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カチャっと、誰かが鍵を開け、静かに扉が開いた。 「あ、やっと来た。ほらほら、ゲーテミルモールが動き出した。これで、リース兄貴の対の奴、取り戻せるかもよ。」 楽しそうに透明な珠の中を覗きながら、入ってきた相手に話しかける少年がいた。 男は少年の背後に立ち、その水晶の中を覗き見た。 そこには、少年が言うように、男にとって対をなす存在である、行方がつかめずにいた『人間』の姿があった。 勇者として神が選んだ人間、ゲーテミルモールと対面した彼は強制的に人の世へ飛ばしたようで、そこから先、彼がどうしたのかはここから確認することはできない。 けれど、これで彼がどこにいるのかはっきりした。 「いい加減、魔王も魔王の子どももどうにかするべきだと思わない?」 「それを決めるのは父上だ。私達のすることではない。」 「もう、相変わらずだな兄貴は!そんなんだから、見失うんだろ、グレンディス・カルタルト。」 「・・・。」 「ま、別に兄貴だけじゃないけどな。俺も探してたし。」 何せ、俺のお姫様が望んでるからね、と少年はここにきて振り返り、兄と呼ぶ男の方を見た。 「それで、お前の方はどうなんだ?」 「何の問題もないよ。身体に問題起こしてないし、記憶も感情も全部正常。ただ、『お兄ちゃん』が心配なんだってさ。」 だから、ずっと自分にとってはあまり関係のない存在であったが、人の世にいる間は見守ってきたのだ。 魔族の手に落ちるまでは。 「で、兄貴こそ、本当にどうするつもり?あれ、見る限りじゃ契約で縛られてるみたいじゃん?」 腕にあった、あれが意味することを彼等も知っている。 「問題ない。」 「それに、さっきの見てる限りじゃ、名前、違うみたいだよ?」 本当に、大丈夫?と聞いたが、少しだけ間を空けながらも問題はないと答え、今度は少年に背を向けて部屋から立ち去った。 「サルタ様。」 「セタムタか。何?」 「お嬢様がお目覚めになられました。」 「あ、そっか。ありがとね。今から行くよ。」 少年は立ち上がり、老執事の隣を通り過ぎた。 「また、暴れてないといいんだけどね。リーディナは本当、今じゃグレンディスの言うことしか聞かないからね。」 その点を除けば、本当に問題はない。ただ、一度身体が壊され、力が暴走しそうな不安定な状態にあるけれど、それは対としての契約をしてしまえば問題はない。 ただ、少年の言葉では、今の彼女には届かないだけ。 「兄貴がさっさとグレンディスを手に入れれば全部丸く収まるのにな。」 悪魔に好かれた神父8 「おい、何故お前がここにいる。」 「ん?何か問題でもあるかい?ここにはフェンがいるんだよ?俺はフェンがいるところへならどこへでも行ける自信があるからな!」 「何度もいうが、俺が聞きたいのはそういうことじゃない!」 話の通じないこの男、シーラスカと一緒にいてはどっと疲れる。だからこそ、さっさとどこかへ行ってほしいのだが、動く気配もない。反対に、だんだん距離が近いような気がする。間違いなく気のせいではない。 最近、こういったことが多い。フェンとアルシファとエルディーがここにいるのは日常、というより彼等の家なので仕方ないことなのだが、シーラスカは家が別なのだ。イルドゥカも別だが、この二人が最近見かける割合が高い。 とにかく、シーラスカを追い返し、一息ついたころ、今度はアルシファが現れた。 別に現れるのはあいつの家なのだからしょうがないと言えばしょうがないのだが、明らかに五人がわざと側にいるのだ。それも、必ず誰か一人一緒にいることになっている。 きっと、この前の勇者一行の魔界侵入が原因だろうが、いい加減鬱陶しい。いくらここが彼等の領域であっても、たまには一人でいたい時だってあるのだ。 今に至る大元から言えば、魔族に誘拐されて魔界にいながらも無事ですんでいるのは本来ありえないことであり、この待遇は普通ならいいところなのだろうが、生憎グレンディス自身も普通ではありえない為に不満がでてくるのだ。 はっきり言ってしまえば、常に誰かに見られている状況にいるのがグレンディスには耐えられないのだ。今まで育つ環境が環境であった為に一人でいることが多かったから尚更だ。 何もしてこないのなら別に構わないが、ずっと見られてるし何かと話しかけてくる為にストレスが溜まってくるのだ。 