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幻神楼の住人3〜青空時々雨模様(ネルタVer) 最初に見た者は、だいたいどうしてまだ幼い彼女が警備長の五人の一人なのだろうかと、疑問に思うことだろう。 だが、実際は彼女こそ警備長五人の中では最年長であるのだ。そのことを知っている者はほとんどいない。 もちろん、同じ警備長や料理長、案内人に主である冥鎌を含めた上の者達は知っている当り前の情報だ。 だが、彼女は彼女であるので、それ以上でもそれ以下でもなく、誰もそのことを口にはしない。する必要がないからだ。 それに、一度でも彼女の戦いを見れば、確かに強いということが理解できるので、誰も何も言わない。そう、雨が降っていても、青空で晴れていても、真っ赤な綺麗な傘をさしたまま歩いていても、だ。 皆、あれが彼女が冥鎌から貰った者だと知っているから、それを持って歩いているのを見ても、大事にしているなと思うだけで晴れているのにおかしいと思う者は誰もいなかった。 むしろ、ここでは全員が欲しいと思ったものを冥鎌から貰う。何でも毎回貰えるわけではないし、最初は最低限の寝る場所である部屋と衣服、そしてお皿とカップが用意されるだけだ。それさえあれば、生活していくことはできる。あとは、好きなモノを畑で育てたり、食べたいものを料理長にリクエストしたり自由だ。何かしたいのなら買い出しの荷物持ちや掃除するなり、それも自由だ。 そんな自由な中で、自由ではなかなか得られないものというものがある。 それが個人的に思い入れのあるものや、あくまで趣味でなくても死ぬことはないと諦めるようなもの。 諦めを持ってほしくないし、毎度掃除してくれる彼等にお礼として冥鎌は一度には無理だが、順番に贈っていくようになってからは、その贈られたモノに関して他者は何も言わないのだ。むしろ良かったね〜と暖かく見守るそういう連中ばかりだ。そうじゃない連中はだいたいここのやり方に馴染めず出て行く。 この前なんて、街でやっていた音楽団を見て、横笛が気になった娘には譜面と基礎の本と横笛を贈ったし、ある男には懐かしい故郷を思い出す料理が食べたいと言うことだったので、レシピを料理長の奏鈴に渡して頼んだり、人に合わせて、いつ誰にとはわからないが、そうやって順番に贈られるそれらに、彼等は自分もと主張することなく、ただ喜んでそれを受け取って、また日常に戻っていく。 だから、彼女にとってその赤い傘が、街の何処にでも売ってるような傘に見えても、どうして傘がいいのかわからなくても、彼女にとっては傘に意味があるからだろうと、誰もいわない。もし何か言うとするなら、今日も素敵な傘だねという挨拶ぐらいだろうか。そうすると少しだけ笑みを浮かべ、頷く彼女にほんわかしながら住人達は暖かく見守っている。とにかく彼女が傘を晴れの日にさしていても住人にとっては大きな問題ではなく、むしろほほえましい光景でしかないのだ。 とりあえず、話がそれたが、堂々と紅い傘をさして歩く少女のことだ。彼女には血のつながりはないが、兄として慕う存在がいる。お互い一人であるときに出会い、一人の寂しさを埋め合った、本当に兄妹のような関係の存在がいる。ここで、彼女が最年長なのに、同じ警備長の兄がいるのはおかしいじゃないかと気になるところだが、それは彼女の見た目の年齢がそうみえないから、外で生きてきた間は兄で妹として演じたので結果そうなっているだけで、深い意味はない。ただ、戻すのが面倒なだけだ。 「相変わらず暑苦しい格好してんな。」 そう言って彼女に声をかけたは、兄と呼ばれる男、セイレだ。 「仕方ないもの。お友達、いつも一緒じゃないと駄目なんだもの。」 彼女は年中、ゴシック調の黒の服を着ているが、その上にスカートよりも長い黒の外套を羽織っている。その外套にはいくつかの人形が備え付けられていて、それが彼女の武器であり友達だった。 「わかってるけどな〜。」 