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手首の完治までに一週間。元のように動かすのに一週間。最初こそ、ひねっただけでひどいものではなかったが、アルシファによって最悪な状況に近いところまで悪化させられた怪我。 しかし、イルドゥカによってそれは一週間で完治したのだった。 完治するまで何度も足を運んで手当てを続けてくれたイルドゥカ。彼へのお礼をしようと、どんなお茶菓子を作ろうかと考えた。しかし、そのお礼は三日ほど予定がずれることとなった。 「お前等の分はなしだ。」 キッチンへの立ち入り禁止令を出し、無視することにしたグレンディス。 手首が治ったのをいいことに、二人は二週間も大人しくしていたのだからといって、夜に襲い掛かった。もちろん抵抗した。だが、無理だったのだ。 何だかんだといって、もう彼等を受け入れてしまっているのだから、拒絶は無理だった。 そして、あれよと流されるままに朝を向かえ、体はだるいし喉はからから。しかも風邪までひいてしまう始末。 ということで、現在お怒りがとけるまで、彼等二人は半径三メートル以内に入ることを禁止されることとなった。もちろん、フェンの監視付なので、手は出せない。 とりあえず、今日も魔界は平和ということには違いなかった。 しかし、周囲を巻き込む嵐は突然やってくるものである。 悪魔に好かれた神父6 とりあえず、今日も魔界はいたって平和だった。一部を除いて。 「おい。」 「何ですか?」 「いったい何がしたい?」 首だけで後ろを振り返って、原因の相手を見る。 「どうかしたかじゃないだろうがっ!今すぐ、おろせ!」 耳元で大音量で怒鳴る。しかし、表情は変わらず。その為、チッと舌打ちする。 自分で歩けるともう一度訴えても、おろしてくれる気配はなく、暴れても抱きかかえる腕はびくともしない。その力の差がまた腹立たしい。 「ディー様。おはようございます。」 そう言って、前方から走ってくるフェンの姿に、アルシファを睨んでいた目が柔らかくなる。その代わりようにアルシファも内心腹が煮え繰り返る思いなのだが、グレンディスはそのあたりまったくわかっちゃいなかった。 そんなグレンディスの視界に、フェン以外のものがはいった。 「・・・何故貴様がいる?」 そこには、個人的には関わり合いになりたくない言葉の通じない変な男こと、フェンの兄にしてアルシファの弟であるシーラスカがいた。 「フェンの行くところ、たとえ火の中水の中。どこへだろうと行くのが俺の使命だからだ。」 「じゃあ、一回死んできてよ。」 「もう、つれないな。」 何故この男の変人ぶりを朝から見なければいけないのだろうか。 「・・・頼むから、俺の前に姿を見せるな。」 「おや?お姫さんは機嫌が悪いのかな?それとも恥ずかしがりやさんなのかな?」 「・・・お前、できるだけ俺が理解できる言葉をしゃべれ。」 「つれないところもフェンとそっくりだね。」 話をするだけ無駄な気がする男。会話が成立しないので、余計に疲れる。よくこんなのと兄弟としてやってこれたなと、少しだけフェン達を尊敬する。が、思い出してみれば、フェン達もまともではない。やはり兄弟かと思い返して、ため息をつく。何故自分はこんなのに捕まってしまったんだろう。それこそ一生の謎だと思う。 それにしても、フェンを追いかけてる割には自分にも同じようにグレンディスにとってはうざいという一言で片付けるべき言葉を贈られるのだが、浮気癖があるのだろうか。 こんなのでは、フェンがかわいそうだと思う。これが親の心情みたいなものかとのんびり思う。実際フェンの親ではないけれど。 「ディー様?」 「ディー、どうかしました?」 「何でもない。」 二人に顔を覗き込まれ、慌てて返事を返す。そして、何か別の話題をと思っている時、ふと違和感を覚えた。よく見ると、フェンもシーラスカも普段とは違い、魔界での正装(最近知ったもの)だった。そして、おろせという言い合いをしていて気付かなかったが、アルシファもそうだった。 普段こんな格好をしない三人だ。違和感を感じても仕方がないとして、何故三人は正装なんぞをしているのだ?と首をかして、今日は何かあったかと考える。 今日はいったい何かあるのか?そんなことを思っている矢先のことだった。 「これで五人揃ったな。」 「ディーを捕獲してきたんだ。」 こちらへ歩いてくる二人。それは、この三人と兄弟であるイルドゥカとエルディーだった。なんということだ。この前揃ったが、それは体調の問題であって、あれから揃うことはなかったのに、今グレンディスの目の前には魔王の子息が五人とも揃っている。また、自分にとってろくなことにならないことが起きる。そんな予感がした。予感というよりも、こんなのが五人そろったところでいいことなんて起きるはずがないと思ったという方が正しいかもしれない。 「いったい、何なんだ・・・。」 「何がですか?」 「この集まりだっ!そもそも、あいつがここにいること事態が意味不明だ!」 と、思い切りシーラスカを指差して訴える。確かに城に近づくことはないのでここで会う事はないですねと暢気なことをいうアルシファに違うと速攻話を区切る。 「何って、今日は母様に会う日なの。」 「一応親子でも『礼儀』ってのが必要だからさ。」 フェンとエルディーが教えてくれたことに、素早く考えを巡らせる。つまりは、この五人は母親、つまり魔王に会いに行く。それは五人とも自分の側にいない。答えとしては、帰ってくるまでは静だということ。 よしっ!と思ったが、現実はそんなに甘くなかった。 