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祈りは全て、貴方の為に その日、シュプレインが幻神楼へやってきた。 「今日はどうしたんだ?」 珍しくこの日に現れた彼女に、純粋に要件がわからず聞いてみると、意外にも答えは例年通りの問題だった。 「成程、それでここで用意するってことか。」 「そうよ。」 「そうだな、今は昼食の仕込みと、住人が食べにいくだろうし…2時間ほど待ってもらうことになるが。」 「ええ。今年はちゃんと、作りたいから。」 「そうか。だが、奏鈴は昼から買い出しに出かけるが…一人で大丈夫か?」 「…。」 別に、彼女が絶望的な程の料理が下手ではないのだが、上手いかと聞かれると普通としか言いようがない。あくまで彼女は想像上の紙の上の世界では最強ではあるが、現実では思い通りにいかないのだ。 だから、少しは奏鈴の指導を頼りにしていたというところか。 「…副料理長の翔世と趣味がお菓子作りのセイレがいるが…翔世は栄養学、調理楽学んだ、ここのメニュー管理者だ。セイレは私もよくもらうが、おいしい紅茶とお菓子をくれるぞ。」 「わかった。もしよければそのどちらに調理補助を願いたい。」 「そうか。では、言ってくる。ここで待ってろ。」 そう言って部屋を出た。 最初に、そろそろ料理教室が終わって手があくはずの翔世の元へ向かった。まだ別館『華流』にいるだろうと進むと、丁度セイレとネルタがこちらへ歩いてきた。 「ちょうどよかった。」 「あ、主様。どこかおでかけっすか?」 「出かけるの?」 「いや。客がきててな。セイレと翔世に頼みがあって二人を探してたところだ。」 「俺っすか?」 二人が首をかしげているので、簡単に説明した。 「いいっすよ。ちょうど、次のイベントの為にいくつか試作品も作りたかったっすから。」 この時期に町へお菓子を売りに出る。その準備にそろそろ入るつもりだったのだと彼は言う。 「私も手伝う。」 「ああ。味見頼むな。」 いくつかつくっても、それを評価してくれる連中がいないことには、どれにするか決定できない。それに、皆がおいしいと言ってくれる奴の方がいい。 「じゃあ、翔世の奴には俺が言ってくるっすよ。えっと…まだはやいし、時間になったら厨房に来てほしいって言ってほしいっす。」 「わかった。頼むな。」 二人を見送り、冥鎌は部屋へと戻った。 「後で厨房にきてくれとさ。」 「ありがとう。」 「教えるのは俺じゃないけどな。」 あいている時間、どういったものをするのか、最近はどうなのかと他愛もない話をしていたら、あっという間に経った。 通りがかった琴詠は何事かと、動きを止めた。 「何をされているんですか?」 「ああ。あいつが彼女に贈りたいから、作りにきたんだ。」 奏鈴が今留守だから、代行で二人に頼んだのだと説明すると、多少は彼女に大事な人がいて、その人に対する思いが本物なのは認めているので理解した琴詠であるが、やはり彼女がここに足を踏み入れるとよからぬ話に巻き込まれるから苦手で少し嫌な顔をする。 出逢ってからの天敵のような状態なので、本人も気を付けているものの、苦手なのは治らないらしく、それを彼女自身も別にいいと気にしてないので現状維持のまま。 ある意味、このままでも、二人は仲が悪いわけではないので、意見の不一致による衝突だけの今は問題はない。 「…主様。」 「大丈夫だ。今は物語を考えるよりこっちに集中して忙しいだろうし、二人にまかせておけばいい。」 見学しないのなら、休みであるのだから戻って休めばどうだと言われ、琴詠は大人しく従い、そこから離れた。 「彼女が…『鬼喰い』がさっさと話してしまえばもっと話は簡単になるんだが…最後までこのままでいそうだな、あの二人は。」 今の幸せに縋って、違う幸せを手にいれられるかもしれない可能性を見ずにいる。だが、それは彼等当事者の問題であり、部外者が口を出す問題でもないので黙ってはいるが、時々歯がゆいのだ。 「失ってからでは遅い。失ったあと、どうするんだろうな。」 鬼喰いにしても、夢物語書きにしても、どちらが残っても、互いへの想いの為に魔に堕ちる可能性が高い。同時に、互いへの想いの為に踏みとどまる可能性もまた同じくらい高い。だから、現状維持のままなのだが。 「できれば、失わないままでいてほしいものだな。」 