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幻神楼の住人2〜夜舞う蝶(奇蝶Ver) その日、あたいとあいつは休憩だった。そしてばったりと会った。 ここにいる連中なら、ばったり会ったあたい等がどうするかなんてわかっているから、ほどほどにしなよと暖かく見守って声をかけて日常の中に戻っていく。 「今日こそ連勝してやるからな!」 「誰が連勝を許すかよ。というか、勝手に挑んでくるな!」 冥鎌に言われているので、5分以内で、力もセーブした上での勝負を突然始める二人。 お互い、最初にこういったことを始めてから1478回。勝率は半々で、未だにどちらも圧倒的なリードをとれていない。そもそも、彼女がこうもこの男に勝負を仕掛ける理由は、一番最初に負けたからだ。 徹底的に勝たなくては気が済まなくなった彼女は今もこうやって続け、未だに互い一歩も許さない均衡が保たれてしまっている。 だが、こうやって互いの実力を知り、訓練する手間が省けるのならと、冥鎌は自由にさせている。その結果、他の住人たちも暖かく見守ってくれるようになった。むしろ、がんばれよーと応援されることもしばしば。 だが、そういう生活も悪くないと思っているのもあって、楽しんでいるという自覚はちゃんと彼女にはあった。 そんな彼女がこうやって笑っていられるのは、今の環境がよいからであって、ここへ来た当初はこんなふうに喧嘩しあうことすらできる状態ではなかった。 違法な薬物で精神を壊され、違法な賭けである殺し合いの奴隷として、過ごしていたからだ。それも、あまりに強い為にクイーンと言われていたぐらいだ。 この世界には、無法地帯がいくつかある。エリア12のように立花が仕切ってしっかりある程度のルールが敷かれている場所だけではない。全く何もないところも、この世界には残念ながらまだ存在する。それが、国のお偉いさんの娯楽であることも事実だ。 だから、奇蝶は人間が嫌いだった。 「くそっ、負けた!」 「これで、また連勝ストップ。」 「腹立つ!」 次覚えとけよ!そう言って、あたいはそこから離れた。一回対決した後は一定時間開けてからじゃないと、ルール違反で負け数が増えるというものを冥鎌が言ったからだ。 かつて、ルールが絶対で、勝つことが生きることの全てだったあの暗い世界で、そう生きてきた私にとって、ルールを破ることが何よりも恐ろしかった。だから、今もある意味でトラウマだ。主は気にしすぎるなと言うが、なかなか治りそうにない。 急に足が震えてきた。柱を背もたれにし、そのままずるずると座り込む。こんなに弱いつもりはないのに、まだまだ弱い。そして、かつてのルールならとっくに死んでいるのに、まだ生きている矛盾。 「生きていて、いいのかな?」 あたいの、誰にも聞かれないであろう呟き。 「生きていて欲しいと思っているがな。」 反応が返って来るとは思わなかった。丁度、その通路を歩いてきたらしい、主、冥鎌が立ってこちらを見ていた。 「あ、主様…。」 「改まらず前見たいにれんれんでも冥鎌でもれんちゃんでも何でもいいぞ。」 「あ、えっと…。」 「今日は、どうやら本当にまいりきっているようだな。」 「あ…すいません。」 「謝る必要はないだろう?」 同じ目線までしゃがんで降ろした主に、抑えていた何かが切れた。零れる涙、ただ静かに主はそこにいた。 本当に変わっていない。あたいはあの時と同じだ。 摘発され、中止、多くの者達が捕まる中、あたいもそうなんだろうと思ったが、どうやら違ったようだ。 あたいは、あまりにも強すぎた。だから、あまりにも殺し過ぎた。ある意味、命令されて逃げ場なくやらされていたと言っても、ここのボスのようなものだ。クイーンとして誰にも恐れられ、殺すと言う殺意を向けられる存在。 捕まるのではなく、処刑が決まっていたようだ。 けれど、あたいに向けられていた銃口はあたいを殺す為の弾を放つことはなかった。 ここで初めてあたいは冥鎌と出逢ったのだ。 「彼女を引き取らせてもらいたい。」 「しかし…。」 「最初に約束しただろう。