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ただの、どこにでもある普通の家族だった。 まぁ、誰もがきっと、最初はそういうものなのだろう。 様々なことを見聞きした結果、それが当たり前だと認識しているのは、それが当たり前だと思うように、そしてそれが当り前で維持しようと親が行うことから始まっているのだろう。 そんなのは幻想であると、最初は誰も気付けない。 僕もそうだった。だから、気付いたときには遅かった。 途中から、おかしいという異変を感じてはいたけれど、普通が当たり前の世界の中で、些細な異変が急激な変化に変わるなんて、予想することなんてできない。 けれど、結果的にこれで良かったのだろう。 結局、僕はあの父親の血を色濃く受け、その影響は大きく、僕は同じようにしかなれないのだから。 人形遊戯終幕の鐘が鳴る コツコツ…と、暗く静かなその廊下を歩くと、響き渡る足音。この足音が、これから向かう廊下の先にいる相手に聞こえ、身体を震わせていることだろう。 音が聞こえる。つまり、誰かが来た。その誰かというのが、閉じ込めた張本人以外いないのだから。 「やぁ…いい子にしていたかい?」 怯えた少年は目に涙をためて、部屋の隅っこで震えていた。残虐に殺すわけではないので、そこまで怯えられるのは少し侵害だと青年は思いながら、その部屋…鉄格子で入口を作られた罪人を捉えておくための牢屋の中に足を踏み入れた。 「また、食べなかったんだね。駄目だろ?体が持たなくなる…。」 そう言って近づくと、かすれながら来るなと、少年は必死に腕を左右に振って近づかないように防御していた。その様は必死で、面白いものだ。だが、今は少々間が悪い。 青年は、今回少年のそんな様子を寛大に見ていられる程、余裕がなかった。 「あまり、怒らせないでよ。聞きわけのない子はそういう子だとわかっているから嫌いではないけれど…こう言うときは殺したくなるね。」 すっと消えた青年の笑顔。動かす腕も固まり、蛇に睨まれた蛙のように、完全に支配下に置かれた少年は完全に泣きだした。 「まったく…うるさい子だ。」 すっと横目に、何かを思いついたように、青年は言った。それは、少年に絶望しか与えない。 「今日は君が相手をしてあげればいいよ。」 その瞬間、少年は必死に逃げだそうとその狭い部屋の奥へと這いずり、手を外へと伸ばす。そんな少年は捕まえるしっかりとした腕があった。 人のものではない、異形の腕。 「俺様の好みじゃないし、鳴き声もなぁ…だが、あんたが言うのなら従って、好き勝手することにするが…。」 二人しかいないその部屋に響く低い声、獣のような目がぎらつく。最初からそこにいたかのようにふるまう男に、鼻で笑う青年。 「いいぞ。どうせ退屈だ。そのあと僕を『食べたい』のなら、それでもいいよ。」 けれど、その前にその子の相手をしっかりして『僕』を楽しませてくれるのならといった青年に、男は笑った。 「あんたを好きにしていいのなら、簡単な要求だ。」 牢屋で響く、少年の悲鳴。捕食者に捕まった獲物は決して逃げられない。 面白くないのか、青年はただそれを眺めているだけで、何一つ口をはさまなかった。 そのまま、少年の行方は誰一人知らないまま、青年と男の記憶からも消えた。 その後、約束だと、青年の部屋に戻った二人は、薄暗い中、寝室にいた。 男が青年を乱暴に押し倒す。その衝撃に青年は少し眉間に皺がよる。 「獣は本当に乱暴でガサツだ。そういうところは嫌になる。」 「そうかい。だが、そういう強引なところも嫌いではないんだろ?」 「まぁな。今まで出会った中ではお前はなかなか気にいっている。」 「それはうれしいことだ。」 そのまま、始まりの合図であるかのように、互いの唇が触れ合い、夜の戯れへと溺れる。 目を覚ませば、あの男の姿はなかった。 「お、起きたか。」 そう言って、部屋に戻ってきた男を睨みつける。 「確かに許可はした。だが、ここまでされてはこちらの身が持たん。」 「滅多にさせてくれないからだろ。なら、もうちょいやらせてくれれば問題ない話だ。」 「嫌いではないが好きでもないことを、気分が乗らないの時に何故しなければならない。」 貴様こそふざけるなと言い返す青年に、苦笑する男。 「確かに。あんたは父親に強要されておかしくなった。国が保護しても、すでに遅かった。この世界が嫌いだから、この世界ではない俺様を呼びだした。人間のくせに面白い奴だったから、俺様もあんたの契約に乗った。それだけの関係だしな。」 確かに、言う通り納得のいかないときに納得のいかないことをしないということは契約の条件であったなという男に、ふんとそっぽ向く青年。 「でもま、その母親だっけか。女とそっくりな程綺麗な顔してるから、面倒なのに声かけられて大変だったのはわかるけど、俺様使って皆殺しってのは行きすぎだぜ?