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◆鏡に映る虚偽ばかりの世界
この世に真実と言うモノはあってないようなものだ。常に真実と同時に虚偽が存在している。まるで、光が差す場所には必ず影ができるように、常に同じ場所に存在し、どちらが正しいのかわからないものだ。 けれど、それが当たり前の中で生きてきた私にとって、もはや真実であることも虚偽であることもたいした問題ではない。目の前にある問題が、私にとって優位か否かで判断するだけだからだ。たとえ、虚偽であったとしても、それが決して悪いものではないということも知っているからだろう。 私は水鏡という一族の生まれで、真実を見る力を持った魔女だった。当主はその水鏡という名を継ぎ、本来持っていた名を名乗ることは許されなくなる。だから、当主になることにはあまり嬉しいと思わないし、何よりどうでも良かった。 そもそも、魔女というのは人とは違い、長寿な生き物だ。だからこそ、ここに隠れて住んでいるが、規模が大きくなった一族のせいで、一部においては存在は知られてしまっている。だが、隠れ住んでいるという言葉は正しい。何故なら、誰も立ち入ることができないからだ。 そして、一族は隠されると同時に、その中に閉じ込められて外に出ることなく一生を終える。それが続く風習であり、一種の呪いのような運命だ。 差別される一族以外の魔女と呼ばれる種族と、差別されないが隔離された世界の中に生きることを義務付けられる一族の魔女と、いったいどちらが不幸なのか、それとも幸せなのか。もしくは、幸せそのものがこの世には存在しないのかもしれないが。 全て、真実だけを見つけてしまう力を持つ『水鏡』にとっては、そもそも初めからそこに事実だけがあるだけにすぎないのかもしれない。 「お呼びでしょうか、当主様。」 相手の出方を待ち、入室の許しが出れば扉を開けて中へ入る。そうすれば、水鏡の当主である、祖母が待っている。 この屋敷には水鏡の一族が住んでおり、祖父と私と数名の血筋の者しかいない。力が弱い、血筋の数名は祖母や次の後継者である私を含めた者を主と定め、一生を使用人のような扱いで過ごす。それが当たり前の中で、時折外へ出て帰らぬ者もいるが、たいていは閉鎖された屋敷の中から誰もでない。 第三者からは広いと言われる屋敷の中で、同じ顔馴染みだけがいるにもかかわらず、私は当主である祖母と滅多に会うことがない。会う時は、祖母に付き添っている付き人のようになっている、確か名を『未笠』といったか、彼女が面会の時に呼びに来る。私はただ、その時だけ、顔を合わすことができ、必要な会話の後に少しだけ家族としての会話ができる。そんな関係。 だが、悪くない。どうせ、お互い相手の考えが見えてしまうからだ。本当に、この力は面倒だ。 「本日はどのような用件でお呼びになられたのでしょうか。」 中に入った後、置かれた座布団の上に座り、一度礼をしてから目線を相手へ向け、訪ねた。 「今宵は、大事な話があってのぅ。」 すっと、近くにあった鏡に手を触れ、そこに彼女が私に伝えたい事柄を映し出した。 静かなその場に繰り広げられる、鏡に映された未来。この先起こるであろう、悲劇。 終わった後、珍しく汗をかいていることに気付き、まだまだ祖母には敵わないなと思った。祖母の前では、何一つ偽ることはできない。元から偽るつもりはないが、全て見透かされ、私以上に私を知られているようで、怖い。 「近いうちに、騒動が起こるじゃろう。刻鈴様に進言はしたが、間違いなく回避することは不可能じゃろう。」 「…それは、未来に起こる、命に関わるもの、でしょうか?」 「ああ、その通りじゃの。『視た』通り、刻鈴の当主を含め、何人もその宵に命を落とすじゃろう。」 もう、止まらない。刻鈴の当主は耳を貸さない。何故かは理由を知っていても、どうにもならい。ならば、別の方向からどうにかすればいい。 「じゃらから、ちょうどベルセルの方で空きができてのぅ。」 「つまり、私にそこへ属せよ、ということでしょうか?」 「そうじゃ。」 すっと出される一枚の鏡。 「それを持っていくとよい。」 「ありがとうございます。」 退室した後、私は水鏡の魔女ではなく、ベルセルの守り人と成り代わった。 まず私がするべきことは、あの日視た、映された中にいた者達。悲劇と言う名の、一族襲撃ともう一つ。 何を思って祖母が私に何を託し、ベルセルにいることを言ったのか最初こそわからなかったが、真実を視る『水鏡』だったからこそ、すぐに理解できた。 かつて守り人だった男が、襲撃者であったこと。