*注意* この内容には、同性に対する好意を持つ表現が含まれています 嫌悪される方はお戻り下さい 狂った道化師の降らす紅
ボクは知らなかった。 嫌われているとは思っていたけれど、殺してしまいたい程、憎まれていたなんて、知らなかったんだ。 ボクとあの子は、最初はただの他人だった。再婚した親の都合で兄妹の関係になっただけの、ツギハギの家族。 それでも、苦労した母親のことを思うと、自由にしたらいいと思っていたから、ボクは反対しなかった。 最初こそ、知らない相手との生活だったので、ギクシャクしたところがあった。けれど、次第に落ち着いた。一定の距離はあるものの、それなりに普通の幸せな家族だったと思う。 あの子も、妹というより年下の知り合いという感じに近く、仲がよいというわけではないが、そこまで悪い関係ではなかった。 だが、いつからかあの子はボクを避けるようになった。そして、鋭い殺意が籠ったような目で睨みつけられるようになった。何故そうなったのかはボクにはわからない。 けれど、あの子にとってボクは嫌われている存在であることだけは認識できていた。だから、こちらも近づかないようにしていた。 もしかしたら、それがいけなかったのかもしれない。この時、最初に確認しておくべきだったのだ。けれど、残酷にもあれは現実で、時は戻らない。 その日、ボクは幼馴染で親友の家に泊まりにいっていた。 あの子にとって、ボクが居ない方が家でゆっくりできると思ったから、時折、ある意味逃げるように彼の元へ泊まりにいっていた。 彼はいつも突然でもボクを出迎えてくれた。 今では家族よりもボクを理解してくれる、大事な存在だったから、彼と一緒にいる時間はボクにとっては楽しい一時だった。 けれど、それこそが、あの子と彼を狂わせることになることに、ボクは気付いていなかった。 泊まりの日、あの子が訪ねてきて、彼と何か言い合っていた。あくまで彼とあの子の問題だとしてボクは彼の部屋で大人しくしていいようと思った。けれど、その時、扉の外にいたあの子と目が合い、それはもう、親の敵を見るような目で睨みつけられた。 そのせいか、ボクはそこから動けずにいた。まるで蛇に睨まれた蛙のような気分だ。彼が扉を閉めてこちらへくるまで、声をかけられるまで、ボクはそこで止まったままだった。 ここから、ボクは大きく運命が変わることに気付いていなかった。母親は鈍くてぼんやりしてるから、いつも周囲に目を向けて気をつけなさいと言われてきたのに、本当にバカだと思う。 その日、ボクはあの子が彼に告白して、彼は断ったことを知った。あの子が好きだと言うことは知らなかったが、会う機会があったので、ないという可能性はないのだからそうかとだけ思った。 だが、ボクはその時言葉を選び損ねた。 彼は好きな人がいるからと言って断っても諦めてくれなくて困ってると言った。だから、あまりあの子と関わらないようにした方がいいと思っていたけれど、家族が彼を困らすのはボクも親友として思うところがあったので、帰ったら言っておくと軽く言い、そして今まで告白されることがあっても断り続けた彼が好きな相手が居るというのは初耳で、興味がわいたから聞いた。 それが、全ての引き金だった。 困ったような顔で笑った彼は、内緒だと言った。少しだけ内緒にされて、ボクが知らないことがあるのにむっとしたけれど、彼の問題だから、それ以上聞かないことにした。 「じゃあ、ボクが好きな人できたら、最初に言うから、天人も教えろよな。」 純粋な、親友だからこそ言った、このボクの一言が彼を壊すなんて思わなかったんだ。 結局、あの子のことも彼のことも、ボクのせいなんだろう。 さっきまでの困ったような、けれどその相手を思っているのだろう、優しい笑顔が消え、真剣な、けれど悲しい目がボクを映す。 「ひどいこと、言うな。…わかってる。俺が悪いってことぐらい。けど…俺は…。」 がっと突如掴まれた腕と背中の痛み。何が起こったのかまったくわからず混乱する頭。 ただ、ボクが彼に押し倒されて、見上げた先には彼の顔と部屋の天井が見えたことで、何とか今のボクの状態を理解しようとした。 「言うつもり、なかった。きっと、お互い違う誰かと共にこの先の人生過ごすことも。けど、諦められる程、俺は大人ではない。」 「何のことだ?なぁ、天人、どうしたんだ?」 彼が言いたいことがまったくわからない。 「俺は、初めて会った時、うれしかったんだ。