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手を伸ばしても、決してつかめない。離したくないのに、離れてしまう。 最初に見たのはいつだったか。 今はもう思い出せない。 けれど、あの夢が不安をかきたてたのは事実だ。 だから、守ろうと思った。 大事な弟を失いたくないから。 闇に持っていかれて、弟を失う夢は私にはじめて恐怖というものを与えた。 それからだ。過剰に弟に構うようになったのも、弟に関わろうとする連中を目の敵にするのも。 けれど、夢に関する本質的な意味を理解していなかったから、失う羽目になった。 目の敵にしていた一人である『仲間』こそ、私よりは理解していた結果に、悔しくて涙がこぼれた。 何の為の力なのか。 今度こそ、弟を奪うものを倒す。遅れはとらない。そう、『友』の墓前で改めて誓った。 とっくの昔に、私は歪んでいた 今日も今日とて、飽きもせず弟に話しかけようとする、弟に好意を持つ仲間ではあるが私にとっては敵である男に対抗する。今では当たり前の日常。 「だから近づくなっつってるだろ。」 何度言えばわかるんだと、誰がどれだけブラコンだと罵っても信念を変えず、弟優先で、仲間であっても怪しい存在を排除するために立ちはだかる。 「こっちとしては、猪突猛進の馬鹿力ゴリ押しで、考えなしに突っ走るだけの暴走ブラコン女に言われたくないわ。」 言い返しがまた、腹立たしい。 「うっせぇ。」 「そもそも、同じ双子なのにその口のきき方が本当に姉弟なのか品位を疑うわ。」 そんな言い合い。時々合うもう一人の仲間であり、弟に興味を持って手を出そうとする輩がいて、その二人から守るのが最近の日課であり、それ以上におかしなことがおこることはほとんどない。 あくまで、私たちは神に従う天使であり、世界の歪みに対応する機関、ベルセルの陰からの補佐的存在で、戦いがある時だってある。だが、その戦う理由を知っているのは数少なく、ほとんどが人形のように従う存在でしかない。 隔離された箱庭のような世界の中で、それでも私は弟の笑顔があれば良かった。 だから、だから――本当はさみしい気持ちがあったが、リンテールと本気で付き合う彼等のことだけは認めた。 全ての始まりは夢。奪われないように、失わないように、弟を守りたいと思ったのは事実だ。だが、守りたい私の気持ちで弟を縛り付けたくはない。 気持ちを大事にしたいからこそ、互いを大事にする彼等のことだけは認めた。 だからこそ余計に、彼等の邪魔になる存在はいらない。きっと、こういう思いは歪んでいるのだろう。 自覚はある。けれど、私は正気だ。 ただ私は、決して手のとどこかない弟にずっと恋い焦がれ、それが決してかなわないことを誰よりも理解している。その為に姉として、守ろうと決めたのだから。 けれど、どこかで私は甘かった。毎日変わりない日々で、平和だった日々の中にい過ぎて、弟を守るという名目で弟に好意を向ける二人に目が向き過ぎて、時々うらやましく思えるリンテールの存在を気にし過ぎて…。 「…ま、言い合いはいつものことだからどうでもいいけど。」 「どうでもよくねぇ。」 「ま、聞きなよ。」 私が思うほど、自分はあの二人の恋仲をどうこうしたいとは思っていないからと彼は言い、こう続けた。 「私は彼を思うからこそ、見ていて気づいたことがある。だが、あんたは暴走して周りを本当の意味で見れていない。」 本心隠して、結局言い訳にして目を閉じたせいで、見えていないと、知らないくせに言う彼に、腹が立つ。 「なら、ちゃんと聞きなさいよ。それに、下手すると彼だけの問題じゃなくなるかもしれない。不吉な風が流れてる。」 「どういう意味だ?」 腹立たしさは残っていたが、私はこれでも天界を守る守護天使の一人だ。弟だけの問題でないのなら、それが天界規模、世界規模と、大きくなるのなら、弟を本当に守ろうと思えば考えなければいけない。 「ここは、壊れた世界。楽園なんてほど遠い世界。そう、思うでしょ?」 