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その男はただ愛していただけだった。 その愛が異常であることは自覚があった。 けれど、時の流れと共に、その異常が男を蝕み、男はただ愛することを実行した。 歪んだ、哀れな男の愛に捕まったら最期。 閉ざされた庭で眠る姫君の悪夢 また、一人。子どもが消えた。 ここ数日で、街で騒ぎになっている事件だった。 例えどこにいても、そう、家の中にいても外に居ても同じで、子どもが消えて行くのだ。 どこに消えたのか、いくら警備が動いてもわからない。街の門の番人の目を盗んで通りぬけることなどできない。 だから、次第に神隠しだと騒がれた。 その街にやってきた、まだ幼さの残る少女。今日は友人に会いにきたのだ。 「ごめん。爺とかりるを振り切るのに時間がかかった。」 まったく、過保護すぎだよ、皆。そう言って文句を言ってむくれる少女に、苦笑する。 「で、今日は何処に行く?」 いつものように、こっそり二人だけで出かける。これが二人の楽しみだった。 だって、二人にはもう時間がないのだ。私は世界の『門』を守る番人として、彼女は世界を維持する『女王』としてこの世界の人間から知られることなく過ごすことを義務付けられているのだから。 別に、そのことに不満があるわけじゃない。だって、生まれた時から言われたことで、それが私達の役目なのだと理解しているからだろう。 彼女はとくに、女王を継がなければ、その役目が妹に回ることを理解し、せっかく犠牲にならずに済んだのに、自分のせいで自由を奪わせることをしたくないと思っているようだ。 まぁ、私は双子の弟も違う『門』の番人で、同じ道を辿るし、一緒にいることができるのだからこれでいいのだと思う。 幸せかどうかは、本人が決める。結局はそれが答えなのだから。 けれど、私はこの時ばかりはもっと警戒するべきだと後悔した。いや、この先の未来において後悔のない日々なんてないけれど、神隠しなんてことが起こってる街で呑気に出かけるなんて馬鹿なこと、いくら人より力があるとしても、気をつけておくべきだったのだ。 だから、私達は『神隠し』に巻き込まれた。 気がつけば、そこは知らない部屋だった。隣には意識のない彼女がいて、慌てて無事を確認し、起こす。 どうやら彼女も最初は寝ぼけながらも、女王候補だ。すぐに周囲の異変に気付いて頭を切り替えた。 そして、私達は神隠しの真相が歪みだとはっきりと理解した。 そう、この部屋、この建物自体、全体を覆う隠しきれない禍々しい歪みの影。どうしてこれに気付かず、対応できずにいたのかわからないが、もしかしたら外からは視えないようになっているのかもしれないと、二人で脱出をしようと部屋の中を探った。 その時だった。ぎぃーっと扉が開く音がし、そこに目があった。 そう、不気味にも闇が濃すぎて、目だけがそこにあるかのように、歪んで光っていた。 「お目覚め、みたいだね。」 そう言って、一歩、また一歩と近づいてくるそれは、まだ人の形をしていた。それが逆に不気味だった。 こんなにも人ならざる闇の濃い中に、平気でいる男は、明らかな異常だった。 そして、自然と悟った。この男が歪みの原因で神隠しの原因。そして、逃げるのは難しい程、簡単な相手ではないということを。 「貴方、何者ですっ!」 凛と、はっきり敵意を向けた彼女が問いかける。その言葉に、どうしてか面白そうに男は笑みを浮かべ、彼女の腕をつかもうと手を伸ばした。その手を私が払おうとすると、反対の腕が素早く動き、掴まれてしまった。 しかも、離そうとしても男の力は強く、羽が立たない。 本来の力を使えれば、私はこんな男の力なんて跳ね返せるが、人の世では影響が強い為に封じている。だから、ただの非力な子どもぐらいの力しかでない。 それが悔しかった。私は、女王を守る、守り人にいつかなるのに。友人でもある彼女を守れないなんて。 そんな私を助けようと、彼女が飛びかかり、二人がかりでの抵抗に、私は弾き飛ばされ、壁にぶつけて、意識が飛びかけた。 何とか意識を保ってはいるが、状況は悪い。さっきよりも悪化したかもしれない。 彼女をがっちりと捕まえた男が、こちらを視て、こう言った。 「君は次。」 にやりと、不気味な笑みを浮かべ、必死に手を伸ばしたが、彼女を連れて男は部屋の外へ出て行った。 その後、私は意識を失っていたようだ。 悲鳴が聞こえ、私ははっと意識を取り戻し、なんとか身体を動かした。けれど、非力な子どもの『身体』での損傷が大きすぎたのか、動かすのに苦労した。 