「セイ兄こそ、長めの上着、暑苦しい。」 「確かにそうなんだよな。仕方ねー。お前と同じで、これも商売道具仕込んであるからな。」 彼の武器は多量のナイフと二丁拳銃。敵に先に獲物や手札を見せてしまったら、勝てるものも勝てなくなる。その為、彼も彼女もギリギリまで構えることすらしないのだ。そう言う意味では武器がなければ拳で突っ込む奇蝶とかは、有無も言わせない力の制圧である意味すがすがしい。 「そうだ。これ上手くできたから主様に差しいれにいくんだが、くるか?」 手先が器用な彼はよくお菓子を作る。そして、一番いい奴を、主である冥鎌が居る時は持っていくようになった。それに、途中で出遭えば妹と呼ぶ少女も誘って三人で一緒にお茶を楽しむ。そんな何でもないような時間が二人とも好きだった。 もちろん、二人だけずるいと、冥鎌が好きな凛々や奇蝶には後でうるさく言われるが、そんなものは無視だ。 ノックすれば、中にいたらしい、部屋の主が入る許可をくれた。 「今日はどうかしたのか?」 中にいたこの幻神楼の主であり、ネルタやセイレにとっても恩人であり主と認識している人物、冥鎌が出迎えてくれた。 「今日、これ作ったんっす。」 そう言って見せたお菓子に、相変わらず上手いなと言って、席に座ってるように言われた。本当ならお茶は自分達が入れると言うべきなのだろうが、ついでだといって、結局入れてもらうことになる。 でも、彼が入れるお茶が嫌いではないので、むしろ嬉しくてその言葉に甘えてしまう。 「今日のも力作っす。」 「食べるのが勿体ないぐらいだ。」 「え、でもそこは食べて欲しいっす!」 「ああ。ちゃんと頂くさ。」 慌てて言えば、苦笑した彼が手を合わせ、それを口にした。 この世の中、他人が用意したものを簡単に口にすることは自殺行為だ。だから、信頼してそれを疑いなく口にしてくれることが、とても嬉しい。 だって、セイレとネルタが生きてきた『世界』では、それが当たり前で、今のような穏やかな時間など存在しなかった。 セイレにとっても、ネルタにとっても、お互いだけが信じられるモノで、それ以外は敵でしかなかった。むしろ、お互いが出会う前は自分以外の全てが敵であったのだから、今のこの状態はある意味では進歩したと言える。 「そうだ。明日は少々遠出して買い出しに行くが、お前達も来るか?」 明日はお前達二人は休みで、後の三人が警備で残ってた予定だったと思うがと、記憶にある予定から二人を誘う冥鎌。予想外のお誘いではあるが、一緒にいられることに嬉しい二人は頷き、行くと即答した。 「周辺の動きで気になることがあってな。凛々は置いて行くつもりなんでな。だが、明日行く場所も、少々問題があってな。人手が欲しいと思っていたんだ。」 そう言って、助かったと言う冥鎌にちゃんと守ると言うと、大丈夫だと遠慮されてしまったが。 「主様。」 「どうした?」 「また、『戦争』起こる?」 「ああ。かもしれない。」 戦争で得をする人間もいれば、多くを失う人間も壊れる人間もいる。実際、得をする人間なんて数少ない一握りだ。ほとんどが奪い奪われ、この世界から消えて行く。 ある意味この二人もその犠牲者だ。そして一人きりになって二人になった後、人買いに売られ、金持ち連中の見世物のような扱いを受けた。 表向きはサーカス。だが、裏では何でもありの金持ちの欲望を満たす、奇違い連中を悦ばす為の人としての扱いを受けない一種の奴隷。 全ては戦争が引き起こした悲劇に巻き込まれた彼等は、争いごとが嫌いだ。だが、環境のせいで強くならざる得なくて、強くなった。 「実はな、明日行くところ。お前達が言っていた、以前一緒にいたっていう奴がいるかもしれないんだ。」 やっと得られた情報。だが、正確に相手のことを知っているわけではない。だからこそ、彼等がついてきてもらうことに意味がある。 「絶対に行くっす。」 「うん。ちゃんとお礼、言わないといけないもの。」 冥鎌とは別の、お互いとは別の…二人にとって内側に入れた大事なもの。 