三 横暴な領主

 




 タッタッタッと、人が通らない建物の隙間を軽やかに走っていくカインと、相変わらず人形のように肩に乗ったままの黒猫のキーア。

「どうするつもり?かなりご立腹のようだけど?」

今は人がいないので話す事に問題はない。しっかりとした思考を持つ黒猫はカインの肩から話しかけた。

 キーアが言葉を話すと言う事は、この世界では信じられないことで可笑しな事である。その為に、今まで鳴き声でさえ、油断すれば言葉にしてしまうので、キーアは黙り続けていた。

 キーアは、人がいない裏道ともいう狭い道に来たのでカインに話しかけたのだった。

 世界によっては不便なものだが、黙っていればいいだけなので、本人はそれほど重要視していない。

「別に・・・。」

「何か、企んでいる顔だよ、それ。すぐに、ばれるから、黙っているつもりなら、隠す努力をした方がいいよ?」

「…そうだな。」

 付き合いが長いだけあってか、カインの事はお見通しであるキーア。

「それで。いったいどうするつもり?」

「ただ、思い知ってもらおうと思ってね。自分の事だけで人のことを考えない愚かな男にね。」

 カインはかなり怒っていた。キーアにひしひしとそれが伝わってくるほど、怒りを抑えきれていなかった。

 カインがそこまで怒りをもった理由は簡単。領主という立場を使って多くの民を苦しめている事を知ったからだ。

 もし、民の為にしょうがなくしている事であれば、考えは違っていたかもしれないが、今回は明らかに領主が自分のためだけに行っている行為だ。

 カインは別に正義とか人のためといった言葉は好きではなかった。ただ、人が喜んでくれたり、ありがとうという言葉をもらう事が好きな男。それはキーアその意見に同じ。

 第一に何するにも気まぐれで、考えが読みやすいと思われがちだが、一番奥そこの考えを見せないので読みにくい男と言われている。だがその反面、今までの生活のせいで素直に人の行為を受け取る事が出来なくなっているのだ。

 そんなカインを今まで見てきたキーアは、久しぶりに怒っている事に珍しく思い、少しちゃかすように言う。

 同じようにキーアもまた領主に対していい思いを持っていなかったが、こういうときしか、カインを上手く言いまとめる事はできないから、この機会を逃すはずがない。

「へぇ?世界の均衡を保つ為にある大切な宝珠を、盗もうとした男が言う言葉?」

 カインを押さえつける事が出来る、キーアだけが知っている魔法の言葉。それと同時に、寂しく思ってしまう言葉。

 ぴくりと反応を見せたが、カインはすぐに元の表情に戻り、少し声を低くして答えたを言うカイン。

 出来れば、その話は出してほしくなかったのだ。それをわかっていながらするキーア。可笑しな所で弱みを作ってしまったなと思う。

「それは言うな。」

「言い続けます。答えをくれるまでは。だから、覚悟しておいて。許さないんだから。」

「大体、あれは・・・確かに俺の事情だが、必要だったんだよ。お前には悪かったと思ってるよ。でも、全ての世界を守る主様を助ける為にどうしても、必要だったんだ。」

 世界は無数にある。そしてそれぞれを支配する上に立つ者がいる。

 神や魔王など、それぞれの世界の頂点に立つものがそれにあたる。そしてそれを作り出したのが、異端児であるカインが唯一認めて尊敬した相手。絶対の力を持つ創造主の事だ。

 カインと黒猫のキーアは異端児としてどこからも受け入れられず、こっそりといろいろな世界を飛び回って過ごしていた。

 そもそも、異端児とは、対立する世界間の種族との婚姻の間に生まれた子供や、上に立つものを脅かすほどの力を持つものの事。どの世界でも、自分の場所を脅かされるのはうれしくないのだ。

 そんな彼等はある日出会う事になった。きっかけは精霊界での精霊王生誕祝いの際に起こったアクシデントだった。二人にとっては迷惑極まりない事態だった。今、思い出してもむかつく。