「…神への冒涜。」 「ええ。誰もがわかってる。けど、『意思』を持つ天使は誰も思っていない。きっと、神もそう思っていない。」 誰よりも、歯がゆい思いをしている。だって、一切の手出しができず、天使が死んでいくのを見ていることしかできないなんて、それを何百何千とうい気の遠くなるような時間を。 「もともと、この世界には女神がいた。女神の死から、ここは壊れた。そういわれている。どうしてなのか私は知らないし、今となっては興味もない。けれど、それが彼に関わるのなら、見過ごせない。」 いつものような、雰囲気からは遠い真剣な顔で彼は言う。 「今や天使は人形。命令に忠実な、ね。なのに、私たちは違う。…もし、命令に忠実な人形の中に、意思を持った人形のふりをしたものが混ざっていたら…?」 「それはあり得ない。だって、ここは…!」 「そう、私たちのような守護天使くらいになると誰だって気づいてる。生きているだけの意思ない人形しか『外』にはいない。けど、見たわ。彼を熱い視線で見つめる女。リンテールに殺意を向ける女。あれは、意思のない人形なんかじゃない。人と同じ、破壊者。」 「まさかっ!」 「勘違いかもしれない。結構前だから。あれから見かけない。けれど、最近続いてる天使の変死。」 明らかに何者かによって殺された天使達。命令を出していないのだから、ありえないこと。外部からの侵入者もいない。 「本当にあんたが弟を守りたいなら、私以外…一応フォローする気はないが、イルドワーレ以外にも目を向けた方がいい。」 何だかんだといって、あれの方が神に詳しいし神と親しい。だからこそ、彼に無理を強いることは絶対にない。 「私も気をつけたいところだが、これから仕事だ。」 私が見たその天使の名はクレハーチェ。最近兄を失って不安定になっている天使だ。そういって、あいつは仕事に出て行った。 私は愕然とした。誰よりも弟のことを見てきて知っていたつもりなのに。 だから、危ないと聞いても、素直に認められなかった。 後に私はこのことを後悔することになるが、結局性格は簡単に変わらない。 もう、弱い人の心が魔に堕ちることを、馬鹿にはできない。私も同じなのだから。 少し歩くと、前方に弟の姿があった。そこにはもう一人、私のあの男と同じ敵、イルドワーレがいた。 「貴様っ!」 「おっと。怖いお姉さまのおでましだ。じゃあ、僕はここで失礼するよ。要件はもう終わったからね。」 そういって、すっとどこかに消えた。本当に逃げ足の速い奴だ。めったに出てこないくせに、弟の近くにはちょくちょくそれも違う姿で出てくるから腹が立つ。 「姉さん。」 「シャル、大丈夫か?」 「うん。大丈夫。彼は頼んだものを届けてもらっただけなんだ。」 だから、そんなに怒らないでという弟の手荷物に目線を向けた。 「何だ、それは。」 「今度、リンテの生誕祭にね。」 そういって見せる笑顔はかつて私にだけ向けられるものだった。それが、ずきっと胸の奥に痛みを刺す。 「そうか。そういえばもうすぐだったな。」 「あと、これは姉さんに。」 お守りだといって、渡してきたのは、蒼い石を中心に細かい装飾が施されたペンダントだった。 「また、戦場に行くでしょ?姉さんのこと、心配だから。」 ちゃんとつけてくれるとうれしいな。そういう弟にうれしくなって、私はその場でそれをつけ、服の内側にしまった。 「ありがとうな。大事にする。で、絶対ちゃんと帰ってくるとこれに誓う。」 またリンテールに弟をとられた。その嫉妬心が膨れ上がったが、それ以上に弟の気遣いが嬉しくて落ち着いた。だが、私は嬉しくなって、すっかり頭の中から忘れてしまった。 意思を持った、リンテールに殺意を向けるクレハーチェという天使の存在を。 そして、事件が起こったのは、リンテールの数日遅れた生誕祭の日。 私は辞退し、二人だけですればいいと言った。何より二人をずっとみていられないという本音もあった。だが、リンテールがいったのだ。私を友人だと。そして、大事な家族がいるのに、家族を一人にさせたくないという弟の意思を大事にしたいと。 