◆堕天使が生まれた日








人は天という世界を想像すると、綺麗なところだと思うだろう。

だが、天は見かけだけの歪んだ世界だ。それを誰も気付かない。

それさえも、おかしな歪んだ、醜い世界。

定められたことから外れたものは排除される。

それは自由がないのと同じなのに、誰も気付かない。 当たり前だと思い込んだ醜い奴等が、今日も私を罵る。

私はどうしてこの世界に生まれたのだろう。

「私はレチェがいてくれて幸せだよ。」

そう言って、私の存在を認めてくれるのは兄だけだった。私にとって、兄は絶対の存在。

兄を失えば、私の存在を失うのと同じこと。そう思っていた。

毎日言われないことを言われ続け、それでも兄がいたから私は笑っていられた。たとえ、周囲からどう言われようとも、兄が私を肯定してくれるから、私は許されていると思えた。

なのに、世界はとても残酷だった。

相変わらず続く闘い。仕方ないことなのかもしれないけれど、戦う術がない私は、兄を手伝うことはできない。

だから、兄が出かける日はお留守番だった。

それでも、帰ってくる兄のことを考えたら楽しかったし、帰ってきた時おかえりと出迎えるのが楽しみだったから、何も苦痛なことは なかった。

けれど、兄は帰ってこなかった。 私は信じられなかった。どうして兄が帰ってこないのか。

ちゃんと帰ってくるからと言って出ていった兄が、おかえりと出迎えたら、ただいまと兄が言ってくれると思っていたのに。

兄は消滅し、二度と帰ってこなかった。

呆然とし、私はしばらく部屋にこもった。籠ったというよりも、何かを考えることすらできず、ただそこにあるだけだったから、部屋から出ることもなかっただけだけど、私が私 として意思が戻った時にはかなりの日が経っていたことに気付いてさらに慌てた。

どうして兄が消滅したのか。知らなくてはいけないと思った。

兄がいないと、私は駄目だから。誰も、私を許してくれないから。生きることを許してくれない世界で、生きていくことなんてできないから。

けれど、誰も教えてくれなかった。反対に、いつものように私は迫害され、罵る数々の言葉に、とうとう逃げ出していた。

それから、ただそこにいた私はある日知ってしまったのだ。

兄は、殺されたのだと。

ただ、殺されただけなら、この闘いが続く日々なのだから、仕方ないと他の連中なら諦めるだろうが、私は悲しいけれど立派に戦ったことをすごいと褒めて、お疲れ様と言えばいい。

そして、思い切り泣いて、次からは兄が好きだと言う笑顔で毎日過ごしていこうと思った。

けれど、世界は私には冷たい。

兄は無事に帰還したにもかかわらず、歪んだ心ない天使共によって、私を庇う異端だと言われ、殺されたのだ。

それを知った瞬間、頭に血が上り、関わった天使を一人、手に掛けた。

天使において、天での仲間殺しはご法度だ。

だが、私はやってしまった。

そこから、私は狂っていったのだろう。少しずつ為込んだ歪みが爆発して、けれど誰かに気付かれては兄を殺した連中を全員この手で始末できないから、普段通りを装って、日々過ごしていた。

