| ◆魔王の仕事と勇者の仕事、そして監視者の記録+++Stage5 あれから数日。噂は飛び交うものの、俺達は穏やかな日々を過ごしていた。 穏やかというのも少々語弊があるが、大きなトラブルなく過ごしていたという意味では最近の様々な出来事を考えると穏やかと表記してもいいと思う。 でも、本当にいいのかという疑問は常につきないし、時折見せる笑顔が途切れた際のトーカの横顔が、何故か違和感と急かされる衝動にかられる。 前も、あの顔をみたことがある。その時に、何かがあって、自分もまた、何かを選んだ。 その結果――いつもそこで、ないはずの記憶は途切れる。 「本当、何なんだろうな。」 ずっと、呼びかけるように続く警鐘。 とにかく、今日の依頼を先に終わらせて他の二人と合流するかと、考えることをやめ、足を進める。すると、角から走ってきた何かとぶつかってしりもちをつく羽目になった。 何だと対象を確認すると、小柄で、だけどフード付きのマントをかぶって顔も性別も年齢も判別できない人物だとしかわからなかった。 「すまない。大丈夫か?」 とにかく起こそうと手を差し出したが、戸惑い、少し後退してから自力で立ち、少しだけ頭を下げ、その人物は反対方向へ走って行った。 「何だったんだ?」 気にならないわけではないが、これ以上、ただの配達の依頼を遅らせて、あの二人を待たせるのも問題になる。トーカなんてむくれて文句を言うだろう。想像できて笑ってしまう。 「さて、急ぐか。」 今度こそ、足早に目的地へと向かった。 その後、怪しい集団がそこに現れ、何かを探すように町の中に散っていったが、誰もそれに気づくことはなかった。 その日、二人と合流し、宿に戻った。思ったよりも眠れないことで外に出て散歩しようと思ったら、珍しく夜の街を歩いていくトーカを見かけ、声をかける前に行ってしまった。 「どこいくんだろ?」 いくら強いとはいえ、夜は夜で危ない。ラウナ達と何かあるのかもしれないが、それならそれを確認して戻ればいい。そう思って、おいかけた。 少しだけ見失い、けれど、やっと追いついたその先で見たのは、トーカと、トーカに似た別の誰かがそこにいた。 「…来ちゃったんだ。」 こちらを見ずにそう言ったトーカは、どうも自分にはきてほしくなかったようだ。 「そっちにいるの…。」 「想像通り。今噂の戦争の元。」 はっきり言われるまでは、まだ違うかもしれないという期待もあった。けど、対象を知っているトーカがいうのだから、事実なのだろう。 「なんで?」 「そりゃ、呼んだからだよ。」 「呼んだ…?」 どういうことかまったくわからない。 「もう、戦争が始まる。今までみたいな、小競り合いではない。だから、先に終わらせる。きっと、明日にはなっちゃんも国ごと潰すだろうし。…だから、コレは私が『破壊』して『終わり』にする。」 そういって、最初は気付かなかったが、トーカの左手にはしっかりと大きな黒い鎌の柄が握られており、それを振り上げた。 その姿、まるで悪魔。死神――いや、違う。 まさに、『魔王』そのもの。 いろいろな知らないはずの記憶が脳裏を流れていく。そして、ピタッとパズルがはめ込まれるように、繋ぎ合わさって止まる。 その姿も、その鎌も、ずっと前から記憶の中に確かに存在していた。 「もう、いい。やらなくていい。…その為に、俺は『魔王』になろうと思った。」 やっとわかった。やっと、思い出した。 確かに、自分にははじめから記憶がなかった。当たり前だ。 一度死んだはずで、今生きているのがおかしいと思えるぐらいだから。 そう、自分は知っている。彼女が最初の世界の魔王で、自分はその部下だ。 そして、繰り返される日々に、壊すことをやめたいと言った数日後、彼女は『死んだ』のだ。 だから、いつか生まれ変われるのなら、最後の魔王になって、もう壊さなくていい世界を創れたらいいと思っていた。 「『リッカ・ルーカス』が、魔王を止めたいと言ったから、時間はかかったけど、魔王に…なのに、その手を振り下ろしたら、また、貴女は…そんなの、駄目だ。」 その言葉に、動きを止めた。 「そう…思い出したんだ。…前、魔王の時も覚えてなかったのに。」 できれば知らないままでいてほしかったな。そう言ってこちらを見た目は悲しそうだった。 「でも、大丈夫。君のおかげで、前は楽しかった。今はなっちゃんだから、楽しいよ。でも、知られちゃったのなら、もういられない。だから、お別れ。」 今度はちゃんと言って、いなくなるよ。そう言って、今度はトーカは迷うことなく腕を振り下ろし、壊した。 