「実は、母様がディーに会いたいと言いましてね。できれば連れて行きたくはないのですが、一緒に来てもらいます。」 「・・・・はぁ?!」 そんなの、冗談ではない。一応、最近の出来事のために慣れてきて忘れているが、一応自分はただの人間である。まぁ、いろいろ隠していることはあるが、人間なのは確かだ。 「ふざけんな。何で俺が・・・。」 「魔王命令ですよ、ディー。」 「・・・。」 例外はたくさんあるだろうが、魔王命令違反は魔界の中で生きるには死に近いものである。何せ、魔界は広い。けれど、魔界は魔王の庭みたいなものだ。何より、その子ども五人と不本意ながらも契約を交わしていたら逃げ場など最初からないに等しい。 「俺はここで寝てたら駄目なのか?」 一応聞いてみるが、それは却下された。 「・・・行くから、せめて降ろしてくれ。」 「・・・仕方ありませんね。」 さすがに、この格好のまま親の元へ行くという常識はずれではなかったようだ。そんなアルシファに棒読みの礼を述べ、行くという彼の後ろについていく。 何故か両サイドにフェンとイルドゥカ、後ろにエルディーとシーラスカがいて、連行されてる気分で落ち着かないが、どうせ言っても聞いてもらえないだろう。所詮、常識があるようで非常識な奴等なのだから。 「魔王の城まで何で行くんだ?」 「もちろん、飛んで行きますよ。」 これでと、入り口の前に並んでいるものを見て、成る程と納得した。そういえば、こいつらはそれぞれ移動に便利そうなペットを連れていた。連れていなくても自分で飛んでいける奴等もいるが、飛べない人間がいるからだろうと適当に予想をつけて話を進める。 「俺にこれに乗れと?」 「ええ。もちろん、私と一緒に、です。」 シャルディンと名前を呼べば、影のように黒い竜が頭をこちらに向ける。命令一つで食べられるなと考えていると、突然体が宙に浮いた。 「お前な・・・。」 「大人しくしていて下さいね。」 アルシファに抱き上げられ、そのままシャルディンの背に乗る。楽なのは確かだが、だんだん自分としても情けなく思えて仕方のないこの頃である。 周囲を見れば、他の四人も背に乗っていた。 「行きますよ。」 ふわっと、翼を広げて動かせば空へと舞い上がる。 とりあえず、魔王の城の見学でもしようかと、気持ちを切り替えてみるグレンディスだった。 城に着いて最初に思ったのは、無駄にでかい。その言葉だった。というか、それ以上考えることも必要がないぐらい大きかった。きっと、こいつらがいなければ生きては出られないようなそんな予感がする城が目の前にある。 聞けば、魔王と数人の使用人だけが暮らしているらしい。見た目にインパクトはあるが、いろんな意味で無駄な気がするなと思ったが、代々の魔王がそれぞれ収集したコレクションの管理庫が大半らしい。今では置き場がないほどらしく、増改築でもするのかなと暢気なことを考えながら、相変わらず五人に囲まれたまま城の中へ入り、廊下を進んだ。 そして、とうとうたどり着いたのは大きな扉の前だった。覚悟を決めなければいけない。殺されないにしろ。 「失礼します。」 ノックと共に、扉を開けるアルシファ。そこには王座と広間があった。 「お久しぶりです、母様。おかわりがないようで何よりです。」 足を止めて揃え、すっと軽く頭を下げるアルシファ。一拍あけて、他の四人も頭を下げ、とりあえずグレンディスも頭をさげておいた。 「相変わらずだな。堅苦しい挨拶は抜きだ。」 すっと、風が頬を通りぬける。 「そう、思わないか?」 ぐいっと頭を下げているグレンディスの顎に触れる手が、強引に頭をあげさせる。 そこには、自分より背が高く、まったく気配もなく目の前に現れる女がいた。そう、女だ。深紅の長いスカートの裾を靡かせて、グレンディスのすぐ目の前にいた。 あの五人とは比べ物にならない力の差を感じると同時に、身の危険を感じる。 「なかなかいいものを見つけたじゃないか、アルシファ。」 「それはどうもありがとうございます。・・・母様でも渡しませんがね。」 グレンディスにとっては前に、女にとっては後ろに立っているアルシファ。親子喧嘩でもはじめるのかと思うぐらい、機嫌が悪いアルシファにやはりコイツは馬鹿だと思った。 「くくく・・・お前が執着するのも珍しいが、五人全員が気に入るとはな。」 その手を放して下さいという要求に応じ、女が手を離せば、少しほっとするグレンディス。 「まぁ、ここまで綺麗な魂を持ってる奴も珍しいがな。」 笑いながら、見下ろすその目は獲物を狙う獣そのものだった。やはり、魔王になんか会うものじゃない。最悪だと心から思うグレンディス。 そこへ、複数の足跡がこちらへ向かってきた。 「久しぶりだな、時期魔王候補共。」 見るからにこっちの方が魔王という肩書きが似合いそうな、性格が悪そうにしか見えない男の登場に、もう家といっても居候なのだが、帰りたくなるグレンディスだった。 「これはゲシュターおじさん。貴方もおかわりないようで何よりですよ。」 「そういうお前もな。・・・最近、人間を囲ったらしいとは聞いているがな。」 その男かと、グレンディスの姿を見つけて見定めるように見る。場違いなのは承知の上だが、聞かない奴がたくさんいるのだから無理なのだ。それなのにこの仕打ちはどうだろうか。この男の目が気味悪いと思っていると、視界から消すように間にアルシファが立った。 「やめていただけませんか?貴方なんかに彼のよさをわかってもらおうとは思いませんが、見せるのは勿体無いので。」 「言ってくれるな、クソガキ。時期魔王に一番近いくせに、遊んでいていいのか?」 