それに何か理由があったこと。そして、大きくこの先の真実に関わる鍵を握りながらも、まだ舞台にあがっていない『天使』の存在。 祖母ほどではないが、他の者達おりも『力のある』私は調べた。過去からこの先起こりえるであろう未来を含め、関わる舞台に上がる登場人物達を知り、一つずつ『何故』と浮かぶ疑問を理解していった。 けれど、視ていても、回避できない出来事の数々に、何度後悔したことか。天狗の生き残りを拾ったのも、懺悔の気持ちが多少あったからだ。あの日、結局間に合わずに、回避できたのは証人を一人生き残る道を作っただけ。 まぁ、実際のところ、このまま放置しておけば回避できるかもしれない未来を変える為でもあったが、まったくそういう気持ちがなかったというわけではないのだから、きっと同じことが再び起これば同じことをしていただろう。 だが、わからないことが多い。真実を視る一族でありながら、確かに真実を視ているのに、わからないのだ。曖昧ではっきりしない世界が、そこにある。ある意味、偽りばかりを語り、真実を暈して隠しているかのようで、気持ちが悪い。 とくに『天使』の周辺…エリア4の守り人である冥鎌の存在が、あまりにも曖昧すぎて、何も視えないのだ。こんなことは今までなかった。 「今までにない、不確定の未来の分岐が訪れる、ということか。」 誰もいないその空間での呟きは、彼女だけのもののはずだった。 「盗み聞きとは、あまりよいものではないぞ。」 「やはり、バレてましたか。」 「何を今更。」 「そうですね。ですが、あまりにも簡単に近くまで来ても反応してくれないので、少しだけ不思議でしたけど。」 ふんっとそっぽ向いた白灯。 「それで、わざわざこんなところまで何用だというのだ、紫詠当主。」 普段の相手を知っているからこその疑問を投げかける白灯。 「嫌ですね。今日は当主として会いに来たわけではないので、それは『なし』でお願いします。」 「…ならば、何用じゃ。紫希殿。」 名前の意味を知るからこそ、少し考えたのち、白灯は相手を指す名前を呼んだ。それに、うれしそうにするので、本当に愚かだと思う。 だが、誰にも呼ばれない名前など、はっきり言って必要ないのだろうから、呼んでもらえることが、魔女にとっては最高の愛情表現の一つなのかもしれない。 「あまり長居もできないから本題に入るけど、先日、刻鈴前当主の殺害及び、鴉天狗の前総主の殺害は統一人物であることから、狙われた理由を捜索したところ、同じ波長の力の元の関与がわかりました。」 「それは我も知っておる。」 「ですが、その波長が、先日お聞きした『天使』と似ている波長があることがわかりました。」 「何?」 続けられる報告から、元々あった力がいくつかに分かれ、それを持っている者達が襲撃されているということ。そして、その力は冥鎌と波長が『似ている』ということ。 まったく同じではないが、ここまで似ているとなると、無関係であると証明する方が面倒だ。 「それに、先日水鏡当主と対面し、面白い話を聞いてきたんだよ。」 祖母の話題に、興味を持つ。もしかしたら、己では視ることができない曖昧な世界の真実すら、あの祖母なら視えている可能性があるからだ。 「昔に大きな争いがあったのは知ってるでしょう?」 「勿論だ。その時関わった者達がそれぞれの役目を持って世界を安定させる為に、影で暗躍している。このベルセルとてその一つ。そうじゃったろう。」 「そして、魔女と言う一族は、そもそも初代女王をお守りする戦闘種族の一つだった。あまりにも敵が多く、様々な種族が女王を守る為に城の外で敵を倒す為に生きていた。そして、その間にいくつもの種族が滅びた。魔女もまた、滅びへと向かっていたが、初代刻鈴当主が命を代償に、あの『世界』をつくった。」 「そうじゃ。刻鈴当主とは、生ける人柱。我等は主を守る兵隊に過ぎぬ。」 そう、それがそもそものはじまり。だから、それぞれ違う能力を持ち、その能力を持って主を、女王を守る為だけに生きていた種族。それが、今では女王を狙う大きな争いがない為に何の為であったかすら忘れていかれ、過去に置き去りにされた一族でもある。 だからこそ、隔離された空間の中で、今では反対におかしな力を持つ種族を封じ込めるという形に変わってるのだろう。 今でこそ、あの中が魔女を閉じ込める檻だと思っている一族の者も多い。それだけ、真実を忘れた者達が多いほどの年月が流れていた。 「今更その話が何だというのじゃ。」 「その話が前提なんだけどね、初代女王を含め、『ベルセル』と共に戦った最初の『王』達の話。知ってるよね?」 