| はじまりの物語〜雷が堕ちた夜-sid凛々 私はただ、言われるままにモノを斬る道具だった。 神に歯向かうモノはどんな道具も人も天使も、罪人であり、救いの余地なしと判断された者達はモノとして私に斬られて消える のが当たり前の世界だった。 私はその斬るだけの道具として、生きていないモノとして扱われていた。それに、疑問を持つことも許されない私。けれど、毎日見聞きする彼等の叫びが、消えない。 咎めるよう な、憎しみの目で睨みつけられることもあった。 それが辛いと思うことすら、許されない私は、いったい何の為にここにいるのかわからなかった。 それでも、私は彼等を斬りたくなかった。斬ったら消滅して、二度と地へと生まれ変わることができないことを知っていたから、それが死を通り越して何もないことを知っていた から、やりたくなかった。 そんな嘆きを神様は聞いてはくれない。私は逃げられない。斬りたくない。そんな目で見てほしくない。あの叫びを聞きたくない。 そう思いながら毎日仕事として斬っていた私に とって、一人だけ私は一人の天界に棲む者として扱ってくれた人がいた。 彼女は私に笑みを向けてくれた人で、この思いを持つことを許してくれた人でもあった。 私にとって、斬る時以外はすることがまったくなく、あの暗い人が消えた場所から動くことなくただぼんやりと過ごすことだけが毎日の繰り返しだったので、彼女の訪問は誰かと 会話をする楽しい時間だった。 そんなある日のこと、私の仕事が毎日あったのに、三日ほどないと言われた。どうしてなのかわからなかったが、すぐに理由はわかった。戦争が始まるからだ。 私が斬らなくても、戦争で戦場に出た誰かが斬るからわざわざここへ連れてくる必要がないのだ。 もちろん、行く当日に、時間が許す限り彼女はいた。ただいつもと違ったのは、同じ戦争に行くという、彼女の知り合いが一緒にいたことだ。 その人は彼女ほどあまり笑わない人だし、言葉も少ないが、私を道具として見る仕事の時に来る者達とは違い、私を私としてみてくれる人だった。 きっと、私にとっては、これは初恋だったのだろう。もちろん、そういった感情を知らなかったから、わからなかった。 ただ、その人は彼女の大切な人だということはわかった。 そして、その人も彼女の事が大切で、二人は私の事を妹のように大切だと言ってくれるけれど、私の思いは少し違うもので、けれどわからなくて、ただわかるのは二人の間には私 が入れない場所が存在していることだけは気付いた。 私はその感情について深く考えることなく、二人と一緒にいられる時間が大切で、そっちを優先した。 本当に、楽しかった。嬉しかった。二人の事が大好きだった。二人が一緒にいるところも、大好きだった。 「そうだ。いつまでも雷龍だから雷と呼んでいたが、あまりよくないな。」 珍しく、彼女は闘いの場に出て、彼一人私のところへ来た。どうして一緒でないのかと聞けば、彼女は神が最も信頼し、側に置いている八人の天使で、彼はその八人の中にいない から、仕事は違うらしい。 そのあたりはよくわからないが、その八人がこの天界の砦であり剣で、それに続くのが彼のような下っ端なのだと言う。私はその人が劣っているように思えなくて不思議で仕方な く、どうして違うのかと何度か聞けば、困ったように、だけど答えてくれた。 何かが違う気がしたから、何より自分がそこにいてはいけない気がしたから、断ったのだと言っていた。だから、八人に並ぶ力がありながら、彼はそれに属しない。けれど戦力と して駆り出される。それが、最初に会った日なのだと言っていた。 あの日、八人の天使と彼の九人で襲撃してきた敵の全てを撃破したらしい。その数は聞いた限りでは九人でどうにかできるものではない。だから、たった九人ということに驚いた し、彼女も彼も、その場にいたことに驚いた。 「あいつ等にとっても、呼び名がないことが不便だからこその仮名だろう?」 「どうして?雷で魔を絶つ龍の爪と例えて私は雷龍という剣。だから、雷龍でしょう?」 本当の龍ではなく、天使でも人でもない私は、ただの剣。誰かに使われる道具で、名前があるだけでもありがたいはずなのだ。いったい何の問題があるというのだろうか。 「そもそも、それは君個人を指すというよりも、君の技の名前のようなものだろう。」 「技?」 「剣に姿を変えて、力を使う。それが雷で魔を絶つ龍の爪のようだと言われ、雷龍という剣として名付けられた。その力を使うからこそ、それをそのまま、そうだな、通り名のような形になっているのだろう。けれど、君は自我があり、君には名前がないのと同じだろう?」 「そう、なのかな。」 そう言われると、確かに私が使う力が雷龍と呼ぶものなのかもしれない。そうしたら、私は道具らしくやはり名前がないモノなのかもしれない。 「それに、その名前はかわいくないだろう。毎日リンテも言っていた。