今までのようにどこにいるのか感じることができるのだから、そのまま姿見えないどこかへ行っていて問題はないというのに。 本当、面倒なことをしてくれたものだ。あのゲーテミルモール御一行様は。 次会ったら、絶対速攻追い出すのではなく、ストレス発散に付き合ってもらってからお引取り願うことにしよう。いや、むしろ出会った瞬間にアルシファ達が戦闘態勢に入ったら厄介だから、二度と会わない方が理想的だろうか。 そんなことを考えていたら、部屋にノック音が響いた。この城の中でノックをするなんて珍しい。きっと客だろう。それも、この兄弟親以外の。城に入れる身分からして、ある程度絞れるが、こいつらの魔族関係と言う奴を全部把握しているわけでもない為、誰とははっきりわからないが。 「どうぞ。」 アルシファの許しを得て、扉が開く。そこに立っていたのは、魔王誕生会で会ったこいつらの従兄弟その2だった。 確か、魔王の弟ゲシュターとかいう口うるさい男の第二子のキルマという男だったと思う。記憶を引っ張り出し、再び相手の顔を見て、そうだと自分の記憶が正しいと納得させる。 「今日は何か?」 「先日のゲーテミルモールの件と神族の気による魔界の影響の件とあの小屋の件です。」 何しに来たのかと思えば、確かにあれだけのことがあったのだ。魔族の中でも魔王に近い彼等が動かないはずがない。とくに、あのゲシュターがうるさそうだ。けれど、容易にこの城へ入ることができないから彼が来たのだろう。アルシファは絶対あの男のことをあまり好んでいないと思う。グレンディス自身もあまり好きではないし。できれば、会わないまま過ごしたいものだ。 「魔界と人間界の境界が崩れかけているところを急ぎ復旧、神族の気に溢れたあの地は元に戻りました。少しばかり当てられた下級魔族数名が混乱状態にありますが、すぐに戻ると思います。迷い悪魔及び魔族を保護する小屋は先日のすぐ側にあった場所には部下二名が常に守りを固めています。もちろん気付かれないようにしているので今までと変わりなく過ごせると思います。他にも注意を呼びかけ、危険ポイントと思われる数箇所にも同じように部下を配置。」 「そうですか。あの人にしてはしっかりと動いたみたいですね。」 「ゲーテミルモールと天界人と神族がえらく嫌いみたいだからな。人間も嫌いみたいだし。というか、好きなものが母さん以外いないんじゃないか。」 報告は義務的に口調を改めていたが、報告が済めば普通に話すキルマに一応こんなので魔王候補なだけあって偉いとして扱い受けてるんだなとどこか遠くの方で考えながら、ぼーっと聞き流していた。 「ところで・・・彼は大丈夫なのか?」 「何がです?」 「この前と違い、魔の気配が濃くなってる。」 「ああ・・・ディー。」 「そういや、お前等は知らないんだよな。魔王は知ってるけど・・・。」 魔王が知ってるから、彼等も知っている前提状態に思っていたが、そう易々と口外してはいけないことという認識はちゃんとあったのだろう。いくらあの女が滅茶苦茶であっても魔王として軽率なことはしないってことだろう。 「お前には話してもいいけど・・・さわり部分だけならな。」 「どういう意味だ?」 「そうだな・・・あ、そうだ。丁度良い機会だから、バカその2とかその3とか含めイル呼べるか。」 「・・・呼べますが、何する気です?」 「いやな、『契約主様』に使える身としてせっかくなので贈り物でもしようかと思ってな。」 「何か、その言葉にトゲがあるような気がするのですが・・・。」 気のせいだと言い、揃ってからでいいなら話すということでキルマを待たせ、その間にグレンディスはお茶の用意をしに行った。 一応、キルマはこの城へ来た『客』なのだから。 だが、やはりというか、扱いの差に文句を言う為に同じようにお茶を用意してやることにした。 最後の一人、エルディーがバタバタと部屋の中に入り、グレンディスがアルシファに指定した人数が揃った。 それまで、鬱陶しいとアルシファも放置していたので、少しばかり機嫌が悪いので話を始めずらいのだが無視しておくことにした。 「俺がそこの二人に連れてこられた人間で、この通り契約関係なのは知ってるよな?」 「ああ。確か、ここにいる五人全員、だったよな?」 「そうだ。それと、魔王とも、だ。」 「?!な、嘘だろ?」 「俺もそう思いたい。だが、悲しいことにこれが現実だ。」 