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ただの人だった両親は普通に恋をして、普通に生活していた。 場所柄から、決して裕福ではなく、満足のいく食事が取れない日もあったが、彼等は幸せだった。 そんな二人に子どもができた。 普通の両親から生まれた、普通の子ども。けれど、月日の流れと共に、普通とは言えない見過ごせない変化に、彼等は周囲から孤立してしまった。 それでも三人でひっそりと、幸せに暮らしていました。 そして、両親は年を取り、亡くなりました。 けれど、子どもはまだ子どもの姿のまま、時を忘れたかのようにそこにいました。 大人になれない子どものみる夢 子どもは長い年月の間、一人で過ごしていました。かつて両親が健在だった頃、最低限のことは教わりましたし、いくら子どものままであっても、学習はしています。 一人でいることが当たり前になっていた彼は、ある日倒れている見知らぬ他人と出会いました。それが、両親の死後、はじめて出会う自分以外の人でした。 怪我をしていましたが、軽いもので手当てをした後、しばらくして相手は目を覚ましました。 「お前が助けてくれたのか…?」 こくりと頷くと、じっとこちらを見ている相手に、少しだけ居心地悪く、だけど目をそらすことなく見ていたら、ふっとその相手は笑いました。 「ありがとう。」 久しぶりに、誰かから自分へ向けられる否定以外の言葉でした。 「それにしても、変わったものを持っているようだな。」 その言葉に、意味がわらなくて首をかしげていましたが、次の言葉で頭が混乱しました。 この老人は自分が年を取らないことをわかっていたのです。隠してはいませんが、両親からそれは人から見たらおかしいことだから知られてはいけないと言われていたからです。 何か悪いことなのかわからないけれど、きっと生きる上でおかしいのは事実としてあるのだと理解していたからこそ、今の彼にとって知られることの方が恐ろしかったのです。 「恐がらなくていい。わしも、おかしいからな。」 そうじゃなと、背中にある翼を出して見せてくれました。 「有翼人。知っておるか?この世界に存在する種族だが、あまり人前に出ないから知らぬ者も多い。しかも、わしは困ったことに大事な翼を片方無くしてしまってな…こっちの翼は偽物なんだ。」 偽物には見えないだろう?と笑って、その翼を触らせてくれた。 どっちも本物の鳥の羽根のようにふわっとしてあったかい、けれどしっかりした翼で、偽物という意味が理解できないものだった。 「仲間内からすれば、翼を失った奴は変な奴だ。だから、ある意味仲間だな。」 重ねるはずの年を取らない人と翼のない有翼人。 このまま一人でいるより一緒にこないかと誘う老人に、少しだけ考えた子どもは、その手を取った。 その後、老人は名を透だと名乗り、実はベルセルという表舞台から一歩引いた裏から世界の歪みを取り除くのが仕事の守り人というものだということを教えてもらった。 時には人を殺し、時には己の命を殺す。そういう仕事だと言っていた彼が死んだのは、子どもが大人としての姿に変化できるようになり、己の身を守る術を手に入れた後だった。 何故彼が死んだのかは知らない。ただ、同じ守り人に殺されたということだけ知った。 これが、きっと悲しいということなのだろう。両親の死の際は、持たなかった疑問や感情。見た目通り、きっと成長してなかったから、何も理解できていなかったのだろう。 けれど、今は様々なことを知って、ある意味かつてより人に近づいたからこそ、悲しくなったのだろう。 そう言えば、彼が言っていたではないか。守り人は普通の人ではできない。ある意味壊れた奴がなるのだと。そう、子どもはいろんな部分で壊れていたのだ。それを人にしてくれた人に感謝した。それを伝える術はすでに失ってしまったけれど。 誰も教えてくれない、透を殺した相手を探す為、透の意思を継ぐ為、守り人となった。 守り人である透と共にいた為にすんなりなれたそれは、思ったよりも簡単だった。 けれど、誰かといる時間を再び過ごした故に、また一人きりになった今はむなしいだけだった。 何故、自分はまだ生きているのだろう。両親より後に生まれ、確かに両親の方が先に死ぬことになり、両親より長く生きていくことになる。けれど、両親が生きた時間の倍は生きている。それは普通とかけ離れた異常だった。 それがわからない程愚かではないし、わかるほど、子どもではなく成長していた。 出会った透もまた、長い時間を生きていたが、結局自分を置いて消えてしまった。 今彼を動かすのは、守り人としての役目と、透を殺した相手をみつけ出すと言うことだった。 どうして、殺されなければいけなかったのか、真実がただ知りたかった。 出会った他の守り人達は、それじゃあ探し出して仕返しに殺したいと言ってるのと同じだと言っていたが、できればそんなことはしたくなかった。 透が教えてくれたからだ。 壊すのはとても簡単なことなのだと。とくに、守り人になるような連中にとっては、それは日常茶飯事のこと。