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偽りの裁判と魔女 その日、布を染める為の材料探しに森の中を進んでいた。これはいつものことで、村の皆もいってらっしゃいと声をかけてくれるぐらいだ。 けれど、その日はどこか森の様子がおかしく、今日は早く帰る方がいいかもしれないと思った。 何故かはわからない。けれど、何か嫌な気がそこにあった。 そして私は、彼に出会った。 見たこともない大きな身体に、さすがの私も恐怖を覚えた。きっと、あの口を開けば、私なんて一飲みにできてしまうだろう。 私は竜という種族を知らなかったから、驚きは隠せず、その場所で慌ててひっくりかえった。何てドジなんだと思う。目を閉じていたのだから、物音をたてずに立ち去れば逃げられたかもしれないのに。 それは目を開け、私を見た。 けれど、私は周囲に充満する知った匂いに眉を顰める。 「あなた、怪我してるの?」 様子を窺うように聞き、少しだけ近づく。すると、警戒しているらしい相手はこちらをじっと睨んできた。何だか、そういうところは怪我して怯える小動物と似ていて、大きくても同じようなものかもしれないと思った。そうしたら、恐さなんてふっとんだ。 「ちょっとみせて。」 やんちゃな弟がよく怪我してくるので、手当する作業は慣れたものだ。ただ、人と同じような扱いでいいのかだけが疑問であったが。 最初は警戒していたが、数日そこへ足を運んで手当を繰り返すことで、相手は私のことを容認してくれたようだった。 「麗結、最近どこにいってるの?」 幼馴染の杏が私を見つけて声をかけてきた。 「内緒〜。」 私はそういって、後で家に行くからと言って森の中へ走って行った。今日もいるであろう、あの竜の元へ。 「よし、これでもう大丈夫だね。」 怪我はしっかり癒えて、もう動いても問題はないだろう。 竜はじっと私を見て、言葉を発した。 「助かった。礼を言うぞ、娘。」 まさか言葉を話すことができる生き物だと思わなかったので、さすがの私も驚いた。けれど、友達ができたみたいで、何だかその時の私はうれしかった。 それから彼は星皇という名の飛竜という種族だということを教えてくれた。この時初めて彼が竜という人ではないが人と同じようにこの世界に生きる種族だということを知った。 そして、彼は人の姿に化けられることも知った。 「ねぇ、急ぎじゃないなら、しばらく私の家で暮らさない?」 私は彼を気にいっていたから、もう少し一緒にいたくてそう誘った。 彼は少し考えてわかったと答えた。その時、まだ私の未来を知らなかったし、純粋にうれしかった。けれど、悲劇の始まりはすでに告げられていた。 村に戻り、怪我していた彼を助けたということで紹介した。行くあてがないので自分の家にしばらくいるということも告げた。 最近姿を見せなかったのはそれが理由だと村の皆は理解した。そして彼は名前を隠して世鷲と名乗って、村に受け入れられた。 けれど、私は気付かなかった。 ずっと一緒にいた幼馴染の杏が世鷲に一目ぼれしていたことに。そして、世鷲もまた恩人でもある私のことに好意を持っていたことに。そういうことに鈍い私はまったく気付かなかったのだ。 それが、歪みをもたらすことになった。 杏の様子がおかしくなったことに気付いた時には、全ては遅かった。 「麗結だな。」 突然、現れた集団に、私は捉えられた。出かけた世鷲の帰りを迎えて、出会えて二年目の記念に少しだけ豪華な夕食を用意している時だった。 理由は、異端との関わりの疑い。何でも、森で大きな翼のある蜥蜴ような存在と共にいたということだった。 誰かが森で元の姿に戻った世鷲と一緒にいたところを見られていたのだろう。誰も世鷲があの『竜』だと気付いていないようすだったので、私は黙っていることにした。 確実に自分ではなく世鷲を倒すことが彼等の目的のように思えたからだ。そう、彼等の目はすでに人のものではない。違う何かだった。 そして、裁判が始まった。疑いようのない罪に処刑の判決が下った。もちろん、知った世鷲が来て私の元に来ようとしていたけれど、私の元へ来ることはできなかった。足止めされてしまっている。 ちゃんと、私との約束を守って、私以外の人間が居る時は元の姿に戻っていない。それでいい。 彼が私の名前を呼ぶのが聞こえる。けれど、私の周囲は炎に包まれ、ごうごうと風と火の音で耳にそれ以上は届かない。 別に死ぬことには何とも思わない。 ただ、世鷲と杏のことが気がかりだった。二人の気持ちを知らないから、わからない。 世鷲は私がお願いしたからこちらに来た。なのに、私が勝手に死んだら怒るんじゃないかって考えて、苦笑する。そして、杏のこと、ずっと一緒だったのにわかってなかった自分に腹が立った。 どうして彼女が私を異端だと、魔女だと申告したのかわからない。こちらを見ている目が、憎しみと悲しみと…戸惑い、様々な感情が宿っている。彼女の本心がわからない。 それとも、ずっと嫌いで、殺したいほど憎まれていたのだろうか。 「それは、ちょっと…悲しいかな。」 目を閉じる。そこから、私の記憶はない。 処刑場は全てが燃えてなくなった。 世鷲はただそこに立ちつくしていた。どうしてと何度もその言葉を繰り返す。 何故、彼女は死ななくてはいけなかった。自分と関わったからか。ならば、何故自分は生きている? 誰も彼の疑問の答えはくれない。 そもそも、自分が異端として人に追われ、あの場所で人と、麗結と出会った。