「じゃあ、明日。行く時は呼ぶから、それまでは自由にしてくれてかまわないから。」 その後、まったりと過ごし、そのまま別れた。けれど、その明日、裏切りのような真実を知ることになるとは、まだ知らなかった。 本当に、大事だったのに。数少ない大事な大事な…大事な想い出。 裏切りはそれだけ大きな衝撃を与え、壊した。 けれど、どこかですっきりした。これで大事なモノを一つだけにできる。お互いが大事なのは当たり前。特別が冥鎌と…一人だけになったから、良かったのだと思う。 出逢ってから、兄妹のようにずっと一緒にいた。一緒にいるのがいつしか当り前になり、生まれや歳など関係なく兄であり妹である関係に、満足していたと思う。 確かに何もなかった。食べることも満足にできないことだってあった。けど、一人きりで静かな世界にいるよりは良かった。 けれど、ある時現れた奴等が私達を捕まえて柵の中に放り込んだ。どうしてなんかわからない。 だけど、私達のような存在に人格も権利もなく、上の連中にとっては人間として認識すらされていなかったことは、わかった。そう、人として扱われなかった。それがこの世界。 だからこそ諦めがあったのかもしれない。ただ一緒にいられるのなら、それでもいいのだと思って。 見世物として、面白がって私達を見て楽しむ気持ちの悪い人間共の為に毎日人形遣いとして、ナイフ使いとして過ごしていた。 ただのサーカスであるのなら、それは人を楽しませるパフォーマンスでしかないが、奇違い連中にはそれだけでは楽しめない。飢えた猛獣や、同じような生きる為に必死に戦う連中との殺し合いの日々。いつしか麻痺した感覚の中で、それでも一緒にいて、いくつもの命を奪い続けた。 ある時、気の狂った科学者が作った命を弄ぶ実験の結果が私達の前に現れた。 同じ場所にいた連中が次々とその可笑しなそして哀れな命の前に、死んで行った。そしてとうとう私達の順番がきた。 気を立てた、怪我をしたいくつもの猛獣を組み合わせて作ったまったく違う生き物と、人の生き血を喰らう食虫植物。舞台上には、いくつもの人の食い散らかされた残骸が残っている。きっと、私達もこうなるのだろうと、どこかで思いながら、己の武器を構える。 まるで生き物のように動く私の相棒の人形達。最初からいくつものナイフを構える兄。ただの殺し合いが始まった。 何度も続いた攻防、お互いが疲労していく状況。先に隙を見せた方が死ぬ。それは獣でもある向こうも本能で理解しているのだろう。じっとこちらを睨みつけてくる。 その時、警報の音が鳴り響いた。違法なこの場所の摘発だ。いつかそんな日が来るとは思っていた。それだけ、ここは異常だった。もう、いくらお金や権力で隠そうとしても隠しきれないぐらい、可笑しな世界になりかわっていた。 私達の殺し合いを見て楽しんでいた連中は次々にいなくなっていった。けれど、私達の前から敵がいなくなることはない。 一瞬の隙。互いが狙うそれを私が作ってしまった。飛びかかる得体のしれない獣。その牙がもう近くまで迫っていた。兄の声が聞こえる。 咄嗟に閉じた目。幾つかの獣性。雄たけびのような醜い音。 訪れるはずの痛みはなく、目を開けると、この場所へ続く、閉じられていた扉があいていて、そこにはずっと私達に話しかけていた同じ境遇の男がいた。男は銃を持って、獣を撃った。そして、立てるかと聞き、立てるのならすぐにここから離れるぞと言って誘導した。 彼のおかげで、何人かの同じ犠牲者が救出された。 あとは簡単。次々と中にあるものを回収していく警察組織。もっとはやくきてくれたらいいのにという願望はない。だって、はやく気付いてもまた次どこかで同じようなことがある。そういう腐った奴等はいくらでもいる。だから、早い遅いは関係ない。そういった気違い連中がいなくならない限りなくならないのだから。 けれど、これで私達は解放される。それだけが事実で、また二人で一緒にただぼんやり生きて行けばいいと思った。 