「ご心配なく。やる事は全て怠ったことありませんから。」 魔王以上にこの男との会話で機嫌が悪くなっていくのを見ながら、今晩は無事に過ごせるか心配になるのだった。何より、エルディーやフェンもあまり良い顔をしていないのを見て、相当嫌われてるなと思う。つまり、自分は関わらないのが一番いい相手ということだろう。はっきり人間が嫌いですと顔にもでていることだし、グレンディスも好きになれそうにないので丁度いい。 「お前等五人が気に入る人間か・・・我も契約をしようか。」 目の前のやり取りに気がいって、一番厄介な存在が側にいることをすっかり忘れていた。 「母様、ディー様はダメだよ。」 ぎゅっと腕に飛びつくフェンに、笑みを浮かべながら少し離れる女。 「父様。今日は言い争いをするために来たわけではないでしょう?」 まるで救いの神のような一声が間に入る。これにより、全員が声の主へと注目した。 声の主は長い黒髪の落ち着いた雰囲気の眼鏡をかけた綺麗な女だった。 「そうそう。話が進まなきゃ終わらないじゃない。」 「喧嘩は話が終わってからにしろよ、父さん。」 さらにフェンと同じような明るい少女と面倒くさそうにしている男が言葉を続けた。話の内容からして、この三人はゲシュターという男の子どもだろう。はっきり言って似てないが。 「そうだな。・・・明日までもう時間もないからな。」 もう一度グレンディスを睨みつけるように視線を向けて、話を戻して女に向けた。女はふわりとグレンディスの前に降り立った時と同じように、王座へと戻った。 「今年は何をやるか。」 何だか、内容的に自分は聞かない方がいいかもしれないなと感じた。そもそも自分は部外者である。「姉さんの希望もあり、明日の生誕の宴の余興は宝探しゲームだ。」 かなり嫌そうな顔をしながらゲシュターは言う。しかし、その反対に女は楽しそうに笑みを浮かべる。 明日が魔王の誕生日。そうなると、完全に自分は部外者で邪魔してはいけないだろう。そう思ったのに、やはり魔王はこの五人の親だった。 笑みを浮かべる女と目が合い、即座にろくなことにならないと脳が逃げろと指令を出す。が、時はすでに遅し。 「明日の余興はわかってもらえたと思う。探すものはお前達じゃ。・・・そして。」 くるっ!そう思った瞬間、グレンディスの身体は浮遊感を感じた。 「こやつはかりる。」 すぐ近くで女の声が耳に届く。そして現状を把握した。女の肩にグレンディスは担がれていた。そのせいで、再び全員の視線がグレンディスに向いた。最悪だ。魔界において一番逆らってはいけない人物によって捕獲されては、逃げられるはずがない。 「お前等、また明日だ。今日はもう帰っていいぞ。」 その言葉を言い終わると同時に、視界から広間が消え、どこかの部屋に変わった。一瞬の出来事だったが、最近は慣れたものである。だが、明日が来るのが恐ろしくなってしまったのも事実で、その点では焦っていた。 「さて、そこに座るがよい。」 そう言われ、とりあえず魔王命令とやらに従って椅子に腰掛けた。すると、魔王自ら入れたお茶を飲む羽目になった。はっきり言って、落ち着かない。 「悪いな、人の子よ。」 そう言い、女も向かいの椅子に腰掛けた。 「そう言えば、名を聞いておらなんだな。何と言うのじゃ?」 「・・・グレンディス・カルタルト。」 とりあえず、フルネームで素直に答えておいた。魔王の子ども五人に知られているので今更だと思ったし、逆らって何かおこっても困るからである。 「そうか。ところでグレンディス・カルタルト。薄々わかっておるじゃろうが、お主が明日の宴の余興の指令者じゃ。」 「・・・指令者、ですか?」 「そうじゃ。宝探しの宝をあやつらに命令するのがお主の役目じゃ。」 その為に今晩借りたのじゃと言われても、困るとしか言いようがないのだが、そんなこと魔王に言えるはずなかった。本当に、勝手でマイペースで迷惑な親子である。 「姫が結婚を申し込む男に望む物を持ってきた者と結婚をする。そういう話があってな。面白そうじゃからやってみようと思ってな。」 お前が姫じゃ、と言われてもうれしくない。そもそも姫ではないのだ。本当、迷惑な親子だ。 「で、明日のことはもうわかってもらえたと思うが・・・お主、何ものじゃ?」 その言葉に、ピクリと反応する。やはり、こんなのでも魔王なのだろう。 「ただの人間ではあるまい?」 そう言って、左腕に視線を向ける。左腕には、使用したい時だけ引き出せるように、普段は神具の封印が施されている。つまり、左腕が何であるか魔王は気付いているということだ。まぁ、アルシファ達も気付いたのだから、魔王が気付かない方がおかしいのだが。 「ただの『神父』ですよ。・・・今はもう、魔族との契約により、神父を名乗るわけにはいきませんがね。」 とりあえず、前の職業を名乗っておけば、女はまたあの笑みを浮かべた。 「そうか。・・・神父か。」 何かを少し考えるようだったが、そのまま誤魔化されてくれればいいと願う。 「まぁ、よい。」 そう言って、女が立ち上がる。そして、急に近づいた女の顔に驚く。そして、女の唇が自分の唇に触れる。 「っ?!」 驚きで固まっていたが、すぐに思い至って押しのける。しかし、口移しで流れ込んだ液体を飲み込んでしまったあとだった。 「・・・何をっ・・・!」 少しずつ視界が歪み始め、意識はそこで途絶えることとなった。意識がなくなったグレンディスの身体は、重力に従って傾く。それを女は抱きとめ、笑みを深くする。 「面白くなりそうだな。」 再び肩へと担ぎ上げ、そのままさらに奥の部屋へと向かうのだった。 