ここのこと、全て抑えて最小限の被害で潰す為に力を貸す。その代わり、私の邪魔をしない。」 「確かにそうだが、邪魔はしていな。」 「現に邪魔をしているではないか。」 冥鎌は、はっきりと奴らに言った。あたいを連れ帰る、と。それの邪魔をしているのはそちらだ、と。 まだあいつ等は何か言いたそうだったが、大人しく引き下がった。それではっきりとわかったことがあった。 冥鎌はただ者じゃない。 一切口を聞かず、また今までのように扱われるのかとぼんやり彼に言われるままについていき、着いた場所で無口な女に風呂に入れられ、改めて顔合わせをさせられた。 どうやら、思っている以上に冥鎌は権力者だったようだ。 「改めて。俺はここの主、冥鎌だ。こっちは凛々。で彼女はこの『幻神楼』の受付にして案内人の寧爛。」 後でもう一人紹介するが、それは後だ。そう言って彼はあたいの傍まできて、あるモノを渡してきた。それを見て、それを手にとって、あたいは驚きで言葉を失った。頭が真っ白になった。 何故これがここにあるのか、あたいには理解ができなかった。 これは、あたいがあの暗い世界に閉じ込められる前に奪われたものだった。 あたいには弟がいた。弟には恋人がいた。晴れて婚儀を交わす彼等に祝いとして贈ったお揃いの二つの腕輪。それが今目の前にある。 あの日、あたい同様に彼等も囚われ、ゲームに負けて二人とも殺されたと聞いていたのに、だ。 「ある女からの依頼だ。そいつは、稀に未来を見る先読みの能力者だった。だが、力が弱く、日常生活では役に立たない程度のものだった。」 「何の話しだ。」 「女は、突然見えた未来に、愕然とした。助けを求めたくても、誰に助けを求めていいのかわからない。その時、女はある場所を訪れた。少しだけの希望を見出し、その場所以外にもたくさん回ったのだろう。まだ訪れぬ未来が来る前に。」 そして、女が回避したい未来が訪れた。女はそれを受け入れた。 大切な人が、一番最初に殺される未来は回避できないことをわかっていたから、己の未来も、回避しても意味がないことをわかっていたから、女にとってもう一人の大切な存在の為に願ったのあ。 他所者であり、過去を先読みの能力を隠す為に隠したから不気味だと言われた女を、唯一大切な人と同じように、それも大切な人の大事な家族で、共にあることを認めてくれ、さらに祝福しようとしてくれた、家族になるはずだったもう一人を助けることが女の最期の願いだった。 女は視えていたのだ。元々強かったあこがれでもあった女性が、無感情に戦いの世界の中で生き、最後には悪夢は終わりを告げると言うのに、処刑される光景が。 生きる為に誰もが戦う中、やっと終わりが訪れるというのに、彼女だけが危険だということで処刑される。女はそれが納得できなかった。だから、己の死を回避することも、無理をすれば大事な人の死を回避することだってできるかもしれないのに、迷いもなく彼女を助けることを願った。 大事な人とも話をして互いに納得したことだったからこそ、迷いが何もなかったのかもしれないが、今ではいない彼女の想いなどわからない。 「俺は約束を守った。処刑させない、という願いを聞いた。だから、この後お前がどうするかは自由だ。だが、しばらく考える時間ぐらい必要だろう。寧爛が部屋に案内してくれる。休んで今後の未来を考えてみろ。」 話しは終わりだと言い、男はその部屋から去っていった。無表情な女がこちらですとあたいを連れだそうとする。ただただ、それについていき、案内された部屋の中でぼんやりと腕輪を見ながら一晩を過ごした。 気がつけば、朝だった。あの暗い中でいた時と同じように、ただそこにあるだけだった。 コンコンと二度のノックの音がし、ふっと扉の方へ顔を向けた。 「おはようございます。食事の時間です。支度の方はよろしいでしょうか?」 食堂まで案内するという、昨日もここへ案内してきた無表情の女を思い出す。そして、現実味がわかなかったが、やっと少しずつ家族の死と、あの暗闇からの解放の実感が湧いてきた。 そして、悲しいと言う感情も同じように戻ってきた。 