 ともかくその日から、異端児同士の二人は何気に意気投合し、一人より二人の方が楽しいと一緒に放浪する事になった。

 だが、ただ一度だけ、カインはキーアに何も言わずにこっそりとある計画を立てた。それが、世界の柱とも言われる宝珠を盗む事だった。

 二人は日常、生きる為に盗みもする。かといって、盗むばかりではなく持っている独自の演技などを見せて稼いで、それでしばらく生活をする事もある。

 どんな時もほとんど一緒で、何でも話をする間柄だったが、あの日だけ、カインは一人で動いた。キーアに何も言わずに行動を起した。

 今もはっきりとあの日にどうして盗みをしたのか聞いていなかった。聞こうとすると、いつもはぐらかされてきたのだ。必要だったからとしか、カインは言わなかったのだ。

「どうしても、必要だったんだ。」

今日も、その言葉を言う。

「主様は、俺の恩人で唯一慕う人。幼い頃、俺が何処からも入れてもらえずに追い出されて孤独だった時、ただ一人、俺を助けてくれた人。」

 異端児はいつも孤独を背負って生きていく。それはキーアも同じだった。カインと出会うまでは、一人孤独に彷徨っていたのだ。

 一人気ままに過ごすのも楽で良かったが、やはり、一人というものは孤独が付きまとい、気が暗くなるので、今のこの場所が居心地良くて捨てられないなと感じている。

 そんなキーアは、カインに話をしてほしかった。何もかも自分の中だけに押しとどめずに、話してほしかった。

 出会ったあの日に、自分の思いを聞いてくれたカインの手助けをしたいと思ったのだ。

「この話はいつか話すよ。今はまだ、言えない。とにかく、今も俺が律儀のあのうるさい奴等の命令だが欠片を捜しているのは、全て主様の為。」

 そこまで話して、ぴたりと足を止めるカイン。話してほしいといつも言葉にしなくても思っている事に気付いていたが、苦笑して黙るだけ。今はまだ、言えないのだ。

 そんな和やかな会話の際、ふと不審に思ったキーアが何か言いかけたが、ギッと前を睨むように見た。

 ここはまだ、建物の隙間で表通りからは隠れているので、そちらからは見えないだろうが、ここからはよく見えた。

 今、大通りに部下を引き連れて威張るように歩いているバドリックの姿が見えた。今夜狙う、屋敷の主。そして、かなりの怒りを覚えた相手。

 威張るように歩くバドリックは突如歩を止め、一件の店の前に立ち、部下に命令を下した。命令内容は、この店の中にいる亭主と妻、子供を含め、全員捕らえろというもの。

 店の中から悲鳴が聞こえ出す。そして、家族全員の身柄を捕獲し、高々と笑う残酷な権力者の姿があった。

 建物の影からその一部始終を見ていたカインは手に持っていた笛を握り締めた。キーアもまた、歯を食いしばった。今出れば、ややこしくなるという事が理解っていたからだ。

 そして、ふらっとカインは建物から出た。キーアは指示されていないが、自分のするべき事をするために動いた。

 丁度、家族がバドリックの部下に店から連れ出され、後ろでに手を拘束された時だった。

 

 

 突如現れた黒い物体に、バドリックは慌てて手で払いのける。部下も慌てて彼のもとへ急ぎ、黒い物体を取り囲む。その様子を、捉えられている親子は何事かと見ていると、背後から人の声が聞こえた。

「これは失礼しました。キーア、おいたはいけませんよ?」

そういって、腕を伸ばして、黒い物体だと思われた黒い猫を呼び戻す。猫はニャァと一声鳴いて、カインの腕に飛びついて肩へと戻った。

 バドリックや部下はいきなりの乱入者を睨むように見ながら、何者だと叫んだ。

「私はただの旅人ですよ。それがどうかしましたか?」

クスリと笑みを浮かべる青年は誰が見ても見惚れるほど綺麗な顔をしていて、領主も例外ではなく、見惚れていた。

 今のカインは普段のような悪ガキといった雰囲気はなく、紳士的な優しいお兄さんのように見える。それを、はじめて見たバドリックを含め、その場にいる全員は普段の彼を知らないので、その表だけの演技にすっかりと騙される。

 ふと、バドリックは我を取り戻し、せっかくの楽しみを邪魔したカインに控えめにただの旅人が何の用だと問いかける。その問いの間、綺麗な顔の青年で、側に置いておくのも悪くないと思うが、それよりもせっかくの楽しみの邪魔された事に苛立ちをバドリックは持っていた。

 苛立ちお覚えても少し控えめになってしまうのは、目の前の青年は清々しく、目の前で起こっている事がどういう事態か、明らかに理解っていながらも平然としてそこに立っているのだ。あいかわらず、余裕のような笑みを浮かべて、そこに立っている。何を考えているのか読めない相手に、先に仕掛けるのは危険だと言う事を、彼は知っているからだった。

 カインはそんなバドリックの心中を理解しながら、知らないふりをして質問に簡潔に「ただ通りかかっただけですけど」と答えると、今度は本当にそれだけなのかと疑問がわいてくる。