眼が覚めれば、そこは慣れた部屋ではなかった。 慌てて身体を起こして部屋の中を見渡しても、見慣れた部屋ではなく、次第に昨日のことが思い出された。そして、自分の格好を見て、最悪だと思った。これは、覚悟を決めなければいけないということなのだろうか。 「目が覚めたか。食事は用意できているぞ。」 そう言い、昨日お茶をいただいたテーブルの上に並べられていた。 とりあえず、動きにくい服でもがきながらなんとか椅子にたどり着く。よく、女はこんな機能性のよくない服を着て平気で歩けるものだと少し感心する。 かつて、母が生きていた時は男だとか女だとか関係なく、機能性はあまりよくない自作のひらひらレースをあしらった服を誰にでも着せていたので、少しだけあの頃を思い出して苦笑する。 「何を笑っておる?」 「いえ・・・何でもありません。」 「そうか?まぁ、何でもいいがの。ほら、この紙に指令を書いてこの封筒に入れるのじゃ。」 これを天井高くばら撒き、拾った封筒の中の指令をこなすというものにするらしい。つまり、誰に何があたるのかは運次第ということだ。 別に、誰に何が当たろうとグレンディスは座ってるだけだろうから、どうでもいいと思っていたが、後で困った事態に陥るなんて今はまだ予想できていなかった。 「それで、宝は何にするのか決めたのか?」 「一応は。」 思いつくものがそんなになかったため、身近に自分が出来る範囲のことで思いついたことを指令に書き込んだ。それを横から見ていた女は面白そうだと笑みを深くした。やはり、この笑みはできればあまり見ていたくないとつくづく思う。 全ての指令を書き終え、封筒に入れた。それを確認した女は封筒を全て手に取り、一瞬で消した。 普通に受け取ればいいのにと思うが、口には出さず押さえた。あまり何かを言うと、いろいろ言われそうだったからだ。 「そう言えば、我の名はまだ名乗っておらんかったな。」 突然、そんなことを言い出した。本当、何でも突然思いつくように言う女である。 「ドルフィーヌ・リード・ラクティス・ベルディックじゃ。フィナでよいぞ。」 よいといわれたからと言って、呼べるはずがない。本当に事の重大さをわかっているのだろうかと疑問に思う。 そして、再び肩に担ぎあげられたかと思えば、一瞬で視界は部屋ではなく広間に変わった。 こうも易々と担がれると、少しばかり男としてショックである。 本当、いろんな意味で、非常識の集まりだ。間違ってないはずだ。だが、ここではこれが日常なのだろう。何だか、教会に帰りたくなった。 座らされた椅子にとりあえず大人しく腰掛けるグレンディスは、こちらを見ている視線に気付いた。それも、突然現れた自分に誰だという目で向ける視線ではなく、今夜危険になるでのはないかと言うぐらい、かなり機嫌の悪い男達の視線だ。ちらりとそちらを見れば、不機嫌丸出しのアルシファとエルディーがいる。魔王から開放されても当分逃げられそうになさそうだ。 「皆の者。よくぞ集まった。今日は宴じゃ。存分に楽しむがよい。・・・そして、今年の余興は皆にも伝えておるじゃろう。」 そう言って、封筒をカードを広げるように取り出す。 「ここにおる者の元へ、望む宝を手に入れて来い。内容はこの封筒の中じゃ。」 全員が封筒と魔王、そしてグレンディスへと視線を向ける。 こうなっては腹を括るしかない。気を集中させ、力を解放する。そうすれば、左手に十字架をしっかり握り、頭上高く振り上げる。そして、右手で二冊の白と黒の日記を放り上げ、呪文を唱えれば、日記の表紙の色と同じ翼が生え、城から外へと飛び出していく。 「悪いが、しばらく付き合ってくれ。」 言葉とともに現れたのは四つの人影。 「ここに書かれた指令をこなせ。制限時間は一刻限りじゃ。よいか・・・始めっ!」 勢いよく天井に向けて封筒が飛ばされ、ひらひらとそれは重力にしたがってゆっくりと落ちる。 「お前等、逃げろっ!」 グレンディスの言葉で四つの人影も城から姿を消す。 このゲームの参加者が封筒の中に書かれているものを確認した頃には、城の中に目的のものは何もない。 アルシファは蒼竜、エルディーは黒い日記、イルドゥカは黄竜、シーラスカは紅竜、フェンはグレンディスの服、ゲシュターとミルフィーは教会に保管されている神具、キルマは碧竜、リィーシャンは白い日記を持ってくるように書かれた紙をそれぞれ引いたらしい。わざわざ、耳打ちでグレンディスに告げるドルフィーヌ。 何故わかるのだと思うが、それが魔王なのだろうと考えるのをやめた。 アルシファにあたった蒼竜は、グレンディスが逃げろと命令を下せば、絶対に捕まりはしないだろう。たとえ、アルシファだとしても蒼竜が本気で隠れれば、見つけることは無理だろう。 それがわかってしまうため、しくったなと思うのだった。 絶対、戻ってきた時に機嫌が悪いに決まっている。 別に、アルシファの実力がないとは思ってはいない。ただ、竜という生き物は、魔族や神族とはまた違う、高いプライドを持った種族だ。そして、契約を交わせば、その身が滅びようとも主のために生きるのだ。 その点では、魔族と神族とは違う。どちらも、契約がなされればそれに従うが、身を滅ぼしたとしても主を守ることはない。彼等が守るものは自身と絶対の主なのだ。魔族にとっての絶対の主は魔王であり、神族にとっての絶対の主は神族だ。 まれに、それに従わない者もいる。それは、生きていれば自然に起こる感情の一つであり、何度も争いが起こり、多くの命を失われた。だが、竜は同じ種族同士での争いは行なわない。ただ、堕竜と呼ばれる黒い竜にのみ違うが。 