幻神楼の住人〜命の重み(ホーレインVer

 

 

思えば、あっという間だったのかもしれない。

戦争の最中では、長く感じたが、期間として、歴史の中として、それはとても短いものだった。

だが、その短い間に多くの命が奪われた。

僕の両親は医者で、僕もいつか両親のような人を助けられる医者になりたいと思った。

だけど、医者の力はとても小さく、戦争の前では無力なものだった。

どんどん増える患者と、手の施しようのない者達の命の灯火が消えた骸。

ある意味、街はかつての姿もなく、人の骸で溢れかえり、人が住める環境ではなくなった。

そして、僕の街が属する国が戦争に負け、支配される側となった。

人個人の権利は存在しない。それが敗戦国の定め。寛大な措置がとられる場合もあるが、僕のところは一番最悪なケースだったのだろう。

医者になりたいという夢は諦めなければいけない程、望みのまったくない世界に成り代わった。

元々、僕がいた街はそこまで大きなものではなく、あくまでちかくにある資源を手に入れたくて起こされた戦争だ。資源が手に入れば、人などいらない。感情などいらない。

次に欲しいのは、純粋な最大限利用できる労働力だった。

生き残った、憔悴しきっている人間をどんどん集め、奴隷として捉えられる。

そして、名前を奪われた。

 

 

 

あれから、どれだけの日時が経過したのか定かではない。毎日同じ繰り返しで、だけど日を確認できない日も場所によってあった為、正確にわからない。だが、数日なんて優しい日数ではないことは事実だ。

昨日は一緒にいただろう奴が次に見たときにはいなくなっていることもざらにある。

ここでは僕たちには何一つ自由も権利もない。ただ言われる目の前にある仕事をこなし続けることだけが赦された世界。元々憔悴しきっていた人間の集まりだったので、次々に死んで行った。そして、その骸は裏の森へ捨てられていった。

誰にも身取られず、埋葬される事もなく山づまれていく山。腐り落ちて行くその様は地獄絵図のようだった。

そして、時々おかしな薬物の耐性を見る為に連れて行かれる連中もいた。生きてはいるが動けなくなった者達が対象だ。結局、その者達がここへ戻って来ることは二度となかったが。

そんな毎日。僕は自分が誰であったのかも忘れかけていた。夢もとうの昔に諦めていた。

いつか遠くない未来に、僕もここで死に、誰かもわからなくなったまま、骸の山に一部になるんだろうとぼんやりと思っていた。

ある日、しばらくそのまま待機だと集められて閉じ込められたまま数日ぐらいの長い時間をぼんやりと過ごしていた。今までならばありえないほどの『休憩』の時間に不審には思ったが、意見をする権利もないので、誰もが口を閉ざして、お腹が減ったのを気づかない振りをして過ごしていた。

その時、突然響いた地響きに一気に眠りから覚める。周囲の連中もざわつき、すぐに騒がしくなった。

逃げられないように固く閉ざされた扉。開けろと悲鳴のような叫びが周辺に響き渡る。だが、誰一人監視すらこなかった。

強くなる地響き。そういえば、思い出したことがあった。

この資源をかつての国がそこまで利用しなかったのは、昔からすぐ近くにある森の奥に化け物が住んでいるという噂があり、それが実は本当で、この地を守る番人だとか。けれど、その真相をしる王族は全員処刑されていないし、一般人の僕たちが知る由もない。

だが、この地響きは人のものとは思えないし、きっと神の怒りなのだろうと、次第にそこにいた人々は諦めて座りこんだ。

全員がもうここで死ぬんだと思った。その時だった。

薄暗いこの場所ではありえない明るい光が差した。

「あーっ!みーっけ!れんちゃん、たくさんいるよ〜。」

この場に似合わない、明るい子どもの声が響いた。全員が一斉に顔を上げて、声の主の方へ顔を向けた。

そこには確かにまだ年端もいかぬ少女が立っていた。いったいどうやってここへきたというのだ。

あの地響きの正体がわからないが、逃げれば簡単に殺すような見張りがたくらんいたのに。

「皆さん、ご無事なようですね。」

次に現れたのは、不思議な雰囲気を漂わせた優男だった。

「皆さんは数日ここにいて外のことを知らないと思うので、簡単に説明します。」

男はそう言って、驚きの事実を僕たちに告げた。

急に、現在ここを支配する国の中枢で事件が起き、さらに街で伝染病が流行った。そのせいで、人がたくさん死に、資源の採掘をしている場合ではなく引き上げて行ったそうだ。そして、この場所は大分無茶をしすぎたせいで、元々この下に空間があり、そこにかつての王の財宝とも呼べるものがあったが、崩れやすくなって避難しないと危険であること。

