◆ 過去と現在、そして長い未来+++Stage1

 

 

戻ってきたラウナによって、トーカの誕生日を知り、今晩は仲間だけで盛大に、だけど人様にはできるだけ迷惑をかけないように祝う…というより騒ごうということになった。

たまにはこういうのもいいなと思い、カイトと共に買い出しにでかけたシイナ。

だから、彼は知らなかった。

トーカの実年齢も、過去も…彼女がすごい魔法使いであるという事実以外、短く感じたけれど、日数だけみるとそれなりに長い付き合いになった彼女のことをほとんど知らないということを。

「どういうこと?」

シイナが出かけた後、表情の一切が消えてなくなったトーカの、少しだけいつもよりトーンが低い声が部屋に響いた。

「何度も言ってきたから、トーカちゃんの方がよく理解していると思うけどね。」

じっとこちらをみて警戒するトーカに苦笑するしかない。

そもそも、この街へ来た段階で機嫌が悪かったのだ。シイナがいるからこそ、いつものあのテンションを保っていたが、今はもういないからこそ、表に出る彼女の空けてはいけない箱の中身。

「確かに、あの日私は生きることを放棄した。」

この世界に意味を見いだせず、ただ死を望んだ。絶望しかないこの世界に別離するつもりだったのに、それを『彼等』が引き留めたのだ。

もちろん、最初は興味もないし、断ったし、死への強い願望が勝っていた。

それを結局のところ変えたのは彼等であり、今は確かに感謝している。

まだ、この世界は絶望だけではないと少しだけ思えている自分に驚く程度には。

「今生きているのは貴方様のおかげです。ですが、この事に手出しされるいわれもつもりもございません。」

そう、あれはもう過去であり、二度と関わるつもりもない。

「あんまし、我儘言わないでくれない?」

すっと、表情が消えたラウナに、さすがのトーカも殺気立つ感情を抑えた。

「一番わかってるのは、トーカ自身だろう。」

「…。」

「じゃあ、こう言えばいいか。」

命令だとはっきり言い切った後に続いた言葉。

「そう簡単に、魔王配下の四天王が死んだら迷惑なんだよ。」

「っ…。」

まだ、魔物でも異種でもない、魔力によって姿を保っているだけの人のままである自分の残された寿命は、もう長くない。

その間、四天王に空きができる。それが意味することを理解できていないわけではない。

「それにね、いい加減あの愚かな風習を壊してしまいたいんだよね。」

あれがあったからこそ出会えた。けれど、元々何の意味もないあれのことを愚かだと放置しておいたつけがあれであるのなら、ラウナとしてもそろそろ決着をつけておくべきなのかもしれない。

「だいたいね、おかしいんだよ。」

「…それが村の掟で、全てだったんだから。」

「わかってる。それもまた人の集団の上での風習の一つだ。けどね…無意味なことに無意味といって何が悪い?」

魔王に対する恐怖を退ける為の愚かな信仰。全ての厄災を魔王のせいとし、そのための人柱をたてる。

かつてはもっと多くの場所で、そういった悪習はあった。だが、時代の流れと共に消えていったそれが、まだ色濃く残る場所。そこにトーカはいた。

「真実を知らない人間が勝手にやりだした、必要のない犠牲。それを全てこちらのせいにして、何一つ真実を見ようとしない。いい加減それに腹が立っているんだよ。」

「でも、そう簡単に変われないのも人の弱さだ。だから、あそこは直らなかった、ただそれだけのことでしょ。」

あの村での信仰は、ただ一つだけを敵とし、全ての厄災を背負う生贄とし、その命を命と思わない愚かな行為。

前の人柱の死んだ日に生まれた子ども、もしくは捕獲した獣が新しい生贄として選ばれ、そうやって生贄という愚かな悪習は続いて行く。

一生を暗い牢の中に閉じ込められ、災害の度にその身に災害を引き受けさせるためとして、身体につけられる傷の数々。そして、禁忌の森と呼ばれる魔物の巣窟へ放り込む生贄。

人は常に己の保身のために違う何かを差し出す。悪いものであるという理由をつけて、同じ人であっても容赦しない。

かつてトーカはこの先にある村で、禁忌の子どもとして閉じ込められ、日照りによる水不足と食べ物の不足の際に、儀式を執り行い、魔王の怒りを鎮める為の贄として放り込まれた。