曖昧にされたが、リンテールは詳しくはしらないが、弟は家族が誰なのか知った上で、唯一の家族は姉である私だけだと言ったそうだ。 その家族をないがしろにしてまで、リンテールとともにいることはできないと言ったらしい。 恋人なら腹をたてるところだが、彼女にも兄がいて、厳しく真面目で頑固、融通がきかないところがあるが、やっぱり家族は特別なのだと思っているから、弟の意思も大事にしたいのだと言っていた。それを聞いて私はとてもうれしかった。 あのペンダントを受け取った意味をしっかり理解できた気がした。 弟はリンテールと新しい家族を作れるが、私とは最初から最後まで、ずっと家族であることは変わらない。家族だから、守りたい。私と同じ思いを持っていてくれたことが嬉しかった。 私の一人よがりではなかったのだと、思えたのだ。 これでも、私は夢を見てから急に過保護になって弟に迷惑かけているんじゃないかと思わないでいられるほど、無神経でもない。 だから、少しだけ気になっていたのだ。 「わかった。行く。だが、少し遅れるがいいか?」 「勿論。兄もくるけれど、喧嘩してもいいけど、戦闘はなしよ?」 「…ああ、努力しよう。」 弟の誕生日以外で、久しぶりに楽しくなりそうな日だと思った。 約束の場所に向かう途中で、祝いの言葉を向ける相手の血塗られた姿を見るまでは。 「何だ…これ…。」 時間は少しさかのぼる。 リンテールと共に、互いの大事な家族を招いた小さな遅れた生誕祭をするために準備をしていたシャルマルタ。 「これはここでいい?」 「うん。」 「でも、残念だな。」 「そうね。だけど、今日こそ説得するんだから。」 彼女の兄は、天使の処刑人である雷の剣、『雷龍』を道具としてみている。本当は今日ここに彼女も誘いたかったが、兄がひどいことを言わない保証がない。だから、説得して同じ仲間として接してくれるように頼むつもりなのだ。 シャルマルタも同じで、きっと体を動かすことが純粋に好きなあの少女は、姉と手合せできるレベルだ。きっと姉も楽しめるし、少女も他の天使と関わることで人間関係の築き方を学べる。 どちらもいいことだと思っていた。 そこへ、一人の天使がやってくるまでは、この後どうするかと楽しい会話がなされていた。 すっと、射殺す強い殺意が彼女を襲う。身構えるリンテール。同じく気づいて体で庇おうとするシャルマルタ。 引き裂かれる痛み。流れる紅い血。 「あ…シャルマルタ様…。」 「貴様、何者だ!」 すぐさま戦闘態勢に入り、庇って膝をつくシャルマルタの前にでるリンテール。 「ムカツク…皆、皆、嫌い。…死ねばいい。そう、そうしたら、誰も邪魔しない。」 兄を殺した天使共に、裁きを与えない神なんていらない。女はそういって、リンテールに殺意を向けたまま向かっていく。 「リンテっ!」 「シャル…彼女の狙いは私みたいだから、ちょっといってくる。…かばってくれて、ありがとう。けど、今は逃げて。」 最期に小さくささやかれた言葉。 『あの女の本当の狙いはシャルだから。』 その言葉の意味が理解できないまま、気づいた時には二人の姿はそこにはない。 袖を破き、傷口をしばり、狙いが自分ならとシャルマルタは二人の気配を探り、そちらへ向かう。 「…っ、姉さん!」 気配の先に、約束してこちらへ向かっているのだろう、姉の気配も感じ、シャルマルタは急ぐ。 シャルマルタは最近よく夢をみた。 姉の死の夢。リンテールの死の夢。戦場に出ているからだと思っていたが、このことを暗示していたのではないかと今では思う。 だから、二人に渡した贈り物が守ってくれることを信じるしかなかった。 心配になったから、無理にイルドワーレに条件付きだが頼み、護符を刻んでもらった特別品なのだから。 そして、たどり着いたときには、膝をついて怪我だらけながらもまだ無事のリンテールと怒りをあらわにしている姉の姿と、冷たい感情のない瞳がそこにあった。 「シャルマルタ様…。」 少しだけ宿る彼女の感情。 