けれど、さっきの悲鳴の声が間違いなく彼女のものであると確信があるから、私は急がなくてはいけなかった。 どれだけの間、意識がなかったのかはわからない。けれど、その間、彼女はあの男の手の中にあって、私は彼女を守るはずの立場にいるのだ。 だから、急がないといけない。 無理やり、一時的に封印を壊し、扉を壊した。そして、彼女の気配が在る方へと向かった。そして、近づくにつれ、部屋のを通るたびに視るそれに、急がないといけない駆り立てられる。 先程の部屋のものが事実として認識するのなら、彼女は絶対にいけない。もし仮にあの男の手に堕ちるなら、私の方が良かった。そう思えるぐらいに、絶対にあってはいけないことだ。 私はあくまでも見た目が子どもと同じぐらいではあるが、年齢は重ねている。彼女よりも、はっきりいって上だ。だからこそ、こういった知識も持っている。 「…レイファッ!」 床に横たわる彼女。彼女を凌辱した男。 私は間に合わなかったのだ。 女王は決して男と交わってはいけない。世界の為に生きて死ぬ、女として生きることが赦されない、生贄なのだ。 無理やり行為を強要され、そして最期には男を受け入れたまま首を絞めて殺された彼女。 最大の屈辱だ。 女王としての資格を奪われただけでなく、命まで奪われた。 私は怒りに身を任せ、その部屋のものを燃やしつくした。 そう、私は南の門番、『朱雀』を身に宿す者。名を紅天奏紅。紅き炎を纏いて、全てを焼き尽くす聖獣。 その後のことは、迎えにきた『ベルセル』関係者によって断片的に知った。 あの男は、妻をとても愛していた。だが、妻と同じくらい、我が子も愛していた。 だが、妻を殺され、歪み始めた愛は我が子へと向いた。 その子どもは、あまりにも妻に似ていたのだ。まだ幼い少年であったのに、壊れ始めた男に襲われ、国に我が子を奪われてしまったのだ。 その子どもが現在どうしているのかは知らない。 だが、それから一人になった男は、しばらくは落ちついていたが、次第におかしくなり、国から姿を消したのだという。 そして数年後のこと。神隠しが始まった。 男は子どもを視境なく、我が子として連れ戻そうとした。けれど、途中から男の認識は変わったのだろう。 妻を愛していたはずなのに、男はもう妻のことを覚えていない。男は少年少女を愛することが全てに変わっていったのだろう。 それもとても歪んだ形で、襲い、最期には首を絞めて殺す。そして、そんな彼等の遺体を人形として大切に屋敷に保管していた。 綺麗に服を着せているものもあったが、凌辱されたままの殺された最期の恐怖に歪んだ顔の子ども達もたくさんいた。 けれど、その全てを私は焼いた。 魂が天へと昇れたかは知らない。興味はない。 唯、私は守れなかったのだ。それが今の私にとっての全てで、真実。 「紅ちゃん…。」 いつの間にか、近くにいた彼女の妹。姉の死で、彼女が候補になってしまった。彼女が何よりも避けたかったことが現実になろうとしている。 だから、私は願いをいれた。彼女を自分の担当エリアのサポートに欲しい、と。 結構それはあっさりと通った。私が弟以外に目を向けないことを、それ以外に目を向けるように仕向けたがっていたからだろう。 何かあった時、弟の為なら何でもしでかす。そう、彼等は理解しているからだ。 だから、彼女と供に居ることも許されたのだ。 女王の為の無茶なら赦される。そういうことだ。 今回の件で余計に危険視しているだろう。数少ない守る者に対してのみ、残虐な化け物と成り果てることがはっきりとわかったのだから。 「ごめん。ごめんなさい。私、守る立場だったのに、間に合わなかった。私だけ、残った。ごめん。」 そう言うと、私の手を握って、首を横に振って、ありがとうと少女は言った。 「姉さん、守ってくれたんでしょう?姉さんの身体…奴らに渡さない為に、燃やしてこの世界に還してくれたんでしょう?」 彼女は、全てを世界に取られる覚悟をしていたけれど、やっぱり、可能であるのなら、魂だけでも返して欲しいと思っていたのだと言った。 「それに、私の自由を守ってくれたんでしょう?聞いたよ。次は私。覚悟していた。姉さんの魂は自由になれたけど、私はきっと姉さんと同じ場所へは行けないんだろうって。女王になるということはそういうこと。だから、姉さんがやっと自由になれたことは寂しいけれど嬉しくて、けれど二度と魂ですら遭う事が許されないことが、悲しかった。」 彼女は言う。二人が自由になれたのは私のおかげなのだと。