今回、お遊びのようなものだから、適当に逃げて捕まってもいいと言ってあるので、捕まる奴もいるだろう。だが、蒼竜は真面目すぎて、不器用な奴なのだ。不器用というより、素直すぎて、グレンディスが言えばそれを絶対に守るのだ。それが今では生きがいのようで、もしアルシファに捕まるようなことになれば、己の命を絶つとか言うような奴だ。 だから、間違いなく蒼竜だけは絶対に捕まることはない。 どうか機嫌が少しでもよくなりますようにと祈りながら、出て行く皆を見送った。 それからしばらくして、最初にフェンが服をしっかり持って戻ってきた。 「私が一番〜やったぁ。」 飛びつく勢いのままグレンディスに正面から抱きつく。そんなフェンにおかえりと笑顔を一緒に向け、よしよしと頭を撫でる。もう、これは一種の癖になっているだろうが、本人は気付いちゃいない。 フェンに抱きつかれたままのんびりしていると、次にリィーシャンが戻ってきた。 「これでいいのよね?」 「はい。お疲れ様でした。」 渡された日記を受け取り、一瞬でその場から消す。 「それにしても、可笑しな本ね。開かないから中身が読めないもの。」 「ええ。鍵がかけてありますから。」 「あら。それは残念ね。」 本当に残念そうにしている彼女に、曖昧な笑みでごまかし、次に戻った者を迎えることで話をそらした。 今度戻ってきたのはイルドゥカで一緒に黄竜のカルタカが戻ってきた。 「二人とも、お帰り。」 「ああ。」 「只今、戻りました我等が主。」 跪き、頭を下げるカルタカに、お疲れ様と声をかけて、彼等がいる場所へと送還した。 「契約しているのは、四人か?」 「そうだ。エルザと出会った時に、勝手によってきた。黒竜は蒼竜と喧嘩してそのまま会ってないがな。」 「そうか。」 普通、誇り高い竜族が人の側に近づくことはほとんどない。興味本位で近づく変わり者がいないわけでもないが、簡単に契約をすることはできない。 そもそも、蒼竜と紅竜は相手の器を認めない限り、見向きもしない。 魔界に属する黒竜でさえ、なかなか高位魔族でも姿を見ることすらできないほど、人前に出ることが少ない奴等だ。 「人気者すぎるのも、いろいろ大変だが・・・。」 「何ぶつぶつ言ってるんだ?」 「あ、いや、何でもない。」 そんなことをしている間に、エルディーが戻ってきて、日記を渡した。だが、どんな格闘があったのかわからないが、かなりお疲れのようである。 「大丈夫か?」 「俺、もう駄目かも。」 「何馬鹿なことを言ってる。お前がそんな簡単に死ぬような奴じゃないだろ。」 「それって褒めてくれてるわけ?」 「一応な。その異常な生命力はすごいと思うぞ。」 「・・・あんまり褒められてる気がしないんだけど。」 「あまり気にするな。」 「・・・。」 とりあえず、このまま明日の朝までぐったりしていてくれるのがきっと今夜の安眠の為だと、そのまま放置することにした。 そして、そろそろ期限の1時間が経過する。まだ、アルシファが戻る気配はない。 絶対に機嫌が悪い。そう断言できてしまう自分が怖い。 「期限は終わった。ここに、姫の要望を叶えた者がおる。皆のもので拍手を送れ。そして、一番最初に叶えたお前に姫を渡そうじゃないか。」 とうとう、遊びは終わり。戻ってきていない竜を呼び戻し、順番に元の場所へと帰す。 蒼竜を戻そうとした時、丁度アルシファが戻ってきた。予想通り、かなり機嫌が悪そうだった。上辺は一応笑顔を装っているが、目が笑っちゃいない。本気で笑えない。 「貴様、我等が主を傷つけるようなことがあれば、命はないと思え。」 しかも、蒼竜はアルシファのことが気に入らないらしく、思い切り敵意丸出しである。まるで、蒼竜と黒竜の喧嘩再来のようだ。 「喧嘩するなら・・・もう呼ばない。」 「・・・それは。」 「・・・俺はお前が不愉快な思いをしてほしくない。一応、あれもだ。喧嘩がしたいなら他所でやれ。あと、喧嘩の間は俺の前に出てくるな。」 「・・・仰せのままに。」 引き下がりおとなしくなったのをいいことに、戻そうとした時、タイミングがよいの悪いのか、他の者達も戻ってきた。 時間が来たことを知り、戻ったのだろう。 ゲシュターとミルフィーはそれぞれ神具を持っていたことから、戻るので時間切れになったということだろう。 やはり、少しばかり1時間では距離がありすぎたかと申し訳ない気持ちになる。 「時間は過ぎたが、我等にはこれは不要なもの。どうするつもりだ?」 彼等にとって、神具というものは壊すべき敵の力の象徴なのだ。ゲームであるし、人の元から数を減らすことが可能なのは喜ばしいことだが、グレンディスのような信用もできない相手に渡すのはなかなかできない。 「私にとっても、それは不要なものです。しかし、あのままあそこにおいておくわけにもいかないので。その為に、頼んだのだから。」 そう言って、グレンディスは二人からそれを受け取り、宙へと放り投げた。そのまま、己の持つ神具を解放し、封印の呪文を唱えれば、それらは突如現れた白と黒の日記の中へと吸い込まれていった。ただの日記によって起こった出来事に、誰もが驚く。 その間に、グレンディスが持つ十字架も、二冊の日記もそこにはすでに消えてなくなっていた。 「お前・・・神具の使い手か。」 「ほえ〜久々に見ました〜。」 ゲシュターの低い声とは裏腹に楽しそうなミルフィーの声。そして、ざわめく周囲の声が会場内に響く。 その時だった。 爆発音とともに、何者かが乱入してきた。 「見つけタ、やっと、見つけタゾ!アノ時の忌々しいガキめ!」 低くしわがれた声がグレンディスの元へも届く。 