その前に、唯一お互い以外で、声をかけて関わろうとして、最後にたすけてくれた彼にお礼を言おうと思ったが、探している人がいるのだと言って、彼はすぐにそこからいなくなった。だから私達は結局彼に何も言えないままだった。 あの後、適当なところで二人くっついてぼんやり生きていたら、通りがかった冥鎌が見かけて最初は驚いていたが、ここよりは安全で暖かいからと幻神楼に連れてきてくれた。 一緒ならどこでも構わない私達にとって、引き離されることのないこの環境はとても『シアワセ』だった。 気にして、話しかけてくれる彼に、時々私達も応えた。 与えられる食事に毒や薬が混ぜられていることが日常茶飯事であった為、最初こそ、疑いを持ちながらもある程度は耐性があるから諦めの中で口にしていた。だが、今では疑うことすらしなくなり、そのまま警戒せず口にしている。当時は暖かくておいしくて、久しぶりに手を合わせてごちそうさまでしたと言った。当り前の日常が戻った瞬間でもあった。 少しずつ関わるようになって、ここが一種の村のようにできあがっていることを知った。だからか、もとからなかった警戒心はまったくなくなった。だって、誰も私達に害を成すことはないし、それよりもおいしいよと食事やお菓子をもってきたりする気前のいい連中ばかりだった。 そんな彼らと一緒にいて、誘われた。一緒に料理をしてみないか、と。したことがなかったが、食材がどうやってあのおいしい暖かいものに変わるのか知りたくて、頷いてはじめた料理。 はじめて、兄に作ってあげた料理は料理と言えるものではなく、おしくないが食べてくれて嬉しかった。この嬉しい気持ちが好きだから、毎日楽しんで作っているのだと、料理を教えてくれた女は言った。確かに、こういったことを楽しみと思えるのなら、それは楽しみになるのだろう。しかし、兄の方が上手くて、其れに関しては不満ではあったが。だから、あれから料理をしていなかったりする。 なかなか、楽しいと思える時間。これがきっと『シアワセ』というものだったのだろうと、今は思う。 そんなある日、雨が降った。まだ軽いが、酷くなりそうな雨。畑が被害にあってはいけないと、皆が守ろうと被せて、他の連中も中へ避難していく。だけど、私は避難なんてしなかった。 気付けば、一緒が当たり前だったのに、離れていても、一緒にいる感じは消えず、この距離も悪くないと思えた。 そして、懐かしい、兄と会う前のことを思い出していた。 実は、あの『見世物サーカス』から助かった理由である男。彼とは、兄と出逢う前にも一度会っている。向こうは覚えていないようだが、今もしっかりと覚えている。だからだろう。余計にちゃんとお礼を言いたいと強く思っているのは。 彼は、雨の中ぼんやりと座って濡れていた私に傘を差し出し、濡れるよと言って、そのまま傘を置いて去っていった。 その後も、私は行くところもないから、その場所に座って、雨がやんでも傘を差したままそこにいた。もしかしたらまた彼が来るかも知れないと期待がどこかにあったからかもしれない。その時はちゃんとお礼を言って傘を返そうと思った。 けれど、彼は現れない。下衆な男共が現れて私を連れて行こうとしたところを、兄となったセイレが助けてくれ、それから一緒にいるが、まだ、二回ともちゃんとお礼を言えていないのだ。 あれから目印のように、さしている傘。彼が見つけてくれるのではないかと思いながら。 残酷にも流れた月日が、残酷な真実を知らしめる。知らないままでいられたらどれ程幸せであったか。 けれど、知らないまま想いを抱え続ける愚かな自分でいたくない。 結局、最初からあの『世界』の中において幸せなんて何一つなかった。ここにきて、はじめて幸せの意味が知ったきがするのだから。 ポツリ…曇ってきた空が、とうとう雨を降らした。 「雨…。」 さしたままの傘に零れる水の雫。 「どうした?」 兄の呼び掛けに、首を横に振って何もないと言うとそうかと返答が返り、主から今日の予定を聞くのを再開した。 