崩れれば二度と財宝が表舞台に姿を見せることがないことも伝え、かつて僕たちの誇りでもある国の全てが本当になくなることになるが、生きる意思があるのなら、安全な場所まで誘導するという男に、誰もが戸惑いながらもここから出ることを望んだ。

己の意思で外を見て、己の意思で、生死を決めたい。誰かに定められ強要されるのではなく、権利をもう一度手に入れた上で選びたい。

男は少女に言うと、少女はいとも簡単に柵を壊し、僕たちを縛る鎖も斬った。そして、急いで慌てると崩壊が進むので、ゆっくり着いてくるように言われ、僕たちは見知らぬその少女と男の後を続いていった。

長い道のりを歩いた。

途中で、ここまできたら安全範囲だと男は言ったが、今の調子ではどこにも行けないだろうから、屋敷の方へ今日は来てもらうと男は言った。

また、同じように働かされるのかと思ったが、そんな身がまえはいらなかった。

途中で逢ったのは馬が数頭と男が数人。そして、馬の後ろには車輪のついた簡単なむき出しの屋根もない板があるだけの『車』があった。

全員が疲れているだろうからとの配慮に、涙があったら出ていたかもしれない。

久しぶりに人と同じ扱いされ、人のぬくもりに触れた。

連れてこられた場所は、僕たちも知っていた信仰の地、幻神楼だった。参拝客が多いここは、医者である父も何度か足を訪れていたらしいところで興味があった。

来る者拒まず、去る者追わず。中では各自が好きに生活をするコミュニティが形成されている。

僕たちと同じくらい、もしくはそれ以上にいるのかもしれないが、それ程多くない人数がそこで生活していた。

今更だが、僕達はあの戦争で、あの後の労働で、たくさんの人が死に、結局今生き残ったのは20人いるかいないかだ。

迎え入れてくれたこの場所は、心も体も疲れ切った僕達に暖かいスープと毛布を差し出してくれた。

もう少しだけ、生きていたい。きっと皆そう思ったことだろう。

これからどうするかはまったく決めていないが、今日はこのままゆっくり久しぶりに見た蒼い空を眺めていようか。そう思った。

その時、あの男が声をかけてきた。

「あ、えっと、ありがとうございました。」

「気にすることはない。」

「でも、まさか貴方がここの人だとは思いませんでした。それに、ここは何だかあったかくていいですね。」

「そう言ってくれるとうれしいものだ。ああ、そうだ。今回のことは別に何も気にすることはない。父君からの頼みだったからだ。」

ほらと、差し出された一枚の手紙。それには、懐かしい父の字で書かれた過去からのメッセージだった。

≪私は最期まで医者としての誇りの元、医者として生きて医者として死ぬだろう。

 だが、お前はまだ若い。医者をまだまだ知らない。そして、世界はもっと医者が必要だ。

 お前は今は生きなさい。生きて生きて…自分の意思で生きていきなさい。

 いつか、同じ医者として同じ舞台の上で背中を任せられる補佐になってくれることを願った。

 けれど、時間がないようだ。知人にお前のことを託す。きっと生かしてくれるだろう。

 だが、あくまで一時的にだ。最期にはちゃんと一人で立って生きなさい。

 あしているよ。愛しい私の息子…ホークレイン≫

涙は枯れたか…いや、枯れていない。そう思い込もうとして、逃げていたのだ。

どうせ死ぬのだから、と。

「父さん…母さん…。」

一度は投げやりにした己の命。誰よりも医者として命を助けることに真剣だった二人の想いを裏切る行為。

「ごめんなさい。ごめ…ごめん…。」

泣き崩れる僕。男はただ同じようにしゃがんで頭を撫でてくれた。

かつて父がしてくれたように、とても暖かい手だった。

 

 

 

