sid白城〜魔女との約束

 



片方の翼がズタズタになり、もう、飛べそうにない。綺麗な白の翼はすでに赤黒く染まり、かつての美しさの物陰はない。

「死ぬのか。それとも…まだ生きたいか?」

突如聞こえた少女の声に、私は閉じかけていた瞼を必死に閉じないようにこらえ、声の方へ首を動かしました。

そこには血のように紅い着物を着た誰かがいました。

「だ…れ…。」

そこから、私の記憶は一度途切れました。そして、目覚めた時には何もない空間にいました。

「ここは…。」

「現から隔離された狭間のような場所だ。」

はっとして、振り返れば、そこには幼い少女が立っていました。声と印象的な紅い着物で、記憶が途切れる前に自分の前に現れたのが彼女だと知った。

彼女のことを、自分は知らない。けれど、今無事なのは彼女が助けてくれたからだろう。だが、しっかりこっちを見据える目と口調が、年齢に似合わず違和感を感じた。

そこから、一つの推測として、なるほどと納得した。

彼女も自分と同じ、人ではないものなのだろう、と。

「貴方が助けて下さったんですか?」

「別に助けたつもりはない。目の前に落ちてきたから拾っただけだ。」

目を覚ましたらのなら好きにするがいいと言う彼女に、何故か自分は彼女の名前を訪ねていた。

「我の名を聞くとは、おかしな奴じゃな。」

ここではじめて彼女の表情が変わった。ほんの少しの変化ではあるが、笑ったのだ。その顔に、惹かれてしまった。

「名は自身を縛る呪だ。そう簡単に見知らぬ相手には言わぬ。そう、教わらなんだのか?」

「あ、えっと、すいません。」

すぐさま謝り、だが呼ぶのに不便だから偽名を名乗るのも習ったと答えれば、面白そうにその女は笑った。

「まぁ、よい。我の名は白灯と言う。知っておるじゃろ?のう、白天狗。」

「白灯…ですね。…白灯は私の事、ご存知でしたか。」

意識を失う前にこの背中に白い翼があったから、気付いてもおかしくはないが、天狗だと断言できる要素ではない。

「なに、昨日天狗の集会への襲撃を聞いたからな。それに、お前は有名だからな。」

やはり、彼女は何者なのかは断定できないが、人ではない存在で、それも天狗を知っているもの。天狗の集会は何らかの守護領域に異変があった際、集まって判断を下す為のものだ。いつ集会が行われるかは天狗しか本来は知らないはずのこと。

それを知っているということは、彼女も天狗の一族なのだろうか。

「先に言っておくが、我は天狗ではないぞ。」

聞きたいことを先に言われ、どう反応すべきか迷った。

「…私が今生きているのはどのような思惑であっても貴方のおかげではあります。助けていただきありがとうございました。」

本来はお礼が先だというのに、遅くなったことを詫びた上で礼を述べた。死ぬ気はなかったが、確かに死を覚悟した。その時に掴んだ希望が彼女。礼には礼で返す主義だが、あまりにもこの場所や彼女の違和感から、言いだすのが遅くなって自分では何だか調子が狂いっぱなしだ。

