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四 家族のぬくもり
バドリックの魔の手から助けられた四人は、それぞれ感謝の気持ちを言い、カインを店の中へと案内した。 まだ幼い子供二人は、お兄ちゃんと懐いて離れずに、引きずって重い思いをしつつ、カインは店の中に入った。 そんな彼等は気付かない。怒りの原因である本人も気付いていなかっただろう。 先ほどまではかなり怒っていて、キレる寸前だったのだ。それを抑えたのは、目の前にいる彼等を巻き込まないためだった。そして、今は彼等の存在が怒りを静めた。 だから、一人気付いてヒヤヒヤしていたキーアはカインが怒りで動かなくて良かったとほっとため息をついた。何より、人間も動物と同じで、危機感を感じてさっさと帰ってくれて良かったと思っている。 まだ、しぶとくいれば、間違いなくきれていただろう。 酷い仕打ちを繰り返す、愚かな領主。この町には必要のない者。キーアも気に食わず、仕掛けてやろうかと思ったが、カインの事で冷や冷やして、それどころではなかったが。次があれば容赦しない。 カインはキーアに目で合図を出し、四人に勧められるまま店の奥で夕食を頂く事にした。 暖かく迎えてくれる店の主人と婦人、そして、曇りのない笑顔を見せる二人の子供。こんなにいい家族から幸せを奪うのは、何者にも出来ないと、カインは思う。キーアもまた、暖かいご馳走と人のぬくもりを貰い、領主を許せないという思いで溢れていった。 そして二人はだんだんと重ねていく。領主が自分達を追い出した長達と似ているから、同じに見えてくる。そして、その今までに溜まった憎しみや恨みの矛先を向けようとする。 やはり、権力を持つものは救いようの無い愚か者が多いのだと、思い知らされたからでもあるだろう。中には、こんな自分達であっても精一杯生きているのは素敵な事だと手を差し出してくれる権力者もいたが、それはほんの一握り。 ほとんどが権力を振りかざして偉そうぶっているだけで、中身はほとんどない。 この家族や、カレン達のためになるとは思わない。だが、どうしても許せなかった。同じ人として許せるものではないと思ったのだ。 カインは誰が人の上にたって支配するか、誰かの支配下に入るかなんてどうでも良いのだ。カインにとってはそんな事よりも、本人が幸せかそうでないかなのだ。 どんなに辛い事であっても、誰にも幸せはあり、反対に言えば、いくら楽で金があっても幸せになれない人もいる。そして、どんなに力があっても守る事が出来ないと悔やむ戦士や王だっている。 もともと誰もが平等で上も下もないのだ。だが、それではバランスがとれないから、まとめる者が必要になってこうなっただけの事。 本当は、誰でも領主という立場になる事は出来るはずだ。ただ、誰にも渡したくないと欲にまみれた者が勝手に作り上げたもの。 だから余計に領主というだけで権力を翳すバドリックに怒りを覚えるのだ。 そして、権力者に媚を売る金持ちも嫌いだ。自分達を助けてくれる事はなく、自分のことだけで迫害するあいつ等と同じ。 今夜、二人は決行することを決めた。そして、領主を徹底的に堕とすと決めた。この笑顔を、守りたいと思ったから。居場所がある者達が居場所を奪われるのが見ていられなかったから。 自分たちのように、帰る場所を失わせたりしたくないから。今ならまだ、ここは戻れるはずだから。 どうしても、自分達の境遇と重ねてしまうなと、苦笑するカインに、どうしたのと二人の子供は心配してくれた。 「なんでもないよ。」 笑みで誤魔化して二人の頭を撫でてやると、うれしそうに微笑んだ。 彼等の幸せ。願うのは自由だ。だが、願うだけでは駄目だ。だから、誰かが動かないといけない。 「・・・行くの、でしょ?」 「そうだなぁ。」 「付き合ってあげるわよ。また、勝手にするようだったら怒るわよ。」 「はいはい。」 楽しそうに笑っている子供達。自然と笑みがこぼれる二人。 今晩はここに泊まっていってほしいという四人の誘いを断れず、承諾するカイン。相変わらず好意に答える事になれない男だねと、情けないと言いながら床で寝たふりをしながらその一部始終を聞くキーア。 カインは今夜、動くつもりでいたので夕食を頂いた後は出ようと思っていたが、離れるのが嫌だと反対に泣きそうな顔で訴えてくる幼い子供に負けて、承諾したのだ。 やはり、慕ってくれる小さな子供を邪険には出来ないのだ。 カインはしばらくキーアと共に子供二人の面倒を泊まる代金として見ますよと言って、与えられた部屋へと向かった。少しでも、あの二人が仕事を出来るようにと、それが今夜の宿代の代わり。 三人と一匹は仲良く何しようかと言いながら、部屋へと入って行く。それを微笑ましげに見る両親がいる。