どこか、不安を感じる。それがどうしてなのかわからない。ただ、嫌な予感が先程からずっとしていた。それが結果的に私にとって大きな影響を与えることになるのだが、私には行くと言う事以外選択する気もないし、回避する事ができても、別の方向で知ることになったと思う。 準備が出来、行くぞという兄の言葉に、足を動かす私。 向かったのは、ある静かな小さな町。ここに、彼がいる。その期待に少しだけ気持ちが高揚する。 「仕事を始める。ここにいる人買いを見つけ捉えること。囚われている者達を全員隣国へ案内する。最悪、人買い共は無視しても構わない。」 敵とみなす相手を全て殺さないという前提で排除。三手に分かれ、作業を開始した。 囚われている者達は、こういった組織の協力者の証明であるマークを身につけているので、私も、隣国へ案内し受け入れる者もそれを身につけているから味方だと知らない相手でも認識できる。 そういう説明を受けていたし、はっきりいって今でも冥鎌がどういった組織団体の一人なのかわからないが、ボランティアで人助けをしている事実だけはわかっているので、主が望むのならとすでに何度も手を貸してきた。 主が属している組織のことも、どうやって収入を得ているのかも、そもそも、今回のことだってどうやって知ったのか、その知る手段である相手とどこでどうやって出逢った関係なのか、何一つ知らない。聞こうとも思わない。 きっと、聞けば困りながらも、言える範囲のことで教えてくれるだろう。けれど、あえて聞かないままでいた。その方がいいのだとどこかで思っていたからだろう。 でも、この時ばかりはもう少し確認しておくべきだったかもしれない。今までとは違う、人とは思えない動きをする可笑しな『イキモノ』を前に、これが主にとっての本当の敵なんだとどこかで理解した。 「ネルタ、無事かっ!」 向こうも異変からこっちに合流してきたのだろう。 「…大丈夫。ただ、ちょっと後味悪いだけ。」 ぐしゃりと潰れたそれは、地面に黒い染みを作った。まるで、墨をこぼしたように、真っ黒で溶けた様は、やはり人のものではない。 「一度主様とも合流する。」 この調子じゃ、無事な奴がいるかも怪しいし、指示を聞き直した方がいいというのが彼のいい分で、私もそれがいいと思った。 誰にも話していないが、実は私が戦闘の際に使用する人形達は、実はただの人形ではない。元々先祖が魔女の系列だったらしく、そのせいで親も転々と過ごしていたが、結局私は一人になったし、気味が悪いということで人の社会に溶け込めることもなくいた。 そんな私に話しかけて家族だという奇妙な男がいたが、それこそセイレであり、だからといって人形のことを知っているわけではない。 人形は魂を持っていて、私の命令に従う人形ではあるが、無機物ではなく立派な『生き物』なのだ。召喚士といった類の者達からすれば、ある意味で私の人形は召喚した精霊や獣と同類のものかもしれない。 つまり、私が常に連れ歩いている武器でもある人形達は生きていて、その子たちが言っているのだ。おかしいと。何か異変があるのははっきりしている。彼等がそう言う事は滅多にない。それだけ、危険なことがあるということだ。 だから、セイレの意見には賛成だ。 「セイ兄っ!」 素早いう動きで現れた黒い影がセイレを襲う。私は急いで人形を使い排除しようとしたが、間に合わない。 「…、灼き払え。」 聴こえた声に、はっとその方角を見ると、突如現れた焔が蛇のように影に飛びつき、セイレから少し離れたところで一気に燃え上がった。 「主様…?」 舞い降りた相手は、確かに自分達の主である冥鎌だった。だが、私達が知っている冥鎌とは違った。 彼の背中には真っ白な翼があった。 「無事か?すまない。思った以上におかしなことになっていたようだ。」 こんなことなら、一人で来るべきだった。そう言った彼が私達の元へ近づいてきた。背中にあった翼は弾けるようにすっと消えて。 