◆月夜の宴

 

ふと、日付を見ると、年に一度、一番大きく、そして夜の闇をどの日よりも明るく照らし、見守る赤と青の月が重なる日。

この世界はおかしなことに、年の半分ずつが紅い月と青い月が交互に空に昇る。そんな中、年に一度だけ、その月が同時に上る日があるのだ。

不気味で不吉を思わせる紅い月の日と、静かな人を癒す青い月が重なるその日だけは、銀色の月が昇る。だから、この世界はその日は誰もが月見の宴をする。時折愚かな者達が騒がしくするが、無粋な連中はすぐに静かになる。

月を楽しむ者達に、月が味方するからだとこの世界の誰もが言う。

そんな迷信の中、とある城のとある連中達は、彼等には関係のないことのようで、思ったよりも一緒になって騒いでいたりする。

そのとある連中というのは、世界において、魔王とその配下と呼ばれて忌み嫌われる連中である。

現在、魔王含め、楽しく盛大に騒ぐ気で、用意に追われている彼等を見ると、魔王を倒すことを目標とする人間が見たら、なんだか申し訳ない気もするが、彼等は魔王と呼ばれるだけであって、別に悪いことを進んでする物好きではない。

「あれ、どうしたんだい?」

月見酒は何にしようか、つまみの団子や菓子、料理はどうしようかと考えながら廊下を歩いていたドルハは、朝から見かけなかった魔法使いのトーカを見かけ、首をかしげる。

つい最近はいってきた、新しい四天王の一人になった彼女は、最初こそこの城と魔王の配下との突然の御対面で驚いていたが、その後は、それなりに慣れたらしく会話はしてくれるが、積極的にかかわろうとはしてくれない。

まぁ、魔王から彼女の現状と経緯を聞くと、しばらく考える時間も必要なのかもしれないけれど、今夜が月夜の宴だからこそこんな状態だが、そろそろ魔王としての仕事を決行しなくてはいけなくなる。そうなったとき、彼女はできるのかと疑問もあるが、主である魔王が選んで連れてきたのだからそれは不要の問題だろうけれど、ドルハ達はまだ彼女のことがどうなのか分からない状態だ。

だからこそ、今日の宴で彼女を少しでも知ればまた変わるかもしれない。そう思っている思惑も少なからずあったが、朝から見かけず、また無理だったかと諦めていた。

その彼女がいたので、つい声をかけていたのだ。

こっちを見た彼女は、感情が綺麗になくなっている人形のようだった。

まるで成長することを拒むような、まだ幼い少女の姿のままの彼女が、笑えばきっと可愛いんだろうにと残念に思っているのは秘密だったりする。決してロリコンではない。

「四天王、漆黒の騎士ドルハ。」

「覚えてくれてるのは嬉しいけど、そうやって通り名を並べては呼んでほしくないかな。」

「そう。なら、ドルハでいい?それとも、ドルハさんがいい?」

「可愛くあだ名をつけて呼んでくれてもいいよ?」

ちょっと茶目っ気を出してみたが、相手の反応はまったくなかった。さすがにちょっと凹んだが、苦笑いだけして、ドルハという名前でいいと答えると、彼女は頷いた。

「で、今日は月夜だし、これから準備まだあるけど、一緒にくるでしょ?」

「…どうして?」

「うーん、年に一度月が重なるいい日だから?」

そう言うと、少しだけ表情に変化があった。だが、その変化の意味を理解することはできなかった。

「だけど、だからこそ、私はいない方がいい。」

そういって、用事が終わりなら行くけどと言って、返事を返せずどうしたものかと考えていると、トーカは反対側へと足を進めようとしていた。

そこへ、その進行方向から魔王こと、ラウナが姿を見せた。

「いいじゃないか。トーカも楽しもうよ。年に一度のお祭りだから。」

「…どうせ、調べて知ってるんでしょ?それで誘うなんて、愚かとしかいいようがない。」

「うーん。それでも、一緒がいいな。」

しばし、お互いを伺うように見る。事情が何かあるようだが、それを知らない状況でドルハもどうにかできないので黙っていると、折れたトーカがわかったと答え、今度こそそのまま歩いていった。

