長い闘いに決着がついた。けれど、元通りになることはなかった。しかも、あくまで大きな争の決着であって、歪みは常に広がるが故に、平和とは程遠いつかの間の休息。

 

 

望まぬ不老不死の世界の先

 

 

身体を維持できず失ったベルセルの代わりに、世界の安定の為に人知れず、ベルセル代理として組織をつくって統括する役を担ったベルザリアは、初代女王として世界の歪みの対応に追われていた。

日々現れる歪みの欠片に、エリアを区分けして担当ごとにしても、おいつかない。

当時はエリアは五つにわけられ、今よりも一人の担当区域が広かった。何より、闘いの余波が片付いていないが故にこれを片付けないことには一段落つかなかった。

それでも、数十年の月日をかけて、何とか落ち着きを取り戻したものの、人の身体に近いベルザリアとエンデルスはいい歳だった。

何より、老いと言うことから無縁に近い、長い寿命を持つ他の者達からすれば、二人の寿命という期限は短すぎるだろう。

だが、二人は他の誰よりも早く老いるということはわかっていたし、先にこの世から退場することを理解していたが、まだまだこれからというこの時期に、誰にとってもこれはかなりの痛手であった。

「不便じゃな。もう、永くないことを考えると、お前達に負担を強いてしまうのが悔しいの。」

「私も大事な友人がいなくなることは悲しいわ。」

見舞いにきた天を統べる神の一人、クラスタータはいつもの笑顔は少し消え、暗かった。

「こう言う時は天使という身体がうらやましいの。」

「そうでもないわよ。死後、何も残らないもの。」

だから、何も残していけないことが、時に心残りになるのだと彼女は言ったが、はたしてどちらがよいのかベルザリアにはわかりかねた。

「そう言えば、今日から新しい主治医がくるんだっけ?」

「そうじゃ。」

「なら、帰った方がいい?」

「いや、大事な友人として紹介しておく。そうすれば、いつきても通してくれるじゃろう。」

そう言って笑った彼女に、きょとんとしたもののやっと笑った顔が見れて、嬉しくなった。

「そもそも、こうも寝たままじゃと退屈じゃからの。」

話相手として来てくれる方がいい。普通の相手は、女王を見たら驚いて、本心で向き合ってくれないからだ。何故なら、女王はもう七十はいくのに、姿は若いままだったからだ。

ただの人からすれば、人に近い彼女もまた、化け物でしかない。その言葉が、辛いからこそ、医者が来ても本心から付き合える相手になれないと思っていた。だから、彼女の訪問が何よりも今の彼女には救いだった。

二度のノックから、失礼しますという声と共に、部屋に現れた白衣を着た男。

「あれが、医者?」

「そうじゃろうな。確か名をセロンと申したな。こちらへ参れ。」

男は静かに近づき、はじめての女王と対面した。けれど、驚きはしたものの、男は変わらなかった。

そして、診察が繰り返され、何度かクラスタータも会う内に仲良くなった。

「そう言えば、ラスタ。」

「ん?何?」

「ラスタは子が欲しいと思わんのか?」

「子ども?そうね。」

いたらどんな子に育つかちょっと面白そうだと言う彼女に、いったい何をするつもりだとセロンは内心思った。短いが、ここ最近一緒にいる為に、セロンは女王のこともこの天使のこともだいたいのことを理解できたからこそ、二人に子どもがいる情景を想像できない。何よりあの天使は子どもを育てられる母性があるとは思えない。どちらかというと父性に近い気がする。

でも、女神であるだけあって、やはり女性らしさもあることにはあるが、どちらかというと男らしい女神様なので、周囲の手がないと子どもがどんな風に育つか想像できない。

「…いたら、きっとあいつ等も面白いことになるわね。」

そう言って、笑う彼女に、そのあいつ等とくくられた他二人の神を思い出し、同情した。

彼等は見るからに彼女に好意を持っているが、当の本人はそういった類のことに疎いというよりも、我には関係ないとずかずか先に進んで置いて行ってしまうタイプだからだ。

まぁ、彼女自身が彼等のことを嫌っておらず、どちらかというとよい感情を持っているためにある意味平和なのかもしれないけれど。

「それはそうと、ベルこそどうなの?」

残りが後僅かだというのなら、尚の事一通りの事経験しておかなくていいのかという彼女の問いかけに、少しだけ困ったように笑みを浮かべ、首を横に振った。

本当に好きになった人との子どもなら欲しいけれど、そうでないのなら、女王の子どもというだけで闘いに巻き込まれ、利用されかねない。

その頃に、きっといない自分は守ることはできない。

「それにの、時間がなさすぎるからの。きっと、私には無理じゃの。」

本当なら、クラスタータの子どもも興味があるが、その頃には自分はいないと言った女王の顔をセロンはこの先きっと忘れないだろう。

ただ医者として、一人の人として、純粋にささやかな彼女の願いを叶えたいと、ただただそれだけだったのに。

毎日必死に、ある意味生命の歪みともいえる研究を続けた。ただ、日に日に弱弱しくなり、閉ざされた未来を受け入れているといっても、闘いだけで彼女自身が生きている時間はほとんどなかったが故に、彼女の自由な時間を少しでもつくりたくて続けたそれが、厄災を生んだ。