「君…もしかして、クレハーチェ。」 シャルマルタの言葉に、すぐに私は気づいた。この女が、以前にアンシャルテがいっていた、弟を狙う、意思を持った異質な存在。 「貴様か…貴様が……貴様を天の掟に反する異分子として、今ここで守護天使が一人、フェルマータ・エル。レンカが断罪する!」 「姉さん!」 弟の制止は今回は届かない。 「…シャル…私じゃ、守れない。…逃げて。」 「だがっ!」 「お願いっ!…あれは、もう魔に堕ちている。…意味わかるわよね?『魔王』を敵として認識していない私たちにとって、本当の敵が『魔神』であるとわかっているよね?」 だからこそ、ここでは人世とは違い、魔ではなく違う言い方をする。 「ここではあの『凶魔』は毒でしかない。だから、ここで天使は勝てない。どれだけ束になっても…あの女。元々強い力を持った天使だったのよ。天使を殺すことで、凶魔を強めた。今の私たちではどうにもできない。」 被害が広がるだけ。だから、逃げて。彼女がそういう。 それには私も賛成だ。この女が許せない。弟の怪我も状況がわからないが、この女の狙いがそもそも弟なら、そしてリンテールを攻撃しているのなら、弟は庇って怪我をしたのだろう。そして、リンテールは弟から距離をとった。 「行けっ!」 「姉さんっ!」 「お願いだ。私の兄ももうすぐここへくる。…きっと、この大きな歪みに気づいて他の天使もくる。」 そうなったら、被害が広がる。だが、守護天使として、何とか地上に堕としてみせる。だから、離れてほしいと彼女は言った。だから、弟はあまり納得はしてないようだったが、すぐにその場から離れた。 「…シャルマルタ様…貴方達、邪魔。」 どんっと強い衝撃が私を襲う。一瞬意識が飛ぶ。けれど、すぐに戻った。 本気で危ないと思った。結構ずたぼろで本当に弱いなと思いながら、必死に意識を戻そうと名を呼んだリンテールに礼を言い、あの女の行方を聞いた。すると、私を吹き飛ばしてすぐに弟を追いかけていったそうだ。 弟がそう簡単にやられると思わないが、あの凶魔の強さは厄介だ。相反するものだからこそ、しかも、凶魔の方が攻撃性が強いからこそ、戦い辛い。 「リンテールお前…私より何故シャルのところへ行かない?」 「貴女をこのままおいておいたら、一人だけ逃げるのを何より嫌がった彼が怒るでしょ。」 大事な家族を守られて、こちらも守りたいのに、逃げることしか許してもらえない。 「私は彼に逃げてと言った。それにこたえて逃げてくれたのは、私があなたを見捨てない。貴方も私を見捨てない。それを信じてくれたから。だから、その期待を裏切ったら、もう一緒にはいられないわ。」 目を覚ましたのなら、急ぎましょという彼女に、私はどうして彼女を弟が選んだのかわかった気がした。そして、本当の意味でやって彼女になら弟を任してもいいと思えた。 追いかけて追いついたとき、弟は倒れ、その弟の顔にやさしい手つきで触れる女がそこにいた。 「まだ、いたの。しぶといわね。」 けれど、すぐに私たちの存在に気づいて優しさが消え、きつい目をこちらへ向けてきた。 「邪魔。邪魔よ。邪魔なのよ!」 周囲に刃のように飛ぶ、見えないそれが私たちに襲い掛かる。 そこからは、ある意味で戦場だった。ただ問題は意識のない弟がすぐ近くにいて、相手の攻撃も当らないようにしながら戦うため、私もリンテールも戦い難い中、必死に弟をこの場から離す方法を考えた。 敵の殲滅だけに意識を持っていられたら、もう少し楽だった。たとえ相手を見くびっているわけではないが、あまりにも私も彼女も、弟が大事過ぎた。 だが、その一瞬の隙がいけなかったんだろう。 私は明らかな殺意を持った一撃を急所に受けた。死んだ。そう他人事のように思えるぐらい、世界がぐるりと回り、そしてスローだった。 そして、私に気を取られたリンテールが同じように攻撃を受けた。 このままじゃ、弟を奪われてしまう。 「…ったく、本当厄介なことになってんな。」 聞きなれない第三者の声。弟を肩に担ぎ、私のそばに飛んだ。 「お前…。」 