そして、目があった。その悪魔は、確かにグレンディスは知っていた。 「我のパーティの邪魔をするとは・・・いい度胸よのぉ?」 守備の兵達が取り囲むように現れる。 「この者は我の客故、手を出すのなら、容赦はせんぞ。」 「そもそも、我等が王の生誕祭を邪魔することは、死に値する。」 ドルフィーヌとゲシュターがグレンディスより前に出てはっきりと告げる言葉。王が絶対である魔界のルールを破るものへの制裁を加えるという宣言でもある。 だが、悪魔にとってはそんなことはどうでも良かった。それがグレンディスにはわかった。 「この身が滅びる時はお前も道連れだ、クソガキがぁー!」 と、突進してくる。 ドルフィーヌが面倒ながらも始末しようと手を振り上げようとする。 しかし、それよりも早く前に出て、言葉を発する者がいた。 「止まれ、ザッケル・ヴィッド。」 その場が一瞬氷つくように静まり返る。 「俺を殺したい。そう思うのは勝手だが、人の祝い事の邪魔をするのはよくない。それに、俺はガキじゃないからな。」 「黙れ、お前がいなければ、もっと殺せた。お前が邪魔をしなければっ!」 「俺が、それを許すとでも?馬鹿?・・・魔界で反省する気がないのなら、光の牢獄で永久の旅にでも出るか?」 すでに手にしている神の十字架。取り巻く輝きは魔族が嫌う神界のもの。 「我は望む。試練への扉よ、ここに具現せよ。彼の者に裁きと安らぎを与えよ。」 言葉とともに、現れた白い扉が悪魔を吸い込もうとする。 「わざわざお前の手を煩わせるわけにもいかんし、アレには罰を与えねばならん。我等に任せてはくれぬか?」 後ろからかけられた声に、少しだけ考える。面倒ことは御免であるのは今も昔も変わらない。グレンディスはあっさり扉を閉じ、その場に放り出した。 「悪いの。じゃが、我の宴の邪魔をしたものを、他人に処罰を任せるのは我は嫌なのでな。」 こやつをどうしてくれようかと、どこか楽しそうな声音に聞こえるそれに、本気であいつは馬鹿だなと思うと同時に目をつけられて多少は哀れに感じた。あくまで、これから受けるであろう光の牢獄以上の苦痛を考えて、だ。そもそも、自業自得なのだからグレンディスがそこまで気にすることでもないのだが、やはり、あの五人にしてこの親なので不憫に感じてしまうのは条件反射のようなものだ。たぶん。 「それより、お前は何者だ。」 「これ、ゲシュター。せっかく話も落ち着いたのに引っ掻き回すでない。」 「引っ掻き回すという問題でもないでしょう。あの者をただの人間だと言えない域にいるのですよ!」 いつ、魔界に仇なす敵となるかわからない。それがゲシュターには問題なのだろう。 せっかく、面倒事から開放されると思ったのに、さらに変なのに目をつけられては困る。 「別に問題はない。そもそも、こちらに何かするつもりなら、はじめからそうしておるじゃろ。・・・それこそ、息子達に捕まるようなことなど、しない。まぁ、我としては、珍しくあやつ等が気に入っている人間じゃから、問題はないと思っておる。」 「しかし・・・。」 そんな二人の会話はもういいと思ったらしく、いつの間にか背後から羽交い絞めにするように抱きつくアルシファが二人に帰ってもよいかと告げる。 まだ話があるというゲシュターをスルーし、ドルフィーヌはいいぞ〜と手を振って見送った。 そのせいで、グレンディスは五人と共に城を後にすることになった。 ある意味、今回一番魔界のために発言しているゲシュターが完全にスルーされていることにあの馬鹿以上に不憫を感じてしまった。 一日ぶりに戻った家、と認識するようになってしまったアルシファの城にある自分用の部屋の中。寂しかったと離れないアルシファとエルディーをくっつけたまま、長い間我が家に帰っていなかったような錯覚を覚え、同時にこの部屋に戻れたことでどこかほっとしていた。 やはり、魔王の部屋は心臓に悪い。いろんな意味で。だが、魔界の、この城が我が家のように感じてほっとするということは、あまりよくない。 何だか、いろいろ慣らされているというか毒されていると言うか。 「それで、昨晩は何も問題はなかったか?」 「あーたぶん、何もなかった。てか、お前等の親ってだけあって、いろんな意味で滅茶苦茶な人ではあったけど、悪い人ではなさそうだったな。魔王だけど。」 素直に感想を述べれば、イルドゥカは苦笑し、アルシファとエルディーは不機嫌になり、フェンは笑顔でシーラスカは相変わらず馬鹿面もとい気味が悪いほどご機嫌である。 「本当に、大丈夫だったわけ?」 「お前のようなバカであるまいし、手を出すような人じゃなかった。」 「・・・。」 とりあえず、黙ったバカその2のくっつく腕を引き剥がした。 「お前等こそ、えっとゲシュターって奴の三人の子どもと一緒だったんだろ?そっちこそ、問題あったんじゃないのか?」 むしろ、ちゃんともてなせたのか心配だ。何しろ、人をもてなすような心を持ってないような連中ばかりだからだ。 かろうじて、イルドゥカはもてなすだろうが。あと、表に出さずに上辺だけのもてなしをアルシファもしそうだが。 「けどさ、ディーって本当に何者なわけ?」 「だな。久々にすごいの見れたし。最近じゃ滅多にあんなことできる人間いねーからな。」 エルディーとシーラスカの質問に、どうしたものかとグレンディスは考える。 アルシファにはグレンディスのもう一つの名前を教えている。それを他の四人にも教えるということの危険性が大きい。それに、教えたら間違いなくアルシファの機嫌が悪くなる。 別に、アルシファだけを特別視してるわけではないが、一番暴走されると迷惑なタイプなのだ。 