またゲシュターが魔王に突っかかりに行くようなネタを知ってしまい、取り乱すキルマ。 仲良いのか悪いのかわからないような、本気で喧嘩したら魔界が荒れるほどの実力を互いに持っているために、絶対ばれてはいけないと、キルマは聞かなかったことにした。 だが、すぐにそういうわけにはいかない事態に追い込まれることになるが。 「本来、人ならば魔の気に当てられれば生きていくのは無理だ。天界人なら尚の事、毒でしかない。教会側の人間だから、神具を扱えることを知っているから、魔の気が濃くなっている理由がわからないんだよな?」 「そうだ。それも、まるで・・・。」 まるでと、言いかけてそんなはずはないと否定しようと思っても、否定できる材料がない。 「まるで『魔族』そのもののようだ?」 「?!」 グレンディスの言葉に言葉が続かないキルマ。思っていることをそのまま言われたのだから。 「俺が今も魔界で何不自由なく過ごせるのはこいつ等のおかげでもあるが、俺が先祖還りだから、でもあるんだ。」 「まさか・・・魔族の・・・魔王関係者の誰かの血・・・?」 「かもしれないし、そうでないかもしれない。だが、魔の力を人に近づき、薄れたにもかかわらず再びかつてのように強く出てくる証拠も、ある。」 そして、見せる漆黒の大きな翼。キルマはもう、何も言えなかった。 「けれど、俺はあくまで人に過ぎない。それも事実。そして、俺の名前知ってるなら、疑問が出てくるだろう?」 「カルタルトの名。まさか、これも・・・?」 「ああ。証拠、といってもいいもの見せることも可能だが、あまりこの世界のバランス崩すようなことはしたくないからやめとくけど。」 「では、先日の・・・あの神気はあんたのなのか?」 「悪かったな。影響出た奴いたみたいで。俺としても不本意だが、もっと警戒しておくべきだった。イカレタ勇者も神族のことも。」 突然のことで理解しようにも追いつけずにいるキルマ。本来ならありえない。魔と神が交わることなど。しかし、人に紛れ、人によって薄れた血ならば、拒絶反応を起こすことはないかもしれない。 けれど、この男はどちらの気も持ち合わせているのだ。ありえない。 相反するものだからこそ、どちらかしか持ち得ないはずなのだ。 「俺としてはどっちつかずのつもりだったし、どちらかというと人側でいるつもりだったが、こいつらにこっちに引き込まれた時点で、ややこしくなってんだ。たぶん、勇者が魔界にわざわざ来たんだから、間違いなく天界は俺を連れ戻すつもりだ。」 そうなると、面倒な争いごとが増える可能性が高くなる。 今なんて、かつて程天界と魔界が衝突してどこも戦場ということになってはいないが、互いに探り合うような状態で動いた瞬間再び衝突することは誰もがわかっていることだ。 そう、この次に何かあれば再びとなる可能性の火種が今ここにあるようなものだ。 「ディー、いいんですか?」 「ん?別に。魔王が知ってることなんだから、いつかこいつらも知るだろうしな。そもそも、お前等が知ってる時点で問題ない。名前さえとられなければ、な。」 大人しく聞いていたが、最近になって知ったことをあっさりとキルマに話したことが納得いかないアルシファは聞いてくる。けれど、それを適当にあしらい、続きを聞くように促した。 ここからが、本題なのだから。 そして、キルマなら問題ないと思ったから話したのだから。 「それで、俺は勝手にやってろって思うがそうもいかないし、一応、こいつらが目の前で死んだら目覚めも悪いし、元々は『魔界』のものだったんだから返そうと思ってな。」 だから、他の奴等も呼んでもらったんだとここにきて理由を言った。 グレンディスは黒い日記を取り出し、ページを開いた。そして、呪を唱えれば、鏡が一つ飛び出した。 黒い枠で細かな細工が施されているがとても古い品。鏡自体の色も薄暗い色で、本来の映すという目的を果たしそうにない代物だった。 「順番にいくべきだろうな。イル。この中のもの、好きなものその手に。」 「いいのか?これは・・・。」 「いいんだよ。それに言っただろ?元々はここのモノだったから返す、って。それに、お前等なら、悪事には使わないだろう?」 イルドゥカは知っていた。この鏡が何なのかを。そして、グレンディスが言う言葉の意味を。 だからこそ、戸惑いがあった。これはかつて、悪事に使われた為に封じ、行方知れずとなった、魔界の魔具が納められているものなのだ。 