その瞬間、頭に響く、独特の崩れ落ちる音が響いた。これは、魔王が聞く、世界を壊した際に聞こえる、悲鳴だ。壊れ、消えたものの悲鳴。それが、魔王を蝕んで、魔王は死に、新しい魔王が生まれる。 記憶が戻ったことで、自分もまた、あの日々がどれだけ初代が辛いと最後に口にしたその理由が理解でき、終わりにしなければいけないといっそう強く思った理由だ。 なのに、終わらせられず、また戻っても忘れてしまっていた。 忘れてはいけなかった。彼女のことを知り、この世界の不条理を知り、変えられないのなら、彼女が手を下さなくてもいい世界にしたいと願ったのに、何もできずにいた。 魔王になって、世界の悲鳴を聴いて、何度も魔王を終わりにしたいと思った。あれを、また彼女にやらせたくなくて決めたことすら忘れて逃げようとした。 けど、今ならわかる。 魔王でなくなった今も、彼女はこの世界の悲鳴を聞いている。 この世界の力がなくなるか、世界そのものがなくならない限り彼女の安息の日々はない。 魔王よりも、誰よりも、彼女こそがこの世界に縛られ、この世界の歪みから逃れられずにいる。 「トーカとリッカ。どっちだ?それともどっちでもないのか?」 「その質問の意味は理解しかねるかな。」 「…トーカもリッカも、この世界をどう思ってるんだ?」 「昔ほど、嫌いじゃないよ。…けど、最初は結構好きだったけどね。」 何があったのかはわからない。全てを理解するには知らないことが多すぎるし、彼女は長く生きて、長くこの世界を見すぎている。 「そろそろ、なっちゃんのとこも終わるから、私はここでお別れ。そう伝えておいてよ。」 そう言って、どこかへ行こうとするトーカの腕を咄嗟につかんでいた。 「いなくなるなら…それこそちゃんとアイツ等にも一言言うべきだ。…俺は、いなくなっても、その後についていくけど。」 「…本当、変わってるよね。わざわざ私に付き合おうなんてのは。」 「どちらかというと、貴女の方が変わってると思うよ。」 だって、この世界の為に最初の魔王になって、それこそその後も魔王が孤独の闇に飲まれない様に傍に気づかれないように居続けて、本当に長い間一人にさせていたのだから。 「一人だけ記憶を持って、自分たちは記憶を継続できないのは不便だし、ずるい。」 「だから、お前にもちゃんと言っただろう。記憶を継続する為には代償がいるのだ、と。」 それが、現在の器を放棄し、新しい器と共に新しい自分としてこの世界にあらねばならない。 そして、この世界で何も知らない『人間』にそのことを知られてはいけない。 「一応、今の貴方は人間に近いもの、だから。やっぱりこのまま一緒にいることは無理だよ。」 だから、お別れなんだと言う彼女の手をつかみ、離さずにいると困ったように笑っていた。 「そういうところは、前のまんまだね。」 一人が寂しくて、よくこうやって手をつかんで、誰かが近くにいるということを実感して、また仕事に戻ることを繰り返していたかつての魔王と重なる。 幕間 違和感がずっと付きまとっていた。 警備の数から、確かに今まで監視してきたとおりだという認識はあった。それを邪魔されないように全て排除していいき、進めば進むほど、感じていく違和感が何かを訴えかけていた。 最後の邪魔な壁。アレを使って争いを始めようとした男を排除すると、命の気配が全て消えた。 アレは元々動いてはいるが、生きているというものからは少しずれているから人間と同じ気配であるはずはないのだが、この『砦』の中には他に動くものも、そういう気配も何も存在しない。 「後始末完了したよ。そっちはどう?」 別で動いていたドルハが追いついてきた。そうなると、リュマ達もすぐに合流するだろう。 『魔王様、大変です。』 飛んできた目玉のガンちゃん。それを通して声を伝える城で待機しているフォトンからの言葉。 『原因がそちらから移動し、町にいるようです。』 伝えられたことは、あまりにも想定外のことだった。アレはさっきの男が命令を出さない限り自発的に何かをすることはなかった。何度も繰り返す監視と調査でそれは明らかだった。それなのに、今回はおかしかった。 「どこの町だ?!」 『これは…トーカ達が滞在している…しかし、反応が消失!?』 向こうでも、戸惑っている気配がありありと感じられた。 「そのまま反応が出ないか周辺を探索してくれ。こっちは町へ戻ってあいつ等と合流する。」 何が起こっているのか。何度も感じていた違和感の正体にもう少しで手が届きそうで取り逃がすようなもどかしさを感じながら、すぐにリュマ達と合流し、町へと向かった。 |