こんな和やかな日はそう無いなと思いながら、先程あったあの出来事を忘れてしまったかのように、幸せそうにお互い笑みを浮かべる。 今日は悪い日ではなく、良い日だと、二人はそれぞれカップに飲み物を注いで乾杯した。 領主にあの事を知られた時は、もうこの日常はないかと思われた。この店で妻と二人で語り合う事も出来ないと思っていた。 この幸せが、終わりを告げたのだと、あの時は覚悟を決めたぐらいだ。 「あの人に、感謝しないとね。」 「あの人はきっと、神の遣いだ。幸せを運ぶ為やって来た者だ。」 カップをテーブルの上において、二人はクロスを握って感謝の気持ちを神に捧げた。 彼を、カインをあのタイミングで出会うように時を動かしてくれた神に、二人は深く感謝した。 神を信じるのは人それぞれ。彼等も滅多に感謝はしない。この国では神を信じるものはほとんどいない。だが、今の状況が神によって行われたものならば、神を怨むと、市民のほとんどがそう思っていだろう。 だが、やはり神は存在し、我等を見守って下さっているのだと、二人は改めて神の偉大さを感じていた。カインが聞いていたら、ただ唯一の尊敬する神への感謝なら悪くないだろうと思っていただろう。素直に育たなかったから、照れ隠ししながら、嬉しそうにしていることだろう。 偶然にしろ、必然にしろ。今のこの現実が全ての事実。この日常がこれからも続きますようにと、二人は神に祈った。 いつか、この暗い思いが消える日が来ますようにと、願った。 上の部屋では二人の子供の笑い声が聞こえてくる。それを、微笑みあって幸せを感じる二人。 しばらくして、静かになった部屋の扉をそっと開け、二人の子供が寝ているのを確認して、静かに中に入った。 窓枠に腰掛けて夜空を見上げるカインに近づく。気配に気付いたのか、振り向くカインは二人の姿を確認して苦笑していた。二人が見たカインの年齢に合うような、その表情を見えら事にうれしさを覚えた。作られた顔は悲しいだけなのだから。 そんな二人だからこそ、何処かで気付いていたのかもしれない。カインはこっそりと夜の間に何処かへでかけるのだと。わかっていて、誘ったのだ。 お礼がしたいと言う事もあっただろうが、抱える何かを少しでも感じ取ったのなら、その話を聞きたいと思ったのかもしれない。 もし、両親がいて、暖かい家庭で育ってきていれば、こんな二人のような人が親だったのかなとカインは感じながら、相手が話すのを待った。 「行くの・・・かい?何処に行くかは、わからないが・・・。」 二人は長年この時計屋をやってきて、買いに来る客を観察してきた。だから、持つ雰囲気や性質などを見極められる目を持っていた。 だからなのか、カインが旅人と言うとおり、この町には不似合いな、何かを隠しているということに気付いたのだ。 わからないと言っても、夕方に助けられた時に見た、彼のあの目が行き先を示している。だからだろう。二人は危ないと知っている場所へ乗り込もうとしているカインの無事を知りたいから、遠まわしに無事に戻ってきてほしいのだと、告げるのだ。 「明日になったら、この子達、一緒に朝食を食べようと言うわ。」 明日の朝までには帰ってきてほしいと、二人は言う。カインは穏やかな笑みを二人に向けて、わかりましたとだけ、答えた。 そこでふと、カインは重大な事に気付いた。違和感なく過ごしてきた為に、気付かなかったのだ。 「まだ、名乗っていませんでしたね。」 「そう言えば、私達も。」 名乗らなくても不振がることなく迎え入れてくれた人達だから、ここまで警戒心なく過ごせたのかもしれない。名乗るのを忘れてこの暖かさの中で幸せを感じていた自分。 「改めまして。私・・・いえ、俺の名前はカイン・サンシャール。旅して歩く、笛吹き。」 「私はこの時計屋の主のラウディール・ディスターだ。そして私の妻、リナール・ディスターだ。今日は本当に、ありがとうサンシャール。」 「カイン。・・・カインでいいですよ。今更他人行儀に名を呼ぶと、彼等に明日何を言われるかわからないから。」 「・・・そう、だな。」 子供達はきっとそういう。親だからよくわかる。だから、苦笑してしまう。 その後、二人は握手を交わした。この自己紹介の後、カインが外へ出る事がわかっていたが、何も言わない。 カインならば、あの男をどうにかできる力があると、二人は確信していた。 部屋を出れば、彼は出て行く。それを感じながら、二人はただ、彼の無事を祈るだけ。 明日の朝、ここで五人そろって朝食が取れるように、神に祈るだけ。 それが唯一、二人に出来る事。 行ってしまうなと思いながら、下に降りてきた二人は、あどけない子供達の寝顔を思い浮かべながら、それを守ろうとしてくれているカインに感謝の気持ちでいっぱいだった。 部屋を出て行く二人の背中を、ただ見ているだけのカイン。部屋の扉が閉じ、二人の姿が視界から消えた後、苦笑を漏らした。 