かつて世界は天界と魔界で大きな戦争をしていた。その時、天界に神具が存在していたように、魔界にも魔具が存在していたのだ。 つまり、魔界における最強とも言える武具があるのだ。行方知れずになっていたものが、今目の前にあっさりだされたことに少しばかり戸惑いを覚えながら、イルドゥカは少し考え、鏡の面に手を伸ばす。 鏡の表面に手が触れることなく、するとすり抜けて腕まで中に入り込み、何かを掴む感触があった。 イルドゥカはそれを戸惑うことなく引き抜いた。 「終焉の名を持つ双魔銃か。」 「ちょっと、それって・・・?!」 さすがに、ここにきてイルドゥカ以外の面々もこれが何なのか理解したようだった。 元々こちらにあったものなのだから、書物に記されていてもおかしくはない。しかも、魔族の貴族なら、知識として知っていてもおかしくはない。 「ほら、次はお前だ。」 アルシファへ鏡を向け、せかすように中から一つとらせた。 そうやって、次はエルディー、フェン、シーラスカそしてキルマにも渡した。 「これで全員とったな。」 「とったなじゃないですよ。どうしてこんな物騒なもの、ディーが持ってるんですか?」 「俺だって好きで持ってるわけじゃない。そもそも、俺は使えないからな。神具使ってるから。両方使うには相性悪すぎだからな、これ。」 誰もが思った。相性云々以前に、そもそも神と魔王が仲良くないために争いが続いているのに、それぞれを倒す為に存在している武器を、一緒に使えるわけがない。 「アルが双魔剣でエルが大剣ね。・・・バカが魔鎌なのは別にいいが、フェンに魔弓が出たのは驚きだな。キルマは魔槍だが、槍使えるのか?」 「私は戦闘は魔術と体術使うこと多いけど、弓も使えるのよ。」 「そうなのか。」 「剣より槍を使うから問題ないさ。」 「へぇー。」 フェンが武器を持つところを見たことがないから、魔布とか、サポート的なものか防具がでるとおもっていただけに、純粋に驚いたが、確かに弓を使ったことがあり、普段は使わなくても、もしもの時にそれを己の武器としているのなら魔弓が出るのは納得できる。 キルマに関しては知らないことの方が多いため、むしろ何が出るかで何を己の武器にしているのかわかるなとかそんな軽い気持ちだっただけに、やっぱりこの鏡は正確だなと思う。 本来、この鏡は魔具を持つに相応しくない相手、それぞれの魔具がマスターと認めない相手には反応しないから、何も取り出すことができないのだ。 だからこそ、ここで全員が引き当てたことがある意味すごいことで、やはり王に相応しい器を持っているのだと思わさせられる。 本来、これは新たな魔王が誕生する際に、資格を持つか測るものであると同時に、魔王である証ともされるもの。そして、信頼のおける部下に他の武具を持たせることによって、魔王の誕生が完了する。 「そういや、イルとアルも武器持ってるのをあまりみないな。」 「争い自体があまり好きではないからな。」 「エルが前衛でいますので、後衛で魔術を使う方が効率もいいですから。」 「お前等はそんな感じだな。」 それぞれの答えに、確かにそれっぽいと感じつつ、グレンディスは鏡を日記の中に戻した。 「使い方は手にしたらわかるとは思うが・・・悪用はするなよ。」 「しませんよ。大事にします。」 プレゼントですからと言われ、どこまでいいように解釈するんだと思うが、こうも本気でうれしそうにされると、それ以上言えなかった。それに、これで彼等が少しでも傷つかず、またここに帰ってこれるのならそれでいいと思った。 ただ、そのために他の誰かが傷つく可能性を捨てていないために、罪悪感はあったが。 「俺まで、良かったのか?」 「ん?何がだ。」 「これだよ。この槍。」 「ああ。別に構わないさ。資格がなくその魔槍がマスターと認めていなかったら、お前が手にすることはなかったんだからな。」 取れたということは、資格があり、認められたということだ。他人がどうこういう権利はない。 それに、アルシファがいつか魔王となるのなら、それ以外の者達は側近として働くことになるのだろうから、結局これを手にする機会が巡ってくる。はやいか遅いか。それだけだと思ったから、別によかった。 「それはお前が手に取った時点で、お前のものだ。」 そもそも、渡す気がなければ言わなければ誰も知らなかったことだ。 だが、こいつらなら渡しても問題がないと判断したからこそ、渡したのだ。