悪魔に好かれた神父4

 

その日、キッチンからおいしそうな香りと、楽しそうな鼻歌が聞こえてきた。

キッチン。そこはここの主達が足を踏み入れない、使用人達の領域。最近では、グレンディスに食事を作れと言い、作らせる日々で顔を見せるようにはなった。だが、作って欲しいと頼み、それをわかったとグレンディスが承諾しない日は決して足を踏み入れない。

誰だって、できれば踏み入れたくない場所だ。しかも、鼻歌の相手が誰かとわかれば余計にだ。

それでも、城の主は顔を見せた。

なぜなら、ぶらぶらとさせる鼻歌の主の足が見えたからだ。つまり、別の誰かが料理をしているということだ。

「いったい、何してるんですか?」

「あ、兄様。」

そこには、自分が頼んでもなかなか料理を作ってくれないグレンディスがエプロンをつけてお弁当を作っていた。

もし、あそこに立っていたのが自分の妹ならば、声をかけずに立ち去っていただろう。何せ、彼女の料理は食べれたものではないからだ。

確かに、自分は弟のエルディー同様に彼女には甘い。だが、料理の腕だけはまったく駄目な彼女の犠牲になる気にはなれなかった。その辺が複雑な兄心であった。

「ディーにも、エプロンを今度プレゼントします。」

「いらん。どうせ、お前が選ぶ奴だ。ろくなもんじゃねぇだろ。」

「ひどいいいようですね。」

さすがに傷つきましたよとへこんでも、相手は慰めてはくれない。わかっていてもむなしい。

ひらひらした、妹のピンクのエプロンをしたグレンディスに、ついちょっかいをかけようと手を伸ばしたが、簡単に叩き落とされる。

妹のフェンのことは好きだし、家族として愛している。だが、こういう時、フェンと自分との対応の差に妹が恨めしく思えて仕方がないこのごろのアルシファ。

楽しそうにしているフェンはぴょんっと台から飛び降り、グレンディスの側に寄る。そして、弁当を包んでいるグレンディスの腕をとって、行こうと急かしている。そんなフェンに満更でもないのか笑っている彼にさらに機嫌が悪くなるアルシファ。

「今日はディー様とお出かけなの。だから、兄様はお留守番。着いて来ちゃ駄目だからね。」

と、釘を刺す妹。

「ディー・・・。」

「悪いが、そういうことだ。」

「そのお弁当は・・・。」

「フェンのに決まってるだろ?」

「いえ、それは何となくわかりますが。」

「なら聞くなよ。」

何だよ、うじうじとはっきりしない奴だなと文句を言いながら、包んだ弁当を使用人達が貸してくれたバッグに詰め込むグレンディス。

見る限り、とてもおいしそうなお弁当。材料はフェンあたりが持ってきたのだろう。

「まだ何かあるのか?」

何か言いたげなアルシファに面倒くさそうにしながらグレンディスが聞いてくる。その心遣いはうれしいが、何を言えばいいのかと焦るアルシファには言葉が出てこない。

「はっきりしろよ。」

「えっと、ディーも出かけるんですか?」

「出かけるってフェンが言っただろう?お前頭大丈夫か?」

「・・・。」

「それに、こんな城に篭ってたらじめじめして嫌なんだよ。俺、言っただろう?じっとしているのは嫌だって。」

しかも、ここへ連れてこられる前からフェンとはどこか出かけようという約束をしていた、なんて言われれば、何も言えなくなる。

目の前でフェンに手を引かれて出て行くグレンディスを、ただ見送るアルシファ。

どうやって引き止めるか、どうやって一緒についていくか。考えている間にグレンディスは遠くへ行く。

気づいた時には、見送った部屋から出ても、廊下にはもういない。

すぐに探しに行こうと廊下を走るアルシファは途中でエルディーとぶつかり、事情を知ったエルディーも追いかける。

だが、二人を引き止める者がいた。アルシファの執事として城につかえるビットルである。

「グレンディス様よりお預かりしたものです。」

と、差し出されたのは白い封筒。中には一枚の便箋が入っていた。

「ディー・・・。」

「この弁当で今日は大人しくしとけってことだよな?」

「そうでしょうね。」

だが、自分達の分もある。それが今はうれしいのでしょうがないと諦める二人。

すぐに手紙に書かれたキッチンの冷蔵庫の中を確認する。そこにはすでに用意されていた弁当箱が二つ入っていた。

「お二方共。まだお昼ではありませんので、それまで仕事をして下さい。」

「そうですね。」

中を見て、フェンと出かけるものとして用意されたものと同じおかずで、今から楽しみになる二人。

そんな二人の子どものような喜びように、本当にグレンディスが城にきて良かったと思うビットルだった。

だからこそ、人間であろうと何だろうと、主が言うしむしろよい方向へ動くので何も言わない。けれども神父である彼には迷惑をかけているなとは、最近思う悩みでもある。

これ以上、何事もなければいいのだがと願うビットルだったが、すでにお出かけ先でさらにトラブルとも言える事態・・・騒がしくなる出会いを果たしているなんて思いもしないだろう。

