この命は貴方の為に


      そう言うと、いつも貴方は怒るけれど


      本当に、いつもそう思っているのですよ

 








      ですから、

 









      貴方のためなら、どんなことでもしますよ




      それが禁忌であろうとも・・・

 




























     序

 




 静かな夜は唐突に騒がしくなる。

 何者かによって、事件が起こったのだ。それも、世界を騒がすような大騒動だ。

 天界と地界の間にある、全ての世界の均衡を保つ柱というべき宝玉が、盗まれたのだ。最大機密にされて隠されているそれは、厳重に保管されていたはずにもかかわらず、いとも簡単に盗まれてしまったのだ。

 気付いた者達は、慌てて正体のわからない犯人を追いかけた。

 彼等とて、通常ではありえないような力を持つような者達である。逃げたと思われる方向を探って追跡するのは、そう難しい事ではない。

 しかし、相手はそんな追っ手を嘲笑うかのように、近づいては姿を消す。彼等と同等、もしくはそれ以上の力を持つ者でしか、ありえないような事。

 彼等にもプライドがあり、その宝玉を守らなければ世界の均衡が崩れるという大惨事になりかねない。だから、そのまま逃がすわけにはいかない。

 追いかけ、やっと犯人に手が届くところまで来た時だった。

 相手がその手を避けようとした際に、その者の懐から宝玉は滑り落ち、呆気なく砕け散ったのだ。そして、粉々に砕けてた欠片は様々な世界へと飛び散ってしまった。

「なんて事をしてくれたんだ!」

 長い追いかけっこの末に捕らえた者に、怒鳴りつける地界の支配者。

「このままでは大変な事が起きる。」

 困りだして頭を抱える天界の支配者。

 このままでは神界や魔界に冥界、精霊界にまでも影響が出てくる。何せ、ここは全ての世界の中心で、均衡を保つ為の柱がある場所。管理は天界と地界の代表者がしていて、間違いは許されないのだ。

 それ故に彼等は今回の事態に慌てた。処罰を受ける覚悟は、盗まれた時にしたが、戻らないとなると、処罰だけではいかない。

 世界の均衡を保つ宝玉がなくなり散り散りになった今、全ての世界が傾き始める。境界線が崩れて交じり合い、崩壊への道を進むだろう。

 今まで積み重ねて得たものは、全てが無に還る。多くの命もまた奪われてしまう。さらに深刻な事態としては、世界が全て混ざり合い、お互いが争いあうような世界になってしまう。

 こんな事態が予測される。

 代表者達は今回の事態を引き起こした者、何処にも所属できない異端児である青年をこの事態の対処をさせる為に使う事にした。

 彼等は表立って動けないからだ。それに、己がしでかした事の重大さを身を持って理解させるのには丁度良かった。

 捕らえられた後、青年は慌てふためく彼等を見ながら大人しくそこにいた。

 その態度がまたたいそう腹の立つものだが、今はそれどころではない。

 二人は青年に命令を下した。散り散りになった宝玉の欠片を一刻も早く集めてくるようにと。

 そして、青年に集める為に一つの瓶を持たせた。見つけた宝玉の欠片を入れる為の瓶。特殊な術が施されている瓶。

 

 こうして、青年の世界を飛び回る長い旅が始まった。

 相棒を一人つれて、青年は己の持つ力を使って行方を追い、宝珠の欠片を探し彷徨い歩く。

 

 

 














    一 ある町で

 




 晴天に見舞われ、見上げるほどの空がそこにはある。

 その空が突如何か起こったのかおかしな姿を見せる。

 グニャリと歪んだ空という空間は、まるで無理やり力を加えて歪めた透明のセロハンの幕がはっているのように見える。

 もし誰かが見えていれば、突然の異変に驚き騒いでいた事だろう。

 あたり一面を見渡せるほど視界が広く空も明るいが、幸いなのか人の姿はここにはなかった。

「っと、やっと出れたぜ。」

 そこから一人の青年が顔を出した。少し長い髪は後ろで、両端に飾りのような丸い珠がついている赤い紐で結い、バンダナのようなものを額から後頭部にかけて巻かれている。服は首に装飾を一つつけ、右腕にも輪をつけていてる。それ故に一見貴族の端くれのように見えるかもしれないが、服は簡単なものでとてもそうは見えない。

 そんな彼は必死に上半身を乗り出して、まるで窓から覗いているかのように、グニャリと歪んだ空という空間から顔を出している。本当にそこに窓が存在しているかのように、建物があれば誰かがいればそう見えたかもしれない。しかし、生憎これだけ広がる視界の中で、建物らしきものは見当たらない。その高さまでは、この辺の地域では無理である。

 それなのに、彼は何事もないかのように、そこから広がる視界に入る景色を見て、騒いでいた。

 今日もいい天気だと、のん気な事を言いながらもたもたしていたので、背後から青年とは違う声が聞こえてきた。少し怒りを含ませながら早口で言う、青年とは違った幼い少女のような可愛い声。

「出たなら、はやく出てよ!」

「あ、悪い。」

 青年はその声の主に押し出されるようにそこから体を出して、後ろから来るであろうもう一人を待つ。

 ごめんごめんと、二回苦笑いをしながら謝る青年の姿は、なんとも間抜けだった事だろう。

 そんな青年の背後からは、声の主だと思われる黒い猫が一匹、ぴょんっと飛び出してきた。

 綺麗な深く濃い光で輝きを見せる蒼い瞳を持った、光を吸い込むような漆黒の毛並みを持つ猫だった。

 光の加減で、銀の輝きを放つ事もあるそれを風で揺らしながら、青年の肩へと飛びついた。それが、彼等のいつもの旅をするスタイルだ。

 そんな彼等二人は今、空と言う空間に漂っている。もちろん、この場所には重力というものが存在し、ものが地上へ引き寄せられる力が働いている。

 つまり、通常ならばとっくに落ちているはずの事態でありながら、彼等は漂っていた。通常から考えれば可笑しい事だが、まるで重力は存在しないものであるかのように、無視されている。

 今彼等がいる場所は、何処を見ても果てしなく続く緑と山がある。人通りの少ない丘の真上。遠くまで見晴らしがよく、吹き抜ける風が心地よい。

 だが、こうも丘が続いてその先にあるのが山だと思うと、面倒だなと思う。目的の場所であったとしても、自然の中から探すのはいろいろと大変なのである。

 だが、もう少し先にかすかに街が見えた事で、間違えてこの場所へ繋がって降り立ったわけではない事がわかる。

 今回もまた、いつもと同じ事だろう。あの街に、きっとあれはある。

「今晩はあそこにお邪魔するかな。」

「・・・そうね。ちょうど匂いもあるし、あそこに一つ欠片があるからちょうどいいじゃない。」

「なんか、嫌な予感がするけどな…。」

 青年はいつも、その予感が当たってきたので、今回もただではすまないだろうと、少し気分が降下する。出来れば、厄介ごとに遭遇せずにすませたいからだ。

 だからといって、何も起こらずに事が運ぶのは物足りなさを感じる。まったくもって、矛盾した考えを持っていると苦笑する。

「予感が何なのか…。なんか、やだなぁ。」

「しょうがないでしょ?でも、今回も何か素敵な収穫があるかもよ?」

「だな。」

「いちいち、予感なんかの為に獲物やあれを見逃すわけないでしょ?」

「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがるんだよ。」

 悪戯好きな子供のような笑みを猫に向けて、青年は空をまるで地面を走るのと同じように蹴り、街の方へ向かっていった。

 二人は風のように空を進み、誰にも見られる事なく街へと降り立った。

 そして、街中を歩き始めた。

 

 

 街中ではたくさんの人が通り、多くの店が声を張り上げて商品をお客へと売っていく。

 品物を売ってお金を稼がなければ生きていけない時代になってきた。それも、大変な額が必要となってくる。だからこそ、皆が商売や買い物を楽しむように見えるその内では、黒い闇が渦巻いて様子をいつも伺っている。

 そんな中、泥棒という大きな声がはりあがり、誰もがその声の方向を見る。本日二度目の泥棒発見の声。

 今回は深く布を被って顔を隠している小柄な子供が、パンを抱えて走っている。その後ろからは、その子供に品物を盗られたであろう店の主人がカンカンに怒って、顔を真っ赤にして恐ろしい形相で子供を追いかけていた。

 町を歩く人や他の店の者は知らぬふりをして、もうその二人の追いかけっこを見るものはいない。興味を示すのは、最初だけ。そして、最後の結果報告だけ。

 この町には貧富の差が激しく、特に子供は親が生活できなくなって手放す事や、さらなる権力を手に入れる為に領主が起こした内戦に巻き込まれ、親を亡くなった子供達が多く、町では親がいない子供で溢れかえっていた。

 残された子供達は、今を、そしてこの先を生きる為に店から品物を盗む。自分だけではなく、一緒にいる仲間の分も合わせて、お金の無い彼等は生きていく為に一生懸命行動を起す。

 今はどこも、子供を雇うなんて考える雇用先はほとんどないから、余計にそうなってしまうのだ。

 そんな町なので、盗みがあったからといって他の者は手を貸そうとする事はない。そんな事をすれば、店から少し目を離せばまた別の子供が現れて、今度は自分の所の商品を盗んでいくからだ。

 これでは、自分の方が損をしてしまう。損だけはどうにかしてなくさなければ、彼等も生きていけないのだ。街は、そうなってしまっていた。

 さらに、客は客で子供に鞄を取られないようにと、しっかりと自分の持ち物は持っておかなければいけない。少しでも油断すれば簡単に取られてしまうのだ。

 日々、子供達は学習してあの手この手と使ってこの毎日を過ごすのだから、油断はできない。油断から、破滅を呼び寄せてしまう事もあるからだ。

 盗みの件は、声の上がり先を確認して、その後はその追いかけっこがどうなるか後で結果を聞けばいい。それだけで充分なのだ。誰も、自分の身が大切なのだ。

 誰もが生きていく為にすること。店は商品を守り、客は鞄を守り、何もない子供はそんな者達から盗んで生きていく。それが、この街で生まれた者達の生きる為の術。

 働くものはしっかりと働き、その半分の利益を領主へ捧げ、何もないものは捕まれば酷い仕打ちを領主から受ける。全ては領主が支配し、領主の考えで左右される世の中になっていた。

 誰も逆らわない。逆らえばもっと酷いことになることを知っているから、誰も知らぬふりをする。誰もが自分の身を守る為に、見て見ぬふりをするのだ。

 誰も、手を差し伸べることはない。自ら危険を懐へ入れるものなど、いない。

 だからこそ、どんどん生きる術を失って死んでゆく子供達が増えていくのだ。

 そんな不安定になっていく街。どうしようもないと誰もが思う街。子供による盗みと追いかけっこは日常茶飯事となりつつある街。

 この逃げる子供も、生きる為に盗みをした。それが罪と知りつつも、そうしなければいけないと思っていたからだ。

 悪い事や正しい事、その他に必要な知識を教えてくれるはずの親がいない彼等は、他に生きる術を知らなかった。

 生きる為に頑張ろうとする子供は、やはり大人には力の差があるのか、それとも体力が長続きしないのか。子供は走り疲れて足が絡まり、バランスが崩れた際に、ちょうど足元に転がっていた小石につまずき、転んでしまった。

 子供はこのままではまずいと本能で察し、慌てて立って逃げようする。だが、せっかく手に入れたパンを転んだ際に落としたので、拾わなければならないという思いから、散らばるパンを拾い集める時間に手間取り、追いつく時間を与えてしまった。

 後ろから店の主人が追いかけてくる足音が聞こえてきた。今にも手を伸ばせば捕まるような距離である。

 子供は残りのパンを捨ててでも逃げようとしたが、今度は自分の被っていた布に足が絡らみ、再び転んだ。

 そして時間のロスが生じ、再び立とうとする子供の前に追いついた店の主人が目の前に立ち、簡単に捕まってしまった。

「やっと捕まえたぞ。この悪ガキめ。」

 店の主人は子供の被っている布を引っ張って持ち上げた。どこの子供かを確認する為だ。

 最後の抵抗とばかりに、子供も簡単には顔をさらす事はなく、必死につかんで逃げようとする。

 しかし、子供の力では抵抗しつつも、大の大人との力の差ははっきりとしている。それは誰から見ても同じだろう。だからといって、顔がはっきりとばれてしまえば、逃げられても領主が探し出してしまう。

 だから子供は必死になって抵抗を続けた。

 だが、その抵抗は目の前の彼にとってとても大きな相手である店の主人の力に負け、頭から被っていた布はするりとずり落ちた。

 顔がしっかりと、店の主人に見られてしまった。

 しっかりと顔を確認した後、店の主人は子供の腕を攫んだ。

「ほら、立て。もうあれは食べれないからな。どうせ払えないだろうから、領主のもとへ連れて行ってやる。」

 店の主人は、子供を無理やり連れて行こうとひっぱった。だからといって、子供も素直に大人しく着いて行くわけがなく、今も抵抗を続けた。

 顔を見られたとしても、逃げられればなんとかなる事もあるからだ。領主は面倒な事は嫌いだから、わざわざ探し出しに来る事はないだろうから。

 絶対に、あの家へ帰るといつも朝に誓っているのに。あの人との誓いを守りたいのに。

 こんな時、自分の無力さを感じ、悔しい少年だった。

 

 