お前が言ってくれた、あの言葉。」 「初めて会った時?…あ、あれか。誰からも必要されない。ただ一人でもいい、必要とされているお前がうらやましい、って奴か。」 「そうだ。俺は、家が家だから…言ったことないけどな、いらない子どもだった。」 「そんなことないだろっ!」 「誰もそんなこと言ってくれなかったさ。力も弱い俺は、いらないゴミと同じだった。」 「何言ってるんだよ。」 ボクは彼の言ってる意味がほとんどわからなかった。育った環境や家の事情を知らないということもだが、必要ないと家族が言うとはボクは思えなかったからだ。そう言う意味で、ボクは愛されて育ち、孤独という意味を知らなかったのだろう。 「適当に世界を旅して、適当に死のうと思った。そんな俺に話しかけてくれて、友達だと言ってくれたのも、必要だと言ってくれたのはお前が初めてだった。」 ずっと、彼は一人きりで必要と言ってくれる人を探していたのかもしれないと言った。そして、一人きりでいることに疲れて死のうとした時に出会ったボクに、一目ぼれしたのだということも同時に告白されてしまった。 最初は普通に聞いていたが、すぐに告白の意味に気付いて、頭に血が上る。 「ちょ、待てよ。おかしいだろ、それ。」 「そう、おかしい。だから、誰にも言うつもりないし、お前の、影斗の自慢の親友で居続けようと思った。」 なのに、お前はそんなことを言うと、先程ボクがいった言葉を指摘した。確かに、今の話が事実なら、知らなかったとはいえ、ひどいことを言ってしまったことになる。 だが、誰が想像できるだろう。兄弟みたいな感じで仲のよい友達だと思っていた相手が、そう言う意味で最初から好きであったなんて。 そもそも、恋というものすら無縁のような世界で生きてきたボクが、そういった感情を誰かに持つことすら一種の奇跡に近いかもしれない。 「天人…ボクは…。」 「別に無理に返事しなくてもいいよ。期待もしてないし。」 はじめから諦めているようなその返答に少しだけむっとする。 「確かに急だし驚いたけど、最初からあきらめるなよ。ボクは最初から決めつけるのは嫌いだって言っただろ。最初にも言ったはずだ。そうだと思っても、最後まで足掻いて、それでも駄目ならそれを諦めるのではなく受け入れるんだ。何もしてないのに最初からあきらめるのは逃げるのと同じだから、ボクはそういう奴は嫌い。だから、もう少し見方を変えてみて生きてみろって、言っただろ。」 叶わないと思って、今まで黙っていたのなら、最後までそれを貫けばいい。それができないのなら、諦めずできる限りの事をやってから、見方を変えろ、そう言った。 「ボクは、その気持ちに応えられるかはわからないけど、天人を否定するつもりはない。最初の時、それも言っただろ。お前をお前として見てくれる奴がいないことはない。みてくれる奴の事を知って、見てくれる奴のことを大事にしたら、思いも伝わるかもしれない。そう言ったボクが答えられてないのは問題だけど、絶対に存在を否定はしない。」 だから、胸張って言え。そして本気ならボクが好きになってもいいと思えるような…とりあえず落としてみせろ。そう言ったら、少し驚いたような顔をしていた。少しだけ、偉そうだなと思ったけど、撤回する気はなかった。 この諦め癖のある彼を、前向きにできるのなら、途中で何かおかしなことを言っているような気もしたが、むしろ受けて立つと言う感じで言いきった。 よく考えれば、押し倒されて逃げられない状態だ。すでにピンチだったようなと思ったが、そんなことは後回しだ。 「お前は、ボクの信頼を裏切る、相手を無視して話を進める馬鹿か。それとも…。」 「まいったよ。そうだった。俺はお前のそういうところにも、惹かれた。」 手を離し、そして手を出して起こしてくれた。問題は解決していなかったが、その日はそれ以上何かあるわけでもなく、いつもと変わらない親友と過ごす時間のまま終わった。そして、あの子の事を、色々ありすぎてボクは忘れてしまっていた。 あの日から数日経ったある日のこと。両親が出かけてボクとあの子が二人だけ残ることになった家。思ったより静かで彼の家に泊まりにいったら良かったかと思ったぐらいだ。 だが、あの子は女の子で、一人にしたら夜の中物騒だったから、ボクは家にいることにしたのだ。 まさか、強盗のような他人ではなく、家族に刃を向けられることになるなんて思ってもいなかったから、気まずい雰囲気が漂っていても、比較的くつろいでいた。 