二 親をなくした者達

 



 少年はどんどんパンを持って歩いていく。

 少年が着いた先は古びた建物が立ち並び、今にも崩れてきそうなぐらいだ。ひび割れがあったりかたむいたりしている家がこの場所では当たり前のように立ち並んでいる。

 歩いている間に、どれだけ建物から砂がさらさらと落ちてくるのを見たことか。

 辺りが気になるところだが、今は見失わないように前を進む子供を追いかける。

 そんな二人を見て、珍しいのか何か企んでいるのか。

 子供と同じように、古びて破れた衣類を着ていたり、泥で顔や体を汚している者で溢ふれかえるこの場所で、ひっそりと瞳だけで二人の姿を追う者達が大勢いた。

 さらに少し歩けば、カインの服を見て何か言おうとして口を塞ぐものもいた。

 なるほどと、カインは理解した。

 きっと、自分の持つものを取ろうと考えていたか、何かもらえないかという期待を持ったのであろう。

 ここの者達にとってみれば、自分のようなものは滅多に来ない『客』であり、明らかにお金を持っていそうな自分がいるわけだから無理もないだろう。

 生きる為に罪を犯し続ける彼等にとっては、これが日常の事。

 きっと、この少年がいるから皆黙っているのだろう。

 この少年がいるからこそ、無闇に襲ってこないのだろう。

 こういった状況に陥った者達程、裏切りも多いが信頼関係の絆も多く、深い。

 今までの経験で、カインは何処も同じなんだなと、思ったのだった。

 

 

 今にも崩れ落ちてきそうで危ないなと、左右に立ち並ぶ建物を見上げながら考えていたカイン。キーアも近いうちに崩れて、けが人が出るわねと、不吉な事を言ってのける。

 そんな二人の会話を知らない少年が、ここだよと、背後についてきているカインを振り返って小さく言い、その建物の中に入った。

 どうやら、入ってもいいみたいなので、カインも何も言わずに少年に着いて中へ入った。

 一言で感想を言えば、中は薄暗い。電気はないから当たり前なのだろうが。

 その中を迷わず真っ直ぐに少年はどんどん奥へと進んでいく。それにただ、青年は着いて行くだけ。

 しばらく奥へ進んだ少年は、一番奥の部屋の扉を開けた。

 どうやらここに、この子供と一緒にここで暮らす仲間がいるようだ。

 扉を開ける子供。それと同時に聞こえてくる声と伸ばされる腕。

「お帰り。いつもより遅いから心配したんだよ!」

扉を開けるなり、子供に抱きついてきた若い女。きっと、この女がこの部屋にいる子供達を世話している育て親という奴だろう。

 部屋の中には女の他にこの少年と同じような子供がたくさんいた。結構、いるもんだなと、目の前で抱き合っている二人を無視してこっそりと見ていた。

 これでは、小さい体にあれだけのパンが必要になるよなと、子供の数を数えていた青年は、ふと女と目が合った。

 すっかりと忘れていたが、女は目の前にいたのだ。

「・・・あんた、いったい誰だい?」

 気付いていなかったのかよと、青年は苦笑する。今更だが名乗るべきかと悩んでいたら、あの少年がカインの代わりに助けてくれた恩人であると話した。

 その少年の答えに、女はその理由でここに来たのなら歓迎すると、カイン半ば無理やり部屋の中へと押し入れられた。

 奥にいた子供は恐る恐る前に出て、子供が必死に手に入れたパンの分け与えられたものを食べた。これが、彼等の一日の食事。

 ここまで貧富の差が激しいとは、青年も思っていなかった。何せ、この子供と出会う前、領主の屋敷をこっそりと覗いてきたからだ。こことは比べ物にならないくらいの、無駄の多い贅沢し放題の男。

 女は子供に均等にパンを分け与えた後、青年に向き直って名前を名乗った。どこの世界でも、挨拶とお礼は大切だ。彼女は、彼に助けたお礼を言う