決めたのは自分で、それによって問題が生じるのなら、その責任はとるつもりだ。どういう形になるにしても。 「だから、それをくれてやることはできるが、俺はさっきの話の続きをこれ以上話すことはできない。」 ここではっきりと、これ以上の情報を出す気はないことを示す。 「わかった。・・・『魔王』はとりあえずあんたのことは知ってるんだよな?」 「ああ。」 「なら、いい。問題があれば確認をとる。最高責任者が決めるのなら、俺達はそれに従うしかないからな。」 「そうしてくれ。」 これで話は終わりだ。追及するのは諦めてくれたらしく、これで話は終わったと立ち去ろうと席を立とうとしたが、アルシファにまとわりつかれた。 「お前、何がしたいんだ。」 「何故、また名前でなくなるんですか?」 「今はそれが問題じゃないだろ。」 とりあえず、仕方ないので座りなおして、他の連中を見ていたら、うれしそうに、そして真剣に扱い方を探り、感覚を掴もうとしていた。 その日はキルマの報告も終わったので、解散状態になった。そもそも、急を要することということで、本来仕事があったフェンとシーラスカは戻らなくてはいけなかったし、イルドゥカももうすぐしたら自分がやるべきことをするために行動しなければいけない時間がきていたからだ。 毎日暇そうにしている連中だが、あれでもちゃんと仕事はきちんと行なっている。 そう知ったときは、思ったよりはいかれてないまともな奴だと思ったものだ。 だから、誰も側にいない日があったにもかかわらず、ゲーテミルモールの来襲から常に誰かいる状態になり、一人の時間がないことに苛立ちを覚えたが、同時に彼等の時間を奪っている事実に腹が立ったのだ。 確かに魔界において人間一人がどうこうできることはないが、彼等に守ってもわらなければいけないほど、弱くはない。 だが、どちらにもつけない自分が、ここで戦うには不利だ。魔界の気の影響をうけかねない。 まだ、天界の気の方が強い状態で、下手に動くのはよくない。確かに先祖還りを起こして、魔界の気に対してもそれほど影響がでないが、母という近い存在の影響の方が今はまだ大きい。 何より、教会という場所で長い間過ごしすぎた。 「守られるつもりはないが、俺ではあいつ等を助けることはできない。」 簡単には考えていないつもりだ。王に近い場所にいる彼等が、周囲に求められるものがどういうものか。この先も対立を続けるのならば王に近いほどどういうことになるのか。 教会でも、何度も教えられてきたのだから。天界と魔界の長い争いについて。 家族を殺した悪魔は嫌いだ。だから、エクソシストとして仕事をするにしても、害を成す奴には容赦などしなかった。それでも、話せば理解しあえるものだと知っているから、フェンとの出会いでも、仲良くなれたし、最初はいろいろ問題があったが、アルシファやエルディーのことも嫌いではない。 教会では悪の象徴ではあるが、グレンディスにとっては人と同じで、話せば理解して、時には不一致から別れて、付き合い方次第でかわる、ただの悪い奴ではない。 これだけ関われば、最近では結構友達みたいな感覚で、失いたくない存在になってきている。 だからこそ、渡したのだ。 今度、ゲーテミルモールが現れたら間違いなく争いが起きる。今度のゲーテミルモールは一切の容赦がない。 それだけではなく、まわりのものを心あるものだと思っていない。 ただのモノとしか思っていないのだ。 先日あったあの男の目を思い出してぞっとする。 魔王よりも魔王らしい、簡単に命を奪い、それに戸惑いをみせない魔王だ。 命を失うという事の意味を、あの男は理解していない。壊れた玩具と同じ認識なのだ。 噂だけで、表舞台にでてこなかった期間の間に、教会が何かやらかした可能性があるが、あの男に同情などはしない。 自分はただ、自分の意思を貫くだけだ。人として生き、天界には戻らない。それだけ。 なんとかアルシファから離れ、自分の部屋に戻ったグレンディス。 相性が悪いと彼等に言ったことは嘘ではない。だからこそ、近くにあるだけで、こんなにも影響が出ている。 「最悪。」 神具を連続で使った時のように、身体がだるく重い。 「こんな時にこられたら…一瞬で片がつくな。」 生易しいものではない。連れ戻すといいながら、五体満足かどうかも怪しい、いかれた勇者が相手だ。 己が従い、神の指示だというのなら、その通りに天界へ行けばあいつらを巻き込むことはないだろう。