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番外編:The words that were left ある街にいたって普通の四人家族が住んでいた。家庭内で問題があるわけでもないし、人付き合いも悪くない。むしろ、街の者達から好かれていただろう。 しかし、悲劇は突如襲い掛かるものだ。それに、四人の家族は巻き込まれることとなった。 これが、近い将来に大事になるとは誰も思わなかっただろう。 何せ、この四人に襲い掛かったような悲劇は、すでに何件も起こり、大半は教会と権力者がもみ消してきたからだ。 そもそも、悲劇がふりかかる原因は、教会と権力者と対立する位置にある魔族の争いであった。 彼等は今も捜し求めている。神がこの人間が住まう世に落とした十二個の神具を巡り、人同士も恐れた魔族も血眼になって探していた。 この四人の家族もまた、それがあるという断定ではないが可能性としてあげられていた。 その為、教会でその話を知った悪魔が奪いにいったのだ。 「いい?ここから決して出てはいけないわよ?」 「でも、母様っ!」 「お願い。ちゃんとお母さんのお願いを聞いて。」 「でもでも!父様も母様も・・・そんなの嫌です。」 「私も嫌ですっ!置いていかないで。」 「大丈夫。母さんもあんなのに簡単にやられたりしないわ。あの人だって、凄腕のハンターなのよ?心配しないで。ね?」 まだ幼さの残る二人の子どもを優しく抱きとめ、あやす女。だが、時間がないのはわかっていたから、何度も言い聞かせて二人の子どもを隠そうとした。 「リンディー。貴方に送ったそのブローチ。肌身離さず持っていなさい。レンディー。貴方の左腕に時折見える模様。絶対人に知られてはいけません。あと、二人にはこれを・・・。」 リンディーには白い本を渡し、レンディーには黒い本を渡した。 「その本は私の日記です。でも、仕掛けがあります。二人ならきっと、その仕掛けに気付けます。・・・生きなさい。必ず。」 そう言い、扉を閉めた。 声をあげて名を呼びたかった。けれど、母がしてくれた行為を無碍にはできず、二人はただ、必死にこらえるのだった。 しばらくして、何も音はしなくなった。だが、もうしばらく様子を見ようと、扉の外の気配を必死に探りながらドキドキとうるさい心臓と戦いながら過ごした。 カチャリ・・・そっと、扉を開けた。しんっと静まり返った部屋の中。もう、優しいあの二人はこの世にいないのだとどこかで気付いた。 「兄様・・・。」 「大丈夫だよ。下、見てくるから大人しく待ってて。」 扉の奥で待っているようにいい、レンディーは部屋の外を出て、母と父がいるであろう下の部屋へと向かった。 そこには、妹をつれてこなくて良かったと思った。予想通りで、できればこの予想は裏切られていてほしかった現実がたたきつけられた。 「母様・・・父様・・・。」 部屋は赤い液体で染まっていた。見渡す限り、紅い色。ベチャリと足に絡むようにつたう二人の血。 ビシャっと、ズボンがよごれるのを気にする余裕もない。近づいてひざをついて、母親の側に近づいた。 もう、それは息をしていない死体となっていた。 ああ、悪魔はいなくなったけれども、二人もいなくなってしまった。そう再認識した時、目尻が熱く、涙がこぼれていることに気付いた。 もういない。そんな気がしていた。扉の奥に追いやった時の母の顔。あれはすでに死を覚悟していたものだった。 「いったい、何でなんですか。何故、父様と母様が殺されなければいけないのですか。」 神よ。父も母も常に神を信じていたのに、何故助けて下さらなかったのですかと、心が何度も問いかける。 「何故・・・。」 その時だった。さらなる絶望へと続くベルが鳴り響く。 「キャァァーーー!」 それは、上の部屋で隠れている妹の叫び声だった。 はっと、すぐさまレンディーは階段をかけあがり、部屋の扉を開いた。 そこには、息絶え絶えになりながら辛うじて生きているといった、いつ死んでもおかしくないほど己の紅い色に染まった妹の姿があった。 