『幻想世界の住人』



カノンに出会った秋が過ぎて、冬まっただなかの日々を送っている。

寒いと口に出すことさえ、空気の温度を下げていく気がする。

こたつにもぐり込んで、窓の景色に目をやった。

雪がはらはらと降っている。

今までの私なら、ティッシュを細かくして降らしたって同じに見えるだとか、雪に失礼な事を言っていた。

カノンに会ってから、なぜか私は少し素直になった気がする。

ふと思い、「妖精に会ったんだもんね」と笑う。

考えてもみなかった事が、目の前に真実として現れたのだから。

きっと、何かを信じる気持ちを覚えたのかもしれない。








「冷たっ!」

突然、雪玉が私の顔にぶつかってきた。

慌てて窓が開いていないか確かめる。

ほんの数センチだけ開けられた窓の枠を見て、私は目を丸くした。

「よう、お前。せっかく雪降らしてやってんだから遊べよ」

青い服を着た小さな生き物は私に向かって言った。

片手には水鉄砲ならぬ、雪鉄砲がかまえられている。

もう片方の手には、色は違うものの、見覚えのある瓶が握られていた。

「えっと、この状況は……」

そう、前にも同じような事があったのだ。

「俺は冬の妖精、レオ・フェルレン。お前は?」

「及川秋葉(おいかわ・あきは)よ。どうやら私ってば、妖精に出会う運に恵まれちゃってるのかもね」

肩をすくめて笑ってみせる。

レオは青い髪を揺らして、不思議そうに私を見た。

今年の秋に会った、秋の妖精カノンがしたように。

カノンの瞳はまんまるくてオレンジ色をしていたけれど、レオの瞳は髪と同じ青色で幾分きりっとしていた。

目の前にいる冬の妖精を観察していると、またひとつ雪玉を発砲された。

「だから冷たいって! カノンはそんな武器持ってなかったけど?」

「カノン? 秋葉はカノン・ローレンを知ってるのか?」

「カノンってそんな名前だったの? 困ってたから助けてあげた、事になってる。いい子だよね」

レオは照れたように口を動かすと、帽子に手をやりながら答えた。

「あいつは俺の幼なじみでさ、赤ん坊の頃から一緒にいたんだ。

バカ正直でまっすぐな奴だよ、カノンは。秋葉があいつに会った日は、カノンの仕事初日だったと思う」

カノンが素直な子だったのと反対に、レオは少しひねくれた性格のようだ。

お似合いのふたり、に聞こえるんだけどな。

私は頭の中でパチンと指を弾いた。





 「それじゃ、レオの初仕事はさっきの雪を降らす事だったの?」

「ちがう。俺はカノンより年上だから、おととし初めて雪を降らせたんだ」

「おととしの雪ねぇ」

言いながら、記憶の糸をたぐりよせる。

ふとしたことに気がついて、声をはりあげた。

「ちょっと待って。おととしは雪なんか降ってなかったよ!」

「あー、予定ではもっと早い時間に降らせるはずだったんだけどさ、
 ちょっとてこずって、深夜1時にようやく雪を集められて降らせたってわけ」

「いつ降らせたの? クリスマス? バレンタイン?」

「大晦日。毎年決まってんだよ、分かるだろ?」

おととしの大晦日といえば、祖母の家に遊びに行っていてここにはいなかった。

納得してレオを見ると、窓枠の上にあぐらをかいて腰をおろしていた。

「今となっちゃ、これぐらい朝飯前。カノンも喜ぶ」

「ふーん。どうしてレオの雪とカノンが関係あるの?」

私がたずねた途端、レオは口をすべらしたとでも言うかのように片手で口を覆った。

指先でほっぺたをつついてからかうと、レオは大口を開けて(と言っても小さいんだけど)指を噛んだ。

まるでハムスターみたいだ。

「もう、痛いなぁ。この際だから答えてよ」

自分の人差し指が赤くなっているのを確かめて、睨みつける。

レオはため息をついて話し始めた。

「カノンはああいう奴だから、いろんな物に興味があるんだ。春の花びら、夏の日差し、とかさ。
そん中でも、あいつが一番好きなのが、雪の結晶」

「へぇー、カノンに雪を見せてあげるために頑張ってるんだ。いいとこあるじゃん」

もう一度レオの頬をつっついても、今度は噛まれなかった。

白いほっぺたを少し赤く染めて、目をそらしている。

きっと、カノンのことでも考えてるんだと思う。

かわいい妖精ふたりのキューピットになれるのも、一生に一度ってもんかな。

思いっきり自分らしくない考えに笑えたけど、やる気は十分だった。

「ねぇ、レオ。秋の妖精と冬の妖精でも、結婚とかできる?」

目線を同じにして聞いてみると、レオは驚いてひっくり返った。

私は、起き上がるのを手伝おうと手を出した。

「秋葉の助けなんかいらない。ひとりで出来る」

手乗りサイズの男の子がジャンプをして羽根を広げる。

私に背を向けながら、レオは言った。

「けどさ」

「ん?」

「ありがとな。気持ちは、受け取っとく」

そう言ったかと思うと、雪が降りそそぐ夜空へぴょんっと飛び立つ。

私は思わず含み笑いをして、レオに聞こえるよう叫んだ。

「レオっ! カノンにふられんなよ! 応援してるからね!」

「余計なお世話だっ!」

大きな憎まれ口が返ってきて、余計に笑った。








「秋葉? 何叫んでるのよ?」

母親の声に、苦笑しながら振り返る。

確かに今の大声は私らしくなかった。でもまぁ、いいとしよう。そんな風に思えた。

不意に、半分冗談のつもりで聞いてみた。

「ねぇ、季節の妖精に会ったことある?」

「あら、秋葉も会ったのね」

私達ふたりは今、驚きを隠せない表情をしているだろう。

たぶん、私は妖精に出会いやすい体質なのかもしれない。

私の家族は代々、妖精達の手助けをしてきた、なんてことも考えられる。

 いつか私の子供や孫に伝えよう、と思いついた。

もしかしたら、カノンとレオの子孫に会う可能性もあるわけだし。

なんだかファンタジーの住人になった気分で、私は雪を見つめていた。







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