可愛くない名前だし、そもそもそれは君の名前であってそうでないと怒っていたからな。」 私のために向けられる感情。私のためを思ってのもの。 少しむずがゆくて、けれどうれしいそれに、うずうずしていたら、その人は優しく頭を撫でてくれた。そして、滅多に見れ ない綺麗な笑みに、なんだか名前のことよりうれしくて自然と笑顔になる。 私に笑顔なんていらない。そう言われていた私なのに。 「だから、考えた。凛々はどうだ?姿を戻す時の凛とした姿が印象的だったし、女の子らしく可愛い名前だろう。それに、雷龍も和の国の言葉だしな。」 あいつ等には内緒の、三人だけの秘密とその人は言った。 その日から私は私から凛々になった。彼女も凛々になったことを喜んでくれて、三人だけの時は、凛々としていられた。 だから、辛くても仕事はこなし続けた。ここにいられなくなったら、二人と会えなくなることがわかっていたから。だけど、様々な感情を知った今では、この仕事は前以上に辛く て仕方なかった。 そのことを、二人はどうにかしてくれようとしていることを、この時まだ知らなかった。そのせいで、二人が、とくに八人の天使であった彼女の立場がどれだけ悪くなっているか ということも、何も知らなかった。 結局、私は凛々になっても、知らないことばかりで、全てが終わった後になって、知ることになった。 そう、彼女が死んだ後になって、この天界がどれだけ歪んでいるのかも、私の仕事に意味がなかったことも。 「レンちゃん。レンちゃんっ!」 そう、全てが大きく変わったこの日、彼は深手を負いながら私の元へ現れた。 「凛々、聞いてくれ。できれば、落ち着いて、聞いて欲しい。」 怪我をどうしよう。痛そう。治さないと。けれど治す術を持っていない。 頭がパニックになっていた私の腕を掴んで、真剣な彼の目が私の目を捕らえた。 「…リンテが…リンテール・ヴィヴィラートは死んだ。」 「え、レンちゃん…?リンちゃんが…どういう…?」 「殺された。半分以上は私の責任だ。大事な姉だったのだろう?すまない。謝って澄む問題でないとわかっているが…。」 咳き込み、血を吐く彼。その赤は私にとって毎日見る馴染みあるものだが、今日は少し事情が違う。辛くても悲しくても、ここまで動揺はしない。なのに、パニックを起こして、 もう、何から手をつけていいのかすらわからない。 「私はもう、ここが、天界が信じられなくなっている。だから、行く。地へ、な。」 だから、お別れを言いに来たのだと彼は言った。 そんな怪我で、しかも地へ行くということは、堕ちるということ。それは神に反することで、追手がついて、最後には私が斬る。 そういうルールだったはずだ。 だが、そんなのは嫌だった。 「嫌、リンちゃんがいない。レンちゃんもいない。そんなの、嫌だよ。」 一緒にいきたい、そう言おうと頭をあげた。けれど、すでに彼の姿はなかった。静かなここにも聞こえる程騒がしくなっているのに気付き、本当に急いでいたことだけわかった。 「リンテール様が殺されたなんて…。」 「フェルマータ様とシャルマルタ様も、酷い怪我をしたようよ。」 「怖いわ。あの人、クレハーチェだったかしら?」 「そうそう。怪我をしたまま、穴にシャルマルタ様は堕ちてしまったようだし、それを追い掛けていったのよ。」 「完全にあの人は堕天ね。」 初めてその場から離れ、最初に聞こえた誰かの話声。二人の名前が出ていたから、つい聞いてしまったそれに、誰が彼女を殺したのかを知った。 やはりあの人は彼女を殺したんじ ゃない。しかも、そいつが彼を追い掛けていった。その事実から、私はすぐに飛び降りた。 知りたい情報を得たから、それ以上彼等の会話を聞く気も余裕もなかった。 「でも、シャルマルタ様もこのままじゃ堕天になるわね。」 「あの怪我じゃ、堕天になる前に消えてしまうわ。」 そんな彼等の会話を遮るかのような大きな音が天に、地上に、響いた。 空から、斬るように真っ直ぐ堕ちた雷。周囲のことなど気にしていられない。ただ、必死だった。そいつに殺させないように、と。 だから、私だときっと知ってる者達からすれば バレバレだけれど、すぐに見つけたその場所へそのまま突っ込んだ。 「雷…っ?!」 動けなくなっていた彼に近づくそいつがきっと彼女を殺した。だから、明らかな敵意を持って割り込み、そして背に彼を庇うように立ち、睨みつけた。 「お前が、クレハーチェ?」 「あらやだ。気易く人の名前を口にしないでくれないかしら?」 目障りねという女に、はじめて覚えた感情。きっと、これが殺意。仕事で事務的に斬るのとは違う、私自身がはじめて何がなんでも斬りたいと思った感情。 それでも馴染みある感 じがするのは、こういった感情を向けられたことがあるからだろう。 私が斬った者達の中で、私に向かってきて最後の抵抗をする者達も少なくなかったから。