突然、大きな音と共に、モーターが回るような音と、何かが壊れる音がしなければ。 はっと音の方へ振り返れば、チェンソーを両手で持って、周囲の壁を傷つけながらもこちらへ近づいてくるあの子が目に入った。 「な、どうしたんだよ、いきなりそんなもの持ちだして!」 立ち上がって少し距離を取り、相手の出方を見ながら話しかけると、顔をあげたあの子の睨む目に溜まった涙に目がいった。 「あんたがいたから…あんたさえいなかったら!」 大きく振りかぶってそれを振り下ろす。咄嗟にボクは避けた。あそこで避けていなかったら、えぐれた床のように身体に穴が開いていたことだろう。そのことを頭が理解して整理する前から、顔が真っ青になっていたと思う。 「全部、あんたのせいなんだから!そう、全部全部全部!あんたさえいなかったら、私は一人でいることもなかった!あの人からも愛されていた!」 一人と言う言葉と、あの人が天人だと認識できた瞬間、ボクの身体は逃げることを止めた。 一人であることを知らないボクは、一人で生きてきたといった彼のことを理解することはできない。けれど、人は決して一人で生きることはできないと思うから、一人だと思わないように、ボクが一緒にいてあげると手を差し出した。その日から、彼は少しずつ笑うようになって、ボクも嬉しかった。 けれど、ボクは一人ということを知らないから気付けなかったようだ。あの子もまた、このツギハギのような家族の中で一人であったのだろう。結局、ボクは何も知らずにいて、気付かないままでいた。その罰だったのだろう。 けれど、納得いかないこともあった。あの子の父親のことだ。一度だけ、聞いたことがある。母親がいないことで、仕事ばかりで寂しい思いをさせすぎたと悔いているあの言葉が嘘だとは思えない。 「でも、義父さんは君の事…っ!」 「うるさい!あんたに何がわかるっていうの!あんな人、父親だと思ったことないわ。私に興味がないんだもの。あんたが…あの女と再婚してから、あの人の興味はあんただった!いつも言われたわ。どうしてあんたみたいにできないんだってね!」 成績がいいから、比べられていた。元々薄かった興味がさらに薄くなり、距離があいていくのが、引き留めたくても手が届かないもどかしさが、愛されてきたボクにはわからないでしょと怒鳴られた。 この時、ボクはもう一人の一人ぼっちの存在に気付けていなかったことに改めて気付かされた。そして、お互い気持を確かめることをしてこず、距離ができていたのに修正してこなかったことを思い知らされた。 いつでも、正確に伝わっているなんて、自惚れていたつもりはないけれど、開いてしまった距離が、あの子を追い詰めた。義父もまた、それに気付いて手を伸ばせずにいた結果、どんどん開く距離が修復不可能な状態にまでいってしまったのだろう。 「あんたさえ、あんたさえいなかったら!あの人は私を追いだすなんて言わない。あの人…天人さんだって、あんたを好きだなんて言わない!」 けれど、そんなことよりもボクも最近知ったことをあの子が知っていたことに衝撃を受けた。少しだけ、彼との繋がりに手をかけて傷をつけられたような衝撃だ。 「もう、嫌よ!あんたさえいなければ私はここにいられる!あんたさえいなければ…っ!死んで、死んでよ!」 あの子の泣き顔は、いつものように僕を嫌っている、鋭い視線ではあったが、愛されたくて、けど愛されないことで悲しい、最初にあった彼の泣き顔と似ていた。 鋭い音が響き、鈍い音が耳に届いた。引き裂かれる、ボクの身体。飛び散る紅い色。 彼に応えを返していないけれど、今まであの子に何もしてあげなかった自分が『義兄』としてしてあげられることとして、この命をあげようと思う。その代わり、答えを返せない彼には心を。まだ、己の気持ちの整理すらついていないけれど、大事な自慢の友であるという気持ちは変わらないから、その心を。 そうしたら、二人とも一人にはならないでしょう? ゆっくりと落ちて行くボクの身体。遠のいて行く意識。最後に彼の声とあの子の声、そして、温かい彼の腕と泣き顔。 ごめん。 音にならなかったその言葉か二人に通じたかはわからない。そこでボクの意識は途切れた。 天人は、はっと嫌な予感がして、いてもたってもいられず家を出た。影斗には言っていないが、魔女という一族に属していた故に、力は弱いが、こういう感覚は人よりも優れている。だから、それに従い、急いで駆けつけた時には少し手遅れだった。 