その日、出された食事は、あの世界で生かされるだけにとるように言われた食事なんかと違い、暖かくて優しい味がした。そして、嬉しくて悲しくて、泣いた。 その姿にどうしたんだいと、料理を作ったという女がおろおろしていたが、おいしかったからと途切れ途切れの声で言うと、そうかいと嬉しそうに笑って、頭を撫でてくれた。 やっと、まだ生きていると言う実感が湧いてきた。 その後、あたいは適当にぶらぶらこの幻神楼という建物の中を歩いた。建物自体は広いが、ほとんどが参拝客用というより、住みついた住人の為の住居となっていることが多い。そして、中庭のように、外に出られるスペースもあり、もちろん、そこまで高くはないが壁があり、外からの外敵が入れない程度の壁で区切られているけれど、閉じ込められているという感覚はない。 今までを考えると、本当にここは平和だった。 「あいつ等も、こうやって生きて行って欲しかった。」 あたいだけ、生き残るなんてことにならず。助けてくれた行為を無駄にしたくないから、追いかけることはできそうにないけれど。本当なら、こうやって平和に過ごせるはずだった弟と、弟を心から愛してくれていた少女を思い出す。 あの暗い世界の中で、唯一取り上げられなかった一枚の写真。あたいにとって何よりも大事なそれを奪うことが、暴れて手に負えないという事態を招くのならと、一度あったきり手を出されずずっと手元にあったもの。 大分汚れてしわしわになってしまったそれに、苦笑する。いつか、弟の顔も霞んでいって、この写真のように忘れてしまうのではないか、と。 けれど、それであたいの笑ってる顔が好きだと笑っていた弟の面影だけは今も決して消えていない。 顔を思い出せなくなっても、きっと気にするなと言って、また忘れないようにいつか会いに来てやるといいそうだ。 「あたいはまだ、生きていた方がいいのかな。どう思う、リリ、シェリ。」 まだ覚えている、二人の愛称。いつか、それすらも忘れてしまうのではないかと思えるぐらい、先の見えない暗闇の中にいすぎた。全てが今更なのではないかと思うぐらいだ。 突然の人の怒号。混乱する気配がなければ、そのままあたいはそこでぼんやり立っていた。 けれど、声に反応するように現場へと走った。 何やらもめている様子で、人だかりができていた。けれど、どちらかというともめていると言うよりも一方的に相手側がこちらに何かを要求しているようにも見えた。 あたいは人の中に紛れ、近くにいた奴に何があったのかと聞くと、簡単に教えてくれた。食べ物や金銭の類を寄こせと言う、どこにでもいるような山賊なのだと。そして、丁度今は主が留守である為に誰もある程度の自衛はできても戦いの心得がなく、このままおしいられてしまうと言っていた。 あたいはすぐに、この場所が荒らされるのが我慢ならなかった。ここは、大事な家族が訪れたであろう、そして思い出を返してくれた場所なのだ。 また、奪われるわけにはいかない。 自然と持っていた細身の剣を抜いた。 それを見た相手はこちらを敵とみなし、襲いかかってきた。あの受付だと言っていた女もそこにいて、戦う方向に決めたらしく、住人達に下がる様に指示を出していた。 そこへ、違う奴が一人、混じった。あいつらに敵意を向けているようだから、敵ではないのだろう。 あたいはそいつと一緒に、この場所の『敵』とみなした連中を次々に倒していった。 ふと、一人が近くにいたまだ幼さの残る青年に掴みかかった。まだ逃げていない奴がいたのかと舌打ちをしたが、それは杞憂に終わった。 その青年もまた、戦いに加わった男と同じで、こちら側の、戦える人間だったのだ。 何をしたのか最初はさっぱりわからなかったが、医学の心得がある為に、人体の急所やツボに詳しく、針を刺して動きを止めたのだと言われたら納得するしかなかった。 とにかく片付いたが、つい出てしまって主である冥鎌に迷惑をかけてしまったのではないかと、今更思って焦る。 おろおろすると、男が声をかけてきた。 彼はここで過ごす住人で、どちらかというと主が留守の間に守るのを仕事にして、それ以外は適当に過ごしているのだと言う。