だが、自分はあそこへ行くことを望まない。そのせいで迷惑をかけているという自覚もある。 「どっちにしても、あの勇者と天界の新しい神は、俺が従ったとしてもあいつ等をどうにかしようとするに違いないな。」 もっと他の考えがあり、もっと思慮深ければ、あの日、両親と妹があんなことにはならなかったはずだ。天界へと戻すための天界からの策略だと知ってから、決して信じないあの世界など、誰が行くものか。 それに関わる職として神父として生きてきたとしても。 「母さん…」 今も忘れることができない、あの夜の赤い色。あの夜に、本当は何があったのかわからない。確かなのは、悪魔は何も知らないこと。それでも、彼等の極上の得物になりえる母や自分達を狙ったことは事実。そして、神はそれについて何もしなかったこと。 母はあの日記を世に、それこそ天界にも魔界にも出ないようにしようとした。確かに、記された歴史や呪術の数々など、それが力や争いに成り代わる代物かもしれないが、そこまでして隠すものだとも思えなかった。 だから、今もわからない。 どうしてこれを手に入れ、その結果天界を無断で去ったのか。 「天が、神が人との恋を許すとは思えないが、天から離れない母さんがどうやって父さんと出逢ったのかもわからないままだしな…。」 どこで、どのようにして出逢ったのか。母は父が魔王血族の先祖持ちだと知っていたのか。 今となっては何もわからない。 二人の死で、永遠に彼等の持つ真実は消えてしまった。かつて、この世界に何があったのか。 現状でいうのならば、この魔界が戦争を起こそうとしているように思えない。 それは、天界にも言えることだ。 この世界の理を考えれば、安定、維持を神だって優先する。魔王だって、事の重大さを理解しているからこそ、お気楽そうに見えてしっかりやることはやる人のようだから、そんな馬鹿な事をすると思えない。 なのに、神は自分を連れ戻すことに躍起になっているように思える。 ゲーテミルモールをこちらに送り出し、魔界を刺激するようなことをしてでも、だ。 昔は知らなかったが、今は知っている。母が神の娘であったことも、自分もそれに連なる血族の一人になっていることも。 それなら、教会にいる時にいつでも接触できたはずだ。 どうして今頃なのだ。それこそ、地におちている自分ごときに神が目をかける理由も理解不能だ。半分は人間で、しかも魔族の先祖還りで、天界では異分子ではない自分。 まだ、自分が知らない何かがあるのかもしれない。 魔界ですら把握していない、何かが。そのせいで世界が崩壊しかける危険を伴ってでも自分を展開へ連れ戻したい理由。 「ダメだ。わからない。」 その時だった。 大地が堕ちる。そう表現するのが近いような、地響きと様々な悲鳴のような声が夜の闇に響いた。 壁伝いに、窓からテラスへと出たグレンディスは外の様子を見て愕然とする。 「何が、起こって…な、あれは…そんな、バカな。」 天界と魔界を繋ぐ光の橋がかかり、その中心に人影があった。 その人影を見間違えるはずがない。 「…母さんっ?!」 あの月日の流れを無視したかのように、死んだあの日と同じ姿でそこにいた。 あの日と同じ、お気に入りのワンピースと父に貰って喜んでいた耳飾り。 光の中で閉じ込められて、眠っている母は、次第に弱まった光の中で、目を覚ました。 「…駄目…まだ、時じゃないのに…ごめんなさい。また、私は守れない…。」 光が消え、重力に従って下へと堕ちる母の姿。 慌てて向かおうとテラスを乗り越えようとして、アルシファに止められた。ここは1階ではないのだ。落ちたら人である自分はひとたまりではない。 冷静になって、蒼龍を呼べばいいのに、それすら考えられないほど、頭は真っ白になっていた。 「あ…。」 堕ちる母を受けとめる姿があった。その人影を見て、遠い記憶の中で、知っているという声が響く。 その人影はこちらを一度見て、母を連れて天界の方へ飛んでいった。 白い羽が、彼が天界でしかも母と同じ位置にいる神族なのだと知らしめていた。 「ディー…。彼等を知っているのですか?」 「…見間違いでなければ、母さんだ。死んだはずの、母さん。いったい、何がどうなって…。」 元々、魔具の近くにあって、身体は限界に近かった。 ふらりと体が傾き、そのまま意識を失った。 どうして母がいたのか。 沈んでいく意識の中で、母の名を呼び、そのまま堕ちていった。 |