 そんな見るからにお取り込み中という看板が立っていそうな二人に、声をかけるものがいた。それはちょうど、店の主人が子供を無理やり引っ張り、少し歩を進めた時だった。

「それじゃぁ、あまりにも可愛そうだぜ?」

「ナ〜オ。」

 背後から聞こえた知らない声と猫の鳴き声に、ビクリと肩を震わせる店の主人。一瞬、領主を頭に思い描いたからだった。

 すぐさま、声が領主のものではないと理解した後、ゆっくりと背後を振り返った。

 そこには、肩に蒼い瞳でじとっと、まるで意思を持っているかのようなその瞳で見てくる黒い猫を連れた、この町には合わないような風変わりな若い男が立っていた。

 格好からしてこの町のものではないと分かり、たまたまここへ立ち寄った旅人あたりだろうと推測していた店の主人に、一向に返事を何も返さない相手に再び青年は声をかける。

「駄目だろ?子供いじめたら可愛そうだろ?」

「しかし、こ、こっちも商売なんだ。盗られたら、困るんだよ。だから、こいつは今から領主様の元へ連れて行くんだ。」

 確かに、それもそうだなと少し考える青年に、もういいだろうと歩き出そうとする店の主人を再び止める。

 どちらもまだ、解決していないし、見過ごすわけにはいかないからだ。

「なんなんだよ、あんたは。第一、誰なんだい?」

 その店の主人の問い掛けに、そういえばと思い出す。

「これは失礼しました。私の名前はカインといいます。こっちはキーア。私達はただの旅人ですよ。」

 猫の名前も紹介した青年カインを見て、いったいなんなんだと思いながら、余計なものには関わらない方がいいと、無視して立ち去ろうとした。

 それを、カインが許すはずもない。

「代金があれば、問題ないんだろ?」

「だがな、こんなガキにはお金なんてもんはないんだよ。だから、店のものを取るんだからな。」

「それもそうだな。」

「もういいだろ?まだ、何かあるのか?」

「そうだな…。そんなにパンの代金がほしいなら、これをやるよ。だから、その子から手を引きな。」

 カインは盗人の端くれなので、今までそういった者達とたくさんであってきた。

 お金がないから生きる為に盗んで日々を過ごす者達や、刺激を求めて盗みを行うものもいるし、理由は様々だ。

 その中で、カインが一番好む泥棒は、自分の利益の為に盗むのではなく、他人の為への盗みやどうしても必要で最後まで悩んで生きる為や人の為に盗みをする者。

 刺激や欲を満たす為の盗みは、ただの盗みでどんなに腕がよくても、愚かな賊だと思う。

 だからなのか、余計にその少年を助けたいと思ったのかもしれない。

 生きる為に悪い事だと知りながらも、自分の分だけではなく誰かの分も手に入れようとする少年。

 泥棒は確かに悪いものだが、何かの目的や強い意志があれば、見守りたいと思うのだ。

 きっと、同じ泥棒であり、輪の中に入れないはみ出し者であるからだろう。

 だから、その言い分もわからないことはないとつぶやいて、珍しく自分が変わりに代金を払おうと、服のポケットから一つ、小さな何かを取り出す。

 そしてそれを、相手へ投げ渡した。相手が取れるようにゆるく投げて。

 店の主人が受け取ったそれは、小さめな石のようなものだった。向こう側が見えるような透明な石で、光の加減で七色に輝く珍しい価値のある宝石だった。

 いきなりの事態に判断が遅れながらも、店の主人は子供をつかんでいた手を離して投げられたそれまじまじと見る。

「それくらいあれば、このパンの代金ぐらいにはなるだろ?」

これなら文句はないだろうというカインに、店の主人は驚きを隠せなかった。

 これはまさしくあれだと、石の正体が理解できたからだ。

 これは、小さくてもかなり価値のある宝石である。自分が知っている程、この町では有名でありながら、実物を拝める事はそうそうない代物だった。

 過去に一度、これだけ力の支配をせず、友好関係を気付いていこうとしていた前領主が、好んで身に着けていた物と同じ。

 現領主とは比べ物にならない程の偉い方で、自分が尊敬する唯一人の領主で、彼がこの石を好み、自分に見せてくれたのだ。

 当時、店の主人は領主へ朝のパンを届けるのが仕事で、ある日、いいものを見せてあげようと見せてくれたものと同じだったのだ。

 店の主人が手の中にあるそれを見て呆然としている間に、もうどうでもいいと思ったのか、カインはゆっくりと地面に座り込んで、動かない子供の元へ近づいて行った。

 カインは子供と視線を合わせやすいように膝を落とし、大丈夫かと頭にぽんっと手を乗せて優しく言う。ここで怯えさせたりしては何も答えてくれなくなる事はわかりきっている。

 彼はたった今、生きるか死ぬかの危機に立つ事になったのだから。怯えさせれば、話してもくれないし、このままここでうずくまったままだろうから。

 にっこりと子供のような笑みで大丈夫だったかと聞くと、子供は小さく頷いて、店の主人の足元に転がっているパンを見た。

 そこには、無残にも砂が被ってしまったパンが転がっていた。

「あの人にお金は払ったから、あれは君のものだよ。俺があげたんだから、君のものなんだけど…。」

少し、無事ではないかもしれないなあぁとぼやく。もう少し早く対処していれば、こんな事にはならかったかもしれない。

「あれじゃぁ、食べれないかなぁ?どうする?…新しいのを買いに行くかい?」

 少し困ったなと、店の主人を無視して転がるパンを拾い上げて言う。もちろん、内側は大丈夫だろうと、周りについた砂は叩き落とす。

 その時、良い事ひらめいたと、少年とパンの事で気が沈んでいたカインは、急に元気を取り戻して、少年に話しかける。

 肩では、いった何を考え付いたんだかと、いつもの付き合いでろくな事はないだろうと思いながら、ため息を吐くキーアがいたが、周りは誰も気付いていないようだった。

 そんなキーアの心配を無視して、話を進めていく。

 カインは砂を掃ったパンを子供に渡してやる。中身は食べれないという事はないので、持って帰ると少年が言ったからだ。

「ねぇ、君。お兄さんちょっと頼みたい事があるんだ。聞いてくれる?」

 パンに気を取られていた少年は、カインの突然の言葉に驚き、どう答えたらいいのかと迷っていたが、小さくうなずいた。

 子供の判断の基準は、悪い人ではなく助けてくれた恩人という事で、恩返しが出来るのならしたいと思ったからだった。

 助けてもらったらお礼をするのだと、育て親であるあの人が毎日言い聞かせていたから、彼にはしないといけないと、小さいながらに考えた結果である。

 最低限の必要な相手に対する礼儀を知らない事は恥ずかしい事で、同時にあの領主と同じようになるから駄目だと言い聞かされてきた余計にだろう。

 カインはうなずいた少年を見て、さらに笑みを見せて、続けた。

「お願い聞いてくれたら、俺がもう一つ、新しいパンをあげるからな。」

 そんなカインの言葉に、子供は家としている場所に一度戻ってからなら、カイン頼みを聞くと小さく話し、歩き出した。

 それでも構わないと、カインは子供の後について行った。

 何せ、カインの用事は、その家にいる親代わりの方がいいと、思ったからだった。

 少年のような子供では、内容が偏る事があるからだった。

 

 少年はカインについておいでと手で示し、カインもそれにしたがって、二人とも黙ったまま目的地へと向かったのだった。

 

 

 













二 親をなくした者達

 




 少年はどんどんパンを持って歩いていく。

 少年が着いた先は古びた建物が立ち並び、今にも崩れてきそうなぐらいだ。ひび割れがあったりかたむいたりしている家がこの場所では当たり前のように立ち並んでいる。

 歩いている間に、どれだけ建物から砂がさらさらと落ちてくるのを見たことか。

 辺りが気になるところだが、今は見失わないように前を進む子供を追いかける。

 そんな二人を見て、珍しいのか何か企んでいるのか。

 子供と同じように、古びて破れた衣類を着ていたり、泥で顔や体を汚している者で溢ふれかえるこの場所で、ひっそりと瞳だけで二人の姿を追う者達が大勢いた。

 さらに少し歩けば、カインの服を見て何か言おうとして口を塞ぐものもいた。

 なるほどと、カインは理解した。

 きっと、自分の持つものを取ろうと考えていたか、何かもらえないかという期待を持ったのであろう。

 ここの者達にとってみれば、自分のようなものは滅多に来ない『客』であり、明らかにお金を持っていそうな自分がいるわけだから無理もないだろう。

 生きる為に罪を犯し続ける彼等にとっては、これが日常の事。

 きっと、この少年がいるから皆黙っているのだろう。

 この少年がいるからこそ、無闇に襲ってこないのだろう。

 こういった状況に陥った者達程、裏切りも多いが信頼関係の絆も多く、深い。

 今までの経験で、カインは何処も同じなんだなと、思ったのだった。

 

 

 今にも崩れ落ちてきそうで危ないなと、左右に立ち並ぶ建物を見上げながら考えていたカイン。キーアも近いうちに崩れて、けが人が出るわねと、不吉な事を言ってのける。

 そんな二人の会話を知らない少年が、ここだよと、背後についてきているカインを振り返って小さく言い、その建物の中に入った。

 どうやら、入ってもいいみたいなので、カインも何も言わずに少年に着いて中へ入った。

 一言で感想を言えば、中は薄暗い。電気はないから当たり前なのだろうが。

 その中を迷わず真っ直ぐに少年はどんどん奥へと進んでいく。それにただ、青年は着いて行くだけ。

 しばらく奥へ進んだ少年は、一番奥の部屋の扉を開けた。

 どうやらここに、この子供と一緒にここで暮らす仲間がいるようだ。

 扉を開ける子供。それと同時に聞こえてくる声と伸ばされる腕。

「お帰り。いつもより遅いから心配したんだよ!」

扉を開けるなり、子供に抱きついてきた若い女。きっと、この女がこの部屋にいる子供達を世話している育て親という奴だろう。

 部屋の中には女の他にこの少年と同じような子供がたくさんいた。結構、いるもんだなと、目の前で抱き合っている二人を無視してこっそりと見ていた。

 これでは、小さい体にあれだけのパンが必要になるよなと、子供の数を数えていた青年は、ふと女と目が合った。

 すっかりと忘れていたが、女は目の前にいたのだ。

「・・・あんた、いったい誰だい?」

 気付いていなかったのかよと、青年は苦笑する。今更だが名乗るべきかと悩んでいたら、あの少年がカインの代わりに助けてくれた恩人であると話した。

 その少年の答えに、女はその理由でここに来たのなら歓迎すると、カイン半ば無理やり部屋の中へと押し入れられた。

 奥にいた子供は恐る恐る前に出て、子供が必死に手に入れたパンの分け与えられたものを食べた。これが、彼等の一日の食事。

 ここまで貧富の差が激しいとは、青年も思っていなかった。何せ、この子供と出会う前、領主の屋敷をこっそりと覗いてきたからだ。こことは比べ物にならないくらいの、無駄の多い贅沢し放題の男。

 女は子供に均等にパンを分け与えた後、青年に向き直って名前を名乗った。どこの世界でも、挨拶とお礼は大切だ。彼女は、彼に助けたお礼を言う。

「私はここでこの子達の面倒を見ているカレン。で、この子はクロウ。」

 本当に感謝していると、心から言うように、笑顔でカインに言う女。

「この子を助けてくれてありがとう。お礼を言うわ。」

 女、カレンの自己紹介を受けて、カインも名乗る。

「ご丁寧にどうも。俺はいろいろと放浪する旅人、カイン・サンシャール。」

カインとカレンは握手を交わした。お互いを認識したという合図。

 そしてすぐに、カレンは本題へと入る。クロウから聞いた、頼みごとが何なのかと。

 協力できる事ならば、できる限りの協力をしようとカレンは思っている。クロウの身を守ってくれた代償に変わるくらいの御礼をしたいと、心から思っているからだ。

 内容がやばいものならば、決して受けるつもりはない。だが、カインがそんな事を自分達に『協力』を申し出るとは思えないという、どこかで信頼にも似た感情を持っていた。

 今日はじめて会ったのだが、相手の事を理解できたから。

「実はね、俺の旅は、ただ何気なしに放浪するだけじゃないんだ。ある目的の為に、旅を続けているんだ。」

「目的?」

「そう。俺はあるものを探しているんだ。何処にあるかもあやふやなんだが。それが見つからないと困るんだ。」

 見つかったとしても、旅を終えることはないだろうが、縛られた旅からは解放されるから、目的を果たすために今と言う日々を過ごしている。

 今、この旅は監視がついているようなもので、自由などはない。

 自分達は今まで自由気ままに旅を続けてきたから、その旅に戻る為にどうしてもしなければいけないのだ。

 そんな事まで、相手に話すつもりはないだろう。だから、その内容は言わずに話を進める。

「俺はその探し物の気配があると感じるまで放浪する旅人。だから助けた事に関しては、ただの偶然だからな。たぶん、二度目はないだろうな。次の旅へ出るから。」

「確かに、旅をするならそうなるだろうな…。」

 この街に探し物があるから滞在しようと考えていたところに出会ったのだと、出会いの経緯を話した。そして、その探し物を領主が持っている事も話した。

 カレンは子供達をあの極悪人の事に巻き込めないと、協力の内容を聞いて、悪いけれど協力は出来ないと答えた。

 あの男は、金だけで動く男で、それ以外には容赦ない男なのだ。

 彼女達の境遇を見れば当たり前の反応なので、カインは気にせずに話を続けた。

 自分が頼みたい事の内容を聞けば、それには協力してくれると思っていたからだ。

 カインはただ、領主の簡単な人柄や噂など、少しでも知っている事に関して教えてほしいのだと言った。すると、知っていることは少ないので役に立たないかもしれないといいながらも、カレンは話してくれた。

 現領主、バドリック・ディスタードの噂や人柄などを、知る限り話してくれた。自分がこうなった経緯も全て、もし必要な内容があり役に立つののならばと、話してくれた。

 話の内容を聞きながら、表情には出さないが、かなり怒りを感じさせる事にキーアは気付く。きっと、カレンは気付いていないだろうが。

「誰もがあの男には不満を覚えている。前領主様は本当に立派で良い人だったと言われているが、あの男に関しては、ただの権力者という認識しかない。」

 辛そうなカレンに掛ける言葉は見つからない。

「誰もが考えている。近い未来に、神があの男へ天罰を下すのだと。」

 悔しそうに唇を噛み締める姿を見て、思い出す過去の事。

 カインは一度目を閉じて思い出す過去を無理やり押し込んで、カレンを励ますように元気な笑顔で話しかける。

「様子をこっそり見ていたけど、本当に何様だっていうぐらい偉そうだったな。」

 カインの言葉に、理解しきれないカレン。やがて、バドリックの屋敷へ忍び込んだ事を理解し、カレンに驚かれた。

 側で聞いているクロウも驚いていた。どうやら、それ程までにも、大変な事らしい。

 職業が職業なだけに、カインにとっては門や塀を越える事は簡単に出切る事である。しかし、彼等のような普通の人間には出来ない事なのだ。

 そう言えば、忘れてたなと罰が悪そうな顔をすぐに隠すカイン。側では何やってるのよと、今にも文句を飛ばしそうなキーアが、今は後で文句をたくさん言ってあげると態度で示すかのようにそっぽ向いていた。

 カレンはカレンで、カインのような人間がいるのねと、呆れていた。

「アンタ、相当な馬鹿ね。でもまぁ、いいわ。そんな馬鹿は歓迎するよ。私は貴方のような馬鹿の味方だからね。」

「俺は馬鹿じゃないが、確かに馬鹿は好きだな。馬鹿の種類にもよるが。」

「私も馬鹿の種類によるね。領主のような馬鹿は嫌いだからな。でも、お前みたいなお人よしな馬鹿は好きさ。」

 この街の今の状況では絶対にお目にかかれないような、クロウを助けたお人よし。

 最終的には、同じお人よしな馬鹿だと言われて、クククと声を必死に堪えながら笑うカレンの姿がそこにあった。

 久しぶりにこれだけ笑ったものだ。

 珍しく思い切り心から笑っているカレンの姿を見ただろう子供達は、同じようにうれしそうに笑っていた。

 