己のようにと、言葉を飲み込んで、彼等を見守る。元々手先が器用だから、すぐに彼女は作り上げるだろう。そして、家に戻れば、彼女も贈り物を用意していることだろう。 そんな当たり前である日常を、もう少し『彼女』と過ごしたかったなと少しだけ過去を思い出した。 完成したものを持って意気込んで帰って行ったシュプレイン。あれから1週間後。 また彼女が幻神楼へとやってきた。 「今度はどうした?」 部屋に通し、今日の謁見希望者はなかったので入れないように寧爛に一言入れてから部屋に戻ると、いつもより楽しそうに包みを見せてきた。 きっと、あのシスターからの贈り物なのだろう。結局互いに思っている故に、やることは一緒だ。 「それで、今日来た要件は言わないつもりか?」 「いいえ。…今日はお礼を言いにきたのよ。」 彼女が喜んでくれた。だから、教えてくれたあの二人と、協力して場所を貸してくれた貴方にと、彼女は言った。 「だから、これ。彼女と一緒に作ったの。」 久しぶりに一緒に料理をして、作ったお菓子。そのおすそ分けにきたのだと彼女は言った。 「そうか。ではありがたくいただいておく。だが、あの二人は今仕事中で手が離せない。」 「じゃあ、貴方から言っておいて。」 あの二人からしたら、まだまだだけど、思いは込めてあるわと、お菓子を置く。 もちろん、次のお返しの日にはまた居座る約束をつけて帰って行った。 少しすると、部屋にノックする音が聞こえ、誰かと声をかければ、琴詠が入ってきた。 「もう、よろしでしょうか?」 「ああ。シュプレインも帰ったしな。どうかしたのか?」 「主様にお客様です。…同業者の雪女さんです。」 「…珍しいな。入口からくるなんて。」 普段から、入口無視して入ってくるのに、わざわざ伺いをたてるなんて、今度は何事なんだと思いつつも、通すと、明らかに機嫌の悪いゆうがそこにいた。 「どうしたんだ。」 むすっとしたまま、椅子に座ったゆうに、とりあえず話しかけると、こちらを見て、こう言った。 「ドラゴン絞めるには、どないしたらええと思う?」 口調が乱れている。確実に機嫌が悪いなとわかって、はぁとため息一つ。 「何かあったのか?」 「聞いてや。あの野郎、うちがせっかくくれてやったもんで、体調崩しよって、寝込みやがってん。」 時々、器用だけどやる気のない彼女はとんでもないものを作り出す。 人であった頃は味覚は普通だったが、雪女になってから、冷たくなったものを好むようになり、温かいものが苦手になった。それだけなら良かったが、冷たいものに対しての味覚は、どうもおかしくなったらしく、変なものも普通に食べれるようになった。 その結果。時々はずれを引くと倒れる羽目になる。それを、今もまだ理解してなかったりする。 「それで、お前はいったい何をあいつに食べさせたんだ。」 「何やて?アイスチョコや。」 「チョコアイスじゃなく、アイスのチョコか。」 「そうや。決まってるやろ?」 そういって、チョコの具材を三つほど聞いた時点でストップをかけた。かちこちである時点で食べれるものではないのだが、中身の具材もだいぶ問題がある。 「何故それを選んだのかを聞いてもいいものか?」 「そんなもん、私が好きなものと、あいつが好きだと言ったもん混ぜたに決まってるやろ。」 嫌いなもん混ぜるわけないやろと言うが、組合せぐらい考えるべきだ。 「悪いが、それはお前が悪い。冷静に聞け。それは別であるからこそ、味が生かされるのに、一緒にしたら、お互いの味を殺してしまう。よくあるだろ。混ぜたら危険なもの。そういうものだ。」 一緒に食したことがないから何ともいえないが、間違いなくそれは気分を悪くして、最悪そのまま体調を崩してしまいかねないものだと説明すると、少しだけ殺気が収まった。 「そうか。なら仕方ないのだな。」 「そうだ。」 口調も戻ったようなので、たぶんこれ以上はキレないだろう。これ以上キレたら暴れて館を壊されても困るので少しほっとした。 手土産としてお菓子を持たせ、それを一緒に食べて、とりあえず無茶な組み合わせをしたことを謝るようにいって、次は普通に何も混ぜないアイスのチョコにしておけと言っておいた。ただチョコがアイスのようにカチカチであるだけなら、害もなく固いだけで食べられるだろう。人間ではなく竜の牙だ。問題ないということにして、心の中で応援だけしておいた。 やっと帰ったと思っても、どうやら今日は思ったより訪問者が多いようだ。