別に女王になることに不満があるわけではないが、一人きりの孤独の世界の中にあるのが、家族なのに会えないまま、死を知ることもできないままあることが、覚悟はしていても辛いことだったのだと。 「…私はそれだけでいい。姉さんも私も、紅ちゃんのこと、恨んでないよ?」 その言葉が嬉しくて、だけど悔しくて、哀しくて…涙が止まらなかった。 あれから、長い月日が流れる。私はあの時より強くなった。つもりだった。 少女は大きくなり、私が不在の時、私のふりをして社に止まる留守番役になった。 そして、新しい女王候補は従姉弟らしく、申し訳ない気持ちでいっぱいだが、此れも廻り会わせだと、彼女と同じことを言う女に、今度は、今度こそはちゃんとお仕えしたいとそう思った。 大事な友人として、だ。 けれど、事件は起こる。悲劇は繰り返される。 先代女王のことは知っていた。彼女はそれを覚悟の上だと私に話してくれた。 まるで私にとっては姉のような存在で、大きくて頼もしい存在だった。 けれど、彼女は禁忌を犯した。私にとっては苦い過去でもある、それ。だが、彼女が自ら選び、進んで誰かの手を取るのなら、それを見届けようと思った。 どちらも、とても強い『女王』だった。 けれど、女王の死を納得できず、このシステムを壊したいと願う者がいた。私だって、このシステムを壊せるのなら壊したい。 けれど、それを選ぶわけにはいかないのだ。 だって、先代も次代のどちらの女王も私にとっては大事な家族とも言える存在で、弟とは別の、大事な存在なのだ。 だから、どちらを失うことも、両方失うことも、私には耐えがたい苦痛なのだ。 けれど、二人とも、すでに覚悟を決めていて、私がどうにかすることではないから、でも最期に傍にいたくて許可を貰ってそこにいた。 そして、先代を取り戻しに来た男が次代を殺し、そして…私は彼女達の望みを叶える為に、彼を殺した。 先代は彼にこれ以上誰かを傷つけさせたくないと願った。 次代は彼が次に弟を狙おうとしていたので阻止を願った。 私は先代と次代がこれ以上彼が罪を重ねないように…かつての罪を再び重ねる覚悟で手を汚した。 私は歪みであっても、あの男を殺した。遺体ではあったが、たくさんの子どもの亡骸を容赦なく燃やしつくした。 もう、私の手は真っ赤に染まり、黒い罪に塗りつぶされている。 弟に顔向けできないぐらいの罪がこの手にはある。 そのまま、事態を治め、奴らは弟である彼を次代の女王とすることにした。 唯一、私が知る真実。それを口外するなと口うるさく言う連中。けれど、私の耳には何も届かない。 心が冷え固まっている。いつもは暖かいのに。朱雀の焔を感じて…いや、彼女達の人のぬくもりに触れて、だったのかもしれない。 肉親である弟以外、大事なモノを私は守れず失い、冷え固まった心は、私から感情を奪った。 奴らはこれ幸いと思ったようだが、別にどうでもいい。 ただ、こちらを視ていた新しい『女王』だけが少し気になった。 彼女が何度も話していた、一度も会ったことがなかった弟。私をどう思っているのか、わからないし確かめる術もない。 そして、これからも私は二度と『女王』に関わる気はない。 だって、もう嫌なのだ。何度も何度も守るべき『女王』を失うのは。 だから、私はもう決めた。ただ門を守り、弟守る為だけに生きると。 守るものが多すぎるからこそ、私は守れない。私は弱いから。 ねぇ、あの閉ざされた部屋の中で、貴女は何を思っていたのでしょうか。 何度も何度も、答えがないとわかっていても問いかける。 だって、ふがいない友人である私のせいで、貴女はたくさんのものを奪われた。 私を本当は恨んでいるのではないですか? あの悲鳴は私に助けを求めたのではないのですか? 嗚呼…ごめんなさい。私は、結局貴女も誰も守れなかった、愚かなものです。 ですが、待っていて下さい。きっとすぐに会えるでしょう。 そして、貴女が守りたかったモノ『達』だけは守りましょう。 だから、悪夢ではなく、楽しい夢を視て下さい。 悪夢を視るのは私だけでいいのです。そう、私だけが悪夢に囚われ、いつかの日に悪夢に呑み込まれて消えればいいのです。 そうしたら…そうしたら、わかる気がするのです。 恨みたいのに、あの男の最期の安堵の表情が忘れられず、そして彼の最期の穏やかな表情が忘れられず、結局私の感情がどこへ向けばいいのかわからないから。 もし私が悪夢に呑み込まれて消えれば、わかる気がするのです。 だって、彼等はどちらも、愛する人を失い、その悪夢に囚われ、私に殺されて解放されたのでしょうから。 |