だから、最初は人のことなど信じる気にもなれず憎くて仕方なかった。 違うというだけで共存を拒む、愚かな種族。『竜』といった種族は人と関わることをすでに止めていた。あの日だけは、少しだけ状況が変わり、見つかってしまっただけ。 そんな自分は出会い、そして愛しく思う気持ちを知った。 「世鷲さん…あの…。」 「来るな。」 声をかけた女、麗結の親友である幼馴染の少女の手を振り払い、睨みつける。 だが、女は聞こえなかったのか、それとも何もわかっていないのか、世鷲の変化に気付かず話しかけ続ける。 「私、驚きました。まさかあの子が異端だったなんて。」 よくもぬけぬけと言えるものだ。その異端と呼ばれたあの竜が、今目の前にいることにも気付かない愚かな女。そもそも、出会った時から何も知らないくせに、付きまとうこの女が世鷲は気に入らなかった。そして媚びたような態度と声音が何より鬱陶しかった。 「目障りだ、消えろ。」 「えっ…?」 「消えろと言ったのだ。耳まで悪くなったのか?」 射殺すかのようなその目にひっと小さな悲鳴を上げる杏。きっと、あの村の中で彼女はこんな殺意に満ちた目でみられることはなかったのだろう。 まさかそんな答えがくると思わなかったのだろう。彼女はそこから動けずにいた。本当に目障りだ。 「何故だ。」 「え?」 最後に、確認しておきたかったのかもしれない。人を切り捨てるか否か、麗結のことを考えると少し戸惑いがあるからか、本意を知っておいた方がいいと少しだけ思ったから、珍しく聞いた。けれど、彼女は問いかけが聞こえていなかったようだ。 「貴様、何故麗結をっ!」 つかみかかるような勢いで告げられる言葉に、今度は少し怯えながら、それでもはっきりと言った。 「貴方のため、よ。」 今の世鷲にとっては、女の勝手な戯言にしか聞こえない。少しでもと、答えを求めた結果がこれならば、もうここに用はない。 「私は世鷲さんが好き。でも、世鷲さんは麗結が好き、なんでしょ?でも、あの子は世鷲さんのこと何もっ!」 「黙れ。」 「だってだって、あの子、あんな化け物と一緒にいて、笑ってたのよ?!」 見た光景が彼女には信じられなかったのだろう。だが、必死にそう訴えている姿は滑稽にしか映らない。何故ならその『化け物』が目の前にいるのに、何もわかっていないのだから。 「それに、うらやましかった。世鷲さんに好かれる麗結が。もし、先に私が貴方と会って、貴方を介抱したら…っ!」 絶対にそれはありえない。世鷲にはわかっていた。この女は麗結とは違う。決して本来の姿の私を見て、手当をしようとはしないだろう。 自分を化け物呼ばわりするような奴に、好意を抱くことなどない。 「愚かな。貴様は俺の何を知っている?」 「何って…。」 「貴様は何も知らない。だからこそ、俺が貴様を受け入れることはない。」 はっきりと言い切る。泣きそうになっているが、そんなこと、知ったことではない。 彼女の身勝手な行動が、麗結を殺したのだ。 「自覚することだ。貴様は友人を裏切った。そして、殺した。」 それだけ言い、世鷲は歩きだした。 その後、村がどうなったのかは正確には知らない。風の噂で争いの渦中に巻き込まれ、跡形もなく滅んだと聞く。 あの女も、その後懲りずにいろんな女を異端として告発し、最後には偽りの告発をしたと知られ、裁かれた。その女こそ、無実の者を陥れる異端なる存在だとされて。あの女の死に様は知らないが、死を知れば麗結なら悲しんだかもしれないと他人事のように思うだけで、それ以降あの女のことを思い出すことはなかった。 世鷲はただ高いその場所から空と大地を眺めていた。かつて彼女が好きだった空を眺めることが、唯一の希望のようなもので、半分以上生きることを放棄している。 元々、あの時死ぬはずだったのが、彼女との出会いで永らえただけなのだから。 「麗結…。」 あれからどれだけの月日が経ったのか。争いは終わり、世鷲は争いの元となった魔神の封じる領域及び、影響が酷くて人が住めないエリアXの守り人としてベルセルに頼まれて監視している。 麗結の望みを知りたければ、守り人としてあり続けろと言われたからだ。 本当、面倒な奴だ。だからベルセルは嫌いだ。あいつは神であり神でない。だが、何でも知っているし、見えている。麗結のことも、あいつは知っていたらしく、ならば何故助けてくれなかったと罵ったこともあるが、終わった後では全てが無意味だ。 どうせ、もうどうでもいいと思っていたし暇ももてあましていた。不本意だがベルセルの策略に乗ってやるのも悪くないかもしれない。そう、その時は思い、守り人となることを承諾した。 本当に麗結の思いを知ることができるのなら。少しだけ、希望をそこに見て。 そして、どれだけの月日が流れたのか。逃げた魔人を狩る為に足を運んだ雪山で、出会った子どもに驚くことになる。その子どもは転んだのか怪我をしていた。けれど、世鷲を見ても驚くどころかキョトンとした顔でこちらをじっと見ていた。 「…もしかして、星皇?」 それは、今は彼女しかしらない世鷲の本当の名前。 「まさか、そんな…本当に?」 「何?だらしなくなってるじゃん、世鷲。」 はじめまして、私は雪女一族のゆう。よろしくねと、差し出された手を、自然ととった。 「あと、ごめんね。お祝い、するっていったのにできなくて。」 そんなことを気にしていたのか。約束を守れなかったこと。ちゃんと守りたかった。それが、彼女の望み。 「もう会えないかと思っていた。…また会えて、光栄だよ。ゆう。」 |