 

 

 

 

魔界でありながら、唯一天界のように神気を放つ木々の生える小さな庭のような場所がある。透き通る、綺麗な水が流れ込む泉。ここに、一匹の飛竜が降り立った。

「大人しい飛竜だね。」

「この子は私が信頼をおける最高の相棒だもの。ね、チャルカ。」

お礼を言って背から飛び降りたフェンは、擦り寄ってくるチャルカの頭をなでてやる。

そんな二人を仲がいいなと思いながら、なんだか自分も嬉しくなる。暖かい感じがして、いいなと思うのだ。

「ここはね、魔界に唯一残された、天から落ちた者の住処なの。」

飛竜を木々の側にいるようにいい、フェンは中央へと歩いていく。それにグレンディスはついて行きながら話に耳を傾ける。

「昔、ここには一人の天界人がいたの。天界人は、誤って天から魔界へ堕ちてしまった。まぁ、ドジだったんでしょうね。でも、それはとても一大事。天界人が天から魔界に堕ちることは堕天、つまり出来損ないの魔族になること。」

「堕天使ってことだね。」

「純白の翼は汚れて散り、薄汚れた黒い翼に成り代わる。神が追放したわけでもないのに、彼もまた堕天することを望んだわけでもないのに、翼を奪われてしまう。そうなってはもう天界人ではなくなってしまう。だから、彼は魔界に己の力を使って天界の地と同じ『庭』を作った。」

「それが、この場所なんだ。」

魔界にもこんな場所があったことにも驚きだが、少し興味深い話だ。

魔族ならば天界人や人間を好き好んで懐におこうとはしないだろう。それなのに、魔界にこんなにも綺麗な場所を作り、それがそのまま残っているなんてすごいと思えた。

しかも、この場所はまだ死んではいない。先ほどからあちらこちらでこちらを伺う妖精の影があるからだ。害がないとわかれば、こっちに近づいてきてくっついてくる。

まったく、魔界の空気のしない庭。魔界に似合わない聖なる者達が住まう場所。

ちょろちょろと周囲を動き回る小さな存在に、好きなようにさせておくが、あまりまとわりつかれると気になって仕方ない。どうにかできないものかと思っていると、フェンにこっちと呼ばれた。

そこには、テーブルと椅子に簡単に木々の間に布の屋根をつけただけの、休憩するためのスペース。

すでにフェンはそこに鞄を置いて、中身を広げている。グレンディスも急いで追いかけて、持っていた鞄をテーブルの上におろす。

「さっき言ってた天界人の話。この場所でその人はお茶会をしてたらしいのよ。」

カップを出してそう言うフェン。なんだか、この口ぶりではその相手を知っていたように錯覚する。

「魔界の悪魔にとって、ここに住まう天界人・・・天使って呼んでた人もいたけど、気に食わなかったみたい。まぁ、種族間の争いが絶えないからしょうがないのかもしれないけど。」

聞かなくても、最終的にはその人は命を落としたと想像がついてしまう。

「この場所に悪意を持った者が入れないように結界を創って、妖精達を守ってその人は命を捨てた。・・・そう、母様から聞いたわ。」

こんな話はディー様にするものじゃなかったわねと、フェンをお茶入れようと話をかえる。

それ以上聞かない方がいいのかと思い、グレンディスも紅茶を入れてきた水筒を鞄から取り出す。

「私には兄様がアルシファ兄様とエルディー兄様以外に二人いるの。そのうち一人が私によく付き纏ってくるのだけど、妖精や天界人が嫌いなの。」

だから、ここは私の秘密の休み場なのだとフェンは言った。秘密にしておかないと、その兄が何をするかわからない。

フェンは立派な悪魔だ。それこそ貴族以上に階級の高い魔族だ。それでも、人の世の森やこういった天界に近い場所も好んだ。

理由はフェンもわからない。だけど、落ち着くのだ。

魔界の空気が嫌いなのではないが、この場所は違う意味で休める場所なのだ。だから、誰にも話さずここへ来てはくつろいでいる。

「ディー様と最初に会った日。今でもしっかり覚えてるわ。あの時、本当に『神父様』が『天使様』に見えた。」

「それは・・・。」

「天使様じゃない。それはわかっているわ。でも、ここの空気と同じ空気と『匂い』を持つディー様に、本当ならそのまま二度と会わないのが私達だけど会いに行った。それこそ、ディー様を取り殺そうなんてことも、思いもしなかった。」

