番外編:ゲーテミルモールと赤と白

 

母なる存在からこの世に生れ落ちる。まだお腹の中にいる時から、しっかりとした意識があり、記憶がある。だから、聞こえる声から母である女と父である男の声を知り、いつも聞いていた。

けれど、男は死んだ。それを泣く母と知らせる別の女の言葉で理解した。それでも、母は必死に生きて俺を産んだ。

面と向かってはじめて言葉を交わす。親子の感動の対面。そうなるはずだった。

そう、外へ俺は出たのだ。やっと声だけ、音だけの世界から見る世界が増えるはずだった。

けれど、その言葉を交わすことも、母の顔をしっかり見る暇もなく、抵抗もできない俺をやってきた男達に連れ出された。

母が必死に俺の名を呼び、泣き叫ぶ声が聞こえ、泣き顔をはじめて見た。そう、はじめて母を見た顔が泣き顔だった。

その後、人里離れた静かな場所にぽつりとある古い建物の前にきた。そこには男と女がいて、俺を連れてきた男達の中で唯一一人だけいた女が残って、ここで暮らすことになるのだとわかった。

俺は外に興味はなかった。ただ、母のことだけが気がかりだった。だから、俺が知ってる女の声と同じ、この女にも興味を持った。

もしかしたら母のことを知っているのではないかと期待があったのかもしれない。

けれど、その期待も虚しく、知らされるのは母が自ら命を絶ったという知らせだった。

女は言葉も話せない俺を抱きしめて静かに泣いた。何度も謝りながら、泣いた。その泣き声がどこか母と似ていた。

そして、その女が母と姉妹だということを後で知った。どうして連れ出す側だったのか、そういう事情は聞かないし彼女も話さないからわからない。別にどうでも良かった。彼女が母と同じで俺に害をなすことがないとわかっていたから。

その後俺は大きくなった。すでに六年もの年月が経っていた。

相変わらず俺はこの隔離されたような場所で毎日を退屈に過ごしていた。

やることもなく、義務的に世話をするだけのここにいた男と女に俺も義務的に返し、ただあの女にだけ気を向けていた。

そんなある日、この建物が襲撃にあった。男と女はさっさと逃げ、あの女は俺を庇って殺された。

俺は退屈な日々がどうでもよく、死ぬのならそれでもいいと思っていたのに、女に生かされた。そして、俺の目の前が真っ赤に染まった。

真っ白とは言えないけれど、白かった彼女の服が赤く染まっていった。

こんなにも簡単に人は死ぬ。それが現実で、簡単に人を殺す奴もいる。そして、俺も簡単に人を殺す術を得ていた。そうしないと、一人残された俺は生きてはいけなかったからだ。

その後、再び生まれた直後に俺を連れ出したのと同じような男達がやってきた。

そいつ等は教会の人間で、その中でも神の使いと呼ばれる者らしい。別にそんなことはどうでもいいが、俺は神から力を与えられ、魔王討伐の為の切り札、勇者ゲーテミルモールとかいうものらしい。だから、こんなにも最初からしっかりと意識があり、冷めた目線で物事を見ていたのかと妙に納得した。

けれど、奴等は俺の処遇をどうするか決めかねているようだった。そりゃそうだ。俺はすでに何十人も殺した罪人って奴だ。お前達がそうしたのに、絶対的な力に怯えて近づきもしないのに言いたいことだけを言う。本当にしょうも無い連中だ。

「じゃあ、その時っていうのが来るまで、そちらはこちらに無干渉。こちらもそっちには無干渉。それでどう?」

「しかし・・・。」

「それとも、皆ここで神様とやらのところへ、行ってみる?」

そう言って、得物をちらつかせれば、それでいいと交渉は成立したようだ。けれど、俺はやはり人里はなれた場所での生活を余儀なくされた。何でも、魔族に知られないようにするためだとか。

けれど、ゲーテミルモールのことを大方思い出した今ならわかる。生まれた時からすでに魔族は知っている。ただ、仕掛けない限り放っておかれているだけなのだ。そんなことにも気付かない。そして、世界の原理を知らない愚かな者達。どのみち、神様とやらは毎回ゲーテミルモールという存在に魔王をどうにかして欲しいと思ってはいないだろう。ただ、切欠にしかすぎない。つまり、別にゲーテミルモールだろうが何もしなければそれはそれでいいのだ。

神が死ねば次の神が君臨し、魔王が死ねば次の魔王が君臨する。死ぬことがなければ、引退して次の世代へと継がれる。

確かに神も魔王も互いが鬱陶しい存在でしかないだろう。けれど、なければ全てが片方に飲み込まれ、最後に残るのは何もない。バランスを取ることで今がある。それを人間は知らない。

けれど、神が、この愚かな人間が、望むのならそれもいいかもしれない。俺から全て奪い、何も与えてくれない奴等など、どうでもいい。だから、自分が死ぬか生きるか。その為に魔王に喧嘩を売るのもいいかもしれない。

俺の父である男は神族と魔族の争いに巻き込まれたらしいから。どちらも消えてなくなればいい。そうしたら、今はもういない母が少しは泣き止んでくれるだろうか。

「母さんが好きな白色に父さんを染めた赤色。」

顔は知らないけど覚えてる。だから、最初の親孝行として墓参りにでも行こうか。

今日も魔物を狩って、人を殺して、白い服が赤い色に染まる。手が赤い血の色から濁った黒い色に変わるまで無心になって殺して殺して、俺は笑う。

全部、いらない。お腹の中から俺が生まれるのを楽しみにしていたあの二人のこと、結構好きだった。だから、二人を殺したこんな世界はいらない。母と俺のために泣いて、最後には哀れにも死んだ母の姉も殺したこんな世界はいらない。全部真っ赤に染めて、全部綺麗に洗い流して白に戻せばいい。そうしたら、何もない。だから、もう誰も泣かない。

「俺には、泣き方がわからないよ。」

誰も教えてくれないから。ただ知ってるのは作り笑いだけ。