女王の為の剣

 

 

「そんなに気になるなら、声をかけたらどうだ?」

はっと声をかけられたことに、飛びのき、相手を見て呆気にとられた。

「あんた…。」

「それとも、目的は『桜』だけじゃないのか?」

この相手に対しては警戒しても部が悪いだけ。実力の差がはっきりとわかるぐらい、高い空の上の存在だ。

むしろ、敵意を向けられていないことが俺にとっては幸いなのかもしれない。

「桜っていうのは…やっぱり。」

「想像通り、記憶がない。だが、一部記憶が戻っている部分もあるようだ。」

この先どうなるかは彼女次第。彼女は目標を決めたからこそ、今はその為に真っ直ぐ前を向いて生きている。

だから、次に選ぶのは俺の方だと彼は言う。

「あいつが俺と今逢わないことを選んだのなら、俺はそれを尊重する。あいつは、今まで何一つ選ぶことが出来ない場所にいた。だから、自分から選ぶことができるのなら、選ばしてやりたい。」

もし、もう逢いたくないのならそれでもいい。そう思っていた。

「なら、まだここに足を運ぶのは、忍びの問題か?それとも女王の剣の問題か?それとも…」

最初から知られているようだった。なら、もう隠す必要はない。それに、よく考えれば彼は知っていて当り前かもしれない。

「少しだけ、話を聞いてもらえますか?」

俺には関係ない。きっと知る必要のないことだ。何より、忍びの問題も女王の剣の問題も、存在していると知っていても、内容は知らない。それは、当事者だけだ。

けれど、仲間を、一度逢っただけだが、強い意思を持ったある意味真っ直ぐなその眼がどこか彼女に似ていて、放っておけないだけ。全ては俺自身の為、知りたいだけのこと。

「俺の仲間に忍びの里の奴からいろいろ教わったやつがいる。」

「ああ、いたな。」

「敵対する相手の中に、そいつと同じ奴から教わり、兄弟弟子だった奴がいる。」

「ああ。元『炎夜』1番隊隊長、傘華。現在行方知れず。弟子は二人。」

「やっぱり知ってたか。」

俺の帰る『国』と、意見の対立がよくおこる相手の『国』。どちらの敵でもなく、求めれば互いが不利益にならなければ手を貸してくれる、中立の立場にある幻神楼の主。

「あんたなら、知ってるか。忍びの始まり。女王の剣の意味。今では、本来の意味を知る者は少ない。俺の仲間も、師である忍びに言われたらしい。それで、今も調べている。それでふと俺も思い出したことがあった。」

きっと、それがひっかかって、他人事だと思えないのだ。

「俺は少数民族で、ひっそり暮らしていた。だが、襲撃を受けて、なんとかばらばらで逃げて生き残った一人。他にも生きてると信じてるが一応、まだ会えてない。だが、毎日長に言われていたことがあったんだ。守り神は竜で、今はもうこの世界にほとんどいない。だからこそ、もし困っているのなら竜を全力で助けろと言われていた。」

それがどうしてなのかまったくわからないし、見たこともない竜を、どうして竜だとわかるのかもわからない。

けれど、一族に竜の血が混じっているから、同族であればわかるのだと言われ、そういうものなのだと思っていた。

そんな俺は、長が大事にしていた、今はもう破壊されてしまったレリーフを見た事があった。その意味を最初はまったく理解できなかったが、仲間の忍びの弟子の言葉から、急に思い出し、一つだけわかったことがあった。

俺達竜を崇める一族は忍びと同じ、女王の剣という存在だったのだと。

「『鉄壁なるその躰、どんな刃も通さぬ。鋭利なるその爪、全てを切り裂く刃と化す。頑丈なるその牙、決して折れぬ意思のように立ちはだかる壁を噛み砕く。迅速なるその翼、どんなものより速く空を飛ぶ。全ては女王の為、我等は剣となり、盾となる。』最初は女王が一族の長で女性だったんだと思っていた。」

だから、知りたい。女王の剣とは何なのか。どうして、そう呼ばれる『種族』がこうも世界から追い出されていくようなことになっているのか。

「あんたは俺や忍びが忘れてしまった過去、あいつの師が知っていたことも知っているのか?」

真剣な眼差し。少しの不安があるようだが、不安よりも知りたいという気持ちの方が大きいのだろう。

「ああ。俺は確かに知っている。他にどんな奴等を女王の剣であり盾であると呼ばれているのかも知っている。そして、女王というのが誰を指しているのかも。」

「それを、あんたは俺に教えてくれるのか?」

「そうだな。…全てを話すことはできない。だが、簡潔になら教えてやれる。」

そう、全ては昔話から始めなければいけないが、という前置きから、彼は俺に話した。

世界の始まりに起こった大きな戦い。その敵を倒そうとした数人の者達。わかりやすく総称するのなら神々だと彼は言った。

その神の中に人の祖先である者がいた。それが女王であり、女王を守る為に女王の配下だった総称でいう『騎士』が現在の忍びであり、竜人であり、魔女なのだと彼は言った。

元々は最初にこの世界に二つの命があり、その二つはそれぞれ命を世界に生み出し、世界に命が溢れていった。

だが、対立した相反する二つは、その二つの配下同士が大きな戦いを繰り広げ、今に至る。

現在では女王は表に立たない。影の存在。戦う対象も今は眠っていて、実質その『騎士』は不要になって長い年月が流れ、誰も本来の意味を忘れてしまった。

本当は、いつか再び起こる戦いの為に、それぞれ子孫に自身の能力継承する為に隠れ住むようになったのだが、力なき人は恐れ迫害が起こり、種族は失われつつあるのが現状だ。

「だから、継承されないことが起こったのと、長い月日が…本当に長い月日が人の一生では短いからな。忘れられていった。確かに俺は現在その女王のことも知っている。だが、それは今は話すことではないし、知らない方がいい。知ればおのずと巻き込まれ、命をかけるかつての戦いの中に足を踏み入れることになる。」