「たった数時間のことだが、状況が悪化したようだ。今すぐ撤退する。」 そう言った彼に、私は首を横に振って断った。どうして断ったのかわからない。人形が可笑しいと異変を伝え、怯えているのが分かる状況で、私も身の危険をどこか感じているのに、どうしてか今ここから去ったらいろいろ後悔する気がしたのだ。 「だが…、ちっ、また現れたか。」 ゆらゆらっと、不気味に地面から湧き出るように現れた影。人のような形をしているだけの、人ではないそれ。 「…仕方ない。セイレ、ネルタ。悪いが少しだけ付き合って貰う。説明が必要なら後でする。だから、今は自分の身を全力で守れ。」 バサッと、再び視覚でとらえられる白い翼が羽を周囲に舞散らす。 「斬り裂け、跡形もなく、断罪の刃!」 意思を持つかのように、舞い散った羽が方向を定め、一気に影に襲いかかる刃と化した。 「灼熱の獣皇、全てを灼き尽くす刃を降らせ。灼熱の矢≪フレイムアロー≫」 羽に続いて、彼は空に向かって、突如現れた光でできたような弓を構え、矢を撃つ。すると、空から雨のように降り注ぐ焔を纏った細長い刃が影を次々に燃やしていく。 「セイレ、これを使え!」 そう言って彼はセイレに何かを投げ渡した。咄嗟のことで判断が遅れ気味だったが、セイレはすぐにそれを己の武器に装着し、構えた。 セイレも状況打破するのが先と判断したようで、気味が悪い影の殲滅を開始した。私も、あれがよくないものだと訴えかける人形の言葉に、すぐに殲滅してここから離れることが優先だと判断し、指示を出した。 絶対に、あれをこの場所より外に出してはいけないということも、本能でわかっていたから。 いくらでも湧いて出てくる影のほとんどを彼が片付け、落ちついた所で、私とセイレは彼の元へ近寄った。 「主様。大丈夫?」 滅多に見ない…いや、ある意味で初めて見た彼の戦いに、少しだけ不安があった。無茶な戦い方をしているのではないか、と。 「大丈夫だ。お前達も問題なさそうだな。」 私達のことを確認し、良かったと頭を撫でた。 「説明は後でする。今はここで時間をつぶすわけにもいかない。今他の仲間に連絡して、後始末を頼んだ。」 だから、残ってる人間を本来の予定通り案内して戻る。そう言った彼に従い、囚われているであろう人がいる施設へと向かった。 そこはとても静かだった。誰も人がいないのではないかと思えるぐらい、静かだった。 どこかで私はわかっていた。どうしてあの影が不気味で、倒すと後味が悪いのか。あれが元々人であった。そう、人形達が言うからだ。 そう、私達は人を殺した。かつては当たり前のようにやっていたことだけど、彼の元に来てからは全くと言っていいほどしていなかった行為。忘れていたこと。 どうして人がああなってしまったのかはわからないが、確かにあれは人だったもので、私は殺した。きっと、彼はそれを理解している。だから、私達に帰るように言ったのだ。 彼は言った。やりたくないのなら、もう殺さなくてもいいと。 それをやらせてしまったという彼なりの後悔のようなものがあるのだろう。 けれど、私はどんなに殺したくなくても、結局セイ兄や主の危険ならば、手を汚すことを選ぶだろう。 ただ、意思を無視した強制行為が嫌だった。きっと言い訳にしかならないだろうが、選択を迫られ、彼らを守る為ならば、私はこの手を悦んで汚すことを選ぶ。そう言う意味では危険な存在なのだと認識はしている。 施設内を見て回り、結局見つかったのはすぐに数え追われるぐらいで、中はたくさんの人がいただろうに、皆死んだか殺されたのだと思うと、本当に自分達は運が良かったのだろう。 少しばかり気持ちが暗くなっていたから、気付くのが遅れた。 突然飛びかかって来る相手に、なんとか避けはしたが、上着ごと左腕を斬りつけられた。 すぐさま反撃しようと対象へ意識を向けると、そこには見知った姿があった。 「あ…もしかして…。」 「まさか、こんなとこで逢うなんて…偶然にしては出来過ぎてるが…。」 