大きな音と、鋭い音。そして、扉をあけると、あの女が影斗の身体を斬り裂くところだった。咄嗟に女の手からそれを取り上げて放り投げ、窓を破って外に飛び出たそれを無視して、影斗にかけよる。 うっすらと空いた目。かすかに笑ったような顔。名を呼ぼうとした時には、目は閉じ、息絶えていた。 背後でうるさい女の泣き声。泣きたいのはこっちの方だ。 「あ、ああ…どう、しよ…殺した、死んじゃった…。」 「おい、いい加減黙れ!」 胸倉をつかんで睨みつけて言うと、怯えた女が壊れたかのように、同じことを繰り返し叫ぶ。 「あいつが悪いのよ、あいつが全部、全部全部全部悪いのよっ!」 殺したい、死ねばいいと何度も思った。でも、羨ましかった。けれど、嫌っているそぶりを見せても、なるべく近づかないようにはしていても、いつも気にかけてくれていたことは知っていた。だからこそ、余計に惨めに感じる自分が嫌いだった。父親の愛がわからない私にとって、真っ直ぐ私として見て、突然現れた妹であっても、妹というより女の子としてみてくれた。 本当は、嫌いじゃなかった。それでも、嫌えない思い以上に憎しみが勝った。私が望んでも得られないものを全てもっている彼が、疎ましかった。殺したい。消してやりたい。死ねばいい。けれど、嫌いにはなれない。 ぐるぐると渦巻いた黒い感情が、とうとう爆発し、とうとう私は取り返しのつかないことをしてしまった。 いやいやと、泣き叫ぶ。そんな女を見る俺はすごく冷めていたと思う。けれど、俺にも流れる涙に、涙なんて忘れたと思っていたのに、人らしいところが残っていたと驚いたが、彼はもう戻らないことに、強く心を支配する女への殺意。お互い別の人間でしかないから、お互いの今思っていることを理解することはできないからこそ、今この時感じたままに動く感情。それが、今の俺にとっての殺意。 俺は魔女の一族として力は弱いから、そして男だから当主にはなれない。けれど、特殊な能力はあり、それ故に女が生まれなければ生まれるその日までの代役として生かされていた。それが、俺には苦痛でしかなかった。 だって、代用品だと親から言われたのだ。そんな俺を俺として必要としてくれたのが、彼だった。彼を守る為なら、魔女としての力がバレたとしても守る為になら使うつもりでいたのに。 全てが後の祭り。遅すぎた。 だが、膨れ上がった怒りと殺意、そして耳触りな女の声が我慢できなかった。 すっと何もないところから取り出した一冊の辞書のように太い黒い表紙の本。パラパラと宙に浮いたそれのページを開き、トンッと手で押さえて止め、言葉を紡ぐ。相手を閉じ込めて一生使役する、呪いの言葉。 「影斗を殺したこと、簡単には許さない。…一生、魂が滅ぶまで業火に焼かれる痛みを背負いながら我が式神として生きるがいい!」 「何、それ。いや、いやよ。いやー助けて、助けてー父さん、母さん…やだよ、痛い、やめて、天人さん…やだやだやだ…助けて…『義兄』さんっ!」 悲鳴は本の中に吸い込まれた後は、ぴたっと消えた。 「助けを求めたその『義兄』を殺したのは貴様だろうが…。」 ぱたんと閉じると、そこにあの女がいた痕跡は一切消えた。 俺は酷い斬り裂かれ方したその縦一直線の傷に、悲しくなり、何故か安らかな顔をしている彼の頬に触れる。 「もう、応え聞けないな…一人にしないって、言ったのに…なんで先にいなくなるんだよ。」 抱きしめた身体は紅く染まり、部屋を汚した。そして、俺の身体も染めた。 しばらくそうしていた後、彼の遺体を持ってその場から去った。 家族は心配するだろうから、あの女が兄を殺して自分も死ぬという書き残しをしておいた。半分事実だから問題ないだろう。 これからどうするか。そんなことを考えていた時、いきなり目の前に上から下まで黒で統一された格好の男が現れた。 魔女と言う一族に属しているので、そういう現れ方に驚くことはなかったが、その男が名乗った名前には、さすがに驚くことになった。 「てことで、それ、こっちに引き渡してくれる?」 そいつは田所だと名乗り、まだ魂が微かに繋がっている影斗を引き取りに来たのだと言った。 また奪われる。それにどうすればいいと必死に考えを巡らせる。だが、ある意味これはチャンスかもしれないと思いなおした。 死神とは、死者の魂を導く案内人だ。それも、かつて生きていた者が転生することを棒に振ってなる、一種の種族という名の集団。 