言ってしまおう。そう思っていたフェンの本心。

「悪魔なのにこの空気が落ち着けるのが何故か知りたかった。だから、同じ空気を纏うディー様にあの後何度も会いに行った。」

「人格は無視されていた、ってことだね。」

そのディーの問いかけに慌てて首を横にふって否定する。必死なその姿を見て、やはり可愛いなと思ってしまう。

フェンがいつもグレンディスという人間を否定したことも認めないということもなかった。

それをわかっていても、つい言ってしまう。そうやって反応を返すところも妹とそっくりで、間違えそうになる。

自分こそ、彼女を妹に重ねて見ている。

水筒の蓋を開け、中身をカップへと注ぐ。それを面白そうに見ているフェン。「どうぞ」と差し出せば、「ありがとう」と返す。当たり前のやり取り。だけど、懐かしく思えるやり取り。グレンディスも椅子に座り、自分の分を手に取る。

「いただきます」

一口飲んでから、手を合わせる。そして、広げたお弁当の中身をとり、口にする。

誰かと共にする食事は魔界にきて日常となりつつあったが、人の世で一人で食べていた頃を思うと、なんだかいつもよりおいしく感じられる。

「このサンドイッチは何が入ってるの?」

「トマトとレタスとツナとタマゴだよ。」

「こっちは?」

「チーズカツ。」

おいしいと言いながら食べてくれるフェンを見ながら、自分も食事を進める。その時だった。

「・・・最悪。」

フェンが急にいつもより少し低くなった声でつぶやき、飲もうと手に持ったカップをテーブルの上においた。

「ディー様。この範囲の中から外へ出ないで下さいね。」

立ち上がり、グレンディスの顔も見ずにフェンはそう言った。彼女にしては珍しく不機嫌な様子で、さすがにどうしたのだろうかと不安になるグレンディス。

そこへ、ザザーッと周囲の空気を変える何かが現れた。さすがに生暖かいまとわりつくような嫌な風にグレンディスは繭を潜める。妖精達は怯えて隠れていく。

そんな中、二人の目の前に風の渦が現れ、やんだ時には男がそこに立っていた。

「・・・知り合い、なのか?」

それとも、いくら魔王の子であっても敵がいないわけではないのでそれかと聞くと、「敵ではないわ。親違いの兄よ。」とフェンは答えた。

そう言えば、アルシファとエルディーの側にいすぎて忘れかけていた同じ魔力の流れ。力はあの二人には及ばないが確かに似ている。何より、かぶっていたマントのような上着からチラリと見えた指にはめられた指輪。それには血族だと示す彼の名の印があった。これで彼がフェンの身内だということは間違いない。

しかし、グレンディスにとっては困った事態だ。いくらあの三人が自分の事を気に入っているといっても、この相手はそうとは限らないし、大人しいとも限らない。

命を狙わないという保障すらない。なぜなら、彼はアルシファ達と同等の位置に立つ魔族なのだから。

「探したよ、フェン。」

金色の瞳が怪しく光る。その男は真っ直ぐフェンだけを見ていた。

「まったく、恥ずかしがらなくてもいいのに。そんなところも好きだが、照れて逃げる君を探すのも大変だから困ったものだよ。」

一気にこの男の印象が変な方向へ下がっていく。まったく自分は眼中にないということに気付き、そのことにはほっとするものの、あの双子同様に変なのが現れてしまったと頭が痛くなる思いだ。

「毎回言うけれど、勝手なこと言って感情を押し付けないで。」

「そんな照れて怒る君も好きだ。」

「いい加減にしてよ、シーラスカ兄様。うざい。」

「今日も心に響く言葉だ。」

「ちょっと、人の言ってること理解してる?!」

どうやら、一方通行のようだ。こういう勘違い男はどこにでもいるのだと再確認するグレンディス。実際、自分もこういった変なのによく絡まれたので、思い出したら寒気のような震えが背中に走った。