けれど、運が良かったのだろう。元々持っていた魔力と、それによって外の様子を聞き続けた彼女は知識もあった。だから、生きて村に戻ってきてしまった。

森の魔物の大半を殺して、だ。

それがさらなる魔王の怒りを煽ってしまうと恐れた村長は再び閉じ込めた。けれど、閉じ込めておくことができなくなった。

その村が属する国が、王位交代により、事情が変わってしまったのだ。人の数を報告し、生き死にもまた、その報告に含まれていた。そう、国が民の管理を始めたのだ。

つまり、隠すことは国に造反していると思われても仕方ない違法行為。

だから、生きている人間が閉じ込められているという現実を隠さないといけなかった。

あくまでそれは閉鎖的な村だからこそ行われてきたことで、村長とて、今の時代において意味のないものであることぐらい理解しているし、それでも、他の村人の恐怖を抑える為だけのために続けられた悪習なのだ。

結局違法行為から外れる為に、トーカは外へ出ることが許された。ただ、人の目は冷たく、強い力を持つトーカを恐れ、格好の攻撃対象となった。

ラウナがトーカと出会ったのは、その村ではなく、村に属する国の城下だった。トーカが外へ出ることが許された日から丁度10年後のことだった。

珍しく騒がしい人の世に何事かと思えば、罪人の処刑を執り行うと言うもので、いったい何なんだと見れば、瞳に光のない、生きる意思のない人間がるそこにいた。

何でも、城で王子の暗殺騒ぎが起き、その人間が主犯で殺そうとしたが失敗し、逃げたところを捉えられたということになっているらしい。

晒し物のようにそこに縛り、置かれている彼女は明日首を落とされるのだという。

大抵の罪人は悪あがきをしたり、死に恐怖を持ったりする。時折意思の強い、全てを受け入れた真っ直ぐな者もいるが、そういう奴は面白そうだから勧誘してきた。

だから、今回はまったく違う、意思がすでにそこにない彼女に興味があり、夜に近づいた。

そもそも、直感で今までもいろいろ当たってきた自信があるから、違和感を感じたのだ。

話を聞けば聞くほど、彼女が王子を殺す理由もないし、接点もない。何より、悪意ある別の力によって利用されている方が正しく思えたから、どうして抵抗しないのかを、知りたくなったのかもしれない。

人は常に愚かにも悪あがきをするものだから。まぁ、例外という奴もいるけれど。

話しかけると、一応意識はあるらしく、少しだけ視線をあげてこちらを見た。

その目を見た瞬間、どこかで確信していた。今回の騒動の犯人は彼女ではないのだ、と。

「ねぇ、君は何故処刑台にいるんだい?」

「…。」

「今まで処刑台にあがったのは、それこそ大悪人は大悪人に陥れられた人ぐらいだ。ちなみに、陥れるような大悪人っていうのは、大抵権力者で俺は嫌いだけどね。」

「…それを聞いて、どうするつもり?」

「おや、返事してくれた。うれしいな。このまま返事してくれなかったらさみしいなと思ってたんだ。で、聞いてどうするか、だね。そりゃもちろん好奇心が一番大きいかな。けど、それ以上に君という存在に興味を持った。」

だって、君はこんな理不尽な拘束から逃げられるだけの力をもっているのに逃げることもしないし、だけど受け入れているわけでもない。そして、諦めているわけでもない。初めから己に対しても無関心で、周囲で何をしても一切を閉ざしている状態だ。だから、今どうしてそうなのか知りたくなったっていうのが正しい好奇心の理由だと言えば、まったく表情の変わらなかった彼女から、微かな笑い声が聞こえた。

暗いから結局表情はわからなかったし、すぐに静かになったから錯覚だったのではないかと思うぐらいだ。

「変わってる。そんな『人間』もいるってこと、かな。いや、違う。君は『人間』じゃないよね。人間じゃないから、私に構う。そうでしょ?」

まったく光のなかった彼女から、少しだけ戻った意思の光。真っ直ぐなそれに、純粋にその時惹かれたのだろう。だから、その手を取りたいと思ったのだと思う。

「だからこそ、私の力が『視える』んでしょ?」

だって、国の魔術師達は一切気付かなかったから、危険性とかも考えず、この手枷だって魔法対策が一切されていない。

逃げるつもりはなかったけど、気付かないレベルの低さにすぐに国の中から滅びるなと思っていたのに、それに気付くということは、相当な力を持っているようだと分析された。

思った以上に、頭の回転がはやい彼女に驚く。そして、欲しくなった。

「ま、そうだね。けど、そんなこと『人間』は気付いたことないよ。」

彼女の言葉に合わせて言い返すと、面白そうに笑った。

「成程。あの日私は人間であることをやめた。そう、捨てた。ただ、そこにいるだけで生きているという気もなかったけど、はじめて思うよ。貴方みたいな変わったのに出会えるのなら、生きていたら面白そうだ。」