あの日、しばらくして心身ともに回復に向かっていた僕等は順番に近くの街へと出て行った。

最後に残った僕も、街へ出て新しい人生を歩むはずだった。けれど、どうしてもその一歩が前にでることはなかった。

あの日あの後、実はあの男がここの主で神と崇められた偉い人であったことを知り、あたふたしてパニック起こしてよくわからないことを口走ったことは記憶にある。あれはとても恥ずかしい思い出だ。

治療する上で、医学知識がない者達ばかりだし、外へ薬草を取りに行くにしても、毒草との区別がつくほどの知識がない。だから、医学的な知識で出来る限り教えてやってほしいと男に言われ、僕は自然とここにいる人達と話をして仲良くなった。元々、危険地帯にある薬草入手の為に出かけたりしていたので、簡単な体術や逃げ方はできるし、体力もそこそこあった。だからこそ、生きのこれたのだろうが。

そのおかげもあって、いつの間にかここの住人のようになっていて、少し旅立ちが寂しいと思えたのだ。

「どうした?」

「えっと…。」

「俺は最初に言ったはずだ。ここにいるのも出て行くのも好きにすればいい、と。」

「っ…あの…。」

確かに言われた。けれど、皆出て行くのに、自分だけなんていえない。皆前を見て歩きだしたのに、自分だけまだ前に進めず囚われているのではないかと思えて、どっちも選べていない。

「お前がやりたいことをやればいい。そうだろう?人生なんて一度きりなんだ。」

望みは何だ。そう言った彼に、少しだけ戸惑い、ためらうような弱気ではあったが、確かに僕は意思を持って選んだ。

「ここに、いたい。ここに、いたいんです。」

暖かいここが、僕は好きだった。僕も何かできるのなら、今度はちゃんと守れる人間でありたい。ここでなら、まだやることがある。そう思えた。

それに、もうひとつ理由があった。

「貴方が父の手を借りたから、父の願いを一つ叶えると言った。そして、父の願いを貴方は叶えた。その結果、僕は今生きている。」

僕とは関係のないところで起きた連鎖のような行動の数々が、僕を生かした結果を生み出した。

「僕は、貴方に何も返せていない。貴方が返したのは父への恩だ。僕は、父と貴方に助けられた。僕は、貴方にお返しがしたい。」

押し付けたいわけではない。そんな傲慢なことは考えていない。

ただ、あまりにも僕は彼のおかげでいろんなことを考えられた。いろんなことを知ることができた。いろんなことを学んだ。これからもいろんなことをここで学べる気がした。

「お願いします。何でもするから、ここにおいてください。」

真っ直ぐ言った言葉。下げた頭。断られたらどうしようという不安はもちろんあった。けれど、彼はあの時と変わらず頭を撫でて好きにしたらいいと言ってくれた。

「ここを好きだと言ってくれるのは嬉しい。それに、医者が欲しいと思っていたところだ。」

「え、じゃあ…。」

「これからも、ここで皆の為に力を貸してくれないか?」

「はいっ!」

差し出された手を握り返す。対等に扱ってくれることがとてもうれしかった。

そして、また夢の再出発をきれたのが嬉しかった。

だって思い出したのだ。どうして医者を目指したのか。ただ父と母が医者だったからじゃない。

二人の患者が、タオルを渡すと言う些細なお手伝いであったが、それに対してありがとうと言ってくれたあの笑顔が嬉しかったからだ。そうやって笑顔に出来る父と母が誇りだった。だから、そうなりたいと思ったのだ。

「じゃあ、これを渡しておく。」

そう言って彼は、僕に二冊の本をくれた。それは医学書と言語学の基本から書かれたものだった。

とくに言語学はこの辺りで使用されるものと一般的にしようされる言語、独特な言語の種類などが簡単に記されたものだった。

「まずは、基本を完璧に。その二冊をしっかり読めたら…実践できるようになったのなら、応用の本も渡そう。」

急いで一気につめても意味はない。人の命を預かるものなのだから。

「それに、それはお前の父が次の誕生日に贈ろうと思っていた、あの男もかつて何度も初心に帰って読み返した本だ。」

父を追いかけるのなら、ある意味で近道だ。そう言った彼に、何度も礼を言った。

こうして僕は、改めて名前を奪われたので彼につけてもらい、『ホーレイン・クレイン』として名乗ることにした。

まだ見習いであるが、いつかはちゃんとした、医者になれるようにと意思をしっかり決め、貰った本を大事に今も部屋においている。