今思えば、とても悲しいものだけど、彼等と同じように私は初めて誰かに対して私の意思 で殺意という刃を向ける。 「敵として認識。…貴様を排除するっ!」 両手と髪が鋭い刃と化し、あの女に飛びかかった。止めようとするあの人の声を聞かないふりをして。 あれからどれだけの時間が経ったのか。降り出した雨で、止まらない血と下がる体温に、ぞっとして、必死に名前を呼んだ。 倒せなかったが、なんとかあの女から守れたということだけはわかったのに、これでは失ってしまう。せっかくできた、大事な人達。二人とも、失うなんて、なんとしてでも助けたい。もういない彼女の名を呼んで、助けてと願いながら、彼を引きずりながらも背負って歩いた。 そして、辿り着いた先…それが今に繋がっている。私はきっと運が良かったんだと思う。 それから、彼は名前を捨て、冥鎌になった。私が変わらずレンちゃんと呼べるようにと、合わせてくれた彼の新しい名前。 彼も私も、もうあの場所へ戻るつもりはない。きっと、派手に雷を落としたから、ここにいることは気付いているだろうけれど、連れ戻しにくる気配がないから、このままいられ るならこのままでいたいと思う。 もしかしたら、ここに、ベルセルにいるから手を出してこないのかもしれない。天にいた時に噂では聞いていた組織。実際しているとは思わなかったし、私にはどうでもいいことでしかなかったけれど。 連れ戻されないならそれでいい。ただ、一緒にこれからもいられるのなら、それだけでいい。 「レンちゃん。」 「どうした?」 名前を呼べば、書いていたペンを止め、私の方を見る。あれから、大分仕事をこなし、どういう仕事なのかを理解した。 確かに、ここはある意味で天という場所と似ている。だが 、決定的に違うのは自由があることだろう。意思の自由。それが天には存在しない。いや、誰も疑問にすら思っていないから、ないということとは少し違うのかもしれないが。 「何でもない。一緒にいられてうれしいなって思ったの。」 「…そうか。」 今朝見た夢が原因かもしれない。こんなことを思うのは。あれからどれだけの月日が経とうとも、今も夢に見る。彼女が殺されたあの日を。あの女が彼に怪我をさせ、初めて自分 の意思で刃を誰かに向けたあの日のことを。 「レンちゃんは後悔してる?」 少しだけ、不安になったのかもしれない。元々、私は意思を持つことが許されない、ただ罪人として連れてこられたモノを斬ることだけを許された存在だったから、私にはいろん なものが欠けている。そのせいで、彼に迷惑をかけていないか、と。 「何を、だ。」 「あそこを出たこと。」 はぁとため息をつく彼に、何かまずいことを言っただろうかと不安になる。 「生憎見切りをつけたんだ。後悔なんてない。あるとすれば、リンテの死の前に違和感を持ちながらも結局行動しなかった自分に、だ。」 「そっか。」 私にとっても、それは後悔かもしれない。最初にできた大事な友達だったから。今、こうしていられるのも、彼女のおかげだから。 もしかしたら、彼女は敏いから、どんな結末に しろ、何か起こることは予感していたのかもしれない。 だから、私を彼と引き合わせたのかもしれない。 今となっては答えてくれる彼女がいないからわからないままだけど。 「これからも、一緒にいていい?」 「好きにしたらいい。俺は嫌いな奴と毎日過ごす趣味はない。」 「うん、ありがと。凛々はずっとレンちゃんと一緒にいる。」 大好き。背中に飛びつく私に、危ないだろうと言うが、引きはがそうとはしない。 この背中に、私の大好きな白い翼があった。今は見えないけれど、確かに今もここにある。彼女と同じ、それが少しだけ昔はうらやましかったけれど。 それは言わない。 きっと、彼にとって、れんちゃんにとって、まだあの日は決着がついていないことだから、決着をつけるその日まで、蓋をしておく。 それに、れんちゃんの翼が今も天にいたころと変わらないのは、不本意だけど、神がまだ諦めていないからだろう。連れ戻すこと、を。 私の事はどっちでもいいのだろうけれど、 今の私は天というところを理解している。 八人いた、神と天を守る天使の一人が欠けたのだ。れんちゃんはその八人に入るはずで、九人の天使のはずだったのに、断ったからこういうことになっていた。だから、空いた穴 をれんちゃんで埋めるつもりなのだ。残酷な神様はきっとそう考えている。 だから、裏切り者を私が『斬る』まで猶予をみてくれている。そういう考えもあるが、れんちゃんには言っていない。 でも、もしあの女とのことが決着ついたとしても、神様がれんちゃんの意思に反して連れ戻す気なら、私は容赦しないつもりだ。 もう、私も天にいたモノじゃない。意思を持った人になったんだから。そして、あの夜に雷のように堕ちた時に、私はもう決めたのだから。 れんちゃんを守る為に、不本意だがあの女と同じ『堕天』になってやる、と。 |