『なんだ。まだいたのか・・・。まぁ、いい。私はこれが手に入ったからね。』 そこには、悪魔がいた。そしてその手には、妹が持っていたブローチがあった。 母が、絶対肌身はなさず持っていろといったそれ。 あれが原因で、母も父も、そして妹までこんなことになったというのか。 「に・・・さま・・・にげ・・・て・・・。」 「リンディーッ!」 すぐさま駆け寄って、身体に触れる。どくどくと、弱い脈に合わせてあふれ出てくる紅いもの。どうしたらいいのかわからなかった。どうしたらこれをとめられるのかわからなかった。 「どうして・・・どうしてなのですかっ!」 誰か、助けて。 『―己の血を代償とするのなら、お前の願いを叶えよう。』 そんな声が聞こえた気がした。 あとは、何があったのかわからない。 ただ、息絶えた妹と、細工がめちゃくちゃになったブローチと、悪魔がそこにいたという、焼け跡だけ。 あとは、自分の左腕に浮かんだ模様と手に持っていた細く長い銀色の十字架。交わる部分は今日何度も目に焼き付くかのように見た紅い色の宝石と、妹のブローチと同じ石の飾りがついていた。 つまり、悪魔は自分が倒し、これは母が言っていた左腕の模様の意味で、ブローチの石もまた、この十字架と何か意味があったのだろう。 妹の懐から、母が残した白い本を手に取った。今は赤黒くなってしまったが、妹の血がべったりとついたそれ。白は簡単に覆いかぶさる色に塗りつぶされる。 他人事のようにそんなことを考えながら、その場に倒れ付したレンディー。 このまま眠ってしまえば、次目を覚ましたら何もかも元通りの日常が帰ってくるのではないかと期待しながら、深く眠りに落ちていった。 気がついた時、全て夢だったのではないかと期待した。しかし、目覚めた場所は見慣れた自分の家のものとは違っていた。 ガサガサと、近くに誰かがいるのを感じる。話し声もしているので、間違いなくいるのだろうが、知らない声。 身体を起こし、布団から出る。側におかれていた二冊の本を手にとって、声のする方へと歩く。そこには、数人の大人がいた。 「おや、目が覚めましたか。」 一人がレンディーに気付いた。だが、すぐに見方だと認識できない大人達に警戒を露にする。あんなことがあれば、警戒しない方がおかしいだろう。 「大丈夫だよ。助けるのが間に合わなくて、ごめんよ。君しか、もうあの家に生きている者はいなかった。」 だから、今日からここが君の家だとその男は言った。 「私はワールテッド・ヴィヴィフェ。ここの司祭の一人だ。」 差し出された手。それを素直にとることなどできはしない。 「名前は?」 その問いには首を横にふるだけ。ああ、あの恐ろしい光景を見て、言葉を失ったのか。そこにいた大人達はそう勘違いをした。 あれから数年の月日が流れた。日の光を受けて輝くような金の髪、天空のような青の瞳。女のように華奢な神父は様々な噂と共に、知れ渡った。 自分を引き取って大事に育ててくれたあの時の司祭はすでに昨年亡くなった。だから、世間的に再び一人になったレンディー。 彼はただ、毎日書庫で本を読み、一般の立ち入りを禁止する奥の部屋に飾られた神が贈ったという魔族と対抗するための神具が治められているそこで毎日を過ごした。 あの二冊の本は今もしっかりと大事に持っている。 とり上げられることはなかったので、ずっと持っていた。そして、ふとした時に母の残した日記を読んでいた。周囲はそう思っていただろう。 実際は、その日記の仕掛けを知り、隠された言葉をずっと彼は読んでいた。 白い本は神の言葉を、黒い本は魔王の言葉を記した本。どうしてこんなものがここにあるのか、母が持っていたのかは知らない。 ただ、母が残した言葉を追いかけるように、その文字を読んだ。 左手で文字をなぞれば、浮かび上がる隠された文字の配列。そこには神族と魔族達の歴史や魔術や薬の知識など、様々なことが記されていた。 教会の書庫より、それは詳しく記されていて、書庫に残っているものと比べながら何度も呼んだ。 そして、この左腕の見えない模様とあの石の意味を知った。