番外編:My important fellow


 

母親はひらひらとしたレースを編むのが好きだった。そして、服を作りも好きだった。何より好きだったのは、作った服を他者に着せることだった。

普段は大人しくて優しくてまさに天使のような母であったが、このときだけは周囲は悪魔だと内心思いながら逃げるのであった。

それ以外はいたって普通。普通以上にいいお母さんの代表のような彼女。身内であれば、この他者に服を着せる癖も日常と化して気にならなくなる。

だから、今日も妹とお揃いの服に袖を通していた。

手に頼まれた買い物リストの紙を持って、周囲も慣れてしまった後継の中に溶け込む子ども。

「次は・・・。」

紙に意識を集中させて、周囲が見えていなかった。ドンッと角から現れた影にぶつかり、後ろに転ぶ羽目になる。さすがにやってしまったとぶつけた肩が動くかを確認し、相手を見る。そこには、自分より年上の何故そう思ったのかわからないが、母親と同じ匂いがする男だった。

「いてて・・・大丈夫か?」

男は身体を起こし、まだ座ったままの子どもを抱き上げる。怪我をしていないかと子どもを振り回すように左右に動かして確認し、よしっとその場におろした。

突然のことで完全に事態を飲み込めずに固まる子ども。すぐさまごめんと謝る言葉と向けられる人懐っこい笑顔。たまに見せる妹の笑顔とどこか似ていた。

「で、お嬢ちゃん。ぶつかってしまったお詫びに何か奢ろう。」

何がいいかい?と聞いてくる男に、ろくな奴ではないと判断する子ども。

「僕は女じゃない。ナンパするなら他所でやってよおじさん。」

むかつく奴だと、無視して横を通りすぎようとした子どもだったが、突然身体に伸びてきた腕に捕らえられる。

「それはすまないね。あまりにも可愛い格好をしているものだから。」

そう言えば、あの母親と一緒にいるせいで、周囲も自分も忘れていたが今着ているのは妹と同じひらひらなのだ。すっかり忘れていた事に少しこの男に悪いことをしたなと思う。だが、可愛いと思われるのは子どもにとってはとても不本意なことであった。だから、複雑で押し黙っていると、男は子どもを抱きかかえたまま歩き出した。

「ちょっ・・・?!」

「お姫様は大人しくお兄さんの言うこと聞こうね。」

「放せっ、人攫いっ!」

「こらこら、暴れちゃ駄目だって。服が皺くちゃになっちゃうじゃないか。」

ぶつかったお詫びするだけだから、連れ去ったりしないよと頭を撫でながら、抵抗もむなしく子どもは男に連れ出された。

 

 

部屋をノックしても返事はなく、開けた扉の中には、誰の気配もない。

「坊ちゃま。」

「あ、セタムタか。なぁ、兄さんはどこへ行ったんだ?知らないか?」

「リュベルス様ですか?今朝から人世へとお出かけになられていたかと思いますが?」

「ふーん・・・。人世ね。」

男はこの屋敷の執事である老人に礼を述べ、歩き出した。自分も、兄が出かけた先へ向かうために。

だが、降りる際に着地に失敗してしまった。

「やばっ?!」

一般人を巻き込んではいけない。それが自分達の世界での掟。着地地点にいるのはまだ幼い少女。少女も見上げて自分と目線があって固まっている。

「くそっ。」

少女の上に落ちないように、風の力を使って横にそれる。しかし、急だったために思い切り建物の壁に肩をぶつけてしまうこととなった。

「いってー。」

今日は最初から最悪だとつぶやきながら身体を起こす。そんな男に大丈夫と不安気な少女の目がすぐ近くにあった。

「ああ、問題ない。」

すぐに立ち上がって少女の方に怪我がないか確認する。

その時だった。少女の顔をしっかりと見て、気付いた。

「お前、まさか・・・・。」

「どうしたの?」

「『リンディー』か。」

そういうと、少女は驚いたように目を丸くして、次第に面白そうに男を見て笑った。

「よく知ってるのね。」

「まぁ・・・。」

知らないはずがない。彼女がリンディーというのなら、彼女の母親は自分達と同じモノだ。そして、彼女の母親と自分は大きな関係がある。それこそ、婚約関係のようなものがあるのだ。

そうやって続いてきた家系。だから、自分にも相手となる者の名は教えられていた。必ずしも、その相手と結婚するわけではないが、一生の相棒としてだ。

まだ、この年ではきっと覚醒はしていないのだろう。だからこそ、何も知らない。あいて自分が彼女が何であるのかを教える必要もないし、必然として知ることとなるだろう。

その時まで、自分は会わないつもりであったのに、これはどういう巡りあわせなのだろうか。

「お兄さんの名前は?」

「俺か?」

「そうよ。お兄さんだけ私のこと知ってるのに、私は知らないんだもん。」

「・・・。」

どうしたものかと少し困りながら、『ラクベス』と答えた。

このときは誰も気付かない。この出会いが必然であったことなんて、気付きもしない。

この数ヶ月後、悲劇が起こる。

 

 

 

カランカラン

店を出る時に、入った時と同じ音が鳴り響く。

「満足していただけたかい?お姫さん。」

「だから、姫じゃないって言ってるだろ。」

むっとなる子ども。だが、男は面白そうに見下ろしているだけ。

「そう言えば、買い物の途中だといったね。」

そう言われ、やばいと思い出す子ども。だが、どうぞと男に渡された紙袋に何が何だかわからなくなる。紙袋の中にはあと自分が買う予定だったものが入っていたのだ。

「どうして・・・。」

「だから、お詫び。最初に言ったでしょ?」

お詫びといっても、自分だって悪かったのだ。さすがにここまでされると申し訳なくなる。

「素直にもらってくれ。本当は、お前に会いにきたのだからな、レンディー。」

「っなんで?!」

一度も名乗らなかった名前。なのに男は名前を知っていた。母に不用意に名乗ってはいけないと言われているからこそ、見知らぬ男には名乗っていなかったというのに。

「俺はお前の母親とは知り合いなんだ。昔からのな。そして、俺達一族には風習みたいなものがあってな。」

「・・・どういうこと。」

「それぞれパートナーとなる相手を持つんだ。そいつと結婚する奴もいるがしないで信頼における相棒として共に過ごすこともある。仲のよい友達、みたいなものだな。」

「僕はお兄さんを知らない。」

「そりゃそうだ。まだその次期じゃないからな。」

だが、一度前もって会っておきたかったんだと男は言った。どこか、悲しそうな顔をして。

「お前が16歳の誕生日を迎える日、迎えに行くからな。きっと、理由も知っている頃だろうからな。」

そう言って、子どもは男と別れた。

そして月日が流れる。

あの日の約束は果たされることはなかった。





あとがき
決してかなうことがなくなった、出逢いの日。その前に確かに存在した出会いと日常。
壊れたとしても、決して手放せない。たとえ、何かを奪った結果としても。
それは、天界人も魔族も変わらない。表裏一体の存在。