「とりあえず、逃げるので精一杯だから、何とかお前らも逃げろ。」 お守りでいくら守っても、さすがに、命の保証ぐらいで、怪我を回避できないからなと、私にペンダントのことを指す。 「簡単な治癒術をかけておくから、あとは上に報告。あと、追放準備と堕として一時的この場所からの退去処理してくれ。」 魔王のいる魔界ならまだいいが、ここじゃ聖の属性が強すぎて厄介だと男は言い、その場から立ち去った。 あの男が何者か見たことがない相手だが、今回ばかりは信用できた。 いつも知らない顔で現れる正体不明の守護天使の一人、イルドワーレ。 あれは弟に強い執着を見せていたが、あまり近づきはしないので、どちらかというといつもはアンシャルテの方を警戒していた。けれど、それ以上に異常事態の際では私とは別の弟を守る力だという意味では信頼している。 すでに私より弟を連れだしたあいつを先に敵と認識したのか、ここにあの女はいない。 「おい、生きてるか。」 何とか立ち上がり、リンテールの傍に近づく。 「ええ。何とか。守るつもりで、結局守られたのは私たちというのが癪だけどね。」 傷が入ったペンダントの装飾。私のと彼女のと、どちらも身代わりを受けた証拠だった。 「あの人、最近時々こっちをすごい形相で見てるから気を付けてたんだけど…無駄になっちゃった。」 本当、ダメだ。もっと気を引き締めないと、戦場は常に甘くないのに。そうぼやく彼女に、自分もそうだとかつてアンシャルテの言った警告を思い出していた。 私ももっと気を付けるべきだった。 「とにかく急いで追いかけないと…。」 「そうだな。上にすぐに報告して追いかける。」 「ええ。またあとで。」 そういって私はわかれた。 その後、報告してすぐにゲルドルデが動いて他の連中も呼んでくれたようなので、私も急いで戻った。 そこで、見たのは、すでに瀕死状態のリンテールと、止めをささんと振り下ろす刃を庇った弟の体を裂いた瞬間だった。 「…ちっ、まったく、この場所だと本当にやりにくくて仕方ないねぇ。」 何とか術式を完了させ、これ以上の行動ができないように制限する陣の中にイルドワーレがあの女を閉じ込めた。 かけよった彼女は少しだけ困ったように、笑い、目を閉じて動きを止めた。傍にいた弟も何度も名前を呼ぶが返事は二度と帰らない。 「シャル…すごく、怒ってるみたいだ。はじめてかも、しれない。お前のこと以外でこんなに怒りを覚えたのは。」 「姉、さん…?」 「イルドワーレ、二人を連れてここから離れろ。今の私は、周囲を見て攻撃を選べそうにない。」 凶魔と怪我で万全ではない。けれど、今持てる力での全力でやる。だから、周囲に気になるものがあったら戦えない。 「わかった。無茶するなよ。」 酷い怪我をしても、残るという弟に、頼むと苦笑いを残し、死なないでという言葉を残して弟はこの場から亡くした友とともに男に連れ出された。 凶魔に狂ったモノがどれだけ厄介かは知っているつもりだ。だが、これはただの狂いものではないことに気づいていた。もう、魔人と成り果てている。だから、憎む気持ちが、負の感情が消えない限り、あの女は止まらない。 不利なのは百も承知。けれど我慢はもうできない。大事な弟を気づ付け、はじめてできたかもしれない一生の友を奪った。 私はただ、家族が欲しかったのかもしれない。一人でいないために。それでも、弟を愛したことは間違ったことだと今でも思っていない。けれど、彼女なら本当にいいと思えたのに。やっと、やっと心からそう思えたのに。 「許さない、貴様だけは絶対に許さない!」 「許しなんていらない。いらないわ、そんなもの!そもそも、兄を奪ったこの世界そのものが私にとって許せない邪魔な存在なのよっ!」 まずはここから壊してあげると、大切なものを奪われてかしくなった女は私に向かってきた。 許せない。その気持ちは消えない。けれど、どこかで私も同じなんだという思いもあった。だってそうだろう?私は弟を奪う存在を許さないし、許すつもりもないし、排除するつもりだ。