昼間と違い、夜になれば町の景色は変わる。ビルの近くも行きかう人々はいるが、警察や報道陣はほとんどいない。

 だからこそ、いない時間を見て黒澤は奏を呼んだのだろう。

帽子を深く被り、普段とは少し違う格好をして目的地へ向かった。表玄関より人は少ないが、入るには多すぎる人数に裏口も駄目かと思い、携帯を取り出した。

 メールを送ると、中から一人の男が出てきた。男は黒澤の秘書として動く白崎神だった。

突如動き出す記者を掻き分け、奏の元まできてくれた。すぐに群がる記者を押しのけ、奏を連れて中へ戻った。

その際、奏の写真を写されていたが、何者かはわからないだろうし、覚悟はすでに決めていたからいいやと思った。

それに、今の格好では家族が見ても奏だと思わないだろう。

「悪いね。こんな時にわざわざ来てもらって。」

「いいですよ。俺も、関係者なんですから。」

奏は数日見ない間に少し疲れの色を見せている白崎に、少しだけ申し訳ない気持ちになった。自分は外にいたが、白崎は黒澤の補佐でずっと走り回っていたことだろう。

黒澤はここの責任者である為、いつも忙しい。それ以上に白崎は黒澤の補佐や下準備を基本的に自分の目で確かめているので、奏なんかとは比べ物にならないほどの忙しさだっただろう。

通い慣れた一室の前で二度ノックをし、白崎は扉を開いた。

そこには、黒澤と同じアニメの声を担当している山代樹と佐藤と高月ありさがいた。

山代が主人公の役で佐藤がヒロイン役。そして、カナリヤの声を担当している高月。

あくまで奏は歌で出演しているのであり、声優としては素人である為、物語の台詞は高月が行なっている。そのため、高月の声に合わせて歌っているので、同一人物ではないのかと憶測が飛び交った時もあった。

その三人が奏の登場に、いつものように話しかけてきた。

「今日は苺味みたいね。」

いつも飴を舐めている為、香りから推測して会うと一番最初に言うのが味当ての佐藤。

「お久しぶりです・・・奏さん。」

おどおどしながら話しかける高月。それでも、今回の騒動の中心にもなっている奏に変わらない態度で接してくれる彼女。

「相変わらず甘ったるいもん食べてるみたいだな。」

「樹さんもいります?」

「いらねぇ。」

続くように、樹はいつものように甘い香りをさせていることに話をふる。別に悪いと言っていないが、あまり甘いものが好きではない樹は、いつも奏にもう少し甘くない飴にしろと言う。

実際、言われても相変わらず甘い飴ばかりの奏に、今では樹からの挨拶のようなものになってしまっているけれど。

「サングラスかけた容姿にその格好で飴はないと思うぜ?」

「俺の勝手です。」

 サングラスをかけなくても容姿はいいんだからと、樹は言いながら奏からサングラスを外そうと手を伸ばす。

 毎回のことで慣れたので、警戒心強くなった奏は今のところ最初の頃のように簡単には取られないようになった。こういう時に、奏は人間はやっぱり学習する生き物なんだなとしみじみ実感するのだ。

「近いと甘い匂いがやっぱ酷いわ。激辛系にしろよ。」

「飴は辛いものより甘い方がおいしいんで、遠慮します。というか、そんな激辛の飴なんてあるんですか?」

「探せばあるかもしれねーだろ?」

「探さなくていいです。」

そんな二人のやり取りに笑みを浮かべて見守るありさと、黙ったままそこに立つ神。その横でにこにこと笑顔だが、何だか背後に黒いオーラを纏っているように見える黒澤がやり取りを見ていた。

間違いなく、怒っている。さすがに奏にもそれぐらいわかる。

「それで、そろそろ私と話をしてもいいかな、樹君に奏君。」

「あ、はい。」

「そういや、えいちゃんが奏に用があるから呼んだんだっけ。」

「わかってるなら、奏君に手を出して話をそらさないでくれないかい?」

「悪いな。久々に会えるからさ。ついついちょっかいかけちゃうんだよね。」

 今までの経験で、今黒澤が怒っている原因が奏ではないとわかっていても、どうしようと焦ってしまう。違うとしても、原因の原因が奏になるからだ。

 黒澤と樹は姓名が違う。それでも、血の繋がりのある兄弟なのだ。

 黒澤という男のことは、奏もまだ謎が多くてはっきりつかめないのが現状だ。ただ、背後に大きな何かがあり、このビルは彼の所有物の一つに過ぎないということだけはわかっている。