同時に、教会が大切に保管している神具についてもわかった。 しかし、どうでも良かった。 「・・・大司祭様。」 この教会の責任者の部屋の扉をノックし、入ったと同時に相手を示す名を呼ぶ。 今まで誰とも話したことがなかったのだから、それはもうそこにいた者達は驚いた。 「先日、神父様が一人お亡くなりになられましたよね。教会を無人のままにするわけにはいかない。そうして、常に新しい者が派遣されていたのは存じております。私を、そこの新たな神父として赴くことを許可していただけないでしょうか。」 はっきりと言い切ったその言葉。しかし、老人はしぶった。レンディーを神の強い加護のあるこの教会の外に出すことをだ。 あの日、生き残ったのは彼だけ。ついた時にはすでに粉々にされてしまった神の石。彼はそれを見ていたはずで、その悪魔からまた狙われるのではないかと皆が恐れた。 何より、一番気になったのは悪魔がいたであろう、その場所にある焼け焦げた後だった。悪魔がしたものではない。どちらかというと、何かによって悪魔が消された後だ。 それを知っているのはこのまだ幼さの残る子どもだけ。 「・・・許可いただけないのなら、その理由を教えていただけないでしょうか?」 「お前には、外へ出て悪魔と対抗する術はないだろう?」 この教会には多くの悪魔祓い・・・つまりエクソシストがいる。しかし、あそこはここから言えば田舎のようなもので、すぐに対応できるエクソシストが派遣できる距離にはない。 「それは大丈夫です。もし、そのとき死が訪れるというのなら、それが私に神が与えた命の期限なのでしょうから。」 「・・・わかった。まだ、お前は幼い。無理をしない程度に好きにやりなさい。」 しぶっても、止まることはない。それがわかったからか、しぶしぶといった感じで許可を出した。それに頭を下げるレンディー。 その時だった。 教会が大きく揺れる。 何事だと騒ぐ声が外に聞こえる。目の前の大司祭も側近達も慌てる。 何がきたのかわかったからだ。 『誰も使えないもの飾ってても仕方がないだろう?俺様が上手に使いこなしてやるよ。だから、寄越せ!』 悪魔が、教会が所持する神具を求め、やってきた。 神具を治めた部屋。そこにはすでに数人のエクソシストがやられていた。 「なんということだ・・・。」 「貴様っ!」 側近の一人がそれを具現化させる。彼もまた、神具を扱える人間であった。 『へぇ・・・お前、持っているのか。・・・なら殺すっ!』 しかし、悪魔は下級魔族もいいところ。神具を扱う人間に追い込まれていく。 その時、目に入ったのは小柄な子ども。年をとった大人が多い中、目立つ存在。 神族のように、きらきらと目立つその髪が悪魔にとって癪に障る。 『お前を道連れにしてやるっ!』 そう言って、飛び掛る悪魔。大司祭も側近の男も悪魔の行動に逃げろとあせった声をあげる。 「・・・帰るのはお前だけだ。なぁ、『ザッケル・ヴィッド』?」 悪魔ははじめて子どもの顔を見た。そこにあるのは怒りではなく笑み。 ふわりと子どもの左腕を包む白い風が次第に形を作り、現れた十字架が悪魔を貫いた。 『何故・・・お前ごときが・・・我・・・名を・・・。』 「さぁ?何でだろうね?」 笑みを向けたまま、さようならと言う子ども。悪魔は笑いながらその場から姿を消した。 十字架を消し、こちらを見ている視線の相手を見据える。 「私は、今回の葬儀には出られませんね。・・・今日中に出発の準備をしなくてはいけないので、これで失礼します。」 そう言って、頭を下げて部屋を出た。誰も呼び止めることはしなかった。いや、できなかった。 「まさか・・・。生き残った子どもが持っていたとは・・・。」 思いもしなかった。しかも、自在に操れるようになっていたなんて。 「司祭様。」 「一度許可をしてしまった。だから、もう彼を引き止める術はない。」 教会の外へ出て、神の加護が薄い外の教会であっても、彼なら生き抜くことは可能だろう。あの悪魔を簡単に倒せるのだから。 その日、一人の子どもがある街にやってきた。 そこから新たな物語が幕をあげる。 |