歪みを壊すことが仕事だから、感覚が麻痺してしまったら、いつか取り返しのつかないことになる、と。 壊れたらどうなるのか。もう会えない両親のようになると言われたら、どうしても仕事の上でしか、壊すということはしないようにしようと思ったのだ。 だから、今の自分を守るために、今の自分が生きようと思う為に、どうしても理由が欲しかった。だから、真実を知りたいと思ったのだ。 何でもいい。理由が大事なのだと言った。その通りだと思う。 その理由のおかげで、今も生きているのだ。ちゃんと人として、自我を持って。 「私としては、お前が言う理由のおかげで今生きてるから、感謝してるけどな。」 そう、出会った女が言った。その笑顔は太陽のように眩しくて、けれど、自然とあったかくなって嬉しくなって、自分も笑顔を返していた。 その時お前も笑えたんだなと驚かれたが、自覚がまだまだたりないようでその時はわかっていなかったが。 「俺としては、立花が使い魔になるって言った方が驚いたけどな。」 「あはは、まぁな。自分でも驚いたけど、何かな…お前ならいいと思ったんだ。」 立花は、荒れた地で生まれ育ったが故に、手に負えるような生易しい女ではなかった。男より性質が悪いといったらあれだが、誰かの下につくような女ではなく、上に立って引っ張っていく支配者タイプだった。 そんな彼女が、自分のようなある意味壊れかけの下につくと言った時、普通に驚いたものだ。 「でもさ、お前は私を支配しようという気はない。どちらかというと、対等の立場であることを求めるだろう?」 あくまで、共にいてもいいと思える誰かがいたらいいのであって、誰かを支配したいと思ったことはない。むしろ、そういったことはむなしいことをどこかで理解しているからかもしれない。 だって、支配するのでは、理解者とはめぐり合えない。つまり、結局は一人でいるのと同じ。 「透と出会って、もし誰かと時間を共有するのなら、部下ではなく友が欲しいと思っていたからな。」 「支配者は、結局支配者で、自由にさせてくれない。だからだろうな。私は自由を奪われることが嫌いだ。」 だが、同じように一人という孤独から、誰かを求めていたのかもしれない。だから、その手を取ろうとした。 ずっと、子どものままであるのなら、良かった。時々そう思ってしまう。そう、何も知らなければ、その感情すら知らないから、理解できず、何も感じなかった。 けれど、人であるから、きっとそれは仮定でしかなく、理解しようとしてしまうのだろう。知らないことを何故と知りたがるのが人の悪い癖だと思うから。 知らないことは愚かなことだ。けれど、知りすぎることも愚かなことだ。 年を取らない自分。年老いていく両親。あの頃はその意味を理解していなかった。けれど、どこかで違うということを認識していた。だから、あの頃は何度も思った。皆と同じ、『大人になりたい』と。そして、人として生きて人として死にたい。そう、いつも夢見て、だけどどこかでそれが無理なのだと理解して、やはり両親は死んで自分だけ残ることを知って絶望するのを避ける為に考えないようにして。 「だから、俺は簡単に死なない奴と対等の関係で過ごす普通の日常を望んだ結果だ。」 独り言のようなそれに、立花は苦笑するだけだった。 「いきなり大きくなって、何一人で事故解決してるんだ。」 過去の記憶に囚われて固まったと思ったら、何だよそれと文句を言う立花にすまないと謝っておいた。 最初の頃ほど、考えに入り込んで周囲からは停止したように思える状態になることが多かったが、減ったとはいえ、まだ癖として残っている。 「とにかく、俺は立花がパートナーで幸せだってことを再認識したところだ。」 「それはうれしい限りだな。」 小さい自分の時と同じように、大きい自分の頭をぐりぐりとなでる豪快なけれど温かい手。 自分には勿体ない、綺麗な手。自分とは違う、とてもきれいで優しい手。 いつか自分の手はさらに罪を重ねた深い闇へ堕ちていくのだろう。透を殺した奴を必ず見つけ…理由によってはきっと殺してしまうだろうから。それは、彼女には内緒だ。 だって、もしそいつを殺した時、自分は自分ではなくなっているだろうから、そうなったらそれは死んだのと同じだから。だから、犯人を殺したいのではなく、真実を知りたいといつも切望しているのだ。 最初に会った彼女が言ったこと、守れない自分はたとえ自分であっても許すつもりはないし必要ない。 彼女はこんな世界で、こんな街で暮らしているからこそ、できるだけ殺すことだけはしたくない、と。 だから、『仕事』では基本彼女は騒動の鎮圧や裏方をしてもらう。本当に必要な時、やるのは自分だけでいいから。 『大人』になった『子ども』がみる夢は、いつか本当の『大人』になること。 大切なものをちゃんと守る手を持つ、『大人』に。たとえ、両親を異端のように、差別した一番嫌いな汚くずる賢く、嫌な『大人』になるとしても。 一人にしないでくれた大切な彼女を守るのが、今の自分の生きる意味で、『大人』として意思を持てる理由。 「さ、仕事だ。」 歪みを知らせるそれに、立花も気持ちを切り替えて返事を返した。変わらない日常がまた繰り返される。 |