確かに、研究としては成功だった。

そして、セロンは完成したものの、女王へ届けることはできなかった。

間に合わなかったのだ。

愕然とした。死後を看取ることもできず、死んだと告げられ、合わせてもらうことすらできなかった。

だから、肉体が滅びながらも、魂という形で眠りに近い状態で生きているということを、彼は知らなかった。

あくまで女王は死んだ。そう、ベルセルがし、闇へと真実を消した。

そんなことを知らない彼は、城へ足を踏み入れる理由もなくなり、生きる理由も見失いかけていた。

彼女は言っていた。この世界はとてもきれいだと。だから、好きなのだと。

そんな世界を守るための戦いなら、どんなことでもやり遂げる。心のしっかりした女性だった。

けれど、とても弱い女性でもあった。きっと、それは普段男らしくて男すら負けるようなあの天使もまた、同じだっただろう。

きっと似ていたから、二人は友人としてずっといた。他の誰よりも、きっと理解し合えたのだろう。

セロンもきっと入り込めない強い繋がり。

いつの間にか女王としての彼女ではなく、一人の女性として、医者であるセロンにとっては患者の一人として、近い存在になっていた。

きっと、近くにいなかったら、こんなに辛くはなかっただろう。けれど、セロンは知ってしまったのだ。

女王としての彼女ではなく、ただの一人の人としての彼女を。そして、女神としての彼女ではなく、ただの人と同じように大切な人を思う彼女を。

二人と共に過ごした時間が無意味ではなかったが、こんな結果だけは納得いかない。

確かに、研究は成功した。ただ、過程において事故があり、誤ってセロンが不死に近い身体を手に入れてしまったことは予想外のことだった。

本当なら、これは女王が手に入れる時間だったのに。

それでも、女王もこの薬で自分の自由な時間を手に入れられたら、それを見守る為に自分の時間ができたと思えばいいと思っていた。けれど、間に合わなかった。

残ったのは、変化しない、自分だけ。

あれからどれだけの月日が流れたのか。変わらない日々を変わらないまま過ごす。

噂で、女神を含めた天使達が戦いを続けていることを耳にしたが、動かなかった。

それがまた、取り返しのつかないことになるとは、思っていなかった。

彼女はとても強い女性だ。けれど、とてももろい女性でもあると、知っていたはずなのに。

女神は命を散らし、セロンは女王と女神の大切な二人の友人を失った。

私はやっと、ここにきて泣いた。女王の死が信じられずわめいていたが、悔しい思いをして腹が立って、けれど辛くて悲しかったが、泣いたのはここにきてはじめてだ。

ちゃんと、認めていなかった自分。やっと認めて、けれど、誰かの為に向けられた感情に、かつて彼等が話していたことを思い出す。

次から次へと思い出される事柄に、涙は止まらない。

「ベルザリア女王様…クラスタータ様…何故、二人がいないこの世界で、まだ俺だけ生きているのでしょうか。」

思い出す過去に流れた数々の記憶。

全てが片付いたら、絵本の世界のような、恋をしてみたい。

歪んだ世界も、きっと元の綺麗な世界になって…その世界を旅してまわりたい。

毎日一瞬一瞬すら違う輝きを見せる世界を、この目で見て、恋して、その人と最後まで一緒にいられたら、きっとそれが幸せなんだろう。

そう、言っていた彼女の願いは、何一つ叶っていない。

まだ、世界は歪んだままだ。これから、なのだから。

大事そうにしていた何度も見たのだろう、古い絵本を一度だけ見せてくれた。

あの絵本の物語のような、普通の恋をしたい。その為の時間をつくりたかったのに。

何もできない、駄目な主治医。

その主治医だけが、のうのうと生き残り、この先も生きていくことになった。彼女が綺麗だと言った世界を見て、やっと手にする自由を満喫するはずの二人はもういない。本当に一人きり。

何の為の研究だったのか。何の為の…何の為の、罰か。

寿命と言う時間を歪めようとした罰とでもいうのか。

彼女たちがいた頃は輝いて見えた世界が、今は歪んでくすんでしまっている。まるで、世界が彼等の死を嘆くかのように、セロンの悲しみに呼応するかのように、美しい世界はそこには存在しない。

なら、こんな世界、いらない。

彼女が守りたかった世界。けれど、彼女が言う綺麗な世界はそこにはない。もう、ない。

はじめて気付いた。セロンにとって、世界はいつのまにか、彼女達とみていた世界だった。

彼女たちがいないこの世界は、セロンにとってはただのガラクタ同然のものだった。

こんな世界を守るために、自由を犠牲にして生きた彼女達。

セロンが今できること。それは…世界を守ること?

けれど、こんなガラクタのような世界を守ったところで何になる。いびつに歪んでくすんだ世界。

かつてのように世界をつくりかえられたら…そんな願いは叶うはずがない。

神は神であるが、決して万能な神ではない。あくまで、神と名乗るだけのもの。女神だって、神だった。その神が死んだのだ。

神に望んだところで、何も叶いはしない。

そんな時、声をかけてきた少年がいた。

そして、差し出されたその手をとった。

犠牲にしなければ維持できない世界など、必要ない。全て壊してしまえばいい。

不老不死の身体なのだから、これから先、壊していけばいい。

歪んだこの世界を。

そうすれば、きっと向こうから答えを示しにやってくるに違いない。

唯一この世界において、一筋のかすかな光をともす彼等が。

『もし、もし子どもができたら名前は決めておる。』

そういった、彼女の言葉通りの名を持つ天使。

『幸せの形は人それぞれじゃろう?』

そう言った彼女は、恋をして、幸せになった少女と青年ではなく、少女の手助けをして命を落とした双子の名前を言った。

『シャルマルタとフェルマータ。二人がおったからこそ、物語はハッピーエンドじゃ。』

素敵ねと答えた女神が、己の二人の子どもにそれぞれその名をつけた。

その名前が、俺にとっての世界に戻った小さな輝き。