「うーん、あんなにつんけんしなくてもいいのに。」

少しだけ困ったように言う魔王。

「で、今するのは少々無粋だけど、例の奴。どうなってるのさ?」

「そうだね。もう、時間切れってところかな。」

「じゃあ、宴が終わったら準備開始なんだね。」

「そうだね。本当に残念だけど。…もちろん、トーカも参加してもらうから。」

あっさりと言う魔王に、本当に大丈夫なのかとドルハが言うと、大丈夫だよと笑って答えた。

その日、始まる宴には、魔王と、魔王の側近として、大抵は城にいない魔王代理として立つフォトンと、元四天王にして、薬師としているオルデールに伝達用魔獣のガンちゃん。

あとは四天王といった、少ない人数だ。

それ以外は、魔王側にいる者もいるが、大抵は城の周辺に住まう彼等が城の中に入ってくることはない。

そこに、新しく四天王になったトーカも約束通り参加していた。

「今日は来ないかと思いました。」

そう言うカイトの言葉は、もしトーカが魔王と合っていなければ現実となっていたことだろう。

「でも、あの子、魔王のことどこまで知ってるのかなとはちょっと気になるけどね。」

そう言って、アルコールの入った液体を一気に飲み干す。銘柄が何だったかはもう覚えていない。適当にあったものだから、アルコールが入った液体であり、結局何を飲んでも酔わないのだから意味もないけれど。

「そう、ですね。けど、あの方が何も説明せずに配下につけ、さらに四天王に入れるとは思いませんが。」

「そうなんだよね。ま、もしそうだったとしても、宴が終わったら決行だから、逃げ道すらもうないけどね。」

「そうですか。もう、期限切れ、なんですね。」

悲しいことですといいながら、手に持っていたカップの中身をカイトも飲み干す。

宴も中盤、大分賑やかにディナーや飲み物を空けていく中、不穏な空気が流れ始めた。

「まったく、無粋だねぇ。」

確かに、この日に無粋なことをする連中は少ない。だが、あくまで少ないというだけで、まったくいないとはいえない。

でも、この数十年なかったことだから、本当に無粋な連中だなと思う。

「警告。侵入者。」

城周辺の監視もかねた目玉の魔物、ガンちゃんが警告を発するが、誰もすぐに動きはしない。

気配を悟られている時点で、たしかに人数は多いようだが、魔王一行の相手ではない。

でも、どうにかなるという自信もあったせいで、思ったより人数が多いのにはまいった。

あれを相手すると無駄な労力を使う羽目になるし、後始末も面倒だ。ここへくるまえに始末した方が良かったと今更ながら思う。

乱入者は、だいたい変わりない悪役の台詞を吐き捨て、それでも、慌てることもなく普通に宴を楽しむ自分達を視て、キレていた。

短気は損気。今目の前にいるのは、魔王と呼ばれる者とその配下だ。国を一晩で消し去る実力のある集まりなのだ。といっても、普段からそういうことをしているわけではないにしても。

それを前にして、あれだけ感情をあらわにしていては、墓穴を掘るだけだ。

「まぁ、いい。余裕をかましていられるのも今の内だ。」

そういって、悪い顔で笑うリーダー格は勝手に自分の手持ちのカードをばらしていく。本当に馬鹿だなと思いながら、冷めない内にお茶を飲み干す。

「魔王はこの日は力が弱まることを知っているし、俺達は反対に力が強くなる日だ。」

これで、魔王交代で自分がこの世界を統べる新しい王になるのだと高笑いをする。本当に、魔王の意味を知らない愚かな奴である。

「どうするの?」

「面倒臭いけど、仕方ないし…あ、そうだ。トーカ。せっかくだし、相手してあげてよ。」

君が唯一、この日にこの場所にいる連中の中で力の制限をされない存在だしと言うと、ちらりとこちらを見て、面倒臭そうに立ち上がった。

「俺達の相手をあんなただ一人の…しかも人間じゃねーか。魔王も終わりってことだな。」

完全に甘く見て、けど殺す気でいる連中は隙だらけ丸わかりだ。

「…あれ、全部ここから放り出せばいいの?」

「うん。それでいいよ。じゃないと、後始末が大変になるでしょ?」

あっさりと任せて、もう彼等のことなんて頭から消し去る魔王。さすがに少しだけ大丈夫かとドルハは思ったが、すぐにトーカの気配が変わり、納得した。

確かに人間としては魔力が強く、四天王としての強さの条件には匹敵する珍しい存在だ。だが、それ以上に、この日に制限がかかる自分達や魔王と違い、彼女は反対にこの日には力が増幅するようだ。