 今気付いたが、腕に絶対の自身があり、自分が選びに選び抜いた部下の誰一人として気付かなかった相手だ。

 そして、他の者よりも結構敏感な自分自身も気付かなかった。こうも簡単に背後を取られるだけではなく、猫一匹にも気付かなかった失態から、この笑みに不信感を抱いたのだった。

 綺麗で見ほれるその笑み。だが、自分の考えを見せようとしないただの通りかかった旅人と名乗るカイン。警戒をするのには充分だった。

 今更ながら警戒を強めだす領主を、今も笑みを絶やさずにそこに立つカイン。そして、フッと口元に明らかに別の笑みを見せたカイン。彼のまとう空気が変わった。

「人並み以上には、鋭いみたいですね。さすが、というべきですね、領主様。」

 口元はまだあの笑みを持っているが、目はギンッと鋭く笑っていないのにバドリックは気付いた。そして、体が震えだし、金縛りにあったかのように、動けなくなったのだ。今のカインは全然笑っていない。あるのは怒りや憎しみだと、バドリックはすぐに感じ取った。

「それで、彼等はいったいどうして、このような仕打ちを受ける事になったのですか?」

丁寧に、下手に出ながらも、相手を射止めるような目でバドリックの目を離さない。

「あ、それは・・・。こ、こいつらは、命令違反を。そう、命令違反をしたのだ!稼ぎの半分をこちらに税として渡せといったのに、さらに少ないその半分だけを渡した。そして、余った分をただのそこらを走り回るガキにやったのだ!」

そういって、これは正当防衛だと言う領主を見て、カインは絶対に叩きのめすと誓う。救いようのない馬鹿だと、肩で大人しくしていたキーアはため息をつくのに、気づく者はいない。

 すっと、カインは再び人のよさそうな笑みを見せて、バドリックの側まできて、これで今回の事はなしに出来ませんか?と、カインは懐から今日、パン屋の主人に渡した物よりも少し大きめのあの宝石をだった。

 バドリックはばっとそれをつかんで目でしっかりと見て、歓喜の声を上げた。

 どんなに探しても、どんなに手に入れようと手をまわしても、見つからない先代が気に入っていた宝石と同じもの。

「い、いったい、これを何処で?!」

 すでにカインから感じていた恐ろしさを、目先の利益に目をとられてあっさりと忘れて、バドリックはこれを何処で手に入れたのか知りたいと思った。

 自分に手に入れられないものはないと思っていたのに、手に入れられなかったもの。まるで、自分は先代には劣るのだと言われているような仕打ち。それをバドリックは自分の持つプライドから許せなかったのだ。

「頂いたのですよ。町を転々と歩く間、資金が必要ですからね。」

 カインは懐から少し古びながらも綺麗な細工のされた横笛を取り出した。

「これで資金を稼いでいるのですよ。その時に、お客の一人から頂いたのですよ。」

そう言って、すぐに笛を懐にしまう。これ以上この男に見せるのは勿体無い代物だと、カインは判断したのだ。

 この笛は、カインがはじめて創造主なる者に会った時に頂いたもの。大切な、カインの宝物。そして、自分が自分であるという存在を認められていると感じられる物だった。

 そんな事は当然知らないバドリックは、宝石とは別に見せられたかなり価値のありそうな笛が、ほしくてたまらなくなっていた。彼は欲が強く、何でも手に入れたいと思う男だったのだ。それを、カインはすぐに見抜いていたが、言うつもりはない。今はまだ、問題を起す時期ではないからだ。

「で、その宝石の分で、どうでしょう?彼等の払わなかった分にはなるでしょう?」

「あ、ああ。これで足りる。」

 すっかり笛に意識が行ってしまっていたバドリックは、まずはこれを手に入れたことだけでもよしとしておこうと、はしっかりと懐に宝石をしまった。すでにこれは自分の物だと思い込んでいる。かなり重症な男で本当に救いようの無い愚か者だと、キーアは見るのも嫌になっていた。

「それでは・・・。彼等の縄、解いてもらえます?実は私、彼等に大事な話があってここへ来たのですよ。」

 だから、手は出さないで下さいねと続けられる言葉。

 話している際ずっとカインの笑顔の奥に潜む威圧感。恐ろしく、これ以上関わらない方がいいと、絶対の自信が粉々に砕け散った部下達は、すぐに縄を解いた。

 すぐに、笛をどうやって手に入れようかと考えているバドリックを連れて屋敷へと戻っていった。

 真実か嘘かはどうでもよい。早くカインの目から離れたいと部下達は願っていた。あの目は何かを狙う野生の獣のようで、そして冷酷な冷めた眼。

 逆らえば命はない。直感的にそう感じたのだ。とても、危険な男だと認識し、バドリックを無理やりでも連れて帰ろうとするのだった。