そもそも、名前が『グレンディス・カルタルト』という時点で、そこまでバカではないこの五人は気付いてもおかしくない秘密がある。 それを話してしまえば、きっとここにいることはできなくなる。いや、彼等に迷惑をかけることになるかもしれない。 人を拉致ってくるような連中だし、人の話をまともに聞かないし、面倒なことが多くて鬱陶しい奴等だが、最近では別に嫌ってはいないのだ。 何がよくて何が悪いのか。それを最後に決めるは自分自身だ。魔族だから悪だとか、教会の人間だからいい人とは限らないのがこの世の理だ。 何せ、あくどいことをしている教会の人間だっているのだ。それに比べると『上級』魔族の方が必要以上に己の領域以上の場を侵すことはないのだから、幾分かましだ。 「ディー様?」 反応がなくなったグレンディスに、少し不安そうにしながら顔を覗きこむフェンに、何でもないよと答え、アルシファの方を見る。 アルシファがこの城の主であり、いずれこの魔界を治める王になるのに近い者だ。 「お前は、誰にも話さないと誓えるか?」 今後を左右する大事になるかもしれない。だから、自分もそろそろ覚悟を決めないといけないのかもしれない。 いつまでも、この場所でのんびりと遊んでいるわけにはいかないのだ。 「・・・何が、です?」 「お前は、何が知りたい?」 「何であれば、教えてくれるんですか?」 「なら、お前は何を望む?」 「・・・ディー?」 真っ直ぐ見上げる瞳。真っ直ぐであるが故に、下手なことを口走ることもできない。だから、アルシファは戸惑った。 「・・・別に、俺はただの神父に過ぎない。けれど、お前等に黙ってて、言えないことも、確かにある。」 「秘密ごと?」 キョトンとして、エルディーが教えてくれないわけ?と聞き返してきた。 「エルディー、お前だって、言えないことはあるだろう?」 「まぁ、ある。」 エルディーとて、魔王候補の一人であり、魔族なのだ。人間では理解できないような残酷な面も持ち合わせている。その過去を知られるのは少し辛いと思う程に大切であるからこそ、聞かれないことをいいことに言ってない。きっと、言えば嫌われると思うから。 「俺は、好きでその秘密を抱えているわけではない。それに、最初は何も知らなかった。後で知ることになった大きな秘密を、俺は受け入れることができていない。いや、受け入れるつもりはない。」 「どういうこと?」 「何々?教会の内部に関する秘密?」 「神具のこと?」 疑問を三人が口にする。アルシファはグレンディスの言葉をただ聞いていた。もう一つの名前を知っていることとカルタルトという名が示すことから、考えられないことではあるが、もしかしたらという予想があるからだ。 「俺は人であり、ただの神父だ。それが事実だ。家族を失った後に育て親が神父であったから、教会で生活していたから、神父になっただけだ。俺はそれ以上でもそれ以下でもない。だから、何者だと問われても俺は『神父』だったという答えしかお前等には返せない。」 魔界にいても、それは変わらない。変えるつもりもない。他の魔族に会えば答えるだろう。自分はただの一介の神父だ、と。 「だが、俺が望まない真実も確かにある。・・・きっと、すぐにわかる。それに、薄々お前等も馬鹿じゃないのなら気付いているだろう?」 何をと四人は聞かない。 魔界の住人で、それも魔王の子となれば、『カルタルト』という名はよく知っているものなのだ。 知らない方がおかしいぐらいだ。 カルタルトとは、失われた言葉で裁く者の意味を持ち、神と神の子を指す名だからだ。 同様に、ベルディックというのは魔王と魔王の子を指す名でもあり、第一子からそれを指す言葉とベルディックとつけて魔界や神界で呼ばれている。 名前は相手を支配する力を持つものだからこそ、共通してそう呼ばれるのだ。呼び名がなければ不便だということから、いつの間にか定着した名なのかもしれないが。 話を戻すが、つまりはカルタルトとグレンディスが名乗るということは、神の関係者だと名乗っているのと同じなのだ。そして、相手を支配する為に必要な、相手に知られてはいけない名前がグレンディスということになる。 その名前を知られ、支配されているからこそ契約という形で今現在魔界に留まることになっているのだが。 本来なら、ただ名前を支配して隷属させるだけなら、魔族も神族もよくやるから問題はない。支配される側にとっては不便でしかないが。 カルタルトというのは魔王にとっては敵であり、支配するということは堕とすということであり、神の力を弱めるということと同じ。だが、そもそもカルタルトを名乗る者が人の世にいるはずがないのだ。 「俺は人だ。だが、『カルタルト』という名はお前等にとっては敵だろう?俺はどうしてその名がついているのかは説明する気はない。けれど、その上で契約を続ける気ならそれでもいい。だが、無理だというのなら、契約を無効にする。」 「無効にする・・・?どういうこと?」 「俺がグレンディスという名を一時的に捨てれば、契約対象がここにはいないのだから、なかったことになる。つまり、この契約は無効になる。」 「名前を捨てるなんてこと、普通はできないわ。」 「そうだな。だからこそ、名前を隠して支配されないようにするわけだからな。」 「どういうことだ?」 名前を捨てても名前は戻る。絶対的なそれは支配と同じ。だが、アルシファだけはもう一つの名前を知っているから、無効にはならないだろう。 他にも無効にする方法があるので、別に問題はないが。 「どうする?」 少し不安げにフェンが尋ねる。 「ねぇ、ディー様。」 