 

 しばらくして、笑いが収まったカレンはカインの探し物がどんなものか気になり、思い切って聞いて見る事にした。

 いつもならそこまで関わろうとはしないが、なんだか知りたいと思ったのだ。

 何かを胸の内に隠すように、人と一線を引いている目の前の男の胸の内。きっと二度と会う事はないだろうと思うこの男を、知りたいと思ったのだ。

 そんなカレンの問いに、そうだなと、少し困りながらもカインは答えた。

 カインもまた、今日のような賑やかな日を過ごせたのが、久しぶりだったからかもしれない。

「小さな欠片さ。硝子みたいに透き通っていながら、宝石のように光をもって輝く欠片。」

「へぇ、そりゃぁ、あの男も持っていそうな物だね。でも、噂は聞かないからわかんないよ?」

 どうやら、カインの探し物はいかにも領主が好みそうなものだ。

 あの男は金や銀といった物や豪華な装飾品が好きだ。価値もわからないくせに、何でも手に入れようとする愚かな男。

 手に入れれば、自慢をするばかりの面白みもない男。

 確かに持っていそうだが、噂を聞かないので、間違いなのではないのかと、少し心配しながらカインの様子を伺うカレン。

「それでも、ここにあることは間違いない。それに、さっき見たときに確認もしたから間違いないしな。」

 そう言い、話は終わりと断ち切るように立ち上がったカイン。ふとある事に気付き、カレンに鞄から焼き菓子を取り出して渡した。

「クロウに俺が言った、頼み事を聞いてくれたお代と、今日の話に付き合ってくれたお礼だよ。俺は言った約束は守る男だからさ。あの男みたいに、口だけではないから、遠慮せずにもらっておいて。」

 突然の事で判断が遅れたカレンだったが、自分の手に持たされた物を見て驚く。ここら辺では絶対に食べる事は無理な高価なもの。

 甘くて美味しい、子供達が物欲しほしそうにいつも見ているもの。自分では、決して手に入れてあげられないもの。

 さすがにカレンもお礼としては高すぎると、カインに言う。

「で、でも、情報と言ったって、領主の噂とかだけで・・・。」

「それでもいいの。そのおかげで、対策を考えられたし、今のこの町の状態を知ったんだから・・・な・・・。」

 何故か背中がゾクリ寒気が走り、訳も解らぬ恐怖を覚えた。

 今、目の前にいるのは先程まで自分と馬鹿な話をしてさわいでいた男ではなく、何かに飢えた獣。いや、遠い昔に母親に読んで貰った絵本に登場する、世界を破壊する魔人のように見えた。

 この町を出る前にまた会えたらいいなと言って、最初に会って話をした時と同じようにふざけた口調と空気に戻し、カインは部屋を出て行った。

 だがしばらく、カレンは焼き菓子を手に持ったままそこで固まっていた。カインが出て行った後もまだ、動けずにいたのだ。

 カインのあの目を見て、石にされてしまったかのように体が言う事を聞いてくれず、動けなかった。

 今まで経験した事がないほどの恐怖を、あの時のカインの目を見て感じたのだ。

「・・・いったい、あの男は何者?」

 部屋にいるのは子供だけ。答えてくれる者はいない。

 当の本人も、すでに建物から出た後だったから、誰も答えてはくれない。

 カレンの中だけに、彼女は何度も繰り返し問い続けた。決して見つからない答えを探して、何度も。

 だからだろうか。カレンは自分の思考に囚われていた為に、何か決意しているクロウの目を見ていなかった。普段の彼女なら気付くはずのものを、あの目に囚われて、優先すべきものを見落としてしまったのだ。

 クロウは前から決めていたものを、今夜決行する事を決意していた。

 普段のカレンならば、すぐにクロウの考えに気付き、止めていただろう。それを、カレンは見落としてしまったのだ。

 

 

 














三 横暴な領主

 




 タッタッタッと、人が通らない建物の隙間を軽やかに走っていくカインと、相変わらず人形のように肩に乗ったままの黒猫のキーア。

「どうするつもり?かなりご立腹のようだけど?」

今は人がいないので話す事に問題はない。しっかりとした思考を持つ黒猫はカインの肩から話しかけた。

 キーアが言葉を話すと言う事は、この世界では信じられないことで可笑しな事である。その為に、今まで鳴き声でさえ、油断すれば言葉にしてしまうので、キーアは黙り続けていた。

 キーアは、人がいない裏道ともいう狭い道に来たのでカインに話しかけたのだった。

 世界によっては不便なものだが、黙っていればいいだけなので、本人はそれほど重要視していない。

「別に・・・。」

「何か、企んでいる顔だよ、それ。すぐに、ばれるから、黙っているつもりなら、隠す努力をした方がいいよ?」

「…そうだな。」

 付き合いが長いだけあってか、カインの事はお見通しであるキーア。

「それで。いったいどうするつもり?」

「ただ、思い知ってもらおうと思ってね。自分の事だけで人のことを考えない愚かな男にね。」

 カインはかなり怒っていた。キーアにひしひしとそれが伝わってくるほど、怒りを抑えきれていなかった。

 カインがそこまで怒りをもった理由は簡単。領主という立場を使って多くの民を苦しめている事を知ったからだ。

 もし、民の為にしょうがなくしている事であれば、考えは違っていたかもしれないが、今回は明らかに領主が自分のためだけに行っている行為だ。

 カインは別に正義とか人のためといった言葉は好きではなかった。ただ、人が喜んでくれたり、ありがとうという言葉をもらう事が好きな男。それはキーアその意見に同じ。

 第一に何するにも気まぐれで、考えが読みやすいと思われがちだが、一番奥そこの考えを見せないので読みにくい男と言われている。だがその反面、今までの生活のせいで素直に人の行為を受け取る事が出来なくなっているのだ。

 そんなカインを今まで見てきたキーアは、久しぶりに怒っている事に珍しく思い、少しちゃかすように言う。

 同じようにキーアもまた領主に対していい思いを持っていなかったが、こういうときしか、カインを上手く言いまとめる事はできないから、この機会を逃すはずがない。

「へぇ?世界の均衡を保つ為にある大切な宝珠を、盗もうとした男が言う言葉?」

 カインを押さえつける事が出来る、キーアだけが知っている魔法の言葉。それと同時に、寂しく思ってしまう言葉。

 ぴくりと反応を見せたが、カインはすぐに元の表情に戻り、少し声を低くして答えたを言うカイン。

 出来れば、その話は出してほしくなかったのだ。それをわかっていながらするキーア。可笑しな所で弱みを作ってしまったなと思う。

「それは言うな。」

「言い続けます。答えをくれるまでは。だから、覚悟しておいて。許さないんだから。」

「大体、あれは・・・確かに俺の事情だが、必要だったんだよ。お前には悪かったと思ってるよ。でも、全ての世界を守る主様を助ける為にどうしても、必要だったんだ。」

 世界は無数にある。そしてそれぞれを支配する上に立つ者がいる。

 神や魔王など、それぞれの世界の頂点に立つものがそれにあたる。そしてそれを作り出したのが、異端児であるカインが唯一認めて尊敬した相手。絶対の力を持つ創造主の事だ。

 カインと黒猫のキーアは異端児としてどこからも受け入れられず、こっそりといろいろな世界を飛び回って過ごしていた。

 そもそも、異端児とは、対立する世界間の種族との婚姻の間に生まれた子供や、上に立つものを脅かすほどの力を持つものの事。どの世界でも、自分の場所を脅かされるのはうれしくないのだ。

 そんな彼等はある日出会う事になった。きっかけは精霊界での精霊王生誕祝いの際に起こったアクシデントだった。二人にとっては迷惑極まりない事態だった。今、思い出してもむかつく。

 ともかくその日から、異端児同士の二人は何気に意気投合し、一人より二人の方が楽しいと一緒に放浪する事になった。

 だが、ただ一度だけ、カインはキーアに何も言わずにこっそりとある計画を立てた。それが、世界の柱とも言われる宝珠を盗む事だった。

 二人は日常、生きる為に盗みもする。かといって、盗むばかりではなく持っている独自の演技などを見せて稼いで、それでしばらく生活をする事もある。

 どんな時もほとんど一緒で、何でも話をする間柄だったが、あの日だけ、カインは一人で動いた。キーアに何も言わずに行動を起した。

 今もはっきりとあの日にどうして盗みをしたのか聞いていなかった。聞こうとすると、いつもはぐらかされてきたのだ。必要だったからとしか、カインは言わなかったのだ。

「どうしても、必要だったんだ。」

今日も、その言葉を言う。

「主様は、俺の恩人で唯一慕う人。幼い頃、俺が何処からも入れてもらえずに追い出されて孤独だった時、ただ一人、俺を助けてくれた人。」

 異端児はいつも孤独を背負って生きていく。それはキーアも同じだった。カインと出会うまでは、一人孤独に彷徨っていたのだ。

 一人気ままに過ごすのも楽で良かったが、やはり、一人というものは孤独が付きまとい、気が暗くなるので、今のこの場所が居心地良くて捨てられないなと感じている。

 そんなキーアは、カインに話をしてほしかった。何もかも自分の中だけに押しとどめずに、話してほしかった。

 出会ったあの日に、自分の思いを聞いてくれたカインの手助けをしたいと思ったのだ。

「この話はいつか話すよ。今はまだ、言えない。とにかく、今も俺が律儀のあのうるさい奴等の命令だが欠片を捜しているのは、全て主様の為。」

 そこまで話して、ぴたりと足を止めるカイン。話してほしいといつも言葉にしなくても思っている事に気付いていたが、苦笑して黙るだけ。今はまだ、言えないのだ。

 そんな和やかな会話の際、ふと不審に思ったキーアが何か言いかけたが、ギッと前を睨むように見た。

 ここはまだ、建物の隙間で表通りからは隠れているので、そちらからは見えないだろうが、ここからはよく見えた。

 今、大通りに部下を引き連れて威張るように歩いているバドリックの姿が見えた。今夜狙う、屋敷の主。そして、かなりの怒りを覚えた相手。

 威張るように歩くバドリックは突如歩を止め、一件の店の前に立ち、部下に命令を下した。命令内容は、この店の中にいる亭主と妻、子供を含め、全員捕らえろというもの。

 店の中から悲鳴が聞こえ出す。そして、家族全員の身柄を捕獲し、高々と笑う残酷な権力者の姿があった。

 建物の影からその一部始終を見ていたカインは手に持っていた笛を握り締めた。キーアもまた、歯を食いしばった。今出れば、ややこしくなるという事が理解っていたからだ。

 そして、ふらっとカインは建物から出た。キーアは指示されていないが、自分のするべき事をするために動いた。

 丁度、家族がバドリックの部下に店から連れ出され、後ろでに手を拘束された時だった。

 

 

 突如現れた黒い物体に、バドリックは慌てて手で払いのける。部下も慌てて彼のもとへ急ぎ、黒い物体を取り囲む。その様子を、捉えられている親子は何事かと見ていると、背後から人の声が聞こえた。

「これは失礼しました。キーア、おいたはいけませんよ?」

そういって、腕を伸ばして、黒い物体だと思われた黒い猫を呼び戻す。猫はニャァと一声鳴いて、カインの腕に飛びついて肩へと戻った。

 バドリックや部下はいきなりの乱入者を睨むように見ながら、何者だと叫んだ。

「私はただの旅人ですよ。それがどうかしましたか?」

クスリと笑みを浮かべる青年は誰が見ても見惚れるほど綺麗な顔をしていて、領主も例外ではなく、見惚れていた。

 今のカインは普段のような悪ガキといった雰囲気はなく、紳士的な優しいお兄さんのように見える。それを、はじめて見たバドリックを含め、その場にいる全員は普段の彼を知らないので、その表だけの演技にすっかりと騙される。

 ふと、バドリックは我を取り戻し、せっかくの楽しみを邪魔したカインに控えめにただの旅人が何の用だと問いかける。その問いの間、綺麗な顔の青年で、側に置いておくのも悪くないと思うが、それよりもせっかくの楽しみの邪魔された事に苛立ちをバドリックは持っていた。

 苛立ちお覚えても少し控えめになってしまうのは、目の前の青年は清々しく、目の前で起こっている事がどういう事態か、明らかに理解っていながらも平然としてそこに立っているのだ。あいかわらず、余裕のような笑みを浮かべて、そこに立っている。何を考えているのか読めない相手に、先に仕掛けるのは危険だと言う事を、彼は知っているからだった。

 カインはそんなバドリックの心中を理解しながら、知らないふりをして質問に簡潔に「ただ通りかかっただけですけど」と答えると、今度は本当にそれだけなのかと疑問がわいてくる。

 今気付いたが、腕に絶対の自身があり、自分が選びに選び抜いた部下の誰一人として気付かなかった相手だ。

 そして、他の者よりも結構敏感な自分自身も気付かなかった。こうも簡単に背後を取られるだけではなく、猫一匹にも気付かなかった失態から、この笑みに不信感を抱いたのだった。

 綺麗で見ほれるその笑み。だが、自分の考えを見せようとしないただの通りかかった旅人と名乗るカイン。警戒をするのには充分だった。

 今更ながら警戒を強めだす領主を、今も笑みを絶やさずにそこに立つカイン。そして、フッと口元に明らかに別の笑みを見せたカイン。彼のまとう空気が変わった。

「人並み以上には、鋭いみたいですね。さすが、というべきですね、領主様。」

 口元はまだあの笑みを持っているが、目はギンッと鋭く笑っていないのにバドリックは気付いた。そして、体が震えだし、金縛りにあったかのように、動けなくなったのだ。今のカインは全然笑っていない。あるのは怒りや憎しみだと、バドリックはすぐに感じ取った。

「それで、彼等はいったいどうして、このような仕打ちを受ける事になったのですか?」

丁寧に、下手に出ながらも、相手を射止めるような目でバドリックの目を離さない。

「あ、それは・・・。こ、こいつらは、命令違反を。そう、命令違反をしたのだ!稼ぎの半分をこちらに税として渡せといったのに、さらに少ないその半分だけを渡した。そして、余った分をただのそこらを走り回るガキにやったのだ!」

そういって、これは正当防衛だと言う領主を見て、カインは絶対に叩きのめすと誓う。救いようのない馬鹿だと、肩で大人しくしていたキーアはため息をつくのに、気づく者はいない。

 すっと、カインは再び人のよさそうな笑みを見せて、バドリックの側まできて、これで今回の事はなしに出来ませんか?と、カインは懐から今日、パン屋の主人に渡した物よりも少し大きめのあの宝石をだった。