一度に皆がくるよりズレている方がいいのは確かだが、作為的なものを感じてしまう。 「それにしても、珍しいものだな。」 「我とて、不本意よ。」 少しだけ機嫌が悪いが、別に怒っているわけではないので、放っておくことにした。 彼女の今回の訪問は、居心地が悪かったからというもの。 先日大事な人へ贈り物をする日だった。そのせいでシュプレインやゆうが賑やかなことになっていたのだが。白灯のところでもそうだったようだ。使い魔である白城が限定でやっている喫茶店で、贈り物の為の料理教室を特別開講したところ、今度はお返しの日までにいろいろやりたいと依頼が殺到し、本来は歪みの際に調査する為に人の世に繋がる入口としておいている喫茶店は、料理教室と化している。 その結果、見ず知らずの他人がたくさん出入りするのが、悪いわけではないがどうしても気になって嫌で出てきたというところだ。 「何時ごろ終わるんですか?」 「さぁな。どんどん人が増えて、今では本来の予定の倍以上。さすがに我は見世物になるつもりも試食係りで甘いものばかりくわされるのも嫌じゃからな。」 まだ当分は終わらんとぐったりしている。すでにいろんな連中に見た目子どものせいで構われたのだろう。人見知りだからと言う理由で全て片づけられたのだろうが、あまり人付き合いを好まない彼女には苦痛でしかない日々だったのだろう。 「真代や司狼と奥へ引っ込んでいたらいいじゃないですか。」 「じゃが、人手が足りぬということで、片づけや準備で真代と司狼は交代で駆り出されておる。」 材料の買い出しもあるからのと、確かに人が増えると規模も人手もいるかと考え、お疲れ様と言って紅茶を出した。 「本当は白城さんが入れるお茶が飲みたいのでしょうが、生憎私はいれられませんから。」 これでも飲んで時間過ごしたら、心配される前に帰って下さいというと、わかっておると言って紅茶に口をつけた。 客も帰り、夕食を食べたころ、珍しい者が入ってきた。 「どうしたんだ。」 「ちょっと、ごたごたしてて町に繰り出したせいで、留守番だったもんでな。」 危ないから非難しに来たのだと賢二が言う。 「ごたごた…?歪み以外でか?」 「ああ。それも、ちょっと規模が大きくなったみたいでな。子どもは帰れって女帝に言われたからさ。」 「相変わらずだな。」 とにかく適当に時間つぶしたら帰れよと言うとわかったというので、そのまま部屋においておいた。 だが、どうやら片付いたという連絡がないようなので、彼は泊まることになった。 本当なら客間に通すところだが、面倒だし、本来の幻神楼への出入り手続きをしていないので、面倒になると思ってそのまま部屋で過ごしたらいいと言い、朝がきた。 起きると、謁見の間が騒がしく、何事かと思えば、賢二と凛々が喧嘩していた。 「何をやっているんだ。」 「だって、凛々はれんちゃんと一緒に寝たら駄目なのに、けんちゃんは一緒だった!」 ずるいしおかしいと講義する彼女に、人の世ではふつうに考えても駄目だからだと言っても、聞く気配はない。 「じゃ、俺はそろそろ帰るな。」 そう言って、言い争いに飽きたらしい賢二は帰って行った。本当に自由だなと思うが、それより目の前の駄々っ子の方が問題だ。 「ほら、いつまでも言うな。」 「だって…。」 「こっちではあまりよくないから仕方ないだろ。それに、お前が屋根の上の方が空が見えていいって言ったのだろうが。」 「そうだけど…。」 かつて、少ない時間であったが、リンテールと共に夜を過ごした日は、あの場所で空を見上げながら過ごした。その名残からか、こちらへきてからは、基本的に空がよくみえる屋根の上でいることを好んだ。 もちろん、天気が崩れた時は、謁見の間の前にある部屋で隅で丸くなっているのだが。 「凛々も、れんちゃんと一緒がいい…一人は寂しいもん。」 はぁとため息がでる。 「わかった。なら、明日は一緒だ。用事が何かない限りな。」 「本当?」 「ああ。」 「やったぁ!れんちゃんと一緒!」 とびつく少女にどうしたものかと考える。明日は一緒だと言ったが、一度いいというと、また次を言ってくるに決まっている。次をどうやって回避するかが問題だ。 でも、確かに一人気だった彼女にとって、誰かと一緒ということが純粋に嬉しいのだと思うので、むげにはできないし、まぁいいかと思う自分も大概親ばかなのだろう。 |