相手も覚えていたようだ。 「いきなり可笑しなことが起こって…とにかくここを出よう。」 他にはもう誰もいないという彼の言葉に、人形も生きた気配がないことを言っているので、従った。 合流した場所では、セイ兄がいて、数人だけいた者達は外へ連れ出す算段をつけてすでに移動したのだと教わった。そして、彼に紹介すると、彼もセイ兄を覚えていたようで、セイ兄もまた、彼の事を覚えていたようだ。 だが、会話が続くはずもなく、元々口数が少ないのでそのまま静かに主の帰りを待つことになった。 その時、突然『人形』が叫ぶ。その声が私以外に聞こえることはないが、それが危険なことであることはわかっていて、咄嗟に周囲に警戒した私に、セイ兄もすぐに周囲に警戒を向ける。 再び現れる、形の原型のなくした、『化け物』の数々。恐怖にひきつる彼。だけど、それが普通の反応なのだろう。私達は彼を守る為に戦おうと身構えようとした。 「くるな、化け物。何なんだよ、何なんだよ!」 パニックを起こしているらしい、彼が叫ぶ。宥めようと、前に警戒を向けたまま彼に手を伸ばそうとした時、彼の言った言葉でその手は彼に届く事はなかった。 「あいつ等騙しやがった。今度の仕事はあいつ等売って、いつも通りの手はずだったくせに、こんな化け物まで押しつけやがった!」 くそくそくそっ、そう言って持っていた銃火器を向けて無暗に撃つ彼。私の知っている優しい彼ではなかった。私達を売った、嫌いな人間と同じ顔をしていた。 「実験に使うといって買い取ったくせに、ただで渡すなんておかしいと思ったんだ。」 化け物にして、処理に困って押し付けた。おかげで、仕事の相手も他の商品も全滅だ。最悪だ。次々不満を言いまくりながら化け物を殺そうと躍起になる彼に、私達は彼の後ろから動けずにいた。 どこかで、信じていた。あんなに信じるものの無い世界で信じるつもりもなかったのに、最後に助けてくれた彼は別だったのではないかと、まだ何もない暗い世界なだけだったと思いたくなかった。 けれど、結局あの世界には救いは存在しなかったということが真実だったのかもしれない。だからこそ、改めて私達はあの場所の為に生きることをしっかりと迷いなく思ったんだと思う。 もう、周囲を見ずに、ただ目の前の敵しか見ていない彼のことを何も感じずただ見ていた。 彼の間に入るつもりはない。これは、彼の引き起こしたこと。 助ける仕事の対象ではない。だから、ただそこに立っていた私達の前で、倒れて動きをとめた化け物に悦ぶ彼。そして、動かなくなったそれにまだ止めのように撃つ攻撃の雨。 狂っている。 私達の知っている彼の姿はそこにはない。あるのは、とっくに狂って壊れた男一人。だけど、私達もあの日々が続けばこうなっていたのかもしれない。 「さて、丁度良かった。次の仕事の為、商品がないんだ。お前達は商品としてはなかなかいい方だからな。」 ここでせっかく会えたのだから、そう言って彼は銃を向けた。 「俺の為に『また』働いてくれよ。」 その言葉が真実だった。彼は、最初から私達を騙し、私達をあそこへ売り飛ばした売人であり、今回も引き起こした事件の犯人。 あの頃は知らなくて、助けてくれた恩人だと思っていたが、使える商品をただ次の為に逃がしただけ。そして、また次へ売る。その為だけ。 けれど、敵意を持って撃たれたその銃弾が私達に届く事はなかった。そもそも、私達だって避けられるし、弾くぐらいのことはできたが、第三者の手によって回避され、彼は取り押さえられた。 取り押さえる、地面から生える鎖。不自然に絡まり合いながら、処刑場の拘束された囚人のような絵になった状態に、何事かと反応が遅れる。 「あかんで。いくら知り合いやゆうても、すでにこれはあんたらの知り合いの皮を被った『化け物』やさかいに。」 そう言って、そこに現れたのはぼさぼさの頭に顔をゴーグルでほとんど隠れている男だった。 「こっちも確かに悪かったんは認めるわ。