 バドリックはばっとそれをつかんで目でしっかりと見て、歓喜の声を上げた。

 どんなに探しても、どんなに手に入れようと手をまわしても、見つからない先代が気に入っていた宝石と同じもの。

「い、いったい、これを何処で?!」

 すでにカインから感じていた恐ろしさを、目先の利益に目をとられてあっさりと忘れて、バドリックはこれを何処で手に入れたのか知りたいと思った。

 自分に手に入れられないものはないと思っていたのに、手に入れられなかったもの。まるで、自分は先代には劣るのだと言われているような仕打ち。それをバドリックは自分の持つプライドから許せなかったのだ。

「頂いたのですよ。町を転々と歩く間、資金が必要ですからね。」

 カインは懐から少し古びながらも綺麗な細工のされた横笛を取り出した。

「これで資金を稼いでいるのですよ。その時に、お客の一人から頂いたのですよ。」

そう言って、すぐに笛を懐にしまう。これ以上この男に見せるのは勿体無い代物だと、カインは判断したのだ。

 この笛は、カインがはじめて創造主なる者に会った時に頂いたもの。大切な、カインの宝物。そして、自分が自分であるという存在を認められていると感じられる物だった。

 そんな事は当然知らないバドリックは、宝石とは別に見せられたかなり価値のありそうな笛が、ほしくてたまらなくなっていた。彼は欲が強く、何でも手に入れたいと思う男だったのだ。それを、カインはすぐに見抜いていたが、言うつもりはない。今はまだ、問題を起す時期ではないからだ。

「で、その宝石の分で、どうでしょう?彼等の払わなかった分にはなるでしょう?」

「あ、ああ。これで足りる。」

 すっかり笛に意識が行ってしまっていたバドリックは、まずはこれを手に入れたことだけでもよしとしておこうと、はしっかりと懐に宝石をしまった。すでにこれは自分の物だと思い込んでいる。かなり重症な男で本当に救いようの無い愚か者だと、キーアは見るのも嫌になっていた。

「それでは・・・。彼等の縄、解いてもらえます?実は私、彼等に大事な話があってここへ来たのですよ。」

 だから、手は出さないで下さいねと続けられる言葉。

 話している際ずっとカインの笑顔の奥に潜む威圧感。恐ろしく、これ以上関わらない方がいいと、絶対の自信が粉々に砕け散った部下達は、すぐに縄を解いた。

 すぐに、笛をどうやって手に入れようかと考えているバドリックを連れて屋敷へと戻っていった。

 真実か嘘かはどうでもよい。早くカインの目から離れたいと部下達は願っていた。あの目は何かを狙う野生の獣のようで、そして冷酷な冷めた眼。

 逆らえば命はない。直感的にそう感じたのだ。とても、危険な男だと認識し、バドリックを無理やりでも連れて帰ろうとするのだった。

 

 

 













四 家族のぬくもり

 




 バドリックの魔の手から助けられた四人は、それぞれ感謝の気持ちを言い、カインを店の中へと案内した。

 まだ幼い子供二人は、お兄ちゃんと懐いて離れずに、引きずって重い思いをしつつ、カインは店の中に入った。

 そんな彼等は気付かない。怒りの原因である本人も気付いていなかっただろう。

 先ほどまではかなり怒っていて、キレる寸前だったのだ。それを抑えたのは、目の前にいる彼等を巻き込まないためだった。そして、今は彼等の存在が怒りを静めた。

 だから、一人気付いてヒヤヒヤしていたキーアはカインが怒りで動かなくて良かったとほっとため息をついた。何より、人間も動物と同じで、危機感を感じてさっさと帰ってくれて良かったと思っている。

 まだ、しぶとくいれば、間違いなくきれていただろう。

 酷い仕打ちを繰り返す、愚かな領主。この町には必要のない者。キーアも気に食わず、仕掛けてやろうかと思ったが、カインの事で冷や冷やして、それどころではなかったが。次があれば容赦しない。

 カインはキーアに目で合図を出し、四人に勧められるまま店の奥で夕食を頂く事にした。

 暖かく迎えてくれる店の主人と婦人、そして、曇りのない笑顔を見せる二人の子供。こんなにいい家族から幸せを奪うのは、何者にも出来ないと、カインは思う。キーアもまた、暖かいご馳走と人のぬくもりを貰い、領主を許せないという思いで溢れていった。

 そして二人はだんだんと重ねていく。領主が自分達を追い出した長達と似ているから、同じに見えてくる。そして、その今までに溜まった憎しみや恨みの矛先を向けようとする。

 やはり、権力を持つものは救いようの無い愚か者が多いのだと、思い知らされたからでもあるだろう。中には、こんな自分達であっても精一杯生きているのは素敵な事だと手を差し出してくれる権力者もいたが、それはほんの一握り。

ほとんどが権力を振りかざして偉そうぶっているだけで、中身はほとんどない。

 この家族や、カレン達のためになるとは思わない。だが、どうしても許せなかった。同じ人として許せるものではないと思ったのだ。

 カインは誰が人の上にたって支配するか、誰かの支配下に入るかなんてどうでも良いのだ。カインにとってはそんな事よりも、本人が幸せかそうでないかなのだ。

 どんなに辛い事であっても、誰にも幸せはあり、反対に言えば、いくら楽で金があっても幸せになれない人もいる。そして、どんなに力があっても守る事が出来ないと悔やむ戦士や王だっている。

 もともと誰もが平等で上も下もないのだ。だが、それではバランスがとれないから、まとめる者が必要になってこうなっただけの事。

 本当は、誰でも領主という立場になる事は出来るはずだ。ただ、誰にも渡したくないと欲にまみれた者が勝手に作り上げたもの。

 だから余計に領主というだけで権力を翳すバドリックに怒りを覚えるのだ。

 そして、権力者に媚を売る金持ちも嫌いだ。自分達を助けてくれる事はなく、自分のことだけで迫害するあいつ等と同じ。

 今夜、二人は決行することを決めた。そして、領主を徹底的に堕とすと決めた。この笑顔を、守りたいと思ったから。居場所がある者達が居場所を奪われるのが見ていられなかったから。

 自分たちのように、帰る場所を失わせたりしたくないから。今ならまだ、ここは戻れるはずだから。

 どうしても、自分達の境遇と重ねてしまうなと、苦笑するカインに、どうしたのと二人の子供は心配してくれた。

「なんでもないよ。」

 笑みで誤魔化して二人の頭を撫でてやると、うれしそうに微笑んだ。

 彼等の幸せ。願うのは自由だ。だが、願うだけでは駄目だ。だから、誰かが動かないといけない。

「・・・行くの、でしょ?」

「そうだなぁ。」

「付き合ってあげるわよ。また、勝手にするようだったら怒るわよ。」

「はいはい。」

 楽しそうに笑っている子供達。自然と笑みがこぼれる二人。

 

 

 今晩はここに泊まっていってほしいという四人の誘いを断れず、承諾するカイン。相変わらず好意に答える事になれない男だねと、情けないと言いながら床で寝たふりをしながらその一部始終を聞くキーア。

 カインは今夜、動くつもりでいたので夕食を頂いた後は出ようと思っていたが、離れるのが嫌だと反対に泣きそうな顔で訴えてくる幼い子供に負けて、承諾したのだ。

 やはり、慕ってくれる小さな子供を邪険には出来ないのだ。

 カインはしばらくキーアと共に子供二人の面倒を泊まる代金として見ますよと言って、与えられた部屋へと向かった。少しでも、あの二人が仕事を出来るようにと、それが今夜の宿代の代わり。

 三人と一匹は仲良く何しようかと言いながら、部屋へと入って行く。それを微笑ましげに見る両親がいる。こんな和やかな日はそう無いなと思いながら、先程あったあの出来事を忘れてしまったかのように、幸せそうにお互い笑みを浮かべる。

 今日は悪い日ではなく、良い日だと、二人はそれぞれカップに飲み物を注いで乾杯した。

 領主にあの事を知られた時は、もうこの日常はないかと思われた。この店で妻と二人で語り合う事も出来ないと思っていた。

 この幸せが、終わりを告げたのだと、あの時は覚悟を決めたぐらいだ。

「あの人に、感謝しないとね。」

「あの人はきっと、神の遣いだ。幸せを運ぶ為やって来た者だ。」

 カップをテーブルの上において、二人はクロスを握って感謝の気持ちを神に捧げた。

 彼を、カインをあのタイミングで出会うように時を動かしてくれた神に、二人は深く感謝した。

 神を信じるのは人それぞれ。彼等も滅多に感謝はしない。この国では神を信じるものはほとんどいない。だが、今の状況が神によって行われたものならば、神を怨むと、市民のほとんどがそう思っていだろう。

 だが、やはり神は存在し、我等を見守って下さっているのだと、二人は改めて神の偉大さを感じていた。カインが聞いていたら、ただ唯一の尊敬する神への感謝なら悪くないだろうと思っていただろう。素直に育たなかったから、照れ隠ししながら、嬉しそうにしていることだろう。

 偶然にしろ、必然にしろ。今のこの現実が全ての事実。この日常がこれからも続きますようにと、二人は神に祈った。

いつか、この暗い思いが消える日が来ますようにと、願った。

 

 

 上の部屋では二人の子供の笑い声が聞こえてくる。それを、微笑みあって幸せを感じる二人。

 しばらくして、静かになった部屋の扉をそっと開け、二人の子供が寝ているのを確認して、静かに中に入った。

 窓枠に腰掛けて夜空を見上げるカインに近づく。気配に気付いたのか、振り向くカインは二人の姿を確認して苦笑していた。二人が見たカインの年齢に合うような、その表情を見えら事にうれしさを覚えた。作られた顔は悲しいだけなのだから。

 そんな二人だからこそ、何処かで気付いていたのかもしれない。カインはこっそりと夜の間に何処かへでかけるのだと。わかっていて、誘ったのだ。

 お礼がしたいと言う事もあっただろうが、抱える何かを少しでも感じ取ったのなら、その話を聞きたいと思ったのかもしれない。

 もし、両親がいて、暖かい家庭で育ってきていれば、こんな二人のような人が親だったのかなとカインは感じながら、相手が話すのを待った。

「行くの・・・かい?何処に行くかは、わからないが・・・。」

 二人は長年この時計屋をやってきて、買いに来る客を観察してきた。だから、持つ雰囲気や性質などを見極められる目を持っていた。

 だからなのか、カインが旅人と言うとおり、この町には不似合いな、何かを隠しているということに気付いたのだ。

 わからないと言っても、夕方に助けられた時に見た、彼のあの目が行き先を示している。だからだろう。二人は危ないと知っている場所へ乗り込もうとしているカインの無事を知りたいから、遠まわしに無事に戻ってきてほしいのだと、告げるのだ。

「明日になったら、この子達、一緒に朝食を食べようと言うわ。」

 明日の朝までには帰ってきてほしいと、二人は言う。カインは穏やかな笑みを二人に向けて、わかりましたとだけ、答えた。

 そこでふと、カインは重大な事に気付いた。違和感なく過ごしてきた為に、気付かなかったのだ。

「まだ、名乗っていませんでしたね。」

「そう言えば、私達も。」

名乗らなくても不振がることなく迎え入れてくれた人達だから、ここまで警戒心なく過ごせたのかもしれない。名乗るのを忘れてこの暖かさの中で幸せを感じていた自分。

「改めまして。私・・・いえ、俺の名前はカイン・サンシャール。旅して歩く、笛吹き。」

「私はこの時計屋の主のラウディール・ディスターだ。そして私の妻、リナール・ディスターだ。今日は本当に、ありがとうサンシャール。」

「カイン。・・・カインでいいですよ。今更他人行儀に名を呼ぶと、彼等に明日何を言われるかわからないから。」

「・・・そう、だな。」

 子供達はきっとそういう。親だからよくわかる。だから、苦笑してしまう。

 その後、二人は握手を交わした。この自己紹介の後、カインが外へ出る事がわかっていたが、何も言わない。

 カインならば、あの男をどうにかできる力があると、二人は確信していた。

 部屋を出れば、彼は出て行く。それを感じながら、二人はただ、彼の無事を祈るだけ。

 明日の朝、ここで五人そろって朝食が取れるように、神に祈るだけ。

 それが唯一、二人に出来る事。

 行ってしまうなと思いながら、下に降りてきた二人は、あどけない子供達の寝顔を思い浮かべながら、それを守ろうとしてくれているカインに感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

 

 部屋を出て行く二人の背中を、ただ見ているだけのカイン。部屋の扉が閉じ、二人の姿が視界から消えた後、苦笑を漏らした。

 今日始めてあった相手に、ここまで気を許していた驚きと、自分が何かをしようとしている事にうすうす気付きながらも何も言わない二人。朝食に間に合えばいいんだけどなぁと、少し弱気になりつつ、準備を始める。

 自分の信念を持ち、決めた道を迷わず進む事。カインもキーアも今までそうしてきたが、今回は少し、人との関わりを持ちすぎた為に、後ろめたさがあった。

 騙していると言うわけでもないが、結果的には騙している事になると思うからだ。

 カインはこの世界の人間でもなければ、何処にも所属できない異端児で、それと同時に誰もが恐れられる者でもあった。だからこそ、彼は異端児として何処にも受け入れられなかったのだ。

 事情は知らないにしろ、あの二人も、今目の前でぐっすりと夢の世界へ旅立っている二人も、領主の噂やいろいろな話をしてくれたカインやクロウはカインとキーアを自然に受け入れてくれた。その事にうれしさを感じていた。

 ずっと、この町にい続けたいという欲求が出る程、この町の暖かさに触れすぎた。

「これだけ良くしてもらいながら、何もしないのもあれだしな。俺達の事情もあるけどな。」

「そうね。私も、ずっとここにいたいという欲求に負けそうだよ。」

「それでも、俺の相棒としてついてきてくれるんだろ?」

 カインとキーアにとって、居心地のいい場所。だが、自分達は留まる事が出来ない性質なのはわかっている。わかっているのにわざわざ聞く。キーアはふんっとそっぽ向きながら、決まってるじゃないと答えた。

 絶対の信頼を持つ二人はたいていの事ではこの絆を切ることは出来ない。何者にも切ることは不可能だろう。

 唯一切る事が出来るのは、二人か、創造主のみだろう。

 それ以外に、二人の絆を切る事も崩す事もきっと不可能だろう。それだけ、この短い期間の間に強く、絶対の信頼の絆で結ばれていた。

 二人は非情な者ではなく、元々心優しき者だから、カレンやラウディール達のような心優しき者達が苦しむのを見ていられないし、助けたいと思う。

 かつて、助けを求めても誰からも助けられず、孤独という名の恐怖や、死というものが襲い掛かってきた事があり、それも切りに抜けてきたカイン達にとっては、同じような苦しみを味合わせたくはなかった。