それこそ、普段からかけている制限した以上の魔力が溢れ、暴走してもおかしくないレベルの危険なものだ。

「主の命令が出たから、諦めて。」

少女は、眼鏡を外し、影って視えなかった瞳がしっかりと見開かれた時、はじめて少女の瞳の色が、今日の月と同じ赤と青それぞれの色をしていることに気づいた。

そして、少女だった姿がぼやけ、肩ぐらいだった髪は腰まで伸び、背は少し伸び、明らかに視て分かるように『成長』していた。けれど、今だからこそそれが本当の姿なのだとはっきりとわかる。

足元に現れる魔法陣、指で目の前の宙に何かを描き、そこにもあらわれる魔法陣が輝きを増す。

「出て行け。今宵の無粋を改めなさい。…おれでもまだ来るというのなら、今度はその命ないものと知れ。」

大がかりな転移魔法。だが、それを簡単に発動し、あれだけの人数をあっさりとどこかへ飛ばした彼女の実力は疑いなく本物で、ドルハだけではなく、他の四天王達も納得するものだった。

「お疲れ様。」

飲む?と楽しそうにしていた魔王がグラスを差し出すと、少し考えてトーカはそれを受け取った。

「やっぱり、そっちの方がいいと思うけど、ちっさい方がいいの?」

「別に。…小さいほうが『隠れやすい』から。」

「確かに。その目も魔力も綺麗に隠してるよね。」

だから、最初は処刑台にいたのを見かけても気づけなかった。話し出してから気づくなんて、魔王としては失態もいいとこだ。

「でも、窮屈でしょ?」

もう、制約されることもないし、いいんじゃないのかというと、分かったと答え、その日からトーカは少女の姿になっていることはほとんどなくなった。

ただ、今日とは違い、力が最も暴走しやすい月が年に一度でない日だけは戻って制限を何重にもかけているようだけど。後で聞いたが、今日は制御できるが、力を使うと少女の姿を維持できず戻ってしまうし、力が普段より強くなるから本人は嫌いなのだという。

けど、勿体ないと思う。努力しても、それ以上に強くなれない者達もこちら側ではたくさんいる。それこそ、自分達や魔王のように強いからこそ隠さなきゃ人の中に紛れることができない者達もいるが、常に隠し続けることは負担が大きすぎる。

大まかに彼女の生い立ちについては聞いていたけど、思ったより仲良くなるのは手ごわそうだ。そう思ったが、後に手ごわいけれど、単純でもあることを知る。

 

 

 

 

「何笑ってるんですか?」

「あ、フォトン。」

また脱走の計画ですかと釘を刺してくる部下に苦笑して、少し違うよと答えておいた。

「報告だと、トーカが人間と、それも勇者と行動共にしてるみたいなんだ。」

「それはまた…。最初は思いきり人見知りしてたことを思うと変わりましたよね。」

「いや、違うよ。元々、面倒見は良かったんだろう。ただ、生まれた地が悪かった。ただ、それだけなんだろう。」

「そうかもしれませんね。」

今でこそ、あの頃より表情が豊かになった楽しいけれど、わざわざ人間に関わってその旅につきあうようになったことにも驚いて、けれど嬉しかった。

「だから、脱走というより、ちょっと見てきたいなとは思ってるんだけど、駄目かな?」

「…仕方ないですね。今監視下にある猶予期間のところは三か所…すぐには殲滅する必要もないですからいいですよ。」

ただし、何人かお供として連れて行ってもらいますからと言って、許しがでたところで、魔王が見学もかねて勇者と魔法使い一行の元へでてきたのだった。

そして、物語は始まる。





あとがき
物語の始まる前の物語。
最初の出会いの頃ぐらいはこんな感じで、何故かぶっとんだ魔法使い。
小さくなれます。そういう設定を書きたかっただけなのですが、思ったより暗い話になったのでびっくり。ギャグテイストな話にする予定だったのにおかしいな…