今日始めてあった相手に、ここまで気を許していた驚きと、自分が何かをしようとしている事にうすうす気付きながらも何も言わない二人。朝食に間に合えばいいんだけどなぁと、少し弱気になりつつ、準備を始める。 自分の信念を持ち、決めた道を迷わず進む事。カインもキーアも今までそうしてきたが、今回は少し、人との関わりを持ちすぎた為に、後ろめたさがあった。 騙していると言うわけでもないが、結果的には騙している事になると思うからだ。 カインはこの世界の人間でもなければ、何処にも所属できない異端児で、それと同時に誰もが恐れられる者でもあった。だからこそ、彼は異端児として何処にも受け入れられなかったのだ。 事情は知らないにしろ、あの二人も、今目の前でぐっすりと夢の世界へ旅立っている二人も、領主の噂やいろいろな話をしてくれたカインやクロウはカインとキーアを自然に受け入れてくれた。その事にうれしさを感じていた。 ずっと、この町にい続けたいという欲求が出る程、この町の暖かさに触れすぎた。 「これだけ良くしてもらいながら、何もしないのもあれだしな。俺達の事情もあるけどな。」 「そうね。私も、ずっとここにいたいという欲求に負けそうだよ。」 「それでも、俺の相棒としてついてきてくれるんだろ?」 カインとキーアにとって、居心地のいい場所。だが、自分達は留まる事が出来ない性質なのはわかっている。わかっているのにわざわざ聞く。キーアはふんっとそっぽ向きながら、決まってるじゃないと答えた。 絶対の信頼を持つ二人はたいていの事ではこの絆を切ることは出来ない。何者にも切ることは不可能だろう。 唯一切る事が出来るのは、二人か、創造主のみだろう。 それ以外に、二人の絆を切る事も崩す事もきっと不可能だろう。それだけ、この短い期間の間に強く、絶対の信頼の絆で結ばれていた。 二人は非情な者ではなく、元々心優しき者だから、カレンやラウディール達のような心優しき者達が苦しむのを見ていられないし、助けたいと思う。 かつて、助けを求めても誰からも助けられず、孤独という名の恐怖や、死というものが襲い掛かってきた事があり、それも切りに抜けてきたカイン達にとっては、同じような苦しみを味合わせたくはなかった。 もし、助けてくれる手があるのなら、それにすがりたい。その気持ちは、カイン達にはよくわかる。カイン達の場合、空しくも裏切られていたが・・・。 だから、たとえ自分の身に危険が舞い降りると言われても、その信念を持って突き進むだろう。彼等を助ける為に手を差し出すだろう。 ありがとうと言う言葉を貰う事に喜びを感じる自分だから。どんな事をしてでも、どんなに高い壁であっても、立ち止まる事無く突き進むだろう。 窓枠に腰掛けていたカインは、ふっと立ち上がった。キーアもすっと、窓枠へと飛び乗ってきた。 カインは旅を始めてから仕事をする為の服として、真っ黒のバンダナを頭に巻き、暗闇に対応できるように、右目に黒い特殊な装置が取り付けられた片眼鏡を掛け、黒いマントを取り出した。これが二人の行動開始の合図。 キーアはすっとその場に直立し、姿を変える。仕事をしやすいように、姿を変える。カインと同じ、人の姿へと変化した。 だが、耳と尾は残っている。それを、服でいつも上手く隠しているので、誰も気付かないが。よく見ればわかるので、いつも大丈夫かよと思っていたが、要らぬ心配だったので、今は気にしていない。 カインは素早く今着ている服を仕事と称した、彼の戦闘服とも言うべき様々な仕掛けが施された、便利で動きやすい黒い服に着替えた。 闇を動くなら、闇に溶け込む黒を着込む。闇を歩くカインはそうやって欺き、生きる為にいろいろやってきた。 だから、ある場所では闇の使者と言われた事があった。だって、彼は空間を自由に渡り歩く事が出来るから、力のない者達は、闇夜に紛れた彼をそう思ったのだ。 「さて、けんかでもしに行きますか?」 「けんかじゃないでしょ。・・・これは仕事。あの愚かな男に罰を与え、宝玉の欠片を頂く為の仕事。」 しっかりしてよねと、黒い服に身を包んだ、先程まで黒い猫だった少女はカインの肩をしっかりと掴んだ。 「さぁ、遊戯の時間の始まりだな。」 カインとキーアはお互いを見て、にやりと笑みを浮かべ、窓枠から闇が広がる外へと飛び出した。 二人はスタッと軽やかに二階の窓から外へ降り立ち、闇に溶け込むようにひっそりと、そして素早く、領主バドリックの屋敷まで走って行った。 長い夜の始まりを、いったい誰が告げたのか。そして、この夜の終わりを誰が告げるのか。 何が起こるか分からない仕事。だが、迷う事なく、カインとキーアは夜の街をすり抜けるように進んでいく。
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