 もし、助けてくれる手があるのなら、それにすがりたい。その気持ちは、カイン達にはよくわかる。カイン達の場合、空しくも裏切られていたが・・・。

 だから、たとえ自分の身に危険が舞い降りると言われても、その信念を持って突き進むだろう。彼等を助ける為に手を差し出すだろう。

 ありがとうと言う言葉を貰う事に喜びを感じる自分だから。どんな事をしてでも、どんなに高い壁であっても、立ち止まる事無く突き進むだろう。

 窓枠に腰掛けていたカインは、ふっと立ち上がった。キーアもすっと、窓枠へと飛び乗ってきた。

 カインは旅を始めてから仕事をする為の服として、真っ黒のバンダナを頭に巻き、暗闇に対応できるように、右目に黒い特殊な装置が取り付けられた片眼鏡を掛け、黒いマントを取り出した。これが二人の行動開始の合図。

 キーアはすっとその場に直立し、姿を変える。仕事をしやすいように、姿を変える。カインと同じ、人の姿へと変化した。

 だが、耳と尾は残っている。それを、服でいつも上手く隠しているので、誰も気付かないが。よく見ればわかるので、いつも大丈夫かよと思っていたが、要らぬ心配だったので、今は気にしていない。

 カインは素早く今着ている服を仕事と称した、彼の戦闘服とも言うべき様々な仕掛けが施された、便利で動きやすい黒い服に着替えた。

 闇を動くなら、闇に溶け込む黒を着込む。闇を歩くカインはそうやって欺き、生きる為にいろいろやってきた。

 だから、ある場所では闇の使者と言われた事があった。だって、彼は空間を自由に渡り歩く事が出来るから、力のない者達は、闇夜に紛れた彼をそう思ったのだ。

「さて、けんかでもしに行きますか?」

「けんかじゃないでしょ。・・・これは仕事。あの愚かな男に罰を与え、宝玉の欠片を頂く為の仕事。」

 しっかりしてよねと、黒い服に身を包んだ、先程まで黒い猫だった少女はカインの肩をしっかりと掴んだ。

「さぁ、遊戯の時間の始まりだな。」

カインとキーアはお互いを見て、にやりと笑みを浮かべ、窓枠から闇が広がる外へと飛び出した。

 二人はスタッと軽やかに二階の窓から外へ降り立ち、闇に溶け込むようにひっそりと、そして素早く、領主バドリックの屋敷まで走って行った。

 長い夜の始まりを、いったい誰が告げたのか。そして、この夜の終わりを誰が告げるのか。

 何が起こるか分からない仕事。だが、迷う事なく、カインとキーアは夜の街をすり抜けるように進んでいく。

 

 

 














五 逃げる者と追う者

 




 どうしてわからないんだと、怒鳴り散らす男の声が屋敷中に響いた。

「そう言われましても、あの者は放浪と歩く旅人。詳しく調べるにも、かなり無理があります。調べられた頃には、次の町へと出て行っている可能性があります。」

 長年の間、領主の屋敷に仕えて尽くしてきた執事のゴード・バルーラは、目の前で手元にあった辞書を投げて文句を言うバドリックに必死に言うが、彼は一向に聞く耳を持たない。

 前領主様はこんな無茶な事は言わなかった。とても立派で偉い方だった。

 ゴードは前領主に拾われてここに来て、彼の為だけに仕事をこなし、補佐できるように過ごしてきた。ゴードは前領主に絶対の信頼と忠誠を誓い、全てを費やす覚悟でいた。

 だが、前領主亡き後、目の前にいるのはただ思い通りに行かない事にわめき散らし、我が侭を言う子供のような男がいるだけ。しかも、また無茶を言い、時計屋で会った旅人の事を調べろと言うのだ。

 旅人の中でも、放浪と当てもなく旅をする者は、調べようにも調べられない。そういったものは、ほとんどが家や家族を持たないからだ。中には、御伽話のような世界から来たという例もある為、それを信じる事は実際見てみなければわからないのだが、始めから無茶な話だったのだ。

 ただ気まぐれに、当てもなく彷徨う亡霊のようにふらふらと歩く旅人。目撃情報があるだけで、これといった重要な情報を掴むのは難しい。

 何より、最近では市民の不満が多く、協力して話をしてくれる者はほとんどいない。今の領主となってからまだ三年も経っていないが、信頼はほとんどと言って良い程、すでに領主の助けとして動いてくれる者もいなくなってしまっている。

 市民の信頼をなくし、権力で物を言わせ力で押し付ける者に、一体誰が助け、支えると言うのだ。そんな者はいない。

 この町が壊れるのは近いなとため息をついた時、もう下がれというバドリックの命令に従い、部屋を出た。

 この縛られた苦痛の毎日から解放されるのはいつだろうかと、ゴードは再びため息をつき、自分の部屋へと戻った。きっと、今日は自分に仕事はないだろうから早めに休んでおこうと、部屋に戻ったのだ。

 明日からまた、その旅人探しをさせられる事は理解っていたからだ。

 その一部始終を、歯をぎっと噛み締めながら、カインとキーアは大きな木の上から見える窓から中の様子をずっと見ていた。

 人の良い、主に忠実に従う者にまで当り散らす男。すぐに堕とすべきだなと再確認し、二人はそっと窓辺に近づき、屋敷の者に気付かれずに、その窓からすっと中へ侵入した。

 こんな窓の鍵ぐらい、カインには簡単に開けられるのだ。彼は生きて行く術として、多くの事を学んだ。その時に鍵開けもマスターしていたのだ。いつか何らかの時に役立つだろうと、一通り学んだ事が、最近大いに役立っている。

 鍵開けがなくても、壊せばいいだけなので簡単と言えば簡単だ。別に気付いた警備もカインが力を使えば簡単に倒す事は出来るが、あまり目立つ事は控えたいと思っているので、バドリックにのみ、姿を見せたらいいのだと、カインはまず始めに宝玉の欠片のしまわれている金庫へと向かった。

 絶対に、バドリックには領主の座を降りてもらうと、どうやってそこまで追いやって次の領主を誰にするか考えていた。

 良い考えが浮かばない内に、二人は金庫のある部屋についてしまった。

「さて、まずは警備さんに寝てもらわないとね。」

そういって、キーアは隠れていた柱の陰から警備のいる前へと出た。もちろん、警備の者達は不審者に気付き、持っていた剣や槍といったものを向ける。だがすぐに、警備の者達は場違いに思われる可愛い少女の登場に、領主の呼んだ客かと、話しかけようとした。

 そんな警備の者達を嘲笑うかのように、クスリと魅惑的な笑みをキーアが見せ、両腕をゆっくりと真上へと上げ、その場で舞い踊り始めた。

 下に短いぴったりと肌に合った、お手製の薬品の瓶をぶらさげるズボン。上から着て下へスカートのように流れる前開きの服は、長めの髪と一緒に踊りの間にふわりと宙を舞う。

 警備の二人は、突如現れた綺麗な少女の舞いに見とれていたから気付かない。確かに大抵の者は気付かないだろうが、戦闘経験のある二人にしては、油断していたと思われる。

 キーアは両手に小さな袋を持ち、その中身を少しずつ舞い踊るたびに空気中へと撒き散らし、警備の二人を夢世界へと誘う。

 キーアの服にはいつも、いろいろな薬品が備えられていて、場所によって対応できるような物をいつも持っているのだ。そして、素早く取り出して手で隠すようにしながら、その場を舞い踊りながら移動して行き、相手にその薬品を嗅がせるのだ。

 すでに夢の世界へと旅立っているのか、目がトロンとしている二人の警備はその場に崩れるように倒れる。これが、キーアが異端児とされる原因の一つ。動植物から、どんなクスリも作れるほどの薬の天才調合師。

 カインは柱の影から出てきて、相変わらずすごいねと言いながら、ちゃっかり二人を持ってきた縄で縛り上げておいた。まず、起きる事は無いとしても後々面倒な事になっても困るし、薬品に強い者だったとしたら、起きて動き回られては厄介だからだ。

 しっかりと縛り上げたカインは、鍵のかかった扉の前に立ち、夢世界へと旅立った警備の懐からちゃっかりと拝借した鍵を差し込み、開いた扉の中に素早くキーアと共に入った。

 今のところ、誰も気付いていない。面倒な事になる前に終わらせる方が賢明だ。

 仕留める敵はただ一人、バドリックだけなのだから。余計な者まで怪我をさせるつもりはない。

 金庫の鍵がやっと開き、中を確認するカイン。そして、端に丁寧に置かれたそれを見つけ、手をかけようとした。 その時にふと、気配に気付いた。

「気付いたのか・・・?」

何者かが、この部屋へと向かって来る気配に気付いたのだ。

「・・・気付いたわけではないのか・・・?」

 慌てている気配はないので、まだ気付いていないらしいが、部屋の前では眠っている警備の者がいるから、すぐに自体に気付くだろう。気付けば、探そうとする事だろう。最初に会った時から、金には目が無いような、愚かな亡者だ。

素早くカインは見つけた宝珠の欠片を、持ち歩いていた瓶の中にいれ、キーアと共に部屋の隅の陰へと姿を隠した。

 二人が隠れた数秒後、バンッという大きな音を立てて扉を開け、部屋にやって来たのはやはりバドリックだった。

相手がどう動くかと、気配を探りながらそこで息を殺し、気配も感づかれないようにひっそりと様子を伺いながら、隠れていた。部屋に広がるほど、バドリックの怒りという気配で溢れている。だが、まだ予定は崩れていないとこれからどうするか、考え出すカイン。

 部屋にある金庫が開いているのを見て、その中から減っているものはないかと確認しているのだろう。がさがさと何かやっている。

そして、気付いたのか、怒鳴り散らしている。カインが今持っている、最近手に入れた何かの欠片のような物。綺麗なので拾ってきたが、他に見かけないので、もしかしたら希少価値のあるものかもしれないと考え、大事にしまっていたのだろう。それがなくなっている事を確認し、慌てて部屋の外に出て他の警備へ叫んで伝える。

「はやく、はやく侵入したこそ泥を探して捕まえろ!」

「はっ!」

 あれは綺麗な輝きを持ち希少価値があるのなら、これから集めようと考えていた矢先の事で、怒り狂う。

 まだ何処かに潜んでいるかもしれないコソ泥を捕まえろと。絶対に逃がすな。捕まえた者には褒美を与えるなどめちゃくちゃ言って、自分も探す為に廊下を駆けていき、足音が遠ざかっていくのを聞いていた。

 カインは影から出て、キーアに目で合図を送った。

「了解。すぐに済ませてくるからね。」

キーアは素早く部屋から出て行った。先程考えていたカインの考えを、聞かずとも理解していたのだ。

 カインもすぐに、自分のするべき事の為に部屋を出た。

 

 

 屋敷の外ではライトが点々と光り、コソ泥の捜索をしているらしく、多くの者の声が聞こえてくる。

 彼等の探しているコソ泥であるカインは、その光景を面白そうに屋敷の上から見ていた。

 通常なら、出入り口がないので行く事が出来ない屋根の上。そこに、カインは立っていた。

 カインは右耳に取り付けられたイヤホンから聞こえてくる声を拾っていた。

『―せ、探し出せ!必ず探し出せ!私の屋敷から物を盗む愚かさを教えてくれる!』

相手の主はかなりのお怒りのようだ。くくく・・・と、カインは必死に笑みを堪えながら聞いていた。

『―ぞ、いたぞ。あそこだ!』

キーアによる警備の錯乱操作も上手く行っているようだ。このまま混乱に乗じて、バドリックに領主を辞めるという念書を書かせようと企む。別に、文字が本人でなくても、サインが本人のものであれば、この世界では充分通じるのだ。だから、混乱させ、一人となった時を狙ってサインをさせようと考えていた。

 そろそろ動こうかなとカインが、背筋をぐっと伸ばした折に、たまたま見た屋敷の高い塀。なんとそこには一人の小さな人影があった。その予定外の事が起きている事に慌てた。

「どうしてあいつがいるんだ!」

 くそっとカインは屋敷の屋根から飛び降り、真っ直ぐその場所まで走り抜ける。今は庭中にキーアが上手い具合に相手を翻弄させているが、いつ警備の者に見つかっても可笑しくはない状態だ。

 カインが見つけたものは、昼間に会った少年。クロウだった。このままでは、カイン達と間違えられて捕らえられてしまうかもしれない。カインはクロウの事を手短にキーアに告げ、反対方向へ警備の目が向くように誘導してほしいと指示を出す。

『了解・・・。その子の事はカインに任すから。あとで合流しましょ。』

「ああ、連絡はまた後でする。じゃあな。」

一度お互いの耳にあるイヤホンと頭にしっかりと固定して走りながらでも話せるようにしたマイクのお互いへの受信を切り、それぞれ屋敷の庭を走り抜けた。

 その様はまるで風のごとし。背中に羽根があるかのように、軽やかに走り抜けた。

 

 

 なんだか騒がしい。何かあったのかなと、やっとの思いで塀を登って中へ入ることの出来たクロウは、転んでついてしまった泥を落としていた。

 クロウはどうしても、バドリックから取り戻したいものがあった。だから今夜、ここへ忍び込む決意をしたのだ。今日でなければ、またずるずると引き延ばされ、決意が鈍ってしまうかもしれないから。

 たとえ自分が捕まったとしても、カレンには何も問題はないはずだから。そして出来るなら、カレンに持ち帰って渡したい思っていた。

 バドリックはあの日、カレンの大切なものを持って行ったのだ。カレンが唯一持つ、両親の形見であった扇を。いとも簡単に持って行ってしまったのだ。

 クロウがつまずいて転んだ時に、ちょうど彼は落としたお金を拾おうとした時で、タイミングが悪かった。

 転んだ拍子にお金は再び当てもなく宙を飛び、下水の中に落ちてしまったのだ。拾ってきちんと洗えば同じなのだが、バドリックはそんな事をしない。

 落ちたお金はもう使えない物と言わんばかりに無視し、損をしたバドリックが怒りでクロウを捕らえるように命じた。それを、カレンが助けてくれたのだ。

 その時に、カレンが持っていた親のいない子供が持つには高価だと、価値を知らないバドリックでも見て判るその扇を渡すのならと、返事も聞かないうちにそれを持ち去ってしまった。

 カレンは哀しそうな顔をしていたが、クロウが無事で良かったと、無理して笑っているのを見て、大変な事をしてしまったのだと気付いた。その時のカレンの思いは半々であったのだと、クロウは感じ取っていたのだ。

 そして今日、カレンの両親の命日。だから、どうしても今日、扇を取り戻したかった。散々迷惑をかけても支えてくれた大切なカレンの為にどうしても取り戻したいと思ったのだ。悲しませたお詫びでもある。

 屋敷の庭に足を踏み入れて、クロウは背後から聞こえたカサリという草木の音で、ビクリと肩を震わせた。ただの風で葉が揺れただけで、見つかっていませんようにと祈るクロウ。