何より、あの襲撃の事が頭を冷静でいられなくさせられる。今でも一体何が起こったのかわかっていない。

「えっと、あの…。」

「何だ?」

「お聞きしたいことがあるのですが…よいですか?」

「ああ、構わん。じゃが、我とて答えられぬものもある。それが承知の上で、ならの。」

「はい。ありがとうございます。」

礼を言い、あれからどれだけ経ったのか、自分以外はどうなったのかを聞いた。

そして、白灯というのはもしかしてベルセルに属する者か、と。

「ほぅ…やはり知っておるのか。まぁ、集会に参加する資格があるぐらいじゃから当たり前かもしれんが…。」

「では…。」

「そうじゃの。我は世界の歪みを正す為の組織、世界平和監視機関ベルセルに属する守り人、白灯。」

だから、部外者には答えられないことがたくさんあるとはっきり言う彼女に、そうですねと答えた。

「恩を受けた分、返すのが私の流儀。ベルセルは守り人の他にサポートする人員がいましたよね?」

「ああ。」

「では、私を貴方のサポートとして使っていただけませんか?」

その申し出は彼女には少し意外だったのか、面白そうに笑っていた。

「本気で言ってるのかい?」

「冗談はあまり好きではありません。それに…聞いた話が本当ならば、私は帰る場所はもうありません。」

集会と言っても、参加するというより付き添いの扱いで、中にいなかったからこそ助かったようなものだ。

犯人が誰なのかも知らないが、最近聞く魔人の仕業なのだとは思っている。なら、彼女の元にいる方が犯人に辿り着くのが速い。そして、知らなければいけない。

以前から、ある人物が、異端の力を手に入れたという噂があった。それが禍を生む力とも言われていた。だからこそ、今回はその話も含めてするための集まりだった。

もし、その力のことでの襲撃ならば、そしてその力が悪用されるようなことがあるのなら、責任を取らなければいけない。

「私は受けた恩は返す主義です。もし、御邪魔でなければ手助けしたいと本気で思っています。この思いは生半可な覚悟ではありません。」

それと、嘘をつきたくない為に、正直に襲撃に関することも話した。

そうしたら真面目だなと呆れたように言われたが、構わないと許可をもらった。

「今日からよろしくお願いします。」

「ああ、こちらこそな。」

そう言って交わされた握手。

「それで、名前はどうするつもりじゃ?」

そう言えばまだ名乗っていなかったことを思い出した。いつもの自分なら最初に名乗るのに、結構混乱していたんだろう。

「あ、えっと私は…。」

「さっきも言っただろう?名前は縛る呪だと。」

「あ…あの…。」

「私にとって白灯もまた真名ではない。わざわざ真名を名乗るつもりか?」

少しだけ考え、真名をそのまま名乗った。命を握られるのと同じこと。何せ、自分は彼女の真名を知らないから、一方的に縛られる関係になることをそれは意味をする。

「貴方には隠すことでもありませんから。私は夜祇白嵐。呼び名は白城です。」

「本当に馬鹿だの。」

呆れ切ったように彼女は言った。

「ええ。そうかもしれません。それに、私自身が知っておいてほしいと思ったからです。ですが、普段は白城と名乗っておくことにします。師は白嵐と呼んでいましたけど。」

「そうか。」

「はい。」

けれど、きっと最初で最後なのだろう。彼女も真名を教えてくれた。それには少なからず驚いた。私自身、名に関することは理解しているつもりだし、彼女ほどの相手は決して名乗ることのないであろう名だったからだ。

「我は白泉灯夜。水鏡の魔女一族、当主候補じゃ。」

鴉天狗にも一族というものがあり、魔女もそういうしきたりや習わし、決めごとが古くから残る一族で、それを率いるのが当主だ。その候補ということは、一族の長が集まる集会に参加する資格を持つと同時に責任を持つと言うことだ。

そんな彼女と対等の立場に立てることがすごいことで、驚きと同時に嬉しさで、帰る場所が無き今、このままお仕えするのもいいかもしれないと思った。

「何じゃ。」

「いえ、うれしいと思っただけです。」

それに、思ったより名前が似ていたことにも驚いたんですと言えば、意地悪そうに彼女は言った。

「そうじゃの。我は白泉灯夜。そっちが夜祇白嵐。互いに名乗りは名の簡易な略称じゃしの。白夜と互いに名乗っていたら被っていたの。」

「被らなくて良かったです。」

そうなったらややこしくて仕方ない。

「なら、とにかく行くかの。」

「どこへですか?」

首をかしげる私に、彼女は笑みを浮かべて言った。仲間だと報告する為に本部へ、と。

「我は守り人。補助する者を使い魔と呼ぶ。手違いで事故があってはいけないからの、報告しておく必要がある。」

どうせ、しばらく居座るつもりなのだろう?と言うので、もう一度礼を言い、私は彼女の後を追いかけた。