「おい、死神になるにはどうすればいい!」 「え?えぇ〜それはさすがに俺はわかんないよ〜。」 困ったなぁという男を何度も説得して、死神様とやらに会うことができた。そして、俺は彼と共に死神になることができた。もちろん、死なないことにはなれないので、この時俺の魂を斬ってもらった。 これで、この先も一緒にいられる。そう思った。けれど、誤算があった。 影斗はすっかり生前のころと違い、記憶がなくなり、壊れてしまっていた。きっと、それは俺やあの女の罪なのだろう。彼に求め過ぎて、いろんなことを押しつけてしまったのだろう。 そもそも、妹である女に、いきなり殺されたのだ。それも、酷い殺され方をした。心が正常に保てなくなっても仕方ないのかもしれない。 もっとはやく気付ければと、悔しくて仕方ない。 「あれー?天霞じゃないカ。今日は見かけなかったケド、仕事だったノ?」 「ああ。そっちこそどうなんだ。」 「ン?いっぱい殺してキタヨ。ざっくざっく〜紅い紅い、綺麗な色だったヨ。」 「そうか。」 壊れた彼は、彼を殺した刃を手に持って、彼を殺した女の名前を名乗って、俺と同じ死神として仕事をこなしていた。あの女も、認めてはいないが、変わらない事実に使い魔としてこき使っても文句を言わず仕事をこなすモノになっていた。そして、彼を見るたびに、怯えるようになっていた。 それはそうだろう。あの女の罪そのものが目の前にあるようなものだから。上着を脱げば、右目を覆った眼帯、そして上半身を覆う白い包帯。その下にある傷を、嫌でも思い出すのだろう。 そして、生前の名残もないその無邪気だけど残虐な行為の数々が、殺したという事実を突き付けられているように感じているのだろう。 「あ、ソウダ!天霞も、斬られてミル?面白いかもシレナイヨ?」 無邪気な笑顔で彼の持つ刃を指して言う。俺は面白くない。その刃が彼の命を奪い、心を壊した元だから。 「断る。」 「エー、じゃあ、何がイイ?」 「しつこいな。今日は何だというんだ。」 「ン?ゲヒヒ、わかんないけど、今日は大事な日だった気がするンダ。何かネ、パーっとお祝いして騒ぐような感じダネ。だから、パーっと紅い色で綺麗に仕事もキッテきたヨ。」 嬉しそうにそういう彼が、少しだけ生前の彼にたぶる。 そして、誰も祝わない、俺の生まれた日のことを、ふと思い出した。 記憶が飛んで残ってないと思っていた彼は、どこかで覚えていたのかもしれない。それが少しだけ嬉しかった。 「なら…もらおうかな。今日は俺の誕生日だからな。」 「アレ?ソウダッタノ?ゲヒヒ、じゃあパーっとお祝いしなくちゃネ。何がイイ?特別にリクエストの権利アゲルヨ。殺リ合ウ?」 本当にいいのだろうか。あの日、もらえなかった応えの代わりに。まだ未練深い己を嘲笑ながら。 彼の頬に手を添えて、落とした一度だけ触れる口づけ。 はっきりいって、意味は何も分かっていないだろうが、それでもいい。 「ナニ?」 「いや、これでいい。挨拶みたいなもんだ。お前はちゃんと挨拶しない奴だからな。」 「ソウカ。なら、次からそうする。」 「いや、今日という日だけ、だ。それ以外するな。しようとしたら殺す。」 「エー、ゲヒヒ、挨拶なら大事ダカラ、しないとイケナイデショ。」 さっと投げたナイフを軽やかに避けて手にとって投げ返すところが、少しばかり憎らしい。生前と変わらず無駄に反射神経がいい。 だが、ところどころ残っている彼の名残から、壊れた彼を見離せずにいる己も愚かなのだろう。 「挨拶は大事ダッテ、田所言ってタヨ。死神様もね、ちゃんと挨拶したら褒めてクレルンダ。だからね、大事。だから、挨拶スルヨ。あ、天霞限定?風習って奴ナノカ?」 「そうだ、だから、他の奴には普通に『挨拶』しろよ。今のしたら殺すからな。」 「ワァ、殺リ合イは楽しいカライイヨ。」 その時、知らせが入った。 「新しいリストか…明日までとか働かせすぎだろ。」 「ゲヒヒ、ボクちゃんは何か楽しいカラ、今ナラ、イッパイ殺レルだろうから、変わってアゲヨウカ?」 「断る。自分の分ぐらいこなせる。貴様はさっさと仕事に戻れ。」 「せっかくお誕生日のお祝いダカラ、殺ッテあげようッテ思ったノニネ。ザンネン。」 ニヤリと笑った死神は鈍い光を放つその刃を引きずりながら、別れた。その背なかを見る彼の目に気付くこともなく。 今日も、死神達は他者の魂を狩りに行く。 本当に愚かな道化師はいったい誰だったのか。誰もその答えは知らない。 |