 恐る恐る勇気を出して振り返ると、そこには屋敷の警備の男が一人、立っていた。風であってほしいという願いは通じなかったようだ。

「お前か、コソ泥は!」

 見つかったことに、見せ付けられた細長い剣に足をがたがたと振るわせながら、庭の奥へと逃げようと駆け出す。

 もしかしたら、逃げ切れるかもしれないという微かな望みを持って、クロウは走った。

「待て!」

 怖いと思った。捕まっても覚悟しようとしていたが、やはり怖い。逃げ切れるかもしれないという微かな希望は、すぐにクロウの中で掻き消された。

 足音はどんどんと近づいてくる。怖い。誰か助けてと、クロウは逃げた。逃げて逃げて、どんどん奥へと走っていくが、大人と子供では足の速さは歴然としている。すぐそこまで、クロウは追い詰められていた。

「大人しくしろ!」

 もうすぐで手が届くといったところで、クロウは転ぶ。昼間の再現だと、悔しく思う。ここではもう、誰も助けてくれる人はいないからだ。昼間のように、偶然助けてくれる人の良い人はここにはいない。もう駄目と目を思い切り瞑った。

 腕を掴まれて領主の下へと連れて行かれるのだと思ったが、一向に掴まれるどころか、先程まで後ろから迫ってくるように聞こえてきた声も聞こえてこなかった。

 恐る恐る目を開けると、警備の男はクロウを見ずに、その背後を呆然と見ていた。その引き攣った男の顔を見て、一体何があったのかと、クロウは背後を振り返った。

 そこには知った気配を持つ人がいた。そう、昼間にあった男。カインのものだ。昼間同様に、クロウはカインによって、助けられたのだった。

 これは自分にとって都合の良い夢なのかなぁと、呆然とカインの顔を見続けるクロウ。都合の良い夢だとしても、どうしてここにカインが出てくるんだろうと思っていると、突如カインが動き出して我に返り、転んだ際にすりむいた怪我が痛む事で、夢ではないのだと理解した。

「悪いが、寝ていてもらうぜ。こっちもいろいろと面倒なんでな。」

 言い終わる前に、カインは男の腹に一発ドゴッと鈍い音が聞こえるほど入れて、草の上に寝てもらった。動きに無駄がなく、すごいなとクロウは考えていたら、いつの間にかすぐ近くにカインが来ていた。

「・・・で、大丈夫だったかのか?」

カインはすぐにあの鋭い目を緩め、クロウの方を見た。

「まぁ、間に合ったみたいだからいいんだが・・・。いったいお前は何しに来たんだ?」

 嘘も誤魔化しも聞かないと尋問するカインの目。少し怖いと感じ、黙り込んでしまったクロウにはぁとため息をついたカインは、もういいと言って、しばらく仕事の邪魔されては困るからと、クロウを抱きかかえて暗い闇を進んだ。

 カインはクロウが何か目的があってここへ忍び込んだことぐらい、目を見てわかっていたので、言いだすまでは何も聞かない事を決めた。

 クロウを抱えている腕と反対の手で切っていたスイッチを入れ、キーアに一度合流しようと、連絡を入れた。場所はもちろん、屋根の上だ。

 場所は屋敷の屋根の上。見つかってもすぐには手を出せない場所なので、いろいろと出来て便利なのだ。

 特に、こういった屋敷の場合はかなり有効だ。ほとんどの者がこういった場所での戦闘に慣れていないので、隙をつきやすいのだ。

 しばらく我慢してろよと、小さくクロウに言い、カインは側にあった木の枝に飛び乗ってどんどん上までいき、木の一番上からまだまだ高さのある屋敷の屋根に向かって飛び上がった。

 さすがのクロウも落ちるとカインの服をギュッと掴んで目を瞑ったが、二人とも落ちることなく、無事に屋根にたどり着いた。

 その後しばらくして、キーアが姿を見せ、クロウはこの二人にならと、ポツリと話し始めた。今自分がここにいる理由を、一生懸命に伝えた。

 カレンの大切な親の形見の扇がこの屋敷にある事。今日が両親の命日だと言う事。どうしても、何とかしたかったからここへ来たのだと二人に言った。

「僕のせいで、僕があの時・・・。」

「お前のせいなんかじゃないだろ?」

「そうだよ。物と人の命を比べるとしたら、きっと彼女は貴方の命を選ぶね。だってそうでしょ?」

 クロウは目の前にいる少女がキーアだと気付いていないが、今はどうでも良いだろう。どうせ、今夜限りなのだからと、二人共何も話さなかった。

 普段、あまり人に干渉しないキーアが珍しく、「両親の死の重さを知っている彼女は、命あるものを見捨てたりはしないんだから。」と言った。本当に、この町の暖かさで甘くなっていくなぁとカインが苦笑する中、月の光を浴びてキラリと輝く目を見て、今いない黒猫の目と似ているなとクロウは感じていた。

 クロウは小さくありがとうと、二人に向けて礼を言った。二人はただにっこりと微笑んで、大丈夫だから、任せとけと言った。

 依頼を受ける事を滅多にしない二人が受けた。それは異例の事だが、彼等にとってのお礼の気持ちでもあるから、受けたのだ。

 その後、扇がどんな物か特徴を聞き出し、何処からか地図を取り出して、二人は相談を始めた。

 必ず、その扇も取り戻すと誓う二人。

 月が三人を空から見守りながら、優しく照らしていた。

 

 

 仕掛けておいた盗聴器はまだ気付かれていないようだ。甘い男だなと、嘲笑うカインは着替え終わったクロウをキーアが連れてきたのを見て、さすがと褒める。

 クロウは古ぼけているが黒っぽい服を着ていた。だが、この服ではいくらなんでもまずいし、身を守る術がないクロウを守る為の物を一つでも与えておかなければ、もしもの時に何かあれば、いろいろと大変なのだ。

 クロウはカインのように体にサイズがぴったりの黒い服で、だぼだぼとしていたあの服よりも動きやすそうだ。

 ズボンの腰辺りに取り付けられている太い紐には直径が二センチぐらいの珠がついている。これは、三秒程衝撃を受けた直後に光を放つ代物で、相手の目くらましで、影に隠れるには充分だろう。しっかりと、目は光で傷めないように黒いグラスをかけている。

 最低限身を守れるようにと、キーアが説明して、なんとか理解してくれたクロウ。

 一先ず準備は完了だなとつぶやくカイン。盗聴器から聞こえる声からして、今は屋敷内は結構手薄なのを知る。

「とりあえず、俺が扇見てくるから、キーアはここで奴等の動きの確認、しておいてくれ。俺の居場所ぐらい、それでわかるだろ?」

それだけ言って、カインは早々と屋根から飛び降りて下に付かずに窓の枠に手をかけて、器用に鍵を開けて中へと侵入して行った。

「まったく、相変わらずな男だ・・・。」

 キーアは苦笑するが、クロウはすごいと、感心していた。あの身のこなしは、通常では中々身に着けられないものだと、クロウは感じていた。

 相当な訓練や練習を重ねて来たのだろうと重い、尊敬する。そしていつか、カインのようになりたいと願う。

 もし本人がいれば、ならない方がいいぞと、照れながら返事をしていただろう。

 キーアは受け取った盗聴器のイヤホンを耳に当て、手元にある黒いもので仕掛けた別の盗聴器の物に切り替える。何処からでも情報を手に入れたいからだ。

 クロウはただ、ここに座ってカインの帰りを待つだけ。屋敷から出るという大きな事が残っているが、なんだか何も出来ない自分に嘆いた。その事にキーアは気付きながらも知らないふりをしておく。

 考えたいだけ考えて、それでも答えが見つからなければヒントぐらいはあげてもいいなと思いながら、動き回る彼等の様子を聞いていた。

 キーアやカインという存在は持つものがあまりにも強大である為、下手な事は出来ない。クロウのように何も知らない者ならば、必要以上に知る必要もないし、自分たちに関わる事もないと、何処かで一線引いて決め込んでいるから。聞かれるまでは黙っている事にしたのだ。

 この世界の均衡を崩したくはないので、大きくは動けないのが悔しいと、キーアは思う。今はクロウもいるので余計に難しくなっていた。それ程までに、二人の持つものは大きい。

 だから、最小限の動きで成果を出すしかないので、現状を知る為にイヤホンから聞こえる声を聞き逃さないように、ずっと静かに聴いていた。クロウも、キーアから予備のイヤホンを渡されて大人しくそれを聞いていた。

 一方、屋敷内に侵入したカインは、真っ直ぐ目的の場所へと向かっていた。誰にも見つかる事なく、楽勝かもなと思うぐらいすんなりと進む事が出来た。

 同時刻、庭を捜索していたバドリックはふと他に取られた物はないかと、確認しなければいけないかもしれないと、屋敷へと戻っていた。

 どんな時も油断大敵という事。この仕事も、そう簡単には終わりそうにはなかった。それに気付く頃は、鉢合わせした時だ。

 カインはバドリックのコレクションルームへ足を運び、その中から聞いていた特徴で目的の扇を探し出し、それを部屋から持ち出した。

 ちょうどその時に、廊下の向こう側から来るバドリックと一瞬だけ目があってしまった。

 バドリックはコソ泥を見つけ、屋敷中に響くかもしれない程の大きな声で、捕らえろと怒鳴った。

 その声に、庭にいた警備の者達は声の聞こえる元へと向かって来る。もちろん、その間にカインは逃げるが、バドリックも結構しぶとく、面倒だなと思いながらどうやって撒こうかと考え始めた。

 それにはまず、屋根の上にいる二人の存在に気付いて行動を起されてはまずいと、カインは誘導するように屋敷の中を走り、町から見れば裏側に当たり、普段は見る事がなく利用される事もない、古い塔のような場所へと逃げた。

 塔は屋敷から少し離れた所に、ひっそりと存在している。大勢の人間が中へ入れば崩れても可笑しくないぐらい、屋敷とは打って変わって汚くて脆い。

 それでもここへ来たのは、ここからは二人がいる場所が見えないからだ。だからこそ、カインはここへ向かったのだった。

 塔の入り口を突き進み、中にある長い階段を上へと上っていく。下からは追いかけてくる者達の足音が聞こえてくる。エコーがかかりながら、音が塔の中で響いて、今何処に居るかがわかりにくい。

 カインはただ、真っ直ぐ上を目指して走った。所々に塔の中に光が入るように造られている窓があるので、その一番上にある窓から外へ飛び出せば、確実に逃げられると踏んでいたからだ。

 この世界の常識はカインには通じない。これぐらいの高さならば、カインは下へ飛び降りる事は可能だった。

 なので、ぎりぎりまで上へと導いてそこから飛び降りれば、混乱と、再びこの長い階段を下りる時間があるので逃げ切れる。

 クロウを連れても逃げる時間が少しでもほしい。その時間稼ぎが出来るかもしれないのだ。

 やっと着いた最上階の部屋。どうやら、ここは昔、誰かが生活していたようだ。簡単に身の回りの物がそこにはあった。

 そこでカインは壁に貼り付けられている鏡の枠に、挟まっている紙切れに気付いた。見落としそうなその紙を手にとって、カインは中に書かれている言葉を読んだ。

 読んでいくうちに、自分でもわかるほど顔が歪んでいるのがわかる。信じられない。そう思うような事が記されていた。

 この世界で物事を考えれば、ありえない事だった。何より、そこに書かれたその名前に驚いた。

 今という事態で知るには、うれしくない状況だった。そこで立ち止まっていたカインに、後ろから追って来た者達が追いついたのだ。

 気付いたカインはクソッと舌打ちして、この部屋の唯一の窓へと走り寄り、足をかけて外へ飛び降りようとした。急いでこれが本当かどうかを確認する必要があったからだ。

 下は、屋敷の塀と暗い闇のように広がる木々がある。部屋は塔の上にあるので屋敷の領域内にありそうだが、部屋として大きめに造られている為に、飛び降りれば塀を越えて外へ落ちるのだ。

 警備の者達にやっと追いついたバドリックは逃がすかと、息を荒上げながら懐から銃を取り出した。

「今すぐ観念して、こっちへくるんだ」

 さもなくば、打つぞと容赦なく脅す男。そう、脅しだけのはずだった。カインはその事が理解っていたので気にせずに飛び降りようとした。

 その時だった。空気を切り裂くような音と共に、何かがカイン目掛けて飛んでくたのだ。がたがたと怒りで震えたバドリックの手は、力が入ってしまって引き金を引いてしまったのだ。

 直前で気付いたカインは身を動かしてよけようとしたが、普段では考えられないミスを犯してししまった。彼は窓枠から出ている釘に足を引っ掛けて、それが彼の右足を掠めたのだ。

 その勢いでバランスを崩したカインは宙へと投げ出され、下へと重力に従って落下していく。

 暗い闇へと落ちていくカイン。そこに居た誰もが絶望の思いを感じながら、窓から外を見た。バドリックさえも。

 すでにカインの姿は闇に飲み込まれた後だった。

 その様子を偶然見ていたキーアとクロウは驚いてすぐにカインへマイクからイヤホンへ呼びかけたが反応は無い。

 経緯はわからなくても、彼がこんな簡単にミスを犯すわけがないという長年からの確信があったので、何か予定外の事で意識が持っていかれたのかもしれないと、慌てて行動を開始する。

 バドリック達に捕まればどうなるかわからない。その前に見つけだすと、キーアはクロウの腕をつかんで腰に用意しておいた薬品を一つ空高く蒔いた。

 それは、移動手段によくつかう特別な調合の香り。

 バサバサという鈍い羽音と共に現れたのは大きな黒い鳥だった。急いでとクロウは驚いて固まっていたのだが、キーアに鳥の背中に乗せられて、命令で夜の空へと飛び立つ鳥。

 カインを見つける為に、落ちたと思われる森へと向かって。悪運が強い彼が死ぬなんて事はない。そう自分に言い聞かせて、空を飛ぶ。

 その頃、バドリックもまた捜索で動き出したようだ。

 逆らうものは何ものも絶対に許さないという普段の権力者だと威張る彼の思いと、人を殺める事をした事がない臆病になっている彼の思いが交差しつつ、それぞれが動き出した。

 

 

 














    六章 幻影天使

 




 暗い、とても暗くて何もなく、寂しいところ。どこまでも暗い『闇』というものが広がり続けるその空間に、ぽつんと一人いるカイン。

「ここ、何処だ…?」

 痛む足に、簡単な処置を施して辺りを見渡す。見事に、真っ暗で何も無い。だが、必要な視界分の光はあるようなところ。

「…何処だ、ここは。屋敷の外じゃなさそーだし。」

 ここまでくると怪しいものだと、まるで他人事のように呟くカインだが、これでも焦っているのだ。

 落ちた事までは覚えている。間違いはない。それをはっきりと覚えている。だが、ここはどうも違う場所に思える。なぜなら、あるはずの裏に闇を造っていた森の木々がないのだ。本当に、何もないのだ。ただ、寒さも温もりもない寂しげな静寂があたりを包み込んでいるだけ。