「何、フェン。」 「契約が無効になれば、ディー様は魔界から出て行くの?」 「そうだな、ここに居場所がなくなるからな。」 順番に頭を整理するように訪ねるイルドゥカ。 「はじめから、この城にとらわれていなかった、ということか?」 「半分は支配されてたけど、どうにかしようと思えばどうにかできていたのは事実だ、イル。」 あまり考えてもわからないのか、とりあえず今聞こうと思うことを聞くシーラスカ。 「じゃあ、なんで今までやらなかったんだ?」 「いろいろ、面倒だからだ、シーラスカ。あまりにも大きな力を必要とし、あまりにも大きな影響を与えかねないからだ。」 他の三人の問いと答えを聞いた上で尋ねるエルディー。 「じゃあ、今になってどうして?」 「お前等が、迷っているからだ。」 「え?」 グレンディスのことを気に入ってくれている。それはよくわかっている。グレンディス自身も最近では結構この生活も楽しいと思えていたのだから。 だが、彼等の邪魔になるようなことにはなるつもりはない。こんなのでも、魔王後継者だ。迷いは時に命を危険にさらすことになりかねない。 気に入っている相手だからこそ、そんな邪魔にはなりたくない。何より、彼等に真っ直ぐ生きて欲しいから。 そんなことを言うのは神父失格なのかもしれないが。 「・・・私はディーと契約破棄する気はありませんし、無効にさせる気もありません。」 アルシファのしっかりした言葉に、他の四人も続けた。 「ディーだから契約したわけだし、簡単に破棄させないから。」 「私だって、ディー様といたいから契約してるの。ディー様が本気で嫌だと望まない限り、聞かない。」 「まぁ、別に何者でもいいぜ。一緒にいた方が面白そうだし。愛しいフェンの友達だしな。」 「別に迷ってなどいない。後継者の権利を捨てた時と同じ、決めたからそう行動しただけだ。だから、契約したのだ。後悔などない。」 正真正銘の馬鹿ばかりだ。そう思った。 「後で殺したければ殺せばいい話だしな。」 「そんなことしません。」 「わかんないだろ、そんなこと。」 何を考えていると訴えかける目を見ていられず、すっと逸らす。 「俺は、『カルタルト』と名を持った天界人を知っていた。」 「ディー?」 「『ベルティック』と名乗る魔界人も知ることになった。今はもうこの世にいない奴等の記憶を読んだことがある。」 「あの、ディー?どういう・・・。」 「どちらも人の世で最後を迎えた。ただ、彼等の名が人の世に残り、たまたま俺がその名と同じ名のつく場所で生まれた。それだけ。だが、名の影響力は大きい。特に、その名が何を指すのかを知っている者達にとっては。」 「じゃあ、ディーってカルタルトを名乗る誰かの子孫ってこと?」 「姫さんやっぱり只者じゃなかったわけだ。」 「そう思っていればいい。これ以上、詳しく説明する気はないし。長くなるから面倒だ。だが、俺は確かにカルタルトとベルディックの名を持つ者を知っている。それが、俺の名がカルタルトを名乗ることになった理由の一つだ。」 カルタルトとベルディックの名を持つ者が、それぞれの場所にいられなくなれば、向かう先は人の世しかないのは事実だ。だから、過去に何らかの出来事で魔界もしくは天界にいられなくなった者達がいれば、人の世にいてもおかしくはない。 けれど、過去に残っている記録では、連れ戻されるか人の世で始末されているものしかない。 だから、どこまでが真実で何がまだ隠れているのか今のアルシファにはわからなかった。 しかし、それでもアルシファはグレンディスを手放す気はすでにない。その気持ちに変わりはない。 「ん?じゃあ、何で魔界では元気なの?」 フェンが疑問に思い口にしたら、エルディーもフェンと同じように首をかしげる。 いくら人との交わりで薄れたとしても、魔界の気の中で生きていくことは無理だ。 「ベルティックのことも知っていたということは、その子孫とカルタルトの子孫の誰かが交わったってことじゃないのか?」 イルドゥカの言葉にそういうことか、と二人は納得した。 「ディー様って、人と魔界人と天界人のハーフってこと?」 「さぁ?」 「もう、教えてよ〜。」 あくまで、記録として残っていただけで、グレンディス自身もはっきりそうわかっているわけではない。だから、今ははぐらかしておくことにした。 「まぁいいや。ディーはディーだから。」 「そうだな。」 「うーん、そうだけど・・・兄様?」 ふと、静かに何も言わず、真剣な表情をしているアルシファに少しだけ心配するフェン。 「今日はもう疲れたし、寝る。お前等は来るなよ。フェンも、今日はごめんな。」 文句を言う男と騒ぐ男とそうだなと言う男。そして、今日のことを思い出したのか、にっこり笑顔でおやすみと言うフェン。そんな四人に、はっきりと言えない自分に葛藤が渦巻いていた。 「アルシファ。」 俺の言葉に反応する五つの気配。 「あと一つ、一番魔王後継者として近いお前に話をしておかないといけないことがある。」 「・・・。」 「じゃあ、おやすみ。また明日。」 四人に言い、部屋に行くぞという言葉についていくアルシファ。 「アルだけずるい。」 「一緒に寝られるのはずるい。」 「違う。名前呼ばれてた!俺なんてまだ呼ばれてないのに。」 「元気出せ。俺も呼ばれることはほとんどない!」 「それは自慢することじゃねー!」 「そう言えば、イル兄は名前ね。」 そのフェンの言葉に止めをさされるかのように落ち込むエルディーだった。
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