だが、二人の会話が進むに連れ、だんだんと周囲に気付いた。隠れた妖精達が怯えて震えているのだ。

「まったく、こんなところまで来ちゃって馬鹿じゃないの?」

「君のいるところなら、どこへだって行くさ。」

「それが迷惑なの。何度言えばわかるわけ?それに、ここは貴方みたいな人がくる場所じゃないわ。」

その言葉の意味はきっとこの男だってわかっているだろう。空気すら、魔界にふさわしくない場所。

「わかってるさ。だが、そもそもこの場所事態が問題だ。」

そう言って、側で怯えている妖精を見下ろす。獲物を見つけた肉食獣のように、敵意を妖精へと向ける。

「悪魔がどこに行こうか、ここは魔界なのだから問題ないだろう?それに、こいつらだって、理由はどうであれ、魔界に来たんだ。こちらの理に従うべきだろう?」

それは確かに正論かもしれない。だが、その一言で片付けることはできないことだってある。

だが、フェンとは違い、この男はグレンディスが知る悪魔と同じかもしれない。すっと手を妖精へと伸ばす。その影が妖精の身体を捕らえ、鋭い爪が襲いかかろうとしていた。

止めなさいとフェンが止めようとする中、男は面白くなさそうに妖精の命を奪おうとしていた。

その時だった。

「影の道を繋げよ。動きを封じる鎖を打ち砕き、彼の者を我手に。黒い風!」

男の登場でどよんだ空気が、一瞬で澄んだものへと変えたその声。突如、男の足元から風が舞い上がり、切り裂くように襲い掛かった。

「なっ・・・誰だ・・・?」

「ディー様?!」

フェンとの会話を邪魔された男は怒りを露にし、フェンは慌ててグレンディスの方を振り返った。

そこには、妖精をあやすグレンディスの姿があった。

天界の者と見間違うような金色の髪に魔界の空気に染まらない澄んだ気配。しかし、今使った魔術は天界の者が使わない暗黒魔術。

「お前、何者だ?」

低くなる、男の声。ここにきてはじめて第三者を認識した男は、グレンディスをじっと見る。

だが、そんなことで怯えることはないグレンディス。そもそも、あの双子やフェンと一緒に過ごしてきた時間を考えると、いちいち反応していられない。

「そいつ、人間なのか?」

天界の者であるのなら、白い翼を持つ。悪魔ならば黒い翼を持つ。何らかの自己や故意に翼を失うことだってあるが、そうなれば、あったという『気』は残る。翼が復活することはなくても、それによってわかるのだ。

だが、グレンディスにはその気すらないし、翼を隠しているようにも見えない。

ならば、答えは一つしかない。

「だったら、何だというの?」

グレンディスを背後に庇うように、いつでも魔術発動が出来るように体制を整えながら男を睨みつけるフェン。

今までのように、男の好きにはさせない。この男は、フェンに近づく男を全て殺してきた男なのだ。はじめから興味はなかったが、そんなことになるのならと自分は側に兄しかおかなかった。