「ああ。祖母から何度も聞かされたからな。」 「その最初の王の中に、いたんだ。あの力とまったく同じ波長を持つ魂の持主が。しかも、それがその『天使』の親だったらしい。」 「何じゃとっ?!」 白灯は勢いのまま立ち上がる。そして、今までの情報と統合して最悪の『未来』を考える。絶対に回避しなければいけないであろう、その先を。 「もし、それが本当ならば…。」 「私でも、想像できる。真実を視なくても、『こちら側』で居る者達ならば。」 「…どこまで知っている?」 「きっと、君よりは世界を知らないけれど…はっきりわかっていることもあるよ。」 例えば、魔神もベルセルもまだどちらも死んでいないし、あの闘いの決着は今もついていないってこと。 そう言った彼の顔は複雑そうなもので、白灯もまた、苦い顔しかできない。 あの争いがあったことを知る人はもうこの世界にはいない。魔女もまた、力が衰えたせいで、知らない者達も多い。それでも、十三の当主は前当主から一族の意味を教わり、その為に統率する力を失わないように維持を続ける。 だが、結局、実際に見聞きしていない事柄に対して実感を持つことなど無理な話で、魔法によって封印された歴史書すら開くことも読むこともできない力のない者達の方が多い。 確かに今は表立って大きな争いもないし、女王を守るための戦いなんてものはない。そのために劣化していく力の実感もある。だが、それに反比例するかのように魔神サイドは力をつけていく。その脅威がいつ牙をむいて全てがこちらへ向かうのかわからない。 そうなった時、本当に守ることができるのか。そもそも、戦うことすらできるのか。 「今日はさ、当主様からもう一つ伝言があって…私としても君は大事な『知り合い』だからね。」 そう言った彼はそろそろ戻らないといけないと立ち上がった。 「『天使』を決して魔に奪われるな。だって。あと、君も魔に落とされるな。導き手が消えると、光がなくて迷子になるそうだ。」 だから、がんばって。そして、できればがんばらずに逃げて。そう伝えて彼は帰った。あの檻のような一族の屋敷へと。 「じゃが…我は…。」 その呟きの先を聞く者は誰もいない。 「只今戻りました。」 そう言って戻ってきた同居人に、意識を切り替え、出迎える。 鏡の中で隔離されたような世界。それが私が過ごした世界。 その世界では、多くのものが映し出された。見たくないものも何もかも、一切隠すことなく全てが映し出された。 だからこそ、知っている世界の歪み。そして、歪んで黒く染まり壊れる人の心。 私も己の心が人に曝される事が怖いと思うし、だからこそ、他者もそうなのだろうと思うからこそ、視ないようにしていても見えてしまうのが辛い。だから、無関心になっていった。 気にしなければ、あくまで見えていてもそれはただの情報の羅列でしかないのだから。 そもそも、この世界そのものが虚偽だらけで、真実なんて何一つない。 けれど、そんな私が最近生きていても楽しいと思えるようになった。 あの閉鎖された世界の中では絶対に思わなかったもの。 だから、いくらこの世界が虚偽だらけで救いようのない世界であろうとも、私に感情をくれた彼等を守るために必要であるのならば…。
いくらでもこの命を差し出そう。 その覚悟はとうに出来ている。 結局、あの日私は助けるつもりで助けられていたのだ。
「おい、男女!」 「何だとテメェ!」 「こらこら、二人とも駄目ですよ。それに、そんな口のきき方も駄目ですよ。」 「だって、こいつがー!」 「はぁ、そっちが悪いんだろ!」 「…いい加減にしなさい。」
今日も聞こえてくる。同居人達のやり取り。ある意味私の仕事部屋でもあるこの冷たい場所で、遠くから聞こえるそれを聞きながら、目を閉じる。 虚偽だらけの世界の中で、今日も世界の全てを映す情景を見聞きしながら眠る。 どうして幸せを望んで、結局あの頃は誰も幸せをつかめずに今も争い続けているのだろう。 まだ世界は救いようがない程歪みきっていないのに、魔神はどうして今の世界でたとえ小さくても幸せを探そうと思わなかったのだろうかと。 +++++++ 現実になり得る夢は時に悪夢となり、わずらわしいにぎやかさが時に失いたくない宝と変わる 何が真実で虚偽か。真実であっても偽りであることを願う、何でも見えてしまうため、強い『悪夢』を拒むことを望むときもある その悪夢を安らかな眠りへとかえてくれる存在が、彼女にもできた けれど、それもまた定められた運命の上でしかないとしても とりあえず、この物語の上でメインであるのだが、傍観者の立場にいる彼女は動かし難くて困ってたりします |