覚悟がなければ無理だ。それに、まだ桜のことで迷いがあるのなら、やめておくことをお勧めすると彼は言った。

「…ありがとうございます。けれど、良かった。知れて。ちゃんと、この異質な力に意味があって。」

今はまだその時ではないから役にたたないものだとしても、いつかその時に必要であるから残された過去の歴史なのならば。きっと、彼女もまた、自由を得られる。もう、二度と不自由な籠の鳥に戻らなくていい。

彼女も俺と同じ異質。それ故に彼女は不自由を強いられ、けれど俺達は出会い仲良くなった。

その異質故に離れ離れにもなったが、異質が俺の事も、彼女の身も守ったのだろう。

竜の加護。頑丈な躰が、盾となる。

「桜は今、いろんなことを覚えようとしている。」

「そう、みたいだな。」

「今は女王のことも過去の事も置いておいて、お前自身必死に生きてみたらどうだ?」

何だかんだといって、せっかくみつけた同胞に忘れられて、怖くて逃げて、すぐに逢わなかったんだろう?核心に触れる一言に、びくっと肩が揺れる。

「お前の姿を見て、お前との約束をあいつは思い出した。こんなこと、第三者がいうことではないが、お前も覚悟決めろよ。…桜を泣かすようなことがあれば、お前であっても許さないからな。」

きっと、近いうちに自分の足で逢いに行くだろう。だから、真っ直ぐ迎えられるぐらい、ちゃんと生きて立て。そう彼は言った。

「本当、何でも知られてて…でも、だからなのかもしれません。あいつが貴方のことを慕うのが。」

誰も彼女を理解しない。理解しようとしない。俺にも覚えがあること。異質は弾かれる。そんな世界にいた俺達。

けれど、彼はそんな異質を受け入れる器。

「あの日、俺は彼女に伝えるつもりだった。この先もずっと一緒に…俺のパートナーとして共にあってくれることを。きっと、好意と愛情の区別もない、愛情にも種類があることも知らない。そんな彼女に伝えることはとても難しいことだし、彼女が理解する為に悩むのも申し訳ない。」

だから、忘れてしまったのなら、それでもいいと思ったのも事実。己の心の中にしまっておけばいい。彼女が笑っている。それだけで十分だった。

だって、いつも籠の中であるかぎり、彼女の笑顔には哀しみや陰りがつきまとっていたから。それが、あそこで生活する彼女にはない。俺にはできなかった彼女の笑顔。だから、諦め、消えるつもりだった。

それでも最後に、女王の剣のことだけは知っておきたかった。もしそれが、再び彼女から笑顔を奪うものになっては困るからだ。

「逢いに行くだろう、彼女の意思を受けとめる覚悟をしろ。そして、逢いに来た彼女に伝えるか伝えないか。それはお前の自由だから好きにしたらいいが、曖昧にだけはするな。」

しっかり向き合って、答えを選べ。彼はそう言って、今度こそ俺の前から立ち去った。

「本当に、不思議な人だ。」

耳がいいこの俺に音もなく、気配も感じさせず近付けるのも驚きだが、まるで未来を見ているかのように、そして心を読んでいるかのように何でもお見通しときた。

「けど、そうか。あいつは、俺の事、思い出してくれたのか。」

なら、確かに俺もいつか逢う日の為、かつてのように笑顔で迎えられるようにならなければいけない。

まだ、女王の剣が必要なのか、それがいつの日なのかわからない。けれど、彼女の笑顔を奪うことになるのなら、その女王に牙を向けることになっても、今度こそ彼女を守ろう。

それまで、次会うときに何を話そうか、たくさん考えよう。逢えなくなってから、話したいことがたくさんあって、どれから話そうか困るところだが。

まずは伝えよう。あの日のやり直しをする為に。

 

 

「盗み聞きはあまりよくないぞ?」

「知っててよく言うぜ。」

すっと、気の影からでてきた男。

「傘華のこと、志摩のこと。どうするつもりだ?」

「どうするも何も、俺じゃ、傘華をどうにかすることも、止めることも、何もできねーだろうしな。」

今は、あんたを主にした。だから、女王の剣なんて関係ない。ただ、主に従う。それが忍びだと彼は笑う。

そもそも、忍びも魔女も竜だって、その他の奴等だって、全て女王が好きだから、女王を主と慕っていたから、女王を守る盾となり、牙を向く敵を倒す剣として戦ったのだ。

確かにそれを継承し、いつかくる戦いの為に猶予期間があるが長過ぎたそれが本来の目的を忘れてしまっている。その結果、迫害を受ける者達もたくさんいた。生きていけず死に絶える者達もいた。

同じ仲間同士でも、勢力争いをして潰し合った者達もいた。

「俺も確かに詳しく知らない。一番忍びで詳しいのは傘華かもしれない。もしかしたら頭領あたりなら知ってるかもしれないけどな。」

だが、感情が存在する生き物なのだから、仕える相手は自分で選ぶ。それができる。だから、そのいつかが来ても、主の敵になるのなら、女王でも牙を向く。そこだけは、彼と共感できる。

「物騒なことだ。癒やし担当なのにな。」

「癒やし担当だから暴れたいのかもな。ま、争いごとは好きじゃねーけどな。」

けれど、治療する場所が安全とは限らない。だからこそ、ある程度守る術を持っている。だから、かつて隊長を名乗っていた。

「まぁ、何でもいい。お前が決めた事に俺が口出しはしない。」

ただ、世界の敵に堕ちるのなら、倒すけどな。彼の言葉に、俺は望むところだと返した。