなと思う二人だった。何だか二人の幼馴染を思い出して、少しだけ面白かった。 キュレイアーツは火の精霊を召喚し、その力を使役し、火の玉を飛ばしたり、銃といった遠距離から狙うスタイルが得意なようだった。反対にグレイアーツは雷の精霊を召喚し、その力を使役できる。しかも、接近型で長めの得物で居合のような速度で勝負するスタイルが得意だ。 この二人がコンビを組めば、大抵のことはこなせるだろう。それぐらい、息もぴったりだった。 もし、二人だけになって、私がいなくなっても、大丈夫だろう。それだけの身を守る術も、生きて行く術も二人は覚えた。 もう、別れの時が近づいている。先日の幼馴染の言葉で、私はもう決めた。 「どうもおかしい。」 「何がだ?」 「お前も気づいてるだろ?」 「…だが、変えようがないだろ。」 「そうだな。だが、これで俺たちがまた口を閉ざしたら、今を生きる子どもの未来が閉ざされる。」 それを変えるために今必死に動いている。これを止めなきゃ、もっと悪くなる。だから、大人しく様子を伺うだけをやめる。 そう、まだ時期ではないから、周囲を固めるのが先だったが、それを全てやめて、今だと彼は言うのだ。 「お前、それは…っ、せめて…せめて、あと…。」 「もう、駄目なんだ。止めないと、駄目だ。あいつの周囲は完璧だ。近いうちに、必ず代替わりする。そうしたら、終わりだ。」 そういって、あいつは、会いに行った。私たちにとって、敵である男の元へ。 その日の晩は帰ってくることなく、次の日に帰ってきた。結果はわかりきっている。ダメだった。だが、もう一度行くと彼は言った。 やめろと言った。そして、私はもうどうなるかわかっていたから、里を出ようと言った。だが、あいつは、志摩は、ただ笑って、大丈夫とだけ言い、首を縦にふってくれることはなかった。 だから、私も笑顔で幼馴染を見送ることにした。あの日、母がしてくれたように、私は、彼の最期になるだろう『仕事』を見送った。 あの時とは状況が逆だが、近い気持ちだったのだろう。永遠の別れ。残酷な、忍びに付きまとうそれを、どこかで私はまだ理解してなかったのだろう。 出かけた彼。見送った後の私は崩れ落ちた。 「志摩…私は…お前を失いたくないという我儘を、言いたかったけど…同じくらい、お前の夢を応援してたから、夢の為に進むお前の足を引っ張る事だけはしたくない。」 なにで、二人とも忍びなんだろう。こんなことなら、彼と未来を誓わなければ良かった。彼を夫に、私は妻に。そんな約束をしなければ良かった。 「ごめん、なさい。ごめんなさい…母さん。私は家族守れない。」 母さんは家族として、私や彼等を守ってくれたのに。それこそ、命をかけて。私はただ、命をかけて戦おうとする彼を見送ることしかできない。 「私はもう、この家に帰れない。この『場所』に帰れないよ。」 私から、たくさんのものを奪い、たくさんの悪夢しか与えないこの場所が、楽しいこともあったけど、憎い。 その日、私は泣いた。どんなに辛い訓練でも泣かなかったのに、私は声をあげて泣いた。 泣いて泣いて…たくさん泣いて、私は眠った。 次の日、私は里を出た。もう、『志摩』はいないだろう。もう一人の幼馴染のことが気になるが、彼も馬鹿ではない。どうにかするだろう。あと、同じ同期の隊長クラスの奴のことも頭が過った。だが、すぐに忘れた。 今はただ、誰かに見つかる前に二人の元へ行くことが大事だ。そして、二度とあそこに足を運ばず、彼等にも私抜きで生きて行くように言うだけ。 忍びは忍びとして生きると誓いを立てさせる。その瞬間から、一人になるのだ。親は師になり、兄弟はライバルになる。そんな世界。 私を師とした彼等を、卒業させるのは私の務め。 「二人とも、しっかり私の話を聞いて。」 私の言葉に耳を傾ける素直な二人。これを見るのも今日で終わり。 