だが、はじめて一緒にいたいと思った人間ができた。それがグレンディスだ。

命の恩人である彼を危険にさらすわけにはいかない。これは自分の我が侭なのだから。

絶対に、手出しはさせない。今にも飛び掛りそうな勢いで警戒しているフェンに、不思議そうな顔をする男。

目線の先はグレンディスの右腕にある黒い輪。そこに記された名を見たからだ。

フェンを含め、自分の兄二人の名がそこには刻まれている。つまり、手を出すということは彼等三人に牙を向くことと同じなのだ。

「ディー様に手を出すのなら、シーラスカであっても殺すわよ。」

そのフェンの言葉にやれやれと敵意を一気にかき消す。そこまで言われなくても、その腕輪が手出ししてはいけないことを語っている。

そもそも、あの双子が関わるのなら話は別だ。あの双子に喧嘩を売る馬鹿は何もわかっていないただの馬鹿だ。

しかし、他者に興味を持たないあの双子、とくにアルシファが契約したとなると、反対にこの人間に興味を持ってしまう。

これは面白いことになっている。ニヤリと笑みを浮かべる。

フェンの側を通り過ぎ、いつの間にかグレンディスの目の前に移動したシーラスカ。

突然の行動に、振り返って慌てるフェンの目の前で、グレンディスの顎に手を添える。

いつの間にか近くにある顔に、どこぞの馬鹿と同じ状況になってるなとどこか他人事のように考えるグレンディス。

「フェンの好みには間違いはないけど、あの双子もそれなりに趣味いいね。」

くくくと笑う男。悪魔にはろくな奴がいないなと顔をしかめるグレンディス。

「綺麗な人間だな。気に入った。」

気に入られてもうれしくないと、嫌そうな顔をしたグレンデイスの様子に、フェンが引き離そうと手を伸ばした時だった。

一瞬、その場の時間が止まった。

「っ?!」

すぐに声をあげそうになるが、声は外にでることはなかった。何故なら、シーラスカによって口を塞がれているからだ。

やはり、こいつはあの双子と同類だ。同じ血が流れているに違いない。

ぞわぞわと、背筋に走る寒気。

思い切り腕で相手の胸を押し、少し離れたのをいいことに蹴りをいれる。だが、変な奴であっても実力者だ。至近距離で油断していると思ったが、簡単にかわしてくれた。あの双子同様に腹立たしい奴だと認識する。

「フェンと同じ恥ずかしがりやさんなんだね。」

可愛いねとか言われても気味が悪いだけである。本気で消し去りたい。そう思った。

「ま、フェンが認めるなら、人間であろうと側にいるのは構わないよ。女同士のお茶の時間は大切だからね。」

この男、今何と言っただろうか。やはり、双子よりも先に殺してしまいたい。

「誰が女だ、このバカその3!どこをどうみても男だろうがっ!」

にっこり笑顔で立っている男に蹴りを入れる。だが、少しよろけただけであまりダメージにもなっていない。やはり、ただの馬鹿でない。わかっていても腹立たしい。せっかくの一日がこいつのせいで台無しである。チッと舌打ちをして言い捨てる。

「そんなこともわからないのなら医者に行って来い!」

だが、少し男が考えているようだった。さすがに怒ったのだろうかと相手の様子を伺う。

「本当に、男なのか?」

「男だったら何か問題があるのかよ。」

じっと相手の動きを見逃さないように睨み付ける。そんな二人にフェンはグレンディスを庇おうと割り込もうとしたときだった。

「いや、それはおもしろいなと思ってな。」

何が面白いのかわからないが、拍子抜けするぐらい面白そうに笑っていた。やはり悪魔にまともなのはいない。そう思う。

だが、次の瞬間、どこかでみたことがあるような嫌な笑みを浮かべた男に、一歩下がるグレンディス。あの笑みは絶対に関わってはいけない。本能がそう告げていた。

「気に入った。お前ならば、フェンの側にいても構わない。何より、契約済みみたいだしな。ただし、手はだすなよ?」

わかった?と思い切り近くにある顔がじっと真剣に見てくるので、ついうなずくグレンディス。

そして、そっと右の黒い腕輪に手を触れた。すぐに気付いて手を振り解こうとしたが遅かった。

じわっと、焼け付くような熱さが腕に伝わる。

そして、この男の印が腕輪には刻まれていた。

最悪である。それでなくても変なのに懐かれているのに、それ以上に変なこの男と関わりを持つなんて、教会に帰りたくなってくる。

確かに、他の魔族から見れば、魔王の血族のうち四人もの印を受けた者に手を出す馬鹿はいないだろう。それこそ自殺行為であるし、反対に面白がられるだろう。こんな悪魔ばかりが住まうのだ。絶対そんな気がする。

本当に、この世界にはまともな奴はいないのだろうか。

「それで、名は何というのだ?」

「誰が教えるかーっ!」

この時、はじめてまともに男にヒットした。吹き飛ばされて倒れた男に意識はない。

「ディー様、大丈夫ですか?」

「ええ。なんとか・・・。」

駄目だ。こんなことで動揺していてはやっていけない。そう思っているのに、変なのが沸いて出てくる。

しかも、幻聴が聞こえてくる。と、どこかで自分の名前を呼ぶ声を聞いていた。

「ディーっ!見つけましたよ。」

しかし、それは空耳ではなかった。

背中にべったりくっついた悪魔。

「あれ?シーラスカじゃん。」

何で寝てるんだと、側にしゃがみこんで覗き込むエルディー。

はぁっとため息をつくグレンディス。

「シーラスカに何かされてませんよね?」

「兄様っ!ディー様キスされたわっ!」

やっぱりしばらく追放するべきよと言うフェンにそうですねと、笑ってない目がグレンディスを上から見ていた。

どうやったら、平和に過ごせるのだろうか。そんなことを考えながら、半分諦め気味でグレンディスは増えた二人分のお茶を入れるのであった。

 







あとがき
だんだん兄弟がそろっていく。たぶん、四男が一番変な人だと思われる