 カインはまいったなと思いつつ、耳に着けているイヤホンのスイッチを入れてマイクで呼びかけてみるが、キーアからの応答はない。電波は届かないのか、ジーっと、かすかな音がたまに聞こえるだけで、あとは無音だった。

「まいったな…。」

 よく周りの闇の中から感じられる気配から、ここが空間の繋ぎである事はわかる。つまり、何らかの力が働いた結果、今の事態を招いたのだ。

 こういった状況に陥った場合は、ここへ飛ばされた原因を壊すか、原因となる術を施した相手に解かせるという二つぐらいしかない。

「ったく、面倒な時に…。」

 カインは文句を言いながら原因となる物はないか、何者かの気配はないかと探ってみるが、何も見つからない。

 あまり時間が経ちすぎると、場所によっては戻ったときの時間が激しく乱れるので、早々に解決策を考えなければいけない。場所によっては数分でも、また別の場所によっては数日という誤差が出てくるからだ。

 今回は仕事で動いているので、下手な事をするとキーアに無駄な心配をかけてしまうだろう。そしてクロウにもまた、これを届けられなくなってしまうと、懐にしまっておいたあの扇を取り出した。

 彼がどうしても取り戻したかった、カレンの大切な親の形見の扇。そして、今回の事で大きく流れを変える鍵とも言えるそれ。

 ふと、カインはその扇の紐を丁寧に解き、ゆっくりと慎重に広げた。どんな物なのか、気になったからだ。手伝う報酬としてこれぐらいいだろうと、手を動かした。

「こりゃぁ、見事な物だな。」

 美術品を盗む事もあるので、見る目はある方だと思っている。そうでないと、偽物との区別が出来ないし、詐欺に逢う事だってあるからだ。

 なので、今では仕事上で目を鍛え、どれだけの品なのかだいたい予想をつける事が出来るようになった。最低限の食事のために、少し貴族や金持ちの屋敷からくすねた物を利用することもあるからだ。

 決して、必要以上には盗る事はなくても、盗みには違いなく、咎められる行為であるからだ。

 カインは過去を少し振り返って苦笑しながら、立派な扇をしっかりと見ていた。

「これで、間違いないな。」

 扇の隅のほうに小さく記された印。それはあの領主の証であるもの。つまり、領主の家紋の印が押されていたのだ。これはあの家に縁のある者が持つ物だとわかる証である。

 これは計画に上手く使えば、全ての流れを変えることの出来る力となり、町もあの執事もカレンや子供達も変わる事が出来ると、笑みを浮かべる。

 カインは連絡がとれるならすぐに調べる必要がありそうだと、すぐにここから出る為に、この空間を作り出している相手の登場を待った。

 扇を開いたあたりから、背後から何者かの気配が薄っすらと感じていた。カインは振り返る事なく、ただ背後にいる何者かに声をかけた。

「用件があるなら、お聞きしますが?急いでいるので、手短にお願いできますか?」

 カインは背後に立つ相手が誰なのか、わかっていた。

 こんな事が出来るのは、あの時見つけたものでわかっている。だから、危害を加える事はないとわかっていたから、はやく用事を済ませる為に話は何かと問いかける。

「・・・やはり、貴方は全てを理解されたようですね。そもそも、私の残したあの言葉の意味が理解できた貴方なら。・・・カイン。」

 すうっと何もないそこから姿を見せたのは一人の女。すらりと立つ姿からは気品さえ漂わせる。その割には、着ている服は貴族のような装飾や飾りの多いものではなく、白いシンプルなデザインのもの。

 だが、存在感はとても強く、ここに第三者がいたとしても、姿を現した状況を知らなければただの女の人にしか見えない。まぁ、見えたとしても、反対に女の顔を見て驚いて気を失う可能性はあるが。

 そう。彼女の顔が、何者であるかを証明しているようなものだった。だが、その事には触れずにカインは話を進める。本当に、今は時間が惜しかったからだ。

「貴方こそ、俺の事をを含め、全てを見てきた上で、知っているじゃないですか?」

 女に問いかけると、目を伏せてふるふると首を横に振る。そして、それは全て無意味なことだと小さな振るえる声がカインに届く。

知っていても、何も手を出す事も、声で呼びかける事も何もできないから、意味はない事だと答える。こんなことなら、見ていたくはないと、彼女は涙を浮かべてカインに言う。

 生きていれば何かが変わっていたかもしれないと、何度もあの時生きることを諦めた事を後悔したことか。

「・・・貴方は、いったいどうしたいんです?」

「私は・・・。私は、約束を果たしたいの。」

 果たされることのなかった約束を、今も守ろうと留まる女。

 すでに迎えは来ているというのに、それさえも跳ね返して、まだだと追い返して、だけどただ見ているだけしか出来ずに悲しみのまま、ここに留まり続けた女。

彼女こそ、この屋敷の本来の主であり、あの子・・・カレンの本当の母親。

 あの見つけた紙切れに書かれていた事が事実であれば、そして紙切れに書かれた名前から、全てが繋がった。

 簡単に言ってしまえば、乗っ取ろうとしたバドリックが領主をただの病死として処理されるように手配し、妻も死んだと公表してこの塔に閉じ込めた。

 本当は、病死なんかではなく故意にじわじわと命を削らせて、彼が殺したも同然だったのだが、誰も気付くことなく、今のこの国に変わってしまった。

 閉じ込められた彼女は、バドリックの命令で食事や最低限必要なものはあの執事が毎日あの塔へ届けていたらしい。

 だから、バドリックは気付かなかった。全て執事に任せて、外に出さなければ問題ないと思っていたから、家系の血を継ぐ者が生まれたなどは知らない。

執事は忠実にそれを守り、毎日彼女の為に運び、彼が毎日問う答えに答えた。彼の問いには、いつも彼女はまだ生きているか、元気を取り戻したのかという内容だけだったから。

 忠実に、執事は新しい主の言われたとおりにした。聞かれない事は決して口には出さずに。

 その後、メイド頭も話し相手として顔を出すようになった。執事が身体が辛い彼女の着替えは男より女の方が良いという事で、彼女に話をしても良いかと持ち出したのだ。

そのおかげで、彼女とメイド頭は再び顔を合わし、大層喜びあった。そして、次第に元気を取り戻し始めた彼女の突如起こった異変。二人は彼女の妊娠を知った瞬間だった。

 それから月日は流れ、一人の女の子をあの塔で、メイド頭と執事に見守られる中出産した。

 姿を見られる事はなかったので、妊娠していても誰も気付かなかった。だが、子供の泣き声だけはどうにもならなかった。

 バドリックに知られてはいけないと、塔で鳴き声を聞こえた際に聞いてきた彼に、メイド頭が親戚の子供を預かることになり、仕事の間は彼女に頼んでいるのですと答えたのだった。

 子供がいれば置いては外へ行かないだろうと考えたバドリックは、そうかとだけ言い、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 そして、一年が過ぎようとしていた。

 大分言葉を話すようになった子供に、自分が母親だとわかってもらえてうれしいが、バドリックに知られたと気が怖く、仕事をやめることになったメイド頭に頼み、屋敷から連れ出してもらったのだ。

 一つ、必ず迎えにいくからという約束を残して。

 子供はわかっているのかわかっていないのか、ただ笑顔を見せて、最後に名前を呼んでくれた。何度か呼ばれた事があったが、別れる前にもう一度呼んでもらえて、抱きしめた。

 離れがたかったが、これ以上はいけない。子供をメイド頭に託し、彼女は大切にしていた扇を我子の証として与えた。

 メイド頭はいつか必ずお会いしましょうとだけ言い、屋敷を去った。悲しみで涙が溢れて見えないから、思いとどまることなどないように一度も振り向かずに、彼女はどんどん視界から姿を消していった。。

 しばらくの間、彼女は毎日悲しみで泣き崩れていたが、いつまでもこの状態ではいけないと、いつか会うために次第に自分を取り戻した。

 だが、彼女の思いを裏切るかのように、執事からとんでもない知らせを聞く事になった。執事だって、信じたくはない事実だった。

 あの、メイド頭が亡くなってしまったのだ。

 すでに四歳になるだろう我子の行方は分からぬままの状況になり、親友、姉妹のような何らかの絆で結ばれたように感じる彼女の死と、大切なたった一人の娘の行方が分からぬ事で嘆き悲しみ、そんな彼女に病が襲い掛かった。

 何度も何度も、会いたい、迎えに行くのと言いながら、とうとう彼女は命を落とした。

 彼女の死を見取った執事はとても悲しんだ。バドリックは死んで清々したという言葉に怒りを覚えたが、感情を押し殺して今も仕えている。

 自分のただ一人の主と、自分によくしてくれた彼女に思いが残るこの場所を残す為。そして、今も探している彼女の一人娘の帰る家のため。

 誰もいない時に、誰かに気付いてもらえたらと、鏡に残した遺言のような言葉。

 気付いてと願いながら、その執事に見られることはなく、と気が流れた。正確には、執事は気付かなかったわけではなく、彼女が亡くなったこの部屋へ来れなかったのだ。主の死に続き、彼女の娘の行方不明、そして最後に彼女の死。

 死んだのだと受け容れられなかった彼は、いまだに足を踏み入れることを拒んでいる。

 だが、娘が生きていた時にと、今も探し続けながら、この屋敷を守る為に忠誠も誓わぬ主の元で執事を続けているのだ。

 

 

「だから、私は彼女の約束を、そして我子を迎えに行きたいの。彼にも、もうあの男に付き合わずに自分の幸せを見つけるように、言いたいの。」

 己が弱いばっかりに、彼女を巻き込み、今も執事の彼をこの屋敷に、あの男に縛られている。それは全て、自分のせい。

「こんなことならっ。」

「それ以上言う事は許しませんよ。」

カインの冷たい目が彼女を見る。涙を浮かべていて、いくら身の上が誰もが思う『哀れ』な内容であっても、彼等は皆、彼女の幸せの為に、そしてそれが自分の幸せでもあったからこそ、その為に生き抜いている。

 もし、あの言葉の先に自分がいなければ、もっと早く死んでいればという言葉が続くのなら、許せない。

 あのメイドは偶然という事故で命を落としたのだ。執事だって、いつでもこの屋敷から出られるのだ。

 ただ、二人とも子供を育てる為に外へ出て事故に合い、執事は屋敷を残す為にここに留まっただけ。

 己の意思を持って決めているのだ。彼女のせいではない。

「確かに、貴方は弱いですよ。彼がそこまでしてここに留まる理由があるというのに、それを否定して唯一出来る『視る』という行為から『逃げる』のですから。」

 彼女は静かにそこに立って、カインの言葉を聞いていた。

「彼女に関しても、子供がいたとしてもいなかったとしても、貴女と関わったとしても関わらなかったとしても、人の命には限りがあります。死は平等に訪れます。ただ、時期が貴女を苦しめるだけ。それから逃れたいから言う言葉でしょう。」

 彼女に死が訪れたように、自分にもいつか訪れる。ただ、自分は持って生まれた異端と呼ばれる原因の力のせいで、他よりは長く生きる身体であることは確かだが、死は訪れる。それは変える事の出来ないこと。

「それでも、まだ貴方は言いますか?そんなことよりも、この空間から抜け出して、伝える努力をすべきではないのですか?」

 決して、彼に彼女がわからないことはない。彼女が心を閉ざしたが故に、彼もまた死を受け入れられていないが故に、互いが開いての心の声を聞く事が出来ない状態なのだ。

 反発しあう磁石のように、近くに寄ろうとして空回りして離れてしまうもの。

「貴方は、約束を守りたい。そう言いましたが、その気持ちは、そんなに小さなものなんですか?」

 母親とは、父親よりも弱いが、時に強いものだ。それを知っている。

 彼女に欠けているのは唯一つ。踏み出す勇気がないのだ。ここに閉じこもっていれば、逃げたという自分を隠す事も出来る。

 それに、彼女は決して勇気がないわけではない。だから、今回の状況に陥ったのかもしれない。

 彼女は、誰も憎まず、優しい人だ。あのバドリックのことでさえ、憎むことをしなかった。そうすればきっと楽だっただろうに、そんなことよりも大切な人達の笑顔の方が大切だったから、彼女は彼女らしく生きた。

「貴女しか、この場所から抜け出す鍵を持っていません。もし、本当に願うのなら、俺を本来ある時間の空間へと、外へと出してもらえませんか?」

 彼女の意思で、簡単に外に出られる世界。気になることはあるが、彼女が強く望めばこの空間は消える。

「ありがとう。ありがとう、カイン。」

 流れ落ちた涙が、彼女の足元に溶ける。

 彼女から光が溢れ、足元を中心にしてその空間全体に光が溢れた。

「お願い・・・あなたなら・・・ゴードに・・・。」

「わかっていますよ。これからやることのついでですから。」

 彼女の姿が消えた後、カインは地面に足を着いて立っていた。

「戻ってきたな。」

 静かな夜の森が、だんだんと賑やかになっていく。

 

 

 

 キーアは必死になって、カインの行方を捜していた。キーアにとって、彼は相棒であると同時に、本当の兄弟のような家族なのだ。

「カイン・・・。絶対戻ってきなさいよ。」

 キーアも何かの力が働いた事には気付いた。だから、カインがまだどこかで生きていることはわかっていた。

 だが、気配が一切つかめない中では、不安ばかりが膨れ上がる。しっかりしないと、側にいるクロウも心細そうにしているのに。

 カインに、頼まれているのに。

「あんたまだ失ったら、私はどうしたらいいのよ。」

 もう、失いたくはない。あんな思いは二度とごめんだ。

「あの人。大丈夫?」

「大丈夫。大丈夫のはずよ。悪運だけは強い奴なんだから。」

 いつも、駄目だと思うときでも笑みは消えず、運良く生き残ってきた奴だ。側にいた自分がよく知っている。

 だけど、不安にはなる。連絡が途絶え、どこかに自分でさえ悟ることの出来ない場所へと連れて行かれたことはないから。

「今は、逃げるわよ。ほとんどがこの場所に集まっているから、屋敷の方へ戻るわ。」

 探しに来たのはいいが、近くにバドリックや警備の者達がたくさんいる。こちらにも数人向かって来ている。

 トラップはたくさん仕掛けたから、すぐに捕まることはないが、油断が命取りだ。そういう中で生きてきたから、最後まで気を抜かない。抜くわけにはいかない。

「しっかり、走りなさい。」

キーアの言葉に、クロウは頷き、手を引かれるまま必死に走る。足手まといにならないようにと、今出来ることをやる。

 丁度、キーアとクロウがその場から立ち去って数分後に、こちらへ向かっていた警備の者が現れた。

 そして、二人とは反対の方向へと走って行くのだった。

 