あんさんらんの探し人がここにいるいうん聞いたさかい、駄目元とはいえ、冥鎌はんに話して呼んだんやさかいな。」 それには「かんにんな」と言って、けれど、状況故に敵となったらちゃんと向かわな命いくつあっても足りない。そういう男。 実際、今まで生きた世界では事実そうだ。 「こっちの作業終わったっすー。」 そこへ、女が一人やってきた。彼女もこの男同様、袖につけているマークから味方なのだろう。 「おや、ここにいたっすか。はじめましてーファンラって言うっす。以後お見知りおきお願いするっすよ。」 そう、口早に挨拶をして、彼女は男に報告をした。ここにいる生きている人間は全て移動完了。あとはこの男だけだと。そして、もうすぐこの場所の片付けをしに『処刑人』が来るということも。その処刑人が何を指して、どういうことになるのかはわからないが、ただわかるのは、まだここには化け物がたくさんいるということだけ。 「ほな、帰りましょうカネ。冥鎌はんも丁度きたさかいに。」 ふわりとその場に舞い降りた彼に声をかけられ、少し情けない気持ちはあるものの、大丈夫とだけ、応えた。 「さて、君が『人間』を買い戻した相手は誰かいな?」 「さっさと白状するっすよ。」 そう言って話しかけるが、彼は何も答えない。このおかしな現状を作りだした男に警戒しているのだろう。 だが、私もセイ兄も、どこかで原因がわかっていた。 この世界には魔術というものが存在する。魔術に特化した国や街だってある。この辺りはどうも科学的で人工的なものが多く、それも人に害を成す者が多い。だから、非現実的な現象が理解できないのだろう。 彼は魔法というものを知らない。それが彼の敗北でもある。 「俺達は先に帰ろう。」 「でも…。」 「すまない。俺ももっとちゃんと相手がどういう状況か知っておくべきだった。」 そうすれば、お前達を巻き込んで、結果悲しませることはなかった。そういう彼に、私達は首を横にふった。 「ふっきれたっす。」 「そう、私達、彼のこと、気がかり。大切なもの、選べない。」 「選ぶことなかったっす。けど、たくさんあったことなかったっすからわからなかったっす。けど、はっきりしたっす。」 確かに助けてくれた彼に感謝はしている。そして、冥鎌に会えたことに感謝している。けれど、守りたいものは、違う。今回の事ではっきりした。 私達が守らなくても強い人だとは知っているけれど、守りたい。誰かを守りたいという気持ちには、嘘はないし、主だけを戦わせたくはない。 「俺達は主様の為に戦いたいっす。」 「ネルは、主様と一緒がいいの。」 不要なことを知った。けれど、私達の為に探してくれていたことが嬉しかった。私達の為に考えてくれていた事が嬉しかった。今まで、誰も私達のことを見て私達のことを考えてくれることはなかったから。 彼も同じ。彼は彼の為に私達に関わった。彼の役に立つから。それだけだった。 「そうか。お前達が決めたことには何も言わない。とにかく、帰るぞ。」 あまり遅くなると、それこそ凛々が暴れて大変なことになりそうだからなと言うと、二人は笑う。その日常が想像できて、それが私達にとっての大切な時間だったから。 その後、改めて行商人だと名乗ったロンに挨拶をして、後を任せて帰ることになった。入れ違いにその場所にやってきた黒服に黒マントの男が、先程彼等が言っていた処刑人という奴なのだろう。どんな人なのかは知らないが、あまりいい『気』はしなかった。どうも、生きている気配がないというか、つかめないというか。 まるで『死神』のようだと思った。 「そうだ。せっかくだから土産にお菓子を買ってかえろう。」 あと、汚れた服を着替えないとなと言った彼に、かっちりした、だけど動きやすいコートを貰った。 今日は思ったよりいい日かもしれない。 空は少し曇ってはいるが、雨は降っていない。いつものように、紅い傘を今日はささずにいる。かわりに、おまけだと言って一緒に貰った紅いりぼんが髪に結われ、風に揺れている。 |