なかなか見つけられない私の『敵』に焦りもあったのだろう。

とうとう表だって私を攻撃してくる連中が現れた。

元から弱く、力もない私は、集団の強い力を持つ連中の攻撃に、この怒りを晴らすことができないまま消滅するのではないかと思ったぐらいだった。

「何をしている。」

まるで、兄が戻ってきたかのような錯覚を覚えた。

いつも、兄は私に何かあると、助けに来てくれた。私にとって全てだった、大好きな兄。

消滅は嘘だったのではないかと、膨らむ期待に顔をあげて見た先にいたのは、兄ではなかった。

少しの落胆と、淡い期待。

「シャルマルタ様。」

「『仲間』に手をあげるのはご法度。それを知らないわけでもないだろう。…何をしている。」

「す、すいません。」

そそくさと逃げていく連中。大丈夫かと声をかけて手を差し伸べる彼。

手と顔を交互に何度か見たあと、その手を取った。

もしかしたら、この手をとったら、期待したら、また絶望がやってくるのではないかと思ったが、そんなことはなかった。

同じことが起きないように、上には言っておくと彼は言い、その場から去っていった。

はじめて、兄以外から差しのべられた手。私を私とみてくれた『他人』に、少しの期待と驚き、そして喜びが芽生えた。

シャルマルタというのは、八人の天使の一人に姉がいて、彼自身も誘われているにもかかわらず断っている為に今の状態であるが、実際やっていることは八人と同じようなこと。

そんなすごい人が、私なんかに声をかけてくれるなんてことは、すごい確立だ。

私は、兄以外と関わることがなかったために、全てはじめてでこの感情が何なのかすぐにはわから なかった。

けれど、向けられたあの笑顔が忘れられず、あの笑顔を思い出した時は、私の歪んだ感情が不思議と抑えられた。

私はその日から周囲に何を思われようとも、役に立てるように強くなろうとした。

様々なことを一人でひたすら学び経験し、今ではあの時の天使の集団が来ても返り討ちにできる だけの力を得た。

でも、兄の復讐も私にとって大事なことだったが、それと同じくらい、もう一度彼に会うことも私にとって大事なことだった。

彼は私とは違う場所に位置するが故に、簡単に会うことはできない。何より、姉がブラコンであることは有名だったので、なるべく彼女を避けて通りたいと思っていた。

間違いな く、もめるとわかっていたからだが。

私はまだ、気付いていなかった。

この思いが何であるのかを。

理解した時には、私は失恋した時だった。

彼の隣には、彼の姉と同じ八人の天使の一人がいたのだ。 私は知らなかったのだ。ずっと一人で強くなろうと、こういった情報を知ることをしなかったから。

その瞬間、今まで穏やかだった私の心は再び歪んだ。

その歪みは、まず最初に兄を殺した連中に向いた。

次に、かつて私を虐げた人間共。最後に…あの女。

簡単には殺さない。

私の歪みが満足するまで、何度も殺してやる。

「全部、いなくなったら今度こそ一緒。」

恋も知らない女が歪んだ末に選んだことは、歪みきった愛による惨劇。








そして、時は流れる。

「楽しそうだね。」

「セロン。何か用?」

「いや、別に。」

魔人となってから知り合った男。この男には何の感情もわかない。

やはり、私にとって彼だけが特別。

「そう言えば、あんたも冥鎌様のこと、知ってるのよね。何で?」

事と次第によっては、この男が『仲間』であっても、容赦しないつもりで言った言葉に、男はただ笑って、こう言った。

「俺の大切な人が、彼と彼の姉がどう成長するか楽しみにしてたから、他人に興味ない俺が珍しく覚えてただけ。」

彼等の母親が男の大切な人と友人であるのだと聞き、そうかとだけ答え、もう興味はなくした。

この男が彼とのことに関わってこないのならそれでいい。

「彼の事どうするのも勝手だけど、手元置くんなら、たまには見せてね。墓参りのお土産話にするから。」

「…考えておいてやる。」

もういない者への、届かない言葉。私にもかつてたくさん言いたい言葉があっても届くことはなかった経験があるから、少しだけならいいかと思った。

「さて…私は行くけど、あんたはどうするつもりなわけ?」

「そうだね。ゆっくり考えておくことにするよ。」

しばらくは仕事しなくても歪みは広がっているからという男に、私は背を向けてその場から去った。

「兄さま。私は、約束通り、自分の足で歩いて、生きていますから安心して下さい。」

届くことのない、毎日続く私から兄への約束の報告。

この時だけ、姿も力も全て変わり果てて誰にも気付かれない私の、唯一昔のままのところ。





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女神の死によって引き起こされた『エラー』による被害者の話