Farst stage はじまりの唄

 



今日も、世間は賑やかだ。毎日飽きもせずに、同じ事件の報道を繰り返している。

ふと、通った道にある電気屋のテレビに映ったニュース。また一人、現代に蘇った神隠しのように人が行方知れずになったと、ニュースは伝えていた。

相変わらず、目撃者はいない。けれど、事件として話題を呼び、捜査が行なわれることになった。本来ならば、目撃者が誰もいなければ、事件性よりも家出を疑うものもあった。そう思われても可笑しくないような者も中にはいたし、消えた人物に共通はなかった。

それにも関わらず、ここ数日の間に起こった失踪を同じ連続的に行なわれたものだと判断され、捜査が始まったのだ。目撃情報が一切なかったが、ある唄をその時刻に現場付近で聴いた者達がいた。

事件とは別で世間の話題を呼んだアニメがあった。『空夢』という、想いを配達するという配達屋の物語で、一風変わったキャラが人を惹き付ける。そのアニメのキャラの一人が、物語の中で歌を謡うのだ。

今回の事件で、唯一失踪事件を繋ぐ証言として出たものだった。

最初はどれも大して警察は気にしてはいなかった。けれど、あまりにも噂が多すぎた。

きっと、あの人達も歌に誘われて連れて行かれてしまったのだ、と。

あまりにも行方不明になっている者が急に増えたことと、その歌に誘われたという噂と、何より警察に対する周囲の目から、形式的にだが捜査を行なうことになった。

ただ、警察にとって予想外だったことは、ただの失踪ではなく連続殺人事件の可能性が見えてきたことだった。

最初は聞き込みをしたり行方不明者の身辺を洗い出したりしたが、何一つ繋がる共通点はなく、行方不明になる最後に見たと言われる時間と場所で歌を謡う誰かがいたかもしれないという可能性だけで捜査は難航の色を見せた。

そして、調べても何も出ず、やはりただの家出に過ぎないのではないかと、捜査を打ち切ろうという判断が出始めていたころだった。とうとう同じ事件に行方をくらませていると思われる二人目の遺体が見つかってしまったのだ。

遺体に外傷はなく、まるでただそこで眠っているかのように、苦痛の表情は一切なかった。

このことは、すぐにテレビや新聞などで報道され、アニメでも謎となっていた歌声の主が犯人ではないのかという噂が持ち上がった。半分以上は、声の主が誰なのか興味を持った野次馬であったが、アニメ制作関係者は一切声の主の事に関してのみ、口を割らなかった。

警察も、最初はアニメの話題のための宣伝かと思い、遺体が発見される前に話をした。けれど、その時も結局声の主である『KANADE』という人物に会うことはできていない。それに、KANADE以外は全員全ての行方不明の時間ではないが、アリバイが立証されている為、深入りはしなかった。

けれど、遺体が出てきたのだからそうは言っていられない。今度は会わせられないという理由は聞かないと警察も粘ったが、関係者は姿を表に出さないことが、『謡う』条件だから誰であろうとそこは譲れないと首を縦にはふらなかった。

制作に関わる責任者は首を縦に振らない。警察も譲らず何度も足を運ぶ。そんな状態が一ヶ月も続いた。もちろん、その間はアニメは休止状態だ。

 ここまでくれば、警察も意地だった。元々、証言から確かに歌はあのアニメと同じ歌詞と旋律であるが、声が違うのだとわかっていた。それでも、ここまで隠されては何かあるのではないかと考えてしまうのだ。何でも疑ってかかるのはあまりよいことではないが、それも仕事だ。

けれど、警察はKANADEが犯人と考えてはいない。

それでも、警察はKANADEが何者であるのか知る必要があると考えていた。捜査が一向に進まない現状で、一番事件の真相に近づく為の道だと判断していたのだ。

そう、KANADEに関してのみ、正体が不明ということから身辺を洗うことはできていない。つまり、KANADEの周囲にもしかしたら犯人や動機、事件に関する何かがあるかもしれないという、最後の希望だった。

毎回訪れる担当の刑事は、粘り強く訪れ続けた。しかし、今だに誰もKANADEの正体はつかめずにいるのだった。

報道では、事件の真相とKANADEが何者なのかという観点から、今後の進展を期待したいとアナウンサーが話していた。

 だんだん、飽きてくるような同じことの繰り返し。今までなら、俺も他人事としてただこういうことがあったという事実を聞き、日数が経てば忘れる。それが俺の日常であり、所詮は他人事でしか過ぎない報道内容のはずだった。

けれど、今回は他人事ではいられない。確かに何もしていないが、関わっていないと言える立場にいない。そんな事を考えながら、音宮奏は一度だけ視線を店のテレビに向け、ふぅっと一息ついた。

けれど、すぐに興味を無くしたかのように、自然に視線をそらした。不自然だったり、何か目立つようなことがなければ、ここで奏が電気屋の前でテレビの画面を見ていた様子を『見た』と覚えている人間はそんなにいない。

それに、奏自身も同じ事ばかり言うそれに、いい加減嫌になってきたというのも事実で、歩き出した。

頭の中では、今のままでいいわけではない。逃げているのと同じではないか、と何度も自分自身に問いかけては答えを出せずに考えを振り切る。

周囲には、甘い桃の香りだけが残ったが、すぐに周囲を歩く人間によって匂いはかき消される。

実際、甘い匂いがしたと誰かが覚えていても、彼がここで少しだけ立ち止まって店先のテレビを見ているとしても、周囲の人間は奏を意識して見ない限り、認識はしないだろう。

人間とは、同じ視点からものを見ても、何に意識を向けるかによって、見える世界がまったく違うのだ。

つまり、世間は奏がそこにいても興味を持たない限り、そこにいたという認識はしない。というよりも、誰かが何かをしていても、意識しない限り視界に入ったとしてもそれは見えていないのと同じで、『気付かない』状態になる。

だからこそ、事件が起こる前から、あのビルに出入りしていたことも、気に止める外の人間がいなければ、見つけられることもない。このような街中では、誰もが目先の自分の目的の為に必死で、周囲を気にする余裕を持つ者の方が少ない。それだけ、時間に縛られているということで、悲しいが現実だ。

人間の見ている世界なんて、そんなものだ。奏自身も、見ていると言っても、見えていないという事実もあるだろう。よく妹と外を歩くと、妹との視点の違いから、妹に一方的に文句を言われることがある。

だからこそ、警察が動き出してから来ない方がいいという連絡を受け、一切ビルに立ち寄らない奏が、世間がお探しのKANADEであることに誰も気付くことがなかった。

奏はポケットから飴を取りだし、包みを破って中身を口に入れた。先ほどとは違う、甘い香りが周囲に漂う。けれど、誰もその香りに気を止めることはない。

そして、掛け持ちをしているバイト先の一つへ、自然な人の流れにそったまま足を運んだ。

けれど彼の街中へと溶け込もうとする背中を、影からこっそりと見ている人物がいた。確実に、奏を認識して彼自身を見ていた。

奏はそんな事に気付くことはなくバイト先へと向かい、その影も誰にも気付かれず人ごみの中に消えた。

 その日の夜、再び街に唄が聞こえだした。

 そして、また一人消えてしまった。