そして、もう一人の青年は同じく住人で、怪我した者達の手当てを優先に、外敵に対するトラップや毒などによる支援及び住人の誘導をすることを仕事にしているのだと言った。 「すまない。また面倒をかけたようだ。」 丁度戻ったらしい冥鎌が姿を見せた。 「いや、そんなことないですよ〜。好きでやってるんだから。これでも、まだまだ恩が返せないと思う程度には。」 「そんなこと、思う必要はない。」 「そう言うと思ってますけどね〜。」 「そうです。助けてもらったから、けれどここにいたいと思ったから、ここで主様が言うように好きにしてるんですから。」 そう言った彼等に苦笑し、冥鎌が改めて二人のことを紹介した。 留守にすることが多い為、人が増えると意見の食い違いや危険の際の指示系列がないと面倒だということで、彼等二人に防衛の面を頼んでいるのだと言った。 そして、昨日紹介した凛々が筆頭に敵を倒し、受付で足止めし、他の者達を巻き込まないように誘導する。 ある意味、組織化するつもりはなかったのに自然と出来あがった効率のよい、ボランティアによる組織形態。 留守の間程何かあった時に困るので、何人かがこうやって自主的に行動してくれることは助かるのだと、彼は言った。だからこそ、そのメインで動いている連中のことは最初に来た連中に紹介をしておくのだと言った。何かあれば、その者達に話しを通せば、自然と主である冥鎌にも届く。 「しかし、最初から巻き込んだようで、すまなかったな。」 「いや、あたいこそ、勝手にでしゃばってすまなかった。」 「けれど、助かった。」 ありがとう。そう言われたことが、あまりにも久しぶりで嬉しかった。それに、今までと違い、久しぶりに体を動かして楽しいと思えた。何も感情もなくただ目の前に立ちふさがる敵を倒すだけの日々とは違い、動くものがあった。 それが少しだけ、人に戻れた気がしたのだ。 「あ、あの!」 「何だ?」 指示を出し、捉えた連中を連行していく三人を見送る冥鎌。そんな彼に、あたいは今の自分の意見を聞いて欲しくて声をかけた。本当なら、彼のような人に声をかけることすら、できる立場ではないのかもしれないが。 「あたい、ここにいたい。ここで、守りたい。今まで知らない間に守られて…なのに、奪い続けたあたいがそんなことできるのかわからない。けど、嬉しかった。おいしかった。まだ、お礼もちゃんと言えていない。ちゃんと自信持てるようになって、ちゃんとお礼を言いたい。」 だから、ここにおいてほしい。また剣を持つ許可が欲しい。そう頭を下げたあたいに、ぽんと頭に手が触れる。 「好きにしたらいい。それに、そういうことは頼むことではない。こちらこそ、これからもこの場所を頼みたい。」 「あ、おう!あたい、あ…わたしは弟や彼女に胸張って生きてるって言えるように、生きて生きて生きる!」 そしていつか、ちゃんと二人に顔向けできるように生きて、埋葬して死での旅を改めて見送ってあげたい。 死者に対することは、全て生者の勝手な感情によって行われることで、死者に届くものはないのかもしれない。けれど、ちゃんとけじめをつけたかった。 あまりに罪に汚れ、何度も己を殺そうという逃げ方を選ぼうとしたあたいだから、生きたいと願って生きて、改めて会えるかはわからないけれど、二人に正面からいつか死後の世界で逢いたいと思った。 「そうか。ならば、まずはその髪をどうにかせねばならないな。」 彼が持っていたのだろう、ハンカチ。バンダナのような大きな黄色のそれを、すっと髪にふれ、ぼさぼさの髪を束ねて結いあげた。 「こうした方がすっきりしてて世界が見やすいだろう。」 生きて行くのなら、しっかり世界を見た方がいい。そう言って彼はあたいをようこそと歓迎し、住人となった。 それから、警備を担当すると言う男、琴詠に勝負を挑み、手加減されて負けたことで絶対倒すと言う目標もできた。 もちろん、最初の一回で建物の一部を破壊してしまった為、ルールが出来てしまったが、それはあたいにとって悪いルールではなかったから、自然と受け入れられた。 あれから数年。私は変わらず琴詠に勝負を挑み、未だに連勝をできずにいるというわけだ。 