 ただ、それを口に出して彼に言う勇気もないし、あまり触れてはいけない話題だと思われる為に、何も聞かない。余計にそれで謎が増えていくばかりなのだが、知らないままでもいいことがあるのだと奏は自身に言い聞かせている。

 そんな二人は、仲がいいのか悪いのか、よく口喧嘩している。二人にとってはコミュニケーションの一種なのだろうが、たまに本気で大丈夫なのだろうかと不安になるものもある。

「樹君の事は今はどうでもいい。」

「あーひでぇー。」

「話がこじれるから黙ってなさい。」

すっぱり切り捨てると、さすがにこれ以上口を挟むといけないとわきまえているのか、黙った。もちろん、納得してはいない様子が顔に出ているが、これで話を進められるというものだ。

「悪かったね。こんな時間に呼び出して。」

「いえ。」

 奏は少し緊張しながら、黒澤の目を見て話の続きを待つ。

「アニメの制作だけど、こんなことになってるから放送中止してるのは連絡したよね?」

「あ、はい。再開予定は今のところはないんでしたよね?」

「ああ。それでなんだが・・・事件が解決するまでは、再開しないことにした。」

「そう、ですか。」

つまり、最後まで完成することなく打ち切りになると言っているのと同じだ。

「奏君のことは事件が解決しても解決しなくても、決して口外はしない。約束だからね。だけど、いつ再開するかわからないが、もし再開することがあれば・・・また、歌ってくれるかい?」

黒澤は、再開できる見込みはないと言わず、完成させるつもりでいた。その為にはKANADEの歌声は必要だった。けれど、奏の家の事情は簡単には聞いている。

だから、黒澤は言うのだ。いつか完成させるために、また奏の時間が欲しいと。

「はい。構いません。俺も、やるからには最後までやりたいですから。」

「忙しい君のことだから、このままずるずる引き止めることはできないことはわかっていたからね。でも、良かった。また、時が来たら、あの馬鹿のこともよろしく頼むよ。」

「ちょっと、最後に何言ってるんだよ!」

すかさず黒澤の発言に突っ込みを入れる樹に、奏はこの空間も結構好きになっていたんだと再度実感するのだった。だから、このまま別れてしまうようなことになるのは、何だか寂しい、そう思った。

 

 

 

 

あの後、しばらく何でもないようなことを話しながら盛り上がり、時間が時間である為に会社を出てきた奏。

いつの間にか、家族とは別で大切な場所になっていたあの空間に戻りたく思っていた。それに、休止していることで妹二人が残念に思っているのを見て、何とかしたいと思っていた。

けれど、その為には事件が解決しなければいけない。だが、奏には何もできない。

そもそも、何故カナリアの歌をうたうのか。そして、何故人を連れて行ってしまうのか。まだ、誰もそれを知らない。

「どうしたらいいんだろう。」

つい、口にでた呟き。すぐに頭をふって、考えてもわからないのなら仕方ないと思考を変えようとした。

 そんな時、ふと見た前方に人の姿を確認した。

 いつもならば、あまり気にしないのだが、この時は何故か気になった。

「こんばんは。」

 黒いシルクハットに黒い外套を羽織り、西洋の執事のような格好をした若い男がそこに立っていた。もちろん、奏はその男との面識はない。けれど、男は笑みを浮かべ、奏に話しかけたのだ。

「お前、誰だ?」

「あれは人の想いによる幻。いえ、幻でありながら、触れることができる現実になったモノ。」

「何を言って・・・。」

「『本物』の『カナリヤ』は何を想い、望みますか?」

開かれた赤と青の色違いの瞳が、じっと奏を見た。そして、この男が何故奏が本物のカナリヤだということを知っているのか、驚いて言葉を返せなかった。