「私はもう、一緒にいられなくなった。私の家の事情、ちゃんと話してなかったけど、困ったことになったの。」 「大丈夫?大変?寂しい??」 「一緒だったら寂しくないよ?一緒がいいよ。」 二人を抱きしめ、私ははっきりと告げる。 「寂しい。だけど、一緒にはいられない。貴方達二人を危険に巻き込みたくない。」 「僕達も強くなったよ!」 「そうだよ。一緒でも守れる!」 「うん。でも、これは私の我儘。最初で最後の、ね。お願い。」 それ以上二人は何も言わなかった。 「私のこと、無責任だと恨んでくれてもいい。今の二人はちゃんと生きて行ける術を持ってるから、大丈夫だと信じてる。だから、今日でお別れ。」 もう一度ごめんと謝って、だけど、一緒にいられてありがとうとお礼を言って、私は彼等を振り返らずそこから立ち去った。 気づかれて、追いかけてきて、ここを知られる前にもっと遠くへいかないといけない。 逃げて逃げて…たくさん、逃げた。 そして、気を張り詰めすぎて、ずっと逃げていたせいで、限界だったみたいで、私は誰もいない森の中で死んだようにそのままそこで眠った。 次に目が覚めた時、私は知らない室内にいた。 「目が覚めたか?」 そこにいたのは、かつて仕事で遭遇した幻神楼の主、冥鎌だった。 「もしまだ眠いのならしっかり寝ておけ。」 ずっと、張り詰めていた緊張のせいか、身体は疲れ切っていて、どこかでここなら大丈夫だという思いもあったのだろう。私は起きることなく、そのまま眠った。 「いってらっしゃい。」 いつもとは違い、少しだけ笑みを浮かべた母の顔。いってきますと出てきた私。 帰ればそこにあったのは、紅い世界と、倒れた冷たい母。 いつも出迎えてくれた母が、はじめて出迎えてくれなかった日。それから私は誰もいない家に帰り、心が冷めていった。 淡々と仕事をこなす日々。里への関心が薄くなっていく自分。里にとどまる理由が幼馴染の存在。それ以外には、私の心は動かない。 そんな時に出逢ったのが、あの二人の子どもだった。 きっと、昔の私もこうだったのだろう。認めてほしくて、だけど、どう伝えたらいいのかわからず、それでも自分を認識してほしくて母に話しかける。 だからか、放っておけなかったんだろう。私には珍しく二人を側においた。 少しだけ、幼馴染が他人の子どもをかまって楽しそうにしていることが分かった気がした。そして、そんな彼等の未来を守りたいと思う気持ちも、少しだけわかった。 だけど、他人の子どもよりも、私は幼馴染の方が大事だった。大事な、家族だった。 共にある一生を誓った相手だった。だけど、私は彼の夢を応援したかった。 その結果、私は最後の里に繋がるものを失った。 何がいけなかったんだろうか。 あの時、冥錬と出逢った時、そのままここにいたら、里のことを忘れたら、彼を失わずに済んだだろうか。 はっと、目が覚める。頬を濡らす水分を、袖で拭い、私は考える。 ここのように、里もしたい。ここのように、ぼんやり生きたい。彼の望みが詰まったこの場所は、私にとっても居心地はいいが、ずっとはいられない。 あまりにも、彼を思い出してしまう。そして、彼を忘れて私の幸せを願ってしまう。 きっと彼なら幸せになってもいいというだろうが、それでは駄目だ。彼が成し遂げられなかったことを、私がやりたい。 その為、もっと情報を集め、私たちにとっての敵を知り、敵を倒す術を得なければいけない。 「キュレ、グレイ。私はいいお母さんにはなれそうにない。本当に、ごめん。」 中途半端に手を出して、途中で放り出す、無責任な私。姉のように慕う小さな命。たった一つの崩壊が、私の全てを崩壊させた。 恨んでくれたらいい。それで殺しに来てもいい。だが、その前に、あいつだけは殺さないといけない。あいつがいる限り、里は閉鎖されたまま、自由のない鳥籠になってしまう。 