「それにしても、まだそれを持っていたのか。」 「ああ、当たり前ですよ。」 何度も使う為に、少しぼろぼろよれよれになった黄色のバンダナ。最近では戦いの間に破れたりしたくなくて、腰に結っている。上着のせいで、ほとんど表面上は見えないそれ。これがあると毎日生きていてもいいと思えて、お守りみたいになったからか、ないと不安になるのだ。 「お守りなんですよ。あたいにとっての始まりの。」 「ああ…生きて生きると宣言した時からだったな。」 「そうです。」 「なら、弱気になったら心が負けるぞ。」 「そうです、ね。」 うーん、こんなうじうじするのはらしくなくて嫌だ。穴があったら入りたい。思いの外重症のようだ。 「まったく、何がそんなに不安なのかは知らないが、俺はお前にとても感謝している。今ここがこれほど平和であることができるのも、お前やあいつ等が留守の間もしっかり守ってくれているからだ。それに、他の連中と同じように助け合って生きているからだ。俺はそんなお前達が誇りだ。」 出会えて嬉しい。だが、それが負担になるのなら、これ以上望むつもりもないのだと言う彼に、あたいは顔を上げる。 「そんな、あたいは好きでやって…でも、本当にあたいはこんなに幸せでいいのかって思うんだ。だって、弟も…アイツだって、幸せを選べたはずなのにっ!」 あたいが今も気にしているのは家族と家族になるはずだった女の存在だ。二人によって助けられ、冥鎌と出逢えた。 だからこそ、あたいだけがと、何度も思うのだ。 此処にいる連中は皆あたいのように、過去に何かしらあった連中ばかりだ。お互いそれにふれることはしないし、気さくでいい奴が多くて過ごしやすい。だからこそ、忘れそうになるのだ。忘れてはいけないのに、楽しいと思う間、あたいはその楽しい環境の中で楽しい思い出に囲まれて、二人のことを考えていない。 いつか本当に忘れてしまいそうで怖いのだ。 「馬鹿なことを考えてるんだな。」 「馬鹿ってっ!主様、あたいは真剣です!」 「ああ、そうだな。お前はそういうところはクソ真面目な奴だ。だからこそ、連中もお前の笑顔の為に接している。お前を知っているからだ。お前がそう言う事を言うと、それこそ、今を生きているあいつ等に失礼だろう。」 「っ…でも…。」 「死者を軽んじることはないと思うし、忘れろとも忘れるなとも俺が言える立場ではない。確かに大切な人を失うことは辛いことだ。俺もかつて大切な人を守れず死なせてしまった。今も後悔している。もっと早く気付ければ変わったのではないかと。だが、起こってしまった過去に囚われたままでは何もできない。それこそ、生きてほしいとお前のように俺も言われてしまった身だ。むしろ笑って今日も生きていた方がそいつも嬉しいのではないかと思うようにして、今ここにいる。お前はどうだ?あいつ等はお前がそうやって過去に囚われて悲しむ姿を見てどう思う?お前が幸せそうに前を見て歩いて生きる姿に文句を言うのか?どうだ?」 きっと、弱気になったり泣いたり、そんな姿を見たら反対に心配して迷惑をかけるだろう。それに、あたいが幸せだったら、きっと応援してくれるだろう。それだけ、優しい弟だし、優しくて思いやりのある弟には勿体ないぐらいのいい女だった。 「ごめんなさい。弱気になった。」 「ああ。気にするな。そう言うときは人間にはある。」 暖かい、人の温もり。優しくなでてくれる頭。 「そうだ。先日はありがとうな。おいしかった。」 林檎の礼だといって、今度は綺麗な黄緑色に、刺繍のはいったバンダナをくれた。 そして、また明日琴詠との勝負頑張れよと言って、冥鎌は去っていった。 本当に敵わない人だ。落ち込んでいたら出てきて、二人のことを思い出させて…あの時と同じようにまた貰ってしまった。もうほとんど記憶のないお母さんの手みたいだ。そう言ったら怒られるかな。そう思って、クスリと笑みが浮かぶ。 やっとあたいらしい笑顔が戻った時、あたいは気晴らしに琴詠に勝負を挑もうとしたが、逃げられてしまった。 どうやら、お預けのようだ。せっかく機嫌がよくて勝てる気しかしないというのに、残念だ。 |