だから、今日まで生きていて結果的に良かったのかもしれない。そう言った彼女の笑顔はとてもきれいなものだった。

「ねぇ。一緒にこない?」

「それは、無理かな。だって、明日死ぬからね。」

くすくすと笑う彼女は死を恐れているようには思えなかった。むしろ楽しそうだ。尚更ラウナ好みの面白そうな人間だと思った。

やはり、欲しいという欲求は強くなる。

「じゃあ、どっちも一緒でしょ。」

どうせ消える命をここで勝手に貰っても、人間が先に捨てたのだから、文句言われるつもりないからと、彼は言った。

「成程。…変だと思った。」

「何が?」

「ま、いいよ。確かに、『貴方』だったら、私が明日死ぬとしても、それを変えるだけの力は存在しているかもね。」

ここで、彼女は気付いたようだ。どんな魔法使いであろうとも、力があることには気付けても、決して気づくことがないラウナの正体に。

はじめまして、魔王さん。そう言った彼女の言葉に、にんまり笑う。

「ようこそ。愉快な魔王御一行の元へ。安心してよ。君の罪の元は全て片付けておいてあげるから。」

今は静かに眠るといいよ。そう言って、触れると、糸が切れたように崩れ落ちる彼女の身体を抱きとめる。

「…今すぐ調べてきてくれるかい。」

「御意。」

すっと現れた二つの気配が、答えてからすぐに消えた。

次の日、罪人が消えた事と、魔王が現れた事。そして、トーカに罪を擦り付けた馬鹿を片付け、城に戻ったラウナは、目を覚まさない彼女を勝手に仲間に紹介した。

目を覚ました彼女が魔王の城にすでにいることに驚き、まったくしらない世界に興味を持ち、最終的にぶっ飛んだ性格になって魔王と一緒になって騒ぐとはその時誰も知らなかった。

けれど、今でも思う。

これで良かったのだ、と。だが、まだ完全ではないとも思っていたのだ。

ずっとずっと、引っかかっていたものがあったのだ。

あの村がある限り、トーカは人を止めても、人と同じ長さの時間しか生きることをしない。

あの村が、彼女の生きるという執着を全て壊し、人と同じ長さだけしか生きる気がないことに気付いたのは今から何十年前だっただろうか。

生憎、そう簡単に手放す気はないのだ。

魔王なんて、暇で面倒な仕事。楽しくやっていないといられない。

そのために、いろんな仲間を集めたのだ。どれも手放す気はない。

だから、手を打つことにしたのだ。

他の連中も結局トーカのことを気にいっているから文句は言わない。文句を言うのは、村に縛られたままのトーカ本人だけ。

 

 

 

 

 

 

幕間

ごめんなさい。そう何度も謝る姿を見てきた。

全ては村の掟で、何もできずに手放す羽目になった我が子。

その我が子が今度はいわれなき罪で処刑されると知った日。何度も叫びたかった。

けれど、結局臆病だった女は何もできず、我が子を失うことになった。

女には再び子どもができ、それなりに幸せだったが、忘れることは決してなかった。

あれから子どもが生贄の代償とされることなく、近くで狩られた獣の子どもで今もあの風習は続いている。

けれど、罪の意識は消えない。

我が子が最期の生贄で、今度こそ本当の意味で魔王に持っていかれてしまったなんて、受け入れることが女にはできなかった。

だから、女は自ら命を立ち、人であることを止めた。

そして彼女は今も森の奥深く、暗く静かなその場所を、本当はこの清き水を守るためだった、もう誰も知らない真実を守る番人として居続ける。

そして、今日も我が子の子孫が私へ会いに来る。

恵みの水を貰う為に。

こうやって、村は生贄というやり方を少し変え、生きてこの森へ進ませる巫女という新たな生贄をつくり、閉鎖された組織は動いて行く。

「もう、泣いてない?」

彼等はいつもきく。我が子の遺言のせいだろうか。泣いた姿を見られたのは失態だったなと今でも思う。

だって、泣く資格なんてないのだから。

私は結局愚かにも逃げて我が子を手放し、死なせた母親失格の女なのだから。

そんな彼女の笑顔をいつしか見たいと思った私達。

きっと、私達の父も祖父も、そう思ったのだろう。だからこそ、今も彼女の元へ足を運ぶことに喜びはあっても苦痛はない。

だから、今も探している。

彼女の失った子どもの手がかりを。

だって、魔王の襲撃という歴史の事実はあっても、子どもの安否に関わる一切の情報は何一つ残されていないから。