「どうするかは決まったか?」 いつの間にか扉のところに立っていた冥鎌。 「ああ。私はここにいたいという想いはある。だが、やらないといけないこともある。でも、まだ迷っている。」 ただ、この暖かい場所にいたままでは、私は私のままいられない。彼の想いを忘れてしまう。それだけは避けないといけない。 「あいつは忘れて幸せになれっていうだろう。もしくは、忘れなくても、私の幸せの為に生きろというだろう。そういう奴だ。」 「そうだな。考えとしては甘いが、俺は嫌いではない。」 「もう、動き出した。だから、私も動かないといけない。どう動くかはまだわからない。」 けど、あいつの夢を途中になった夢を、私が引き継いでもいいじゃないか。途中であの二人を放り出したように、今度は途中で放り出さない様にして、私は進む。 「そうか。」 「実はな、私を慕ってくれた子たちがいた。」 どうしてか、私はあの二人のことを話していた。いろんな、あったことを、私は話した。 「姉のように、母のように、けど、師として厳しく。やっと、母の気持ちが少しだけわかった。優しくてあったかいことは覚えてる。でも、それ以上に厳しくて、怖い人だった。」 あの二人との出逢いで、母の想いが少しわかって、あの日に冷たくなっていった心が少しあったかくなった気もした。 「もし、あいつらが困っていたら、助けてやってくれないか?」 「ああ。あいつらがどうにもできないことだったらな。ついでに、もう一人の幼馴染の方もな。」 「すまない。」 忘れているわけではない。だが、里を出た時点で他人なのだ。そうしないと、彼にも危険が及ぶ。 「私の我儘。たくさん巻き込んだ。夢を継ぐ。でも、少しだけあいつを殺すことに迷いはある。」 「なら、ゆっくりと考えてみたらいい。」 「ああ。だから、私は行く。ここにいたら、居心地がよすぎて、戦い方を忘れそうだ。」 私は彼に礼を言い、立ち去った。ちゃんと自分の意思で何をするか決めるために。そして、もし違う方法で彼の夢を叶える方法があるのなら、それができないか模索するために。 数日後、私は幼馴染の里抜けを知った。私より追手に酷く追われていることも聞いた。何度か彼を探して合流しようとも思った。 だが、探して1年後。私は思わぬところで彼と再会することになる。 本当に、縁がある。そして、この館の主のお人よし具合に苦笑する。 「おぉ、珍しい奴がいるな。」 驚く彼に自然と笑みが浮かぶ。懐かしい、だが、あいつを思い出すには十分すぎる程、近い奴。 いくつかことばをかわし、私は再び立ち寄った幻神楼を後にした。 今日も、私は世界を歩く。この世界には思ったよりも女王の剣の名残が多い。今まで里の中だけしかみてこなかったからわからなかったが、私達同様に自由のない、制限された世界の中で、行き場もなく追いつめられる者達が多かった。力の使い方もわからず、ただただ恐れられて一人っきりになる者達。 私は、そんな彼等に出逢い、いろいろ話、時々似たような感じで力の扱い方や人との関わりかたを教えたりするようになった。 こういうやり方もきっとある。 里にも確かに自由の権利を得るべき子ども達がいる。けど、ここにも里と同じように自由の権利を得るべき子ども達がいるのだ。その子ども達も平等に自由の為に生きてもいいのだ。 だから私は、里のことも気になるが、彼の夢である子どもが自由に過ごせる世界の為に、まずは外にいる行き場のない子ども達の相手をすることにした。 これなら、いつか彼の元へ逢う日がきても、恥じずにまっすぐ向き合える。 「母さん、志摩…誇りとともに生きた二人に恥じないように、私も生きる。」 何度も遠回りして、何度も知らないフリして避けた私だけど、今度は向き合ってみる。そしていつか、里もどうにかしてみせる。そう、私は志摩からの最初で最後の誓いの贈り物に誓った。 |