やりすぎると、よくないのを引き寄せる。」 そうなって困るのはあんただが、それは避けたいからこそ、最近大人しいのだろうと言う男にわかってるなら聞くなと言い返してきた。この年で今更の反抗期。面倒だ。だが、そんな青年のことも結構気にいっている男はにやりと笑みを濃くするだけだった。 「確かにトラウマっていうのは面倒だよな。女が抱けない。無性に体が男を欲する。そういうふうにされてしまったからこそ、この世界への復讐だろうが、あんたは生きていて、あのガキ共は全部あの世だ。意味はなさそうだけどな。」 「確かに意味はない。ただの憂さ晴らしだ。あと、世界への復讐だ。」 あんな中途半端に助けておいて、結局放りだしたのだから。 「そう言う意味では、あのろくでなしはいいように結果がでたみたいだな。」 己の信じた歪みのまま、ベルセルの誰かに消されたのだから。 そう言った青年に、男は笑う。 「本当に面白い人間…いや、人間のような魔女もどきか。」 「遠い先祖のことなんか知らないし、こういった知識を知りたくはなかったがな。」 「まぁ、いいだろ。そのおかげで俺様と出逢えた。それに、狙うガキだって、選んでるだろ?」 魔女もどきとなる可能性がある程、普通の家庭の中で力が強いのと、他者を虐げて喜ぶ馬鹿なガキ。結局、顔は綺麗なのを選んでいるから、変な馬鹿が世界から一向に減らないのが問題だがなと笑う男に、命令するから始末してこいと青年が言うと、そのうちと答えた。 「でも、そこまで壊れてるなら、歪みと化してもおかしくないのにならないところがあんたのすごいとこだよな。」 何人もの子どもが死んでいるのに。 「歪みになれば、一度だけあの天使に会えるかもしれないが、会えないまま消えることになるかもしれないだろ。それだけはごめんだ。僕はあの天使が欲しいのだから。」 「だからさ、あの天使は主様のお気に入りだから無理だって言ってるだろ?」 「あーあいつな。僕はあいつは嫌いだ。いろいろ面倒くさい感じと胡散臭い感じが表に出ているからな。」 「そこは否定しない。」 くつくつと笑う男は、きっと彼の世界、霊界の王のことを思い出しているのだろう。 本当に、あの天使は綺麗で、持っている力が面白い。 「隠さずに出せばいいのに。とても綺麗な、白と黒の翼。」 くすくすと笑う。 「だが、それはほとんどの連中が知らない極秘の極秘らしいから、口にはしないほうがいいぜ?」 「そうだね。僕だからこそ、気づけたのだろうしね。」 先祖の魔女の能力が色濃く現れた僕だからこそ、相手の本質を見る力で見たもの。強く封じられたそれを、きっと知る者はほとんどいないことだろう。 それを知っていると言うだけで優越感に浸れる。 だって、あれを狙うものはあまりにも多い。だが、その反面本質を理解できている連中は少ない。 「あれが欲しい。欲しい。きっとお前の言う主とやらも、わかっているのだろうな。あれは種を選ばない。誰もが求め、誰も手に入れられないものだ。だからこそ、欲しい。」 子どものように嬉しそうな青年に、男も笑う。男にとって世界はどうでもいいものだった。青年が言うように、あの天使のことに興味はあるが、欲しいのはこの天使を欲しがる男だ。まぁ、天使を奪えば間違いなく怒ることがわかっているので、あくまで手に入れてこの男に献上するまでだろうなと自覚はしている。 「なら、そろそろ人形遊びはやめにしたらどうだ。」 「そうだな。そろそろ飽きた。反応も同じで面白くない。」 そりゃそうだ。何人もの子ども相手に繰り返してきた愚かな舞台劇。誰も幸せにならない、繰り返されるそれを、男も面白いとは思っていない。どちらかというと、それを繰り返す青年の方が面白い。 「そうだな。そろそろ人形遊びなんて子どものすること、終わりだ。」 内容は子どもがすることじゃないけどなと、わかっていても口にしない男。 「これからは本気であの天使を手に入れる。だから、その為に邪魔な虫は始末する必要がある。」 「珍しく正義の味方か。」 「その言い方は嫌いだな。」 そう言いながら、青年は男へ手を差し出した。 「改めて、これからもよろしく頼みたい。ヴィレーク。」 「こちらこそ。全てはあんたの…響の仰せのままに。」 あの時の幼い力のない子どもはもういない。 成長しても、子どものまま、人形遊戯を繰り返す『子ども』も、もういない。 終幕鐘が鳴り響き、舞台の幕は一時下りた。そして、新しく上がった幕。 あとがき 紅の話の後の出来事。 補足として、ヴィレークは異界の住人なので、主というのは霊皇のことです。 つまり、彼が狙っているのは冥鎌のことです。 壊れかけた彼がはじめてこの世界で綺麗だと想い、欲しいと思ったものなので、執着心は強いです。 いつか起こる騒動で再登場予定の彼等の結末がどうなるかは未定ですが、あまり出張ることはないと思います |