 

 どこを探しても、血の後や足跡一つ見つからない。枝が不自然に折れたり葉が散っている木もない。あの場所から落ちたのなら、ありえないこと。

 どこにも、カインが落ちた形跡がないのだ。

「どうします?一度戻りますか?」

「屋敷の方に一度戻って、もう一度周辺を散策だ。」

 あの泥棒はどうも人では持ち得ない力を持っているように感じられた。だから、助かって別の場所に移動したかもしれないと、責任から逃れる為の言い訳をして、態勢を立て直す為に屋敷へと戻る命令を下す。

 すでに、一人の人間を手にかけている。直接手は下してはいないが、自分は原因の一つだ。

 だから、今更ではあるのだが、やはり罪悪感がないわけではない。いくらほしくて手に入れたものであっても、あの男が死んだ日には必ず夢に見る。

「邪魔などはさせん。」

 一人も二人も変わらないが、寝られない、あんな夢を見る日が増えるのは困る。

 そこが、どこまでも自分中心の考えで、カインやキーアが嫌う人間の性質の一つ。

 確かに、人は誰しも欲を持ち、自分を中心とする考えを持つが、行き過ぎた者は醜いだけ。

 だが、行き過ぎた者は気付くことはない。流れを変えられるまでは、絶対に変わらない。自分自身では気付けないからこそ、行き過ぎてしまうのだから。

 屋敷に戻ってきたバドリック達。そして、キーアとクロウ。

 両者が共に次はどう動くかと思案している時だった。

 

『 我を見守り、力を貸すものよ。目覚め、姿を見せよ 』

 

 その言葉が頭に響いた瞬間、キーアはすぐに察知した気配の先を見る。その先には、違えることのない、カインの姿があった。

 クロウは何があったのかわからないが、キーアが見る方を見て、カインの姿を見つけて無事を喜んだ。

 そして、流れ出す、夜の闇に響き渡る透き通るような笛の音。

 バドリックを含めた多くの者達がその笛の音を聞き、動きを止める。

 聖なる天界の音楽が、その場に流れる。

 だが、突如その音は激しさを増し、先ほどまでの透き通るような響きではなく、激しく響き頭に直接何かが当たるような衝撃を与える音に変わった。

 全ての者達が、笛の音が聞こえる屋敷の上を見た。

 そこには、月を背にしてすらりと立つ、カインの姿があった。

 バドリックもあの髪と笛に相手が誰か気付いたようだ。

「貴様か。貴様だったのかっ!」

 打ち落としてやるとバドリックが再び銃を向けた際、笛の音が再び変化し、そして・・・

 

 







  ファサッ――――――

 







 

 カインの背に大きく広がる翼。白いように見えるが、どこか薄暗い色の翼。

 透けたその翼は、まるで幻のようであった。天からの裁きの使者が降り立ったと、誰もが息を呑んで見ていた。

 雲のように月の光を覆ってしまったソレ。バドリックは己の目を信じられず、その場で固まる。何も動かない。

 再び音が変化し、ゆっくりと笛の音は静まった。

 カインの変化した黄金色の瞳が細めて見下ろす。

「・・・愚かな男だ。」

 すうっと闇にとけるのではないかと思うようにゆったりと動いた姿が、一瞬の内にバドリック達の数メートル前に降り立っていた。

「カイン。」

「キーアか。心配させて悪かったな。」

「まったくだわ。」

 動こうにも、動けないバドリックを再び見て、カインは告げる。

「もう、お前には正当な領主という権利はない。」

「な、なんだとっ!」

 動けなくても声は辛うじて出せるため、最後の悪あがきだと言わんばかりに口で対抗する。

 カインは横目で、丁度執事のあの男、ゴードが来た事を確認し、言葉を述べる。

「今日限り、お前は領主ではない。正当なる血統の領主を継ぐ者がいる。」

「何?!そんなはずはないっ!」

「なら、彼に聞けばいい。本当にいないかどうか。」

 それを聞いてあいつがどうしたと自信満々に後継となる者はいないと言おうとしたが、表情が変わった彼を見て、バドリックもまさかという言葉が洩れる。

「前領主の妻は、一人娘を出産している。その子は今も生きている。そして、この町にいる。」

 お前はすでに舞台での役者を降ろされている。舞台裏へ引っ込む時間だという言葉がバドリックを興奮させる。

「そんなはずはない。そんなことはありえない!噂は何も出てこない。」

「そりゃそうだ。本人は知らないのだから。だが、証拠はあるぜ。」

 先日あんたがとある女から奪った品だと、あの扇を見せた。

 最初はそれに見覚えなど無いわというが、カインは無表情のまま扇を開き、その紋を見せた。

「これでも、見覚えはないと、言いきりますか?」

「・・・まさか、そんな・・・まさか、そんな馬鹿な事があるはずがっ。」

 確かに、見覚えはあった。

 あのみすぼらしい子供から手に入れた扇はとても綺麗な品で気に入っていた。だが、気付かなかった。

「今はもう、気付いているだろう。」

これが、いったい誰の持ち物であったか。

 これは、前領主が妻へと最初に送った品。それを、別れの際に娘へと渡したのだ。

「お前は終わりだ。すでに、隣国から手が回る。」

 隣国に関する事は、キーアに任せてあるから、時間通りなら、明日の朝には結果が出るだろう。

 隣国は、妻の母国。彼女はこの国の領主に恋をし、とついで来たのだ。

 事実を知れば、孫に逢うため、娘を苦しめたこの男に制裁を与えてくれることだろう。

 すでに、カインの背に見えた幻覚のような翼は消えていた。

 その代わりなのか、カインの背後には女の姿が見えた。それははっきりと見えた。

 その姿を見て、バドリックは目を見開く。そして、一歩、また一歩と足を遠のける。

 ゴードは夢でも見ているのかと、辛そうな顔ばかりを最後に見ていたので、ここまで穏やかな顔をしている彼女を見て涙が込み上げてくる。

 その彼女の隣には、もう一人、誰かの姿があった。それは、彼女が愛した夫。

「レンナ様・・・、ディラングス様・・・。ああ、お二人は再び会う事が出来たのですね。」

言葉を言い終わる前にその場に膝を着き、泣き崩れる。良かった、良かったと。

 彼女の一人娘の無事も知れて、今日は良い日だと、涙を零す。

 そんなゴードの姿を見て、苦笑しているのがわかる。あの二人は知っている。彼がとても涙脆い事を。

『・・・いつでも貴女の側にいるわ。マリアも今、一緒にいるのよ。』

そんな言葉をゴードに残し、また、会いましょうねと手を振って、最後に見せた笑顔が涙で歪んで悔しいが、ゴードもしっかり笑顔を見せて薄っすらと消えていく二人を見送った。

 目的を果たせた彼女はやっと、二人が先に待っていた向こうへ行けただろう。

 あとは任せておけと、心での言葉で彼女に伝え、バドリックに最後の言葉を告げる。

「俺の笛は特殊なものでね。特定の相手に呪術をかけることが出来るんだ。」

 演奏は楽しかったかいと言われて、ドスッとその場にしりもちをつく。

 あの男によって、何か得体の知れない何かをされたのだという恐怖が、バドリックの中で占めていた。

 何かわからぬ恐怖から、手はがたがたと震える。

 だが、誰もバドリックに声を掛けることも、手を貸そうともしなかった。

 本当は、誰も彼の命令は聞きたくなかったのだ。

 これで、彼から解放される。そのことで自然と笑みが零れるものが多かった。

 

 

 














     終章 隠れた真実

 




 娘がカレンで、多くの親がいない子供と共に暮らしている場所をゴードに教え、屋敷でカレンと再会した。

「クロウ。何処いったのかと心配していたのよ。」

心配かけてと、涙ぐむカレン。

 今の彼女には肩に重しとしてしか乗らないが、いつか彼女がこの国を立派にすることだろう。

 芯はしっかりとしているから。そう、あの目がバドリックとは違い、しっかりとしていた。やはり、知らなくても血を受け継いでいる。彼女と目が同じだから、きっと誰からも愛されるよい王妃になるだろう。

 カレンが来た頃、隣国の使い達も到着し、後に正式にバドリックの処分を発表すると、拘束して自国へと連れ帰った。

 こうして、やっと解放されたのだ。あの男による権力の束縛から。

 そして、彼女の姿を見て、無事に育っていた事を知って喜ぶ者がたくさんいた。

「大きくなられたのですね。」

 記憶にある中では、まだ幼い赤ん坊状態だったカレン。無事に成長していたことにゴードは喜び、抱きしめた。

 少し恥ずかしそうにしていたが、抱きしめられるその腕を彼女の記憶が覚えているのか、自ら腕を回してしばらく二人はそうしていた。

 そんな二人を見た後、今の間にと、カインとキーアは逃げ出すように屋敷から出た。

 やはり、自分達にはこういった場所は合わないし、いざお礼を言われても照れくさいだけ。それに、世間では泥棒なのだ。せっかくの平和を乱してはいけないだろう。

 そう思って、二人は立ち去ったのだ。

 だから、案の定お礼をしようとした彼等は、気付いた時にははすでに遅く、二人の姿はなかった。

 探しに屋敷を出ても、ついに見つける事は出来なかった。

 あたり前だ。人が歩ける場所に彼等はいなかったから。

 最初にこの町に来たときのように、空から町の外へ出たのだから。

 だから、町の外に出る境にいる門番も知らない。

 

 

 

 すでに町から、国から出て空を歩いていた二人。

「悪い事ばかりじゃなかったね。」

「そうだな。」

 なんだか、おかしい。まだいつものカインの顔に戻っていないことで、どうしたのだろうとキーアが首をかしげていた時だった。

「いい加減、姿を見せたらどうだ。毎回毎回・・・ばればれなんだよ。」

 突如、カインは何もない宙に向かって細身のナイフを一つ投げつけた。警戒心をむき出しにして。

その反動で、猫の姿でカインの肩に乗っていたキーアは突然の事で驚き、落ちないように必死にしがみついて体制を整える。

 そして見たものは、ぐにゃりと歪んだその場所から、ナイフを起用に左手の日本の指で捕らえて立つ男の姿だった。

 相手の顔を見て、キーアも猫の毛を逆立てる。

 その男とは、以前顔を合わせている。

「あの人の空間の手助けをしたのは、お前だな。」

 本来、どんなに拒んでも、力のない者はあの世へと案内されてしまう。それがないし、あの空間は彼女の意思でかわるとしても、あまりにも完璧に外から隔離された場所だった。あの人の力ではない『結界』というものがかすかに働いているのだと気付いてから、この男の存在を捨てられなかった。

 何度も、自分達の前に姿をみせたこの男の存在。何が目的なのかはわからない。だが、カインにとってはあの方の命を縮める原因なので嫌っている。キーアは、現れては毎回余計なことをしてくれるので嫌っている。

つまり、二人とも嫌っている男ということだ。

「さすがといいますが。・・・それにしても、あまりに時間をかけすぎではありませんか?そんなに時間はあるのですか?」

「うるさい。」

「あんたがいなけりゃ、とっくにもっと先へ進めてたわよ。邪魔するからでしょ。」

 キーアは文句を言ったが、くすくすと相変わらず嫌味な笑みを見せた男。それがまた癪に障る。

 またどこかでと言って姿を消した。消えた後も、先ほどまで男がいたその場所を睨んでいた。

 青い空だというのに、あの闇色の服がとけたその場所を。

「あの野郎。絶対にさせねぇ。」

「・・・無茶だけは、しないでよ。」

「わかってるよ。」

「・・・私も許せないけどね。あの男のことになると、貴方は周りが見えなくなるんだもの。」

キーアは嫌っていても、カインとあの男の関係は知らないまま。だが、あえて聞こうとはしない。あの時の行動の理由同様に、決して口にしないから。

 そこまで口を閉ざすのなら、彼から言いだすまで待つ。いつか、話してくれると信じているから。

 釘を刺せば、苦笑する彼の顔があった。やっと、いつもの彼に戻った。

 それにほっとして、カインの肩に乗ったまま、キーアは人の姿に戻った。

「とりあえず、次はどうする?」

「あいつがいないところだな。」

「そうね。」

「それよりも、のけよ。」

「嫌よ。楽だもの。」

 今は気にしていてもしょうない。欠片を集めるのが先だ。それが今の自分達の目的。

 カインには別の目的もあるが、今はキーアと一緒に欠片を集める時間も大切にしたいから、あの男の事は頭から抜き去る。

 キーアとしばらく言葉で言いあった後、埒があかないので、もういいと諦めたカインにクスクス笑うキーア。

 横目で見れば、やっぱりカインはカインよねという。そして、それでこそカインだから、私は貴方が好きよと言う。

 突然の事で固まって聞いていたカインの額をぴんっと指で弾いた。

「何するんだよ。」

「固まって動かないからよ。」

 さて、次はどこになるのかしらと、欠片がある場所を占う。あの者達から渡された、場所を示す鏡を使って。

「次は・・・。決まったわ。」

「どこだよ。」

「ほら。とにかく異空間の扉開いて。」

「へいへい。」

 いつもと同じように、口の少し悪い黒い猫との会話をしながら、旅を続ける。

「次は海辺の町よ。」

「そりゃいい。お前の好きな魚食べ放題だな。」

「そんなに食べないわよ。」

 空に扉を開いて、二人は開いたその中へ入った。

 扉が閉じてしまえば、空の色にそれは溶けて、跡形もなくなった。

 そこに二人がいたことさえ、幻であったかのように。

 

 

 

 抜けた先は、キーアが言うように、潮の香りがと心地よい風が迎えてくれた、海辺の町。

 欠片がある場所へ向かい、二人は行く。

 何度も立ち止まったが、その分前へ進んで。

 そしてカインは、この笛の音を多くの場所へ届けて、あの方に届くようにと願いを込めて・・・。

 






     あとがき

最初に完結させた物と、本文は同じです。
しかし、これには最初の言葉と表紙があるんです。
これが、クラブに提出した完全版です。表紙絵、最後という事でかなり頑張ったよ。
あ、ちなみに、水紫氷女が、私のクラブで使用していたPNです。
読みが一発で読めた人。偉いです。大抵の方はわかりません。(苦笑)
これは個人的に気に入っているし、まだまだ例の男の方の名前すら出なかったという事で、
もしかしたら続編を書くかもしれません。あくまで、『もし』という『仮定』の話ですからね。
ここには出さずにひっそりとやるかもしれませんし。
終章の後書きに書いたように、もし多数の方からご要望があれば続編が出るかもしれません。
えとえと、表紙絵の三人、誰だかわかりますよね?
一応・・・上から謎の男、カイン、キーアです。
それでは、また別のお話で会いましょう。



   戻る