けれど、彼女はその大切な存在を奪われたのだ。 気持ちを理解はできる。だが、決して許せるはずがない。私から弟を奪おうとするのだから。それが、私の全て。 そのあと、体力的にも精神的にも限界で、私は倒れたようだ。 弟はイルドワーレと別れ、己を狙うのならと、リンテの死を伝えなくてはいけない相手もいるからと別行動し、わざと地上へ降りたそうだ。 それを追いかけて、最近仲良くなった雷龍とあの女も追いかけたようだが、弟はとりあえず無事に生きているそうだ。それを聞いてほっとした。すぐに会いに行こうとしたし、連れ戻すつもりだった。 罪を犯した者は、一度堕ちれば戻れない。だから、戻れば安全だ。けれど、弟は地上で過ごすことを選んだそうだ。 どうしてという思いが駆け巡る。もう、私はいらないのか。そう思った。 けど、その時チリンと落ちた、壊れたお守りが、私に勇気をくれた。 弟は私にこれをくれた。だから、これがある限り家族である繋がりはまだ残っている。そして、すぐに会いに行った。すると、快く出迎えてくれたし、無事でよかったと喜んでくれた。 「それで、どうして戻らないんだ?」 「それは…前々から、天界のシステムの異常は感じていた。」 意思を持たず、絶対服従の人形。知らないつもりはない。 「今回のことでよくわかった。俺はあそこではもう、生きていられない。」 「そんな…っ。」 では、二度と一緒にいられないということなのかと、肩を落とす。いつもなら我儘言ってでも行動するが、今回はリンテールの死が大きくて、私も大きく出れない。思ったより、私もショックが大きいみたいだ。 「でも、姉さんとはこれからも家族だし、また会いに来てくれるんでしょう?」 だったら、今までと同じで変わらない。そういった彼に、私はすぐに喜んだ。 それから、私は天界で一緒には暮らしていないが、仕事の休みには会いに行くようになった。 今の私がこうして正常でいられるのはやはり弟のおかげだろう。そうでなければ、あの女のように歪んでいた。いや、とっくに歪んでいて、それが歪みと認識されるぐらい表に出てないだけなのだろうけれど。 「お前ならなんて言うんだろうな。」 友の眠る墓前に華を添えて、聞いてみた。答えが返ってくるはずはないし、何と返されるかわかるほど共にいなかったことが悔やまれる。 「お前も墓参りか?」 「ああ。だが、俺としてはお前がいることが不思議だ。あまり妹のことを快く思ってなかっただろう。」 「まぁな。…けど、ただ一人の家族を大事にしたいという気持ちは同じだったからな。」 「…。」 それ以上何も言わず、華を添えて、背を向けてすぐに立ち去ろうとしたドルティーマがふいに足を止めた。 「妹は、お前のこと、戦い方が舞のように綺麗で、弟と一緒だと対となる武器のようで素敵だと言っていた。」 「そうか。」 「ま、俺は弟がいないときのガサツな戦い方も嫌いではないがな。」 「うるさい。」 今日も会いに行ってみようか。また文句をいいながら迎えてくれるだろう。最近増えた住人達も、私のことを覚えてくれて、歓迎してくれてうれしい。 何だか家族はこういうものかと、ここでは経験できないもので…いや、守護天使の連中とつるむ時と似ているかもしれない。 そういう意味では、私はとっくに欲しいものを一つ手に入れていたようだ。 あとは、急いで家族を奪い、壊した敵を倒すだけ。その為ならあの人形どもがどうなろうと関係ない。 あの人形どもが、最初にあの女の大事な家族を奪ったことが始まりなのだから。 家族を奪われるかもしれない恐怖にさらされ続けてきたからこそ、まだ弟が無事だからこそ今の私がいる。 あの女の狂気の引き金を引いた原因は奴らだ。 ここは神が住む世界。平等でなければいけない。だから、奴らもいつまでも誰かがというままでなく、罰を受けることを覚えるもの必要だろう。 +++++++ 家族がまだ奪われていない者とすでに奪われ止める者もいない者。 家族が奪われても、悲しむより壊れかける仕事仲間と妹の恋人の状態で、まだ狂えない兄。 |