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天使の魂が壊れた日 その日、変わらない日常が続くはずだった。 永遠なんてもの、ないと思っていた。けれど、今と言う時間があまりにも心地よく、続けばいいと思っていたのも事実だった。 実際問題として、些細な問題はいくつも起こっていたが、ある意味平和だった。数名の精神はかなり追いつめられていたけれど、『私』にとっては彼らが楽しかったらそれで良かったのだから。 けれど、それは壊れた。女神が消滅したからだ。 ただ、それだけならまだ良かったのかもしれない。けれど、襲撃は終わらず、何より天という世界そのものの存続が危うくなった。 決断として、天を二つに分けることになった。元々の天を『神』が統治し、黒い世界を引き受けた魔界を『黒の神』が統治することになった。その日から、天は本来の天として存在せず、歪んでしまい、魔界の王は魔王と呼ばれるようになった。 元々あった14人の守護天使は7人ずつ別れ、それぞれの神を支える為に付いて行った。 『私』は魔王の元へ行き、魔王の為にその後も減らない歪みと闘い続けた。 そんな、暗いことが続く中、久しぶりに誰もが喜ぶようなニュースが舞い込んだ。 女神が残した卵が産まれたのだ。 天使というのは少々変な生き物だ。どうしてこんな生き物なのかわからないが、神に言わせれば『創造主』の戯れらしい。いい迷惑だ。 だが、天使は今回特殊であるが故に良かったのかもしれない。地上にある人と同じであるなら、子どもが生まれることなどなかったのだから。 生まれた子どもは、可愛い女の子だった。けれど、力は神のものを受け継いだ、どちらかというと女神よりも神に近い子だった。 それにしても、女神の命日に生まれるとは…何かが働いているかのような錯覚を覚える。 けれど、これで二人の神が少しだけ元気になったことは『私』にとっても他の連中にとっても良かったのかもしれない。 女神の死後、女神がいたころのように笑うことすらなかったから。 そしてさらにその一年後、もうひとつの卵も生まれた。今度は少し残念なことに男の子だった。まぁ、天使には性別なんてあってないようなものなので後で意思一つで身体を好きな方につくりかえることなんて簡単なので別にいいが。 問題は魔王の力を持つ割に、男の子である割に女神に似ていたこと、だろうか。 思っていた以上に親馬鹿な連中は、さらに周囲を振り回しかねない状況になった。本当に、女神がいなくなってからおかしくなってしまったと思う。 けれど、前のように少しだけ戻りつつある天と魔界を見て、これはこれでいいのかもしれない。そう思った。 そんな矢先に起こった歪みの後始末と言う名の闘い。別に油断していたつもりはない。 この後始末の中で、あの女神が消されたのだから、『私』や他の連中にとっても可能性としてそれはあった。 ただ、いつ誰がどうなるかなんてこと、誰も知らない未来だからこそ少しだけ自分に巡ってきたことに驚いただけ。 「あまり、お役に立てぬままで申し訳ありません。」 誰かに聞かれることのない、けれど、最後なら伝えておきたいその言葉がむなしく響く。 そして、近づく終わりに、目を閉じた。けれど、その終わりは一向にくることなかった。 どういうことだと目を開ければ、確かに『世界』はあれから何日も経過していた。しかも、仲間からは『私』は認識されない存在になっていたことをその時理解した。 きっと、消滅したから、なのだろう。だが、自我がここに残っていることが疑問だったが、戻れないということだけははっきりとわかっていたので、ぼんやりと自我が消えるまで暇を持て余しているのも、いいかもしれないと思っていた時だった。 突如光に包まれ、ふわふわしていた身体が急に重力に引っ張られた。 「…どういうこと、だ?」 確かに自分は死んだ。消滅した。そのはずなのに、この感覚からしても、明らかに生前のものに戻っている。何より、あの光の波動が見知ったものであることにも驚いた。 「なんで、だ。なんで…あの方は消滅したんじゃ…?」 けれど、愚か者ではなく、少なくともそれなりに頭がいいので、考えたくない仮定に思い至り愕然とする。 「まだ、女神は消滅しきっていない?」 もしそうなら、今自分を助けたように、様々なところで力が使われていったら…やはり消滅するのだろう。今度こそ。 だが、もしまだ可能性があるのなら、力を使わせてはいけないのだろう。 その瞬間、まるで使命のように感じたそれに、まだ死ねないと思った。 考えにふけっていたせいで、気付くのに遅れた。 ここは戦場なのだ。それも、『私』にとって敵が消滅すると思ったあの寸前までいたはずの場所だ。そんな場所でこんな無防備に長居するなど、狙ってくれと言っているようなものだ。 『私』は近づいたそれに気付いた時には呑みこまれ、天使としていられない身体に成り変った。いや、その前から、消滅して戻った時から、すでに天使ではなくなっていた。 そして私は魔人となった。元々持っていた力の強さから、簡単に叶う相手がいない程、魔人としても強い魔人と成り変った。 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。女神の力で蘇らされ、なのにすぐに敵の手に落ち、女神の力すら魔に染めてしまった。 だが、まだ間に合う。魔を浄化する力が存在するのだから。 とにかく、『私』は…『俺』は魂の欠片の回収を最優先事項として動くことにする。今頃天でも魔界でも死んだことになっているだろうから。神と魔王が信頼していて、なおかつこの世界の隅々に目を通せるベルセルに行こうと思う。 必ず全部見つけ出す。使われた力共々。まだ、天使としての力と女神の力のおかげで、魔を抑え込んでおくことはできるから、きっと気付かれないだろう。けれど、どこでボロが出るかわからないから、対象が見つかるその日まで、記憶を削除しておく方がいいだろう。 きっと、記憶があったら、かつての仲間を思って呼んでしまいそうになるから。 それに…天の歪みを戻す方法で、最悪のケースを思い至った今では、きっと彼等とはすでに仲間ではいられないだろうから。 「やはり、あの方は未来が見えていたんだろうな。」 だから、子どもを残した。けれど、女神にとっても予想外なことが今の天の現状なのだろう。なら、最後の望みとして『俺』が後始末として役目を果たせばいい。 たとえどれだけの犠牲がでようとも。 「だから、結構あんたのことは気にいっていたけど、死んでくれ。」 「来ると思ったが…好かれていたとは思わなかった。」 「そうか?俺は比較的わかりやすい方だ。」 嫌いな奴とは会話する気がないから。そう言って、男へ刃を振り下ろした。けれど、男は死を目前にしても、しかも殺すと言った『俺』に対しても動揺しないし恨み事を言わなかった。むしろ、笑っていたのが、少しだけ『俺』には辛かった。 「けれど、一つだけ聞かせて、ほしい。これは、何だ。何故、この力を求める?」 「この力は女神のものだ。俺は…『私』は女神を含めた三人の神の為に生きる『天使』だった。だから、誰かが命令したわけではないが、これをこれ以上世界に散った状態にしておくわけにはいかない。それが、私を私として維持する意思だから。」 最悪、これが全て消えたら取り返しのつかないことになりかねないから。それだけは避けたいのが本音。 「そうか。」 そう言って、最後までやり遂げられることをあの世で祈ってると言った。 「さっきのは守り人として。今度は個人として最期に教えてくれ。お前の名前は何だ?」 「…ミュローナ。ミュローナ・ナイル・トルレイド。頭文字をつなげると、あんたが付けてくれたミナトだ。」 「ほう…偶然もあるものだな。」 「そう…だから、知らないのにその名をつけたあんたを、俺は気にいっていたんだ。」 なんで、あんたが女神の魂の欠片を持っていたんだろうな。しかも、簡単に殺せる自分は、やはり元には戻れない。魔という『歪み』そのもの。 「ミュローナ。誰がつけたのか知らんが、いい名だ。確か、意味は『失われることない光』だったか。」 「知ってる、のか。」 「長く生きているから、な。誰が付けた名かは知らぬ。が、本当に大事にされていたのだろうな。」 だからこそ、信念を貫き生きるのだろうと言う男に、ほんの少しだけ後悔が芽生えた。絶対後悔しないと決めたのに。自分の使命だと。その為に記憶を消して、見つけたら思い出すサインにして、すぐに動けるようにしていたのに。 彼だけではない。女神が残した片割れが、それも重要な意味を持つ方が地上に堕ちた。それがさらに俺を焦らせる。時間が迫っているのかもしれない。魂を消滅させるわけにはいかない。だが、それ以上にあの片割れもまた、死なせるわけにはいかない。 最悪のシナリオの場合、彼がいないと話にならない。個人としてはそれだけは避けたいが。 あまり感傷にしたっているわけにはいかない。 「今日から、俺はもうミナトじゃない。魔人の『湊』だ。あの世へ俺は行くことできないだろうが、あんたが冥府への旅路がよいものであることを祈っておく。じゃあな、守り人『透』。」 笑った後、目を閉じ、何も答えなくなった。俺はそっと身体を横に寝かせ、手を合わせた。しばらくそうした後、そのまま外へ出た。もちろん、守り人としての場所へ帰るのではない。魔人として、だけど心は今も三人の神の部下として、役目を果たす為に。動き出した歯車はもう止められない。 きっと自分の場所は先代が次代に引き継ぐまでの間、仮の守り人として穴埋めをしてくれるだろう。透の後も、あの子どもがどうにかするだろう。 次会う時はかつての味方と敵同士。 「誰も、許さなくていい。恨んでくれて構わない。」 だから、ターゲットになったのなら、覚悟して向かってくればいい。覚悟のない連中が、女神の力を使う資格などない。 あれから、どれだけの命を奪ってきたのだろう。かつてはその命を守るのが仕事だったのに、守るのはあんなにも大変だったのに、壊すのはこんなにも簡単。それがまた滑稽で笑える。そして、悔しくて悲しい。 欠片は小さいものが多く、集まった大きさから見て、まだ半分にすら届きそうにない。きっと急がないといけないのに、これでは先に終焉を迎えそうだ。 まぁ、自分がその終焉を導く引き金の一人であることに違いないが、簡単に壊れるのなら壊れてもいいと思っている。ただ、かつてのあの温かい世界を守れるのなら、元に戻せるのなら、その為にいらない部分を壊すぐらいなら手伝ってもいいと思っている。 女神の力をろくでもないことに使う人間に、いい加減嫌気も差してきた頃だから。 「さて、こんばんは。」 今日もターゲットのいる場へ出向く。きっと、気付いている者からすれば私は悪魔そのものだろう。実際魔人なので間違っていないが。 「悪いが、死んでもらう。」 そう言って、目撃者となるであろう周囲の者達も根こそぎ狩る。少しだけ、今日と言う日はタイミングが悪かったかと思ったが、こういう機会出ない限り、表に出ない奴だから仕方ないと諦めてもらうことにする。 「何が目的だ!」 「何?貴方が持っている玉ですよ。そう、その首にかけている、貴方の力ではない力の元。」 さっとそれを手で隠すのがまた滑稽だ。力を失うことを恐れた力におぼれた愚か者。力がないのに力で支配したそれに、何の意味があるというのか。 「ねぇ、鴉天狗殿。その力を返してもらいにきた。元あるところへ還すために。」 「何を、これは私の…!」 「うるさい。」 問答無用で振り下ろされた刃が斬り裂き、周囲に飛び散る赤に、透のことを思い出す。 もう一度、会いたいが、きっと消滅しかない自分はめぐり合うことは二度とないだろう。もし会えるのなら、違う会い方なら、もっと違う関係が築けたのだろうが、全ては過ぎ去った過去。 「さて…みなさんも一応、死んでください。」 その方が歪みも増える。それが、今の俺の仕事でもあるから。仕事をしなくなったら、消されてしまうから。まだ、消されるわけにはいかないから。 だから、歪みを正したいと思う心を裏腹に歪みを増やしていく。 けれど、どこかで大丈夫だと思っているからかもしれない。だから、歪みを増やしていく。 天使の魂が壊れた日、多くの天使の魂もまた、壊れた。ここにも一人、天使としての魂が壊れた者がいる。 誰の為の幸せの願いか。今は彼もわからなくなってきているのかもしれない。 それでも天使であろうとする彼は、考えることと感じることを放棄することで、魔に侵されながらも破壊衝動を抑えているのだろう。 「はやく、集めないと。…はやく、殺しにこい。」 優しい子どもは堕ちてもきっと優しいまま、殺せないのかもしれないが。 「殺して、俺ごと力を取り戻しにこい。…シャルマルタ・ミル・レンカ。じゃないと、お前もまた、消えてしまう。」 最悪の事態は近づいている。はやく、それに気付かないと…女神の死の連鎖が歪みを呼ぶ。 |