掃除の痕、再び描くは夢物語





 

俺は掃除屋だ。基本は言葉通り、綺麗に掃除するのが仕事だ。だが、時々証拠を掃除して痕跡を消すことも、遺体を綺麗に後始末する掃除も行う。

だから、時々俺は葬儀屋とも呼ばれていた。けれど、呼び名なんてどうでもいい。ただ、仕事があれば、こなすだけ。それだけで、他に意味などない。

それが、俺の日常。

けれどある日、俺はやってもいない無実の罪で死刑を言い渡された。初めから決めつけられ、覆されることのない結果。何度も俺は言った。確かにあんた達がいうように、依頼があれば遺体を埋葬する掃除も行ってきた。

それは事実だが、あくまでもすでに亡くなっている相手であり、生きている相手をわざわざ殺して埋葬することはない、と。

だが、彼等は聞く耳を持たない。そもそも、人知れず殺された人間の埋葬、つまり証拠隠滅を行ってきたことが事実で、そんなことを仕事として続けてきた俺の言葉は誰の耳にも届かなかった。

何を言っても、彼らに届かない。ならば、もう諦めるしかない。とうとう俺も彼等と同じように掃除される日がきただけだと思う事にした。

それでも、意外なことに神様はいるもで信じてみるものなんだと始めて思った。むしろ、いるかいないかわからない神に助けを求めるより、ずっと近くて大きな存在が現れて、俺にとっては神以上の存在になった。

そんな彼と出逢ったのは、囚われて明日には処刑されるであろう、まさにその時だった。

彼が言うには、今回の事件の本当の犯人が見つかり、捕まった。つまり、うすら暗い過去の経歴があっても、俺は無罪で、もうここにいる必要はない。あくまでそういう噂があり、俺が遺体を埋葬してきた事実を証明するものは何もないし、事件と無関係であるということだけが証明されたのだから。

けれど、俺は元の生活に戻るつもりはない。すでに諦め死ぬつもりだった命だ。突然もう問題がないといわれても、どうせまた奴等は疑って今度こそ理由をつけて処刑するに決まっている。

だってそうだろう。自分達の過ちを認める気がないのだから。ほら、今でも嫌そうだ。誤認で捕まえた相手が無実だったということが彼等の自尊心を傷つける。常に監視されるこの街で暮らすには、俺はあまりに居心地が悪すぎる。

「なぁ、あんた名前は何て言うんだ?」

「俺は冥鎌だ。」

「冥鎌か。俺はコルトル。掃除屋だ。掃除対象は何でもありだが。なぁ、俺をあんたのところで雇ってくれないか?」

そう言うと、彼は雇うつもりはないが、来たいなら勝手に来たらいいし、いたいだけいればいいと言った。その意味がすぐにわからなかったが、もう一度交渉しなおそうと彼についていったら、彼の言った意味が理解できた。

彼はこの聖域の主だった。俺なんかが一生関われないぐらい、上の存在。すぐに改まって言い直したが、別にそんな必要はないと言った。

本気でどうしようと思った。こんなことはじめてだ。助けてくれた恩人は、俺が恩を返せる程簡単な相手ではない。

けれど、彼はここにいることを許してくれたし、俺が今まで何をしてきたかも間違いなく知っている。それが、あまりよいことではないことも理解し、そんな奴を中に入れることは外からどんなことを言われるかわからないのに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

それでも、俺は彼に何か返したかった。誰も聞いてくれない俺の言葉を聞いてくれたし、何より俺の無実を証明してくれた人だ。

「なら、掃除のやり方。ここの連中は好意で掃除をしてくれるが、どうしたら効率よく綺麗にできるか、教えてやってくれ。」

ここにいる連中は文字がわからない、言葉がわからない。何もわからないような連中も多い。そんな中で相手に伝えて何かを教えるということは大変なことだ。

「俺はずっとここにいるわけじゃない。出かけて留守にすることもある。だが、お前はいろんな連中を相手に仕事をしてきた。だから、相手とコミュニケーションを図ることは得意だろう?」

純粋に能力を褒めてくれたことがうれしかった。元々、居種族間での通訳や国から国への書類の翻訳などをしていたから、多種多様な言語は知っている。だが、そのせいでスパイ容疑がかかり、国から逃げて隠れ、今の生活をしていたのだ。だから、元から得意なスキルではあるが、それを生かすことをせず、隠す為に、だけど生きる為に依頼であれば何でもしてきた。

そんな俺のこともどうやら彼は理解しているようだ。

「あと、時間がある時でいい。この二冊の本。こっちの本の言語と同じように訳してくれないか。」

そう言って渡されたのは異国の本。そして、俺がかつて翻訳した本であり、俺の母国語。

「子どもも多少いるからな。子ども達への読み聞かせの為なんだが、読む者達は言語がばらばらでな。」

最近は統一して簡単なことは互いに会話をかわしているのだが、やはり文字を覚えるのも、文字を読むのも勉強ではあるがばらばらでは覚えられるものも覚えられない。

「本当に時間がある時でいい。もしお前さえよければ、読み聞かせの方も頼めないか?」

「はい、喜んで。是非やらせて下さい。俺、本当は作家目指してて、けど、言語が違うとたくさんの人に読んでもらえなくて、それが悲しくて。だから、たくさんあるすばらしい本を多くの人に読んでもらえるように、いろんな言語で訳す仕事の方をもっともっとやりたい気持ちがあふれて。」

けど、できなくなって。だから、嬉しい。やらせてほしい。そう言うと、彼は笑って、じゃあ頼むと言って本を預けて行った。

俺は少しずつここにいる連中と仲良くなっていった。読み聞かせにも参加して、リクエスト受けて、それの翻訳をしたり、今では充実した日々を過ごしている。

あの頃を考えると、本当に奇跡のような日々。あの人は、人の夢を拾い上げてくれる人なんだと思う。

だって、他の連中の夢も消えかけたものも少しずつ花開いて行く。

だから、この世界を壊すものが敵で、今日も人知れずあまり見られたくないもう一つの掃除の仕事もする。

基本は生け捕りだが、それでは生ぬるい時だってある。それは、外へ出た後の彼等の動向で、再び危険が訪れる可能性もあるからだ。

その時は、俺は俺と同じ敵とみなしたら容赦しない頼もしい『聖域を守る為なら命も差し出す死神達』と共に、休日に出かけて片付ける。

彼等も俺も、これ以上この手が汚れることをよしとしないし、彼もよしとしない。

けれど、この場所を守る為ならば、俺達は今日もこの手が汚れることも厭わず影に潜んで戦う。

掃除の痕は、すでに消えないぐらい深く染み付いているのだから。