『秋風』




私が生まれた季節は秋だった。

そのせいで、私の名前は秋葉(あきは)という。

通学路を歩いているだけでも、積もった落ち葉が目につく。

風が強くて、木が寒い空気の中を泳いでいる。

冷たい指先をポケットに押し込んで、学校へ向かう。

この時期、「読書の秋」「スポーツの秋」だとか称されて、

少し忙しくなる秋は、あんまりいいものだとは思わない。

受験生達にとっては、大変って言葉じゃ足りないくらいかもしれない。

今年もまた始まって、私はため息をついた。








 「冬が来るのが嫌いなのかもね」

突然降ってきた言葉に、私は目を丸くする。

どこから声がしたのか確かめようと、周りを見わたす。

暖かい声がしたと思ったのに。

うつむくと、小さな人形みたいな生き物が、必死に飛び跳ねていた。

ジャンプをしながら手を振っている、妖精か何かを指先でつまんで見つめる。

その生き物は、小さい体をじたばたさせて私から逃れると言った。

「全く、乱暴ですねぇ。まぁ、とりあえず自己紹介っと。

私、秋の妖精をしてます。名前はカレンっていいます」

「秋の妖精? そんなのホントにいるの?」

「いるじゃないですか、ここに! ね?」

薄いオレンジ色の羽根と髪を揺らして、カレンがくるりとターンする。

手のひらから落ちそうになったのを助けると、花丸の笑顔でお礼を言われた。

「あなたのお名前聞かせてください!」

表情を余計に明るくして、茶色い目を大きくしてたずねてくる。

何がそんなに嬉しいんだかって、ひとり言をつぶやくのを飲み込んで答えた。

「及川秋葉(おいかわ・あきは)」

「秋葉さんっておっしゃるんですか? 素敵な名前だなぁ」

「それよりカレンはどうして突然現れたの?」

「あ! 忘れてました。私ね、おつかいの途中なんです。

ずっと探してたんですけど、なかなか見つからなくて」

「何を頼まれたの? 手伝ってもいいよ」








 不思議と親切になれた。

そんな私自身はもっと不思議だった。

「秋風の素です」

真剣な眼差しで何を言うかと思ったら、

あまりにファンタジックな言葉が飛び出した。

おつかいだなんて言うから、コンビニへ買い物と同じ事だと予想してた。

考え込む私をよそに、カレンは続ける。

「秋葉さん、最近寒いと思いませんか?

だって北風が吹いてるんですもん。困っちゃいます。

それを和らげて、秋風にするための『素』が必要なんです」

肩から下げた袋から、透明の瓶が出てくる。

そう言われてみれば、天気予報でも今年の冬は早く来たとか言ってたっけ。

ぼやけた記憶の糸をたぐりよせていると、学校のチャイムがこだました。

「いっか。今日はカレンに付き合うよ」

「いいんですか? 私こんなに優しい人に会ったの初めてです」

自分を優しいと思ったことはなかった。

可愛らしい妖精は、私を喜びで潤んだ瞳で見る。

その途端、瓶がカレンの羽や髪みたいにオレンジ色に光り始めた。

「うわぁ、秋風の素ですよ、これ!」

カレンが光でいっぱいになった瓶を抱きしめる。

瓶に触れると、ほんのり暖かかった。








「秋葉さん、ありがとうございました」

「良かったね。おつかいの仕事果たせて」

「はい! それじゃ、お元気で」

飛び立ってすぐに姿が見えなくなる。

風がひゅうっと吹いて、通りすぎた。

紅葉した木の葉が、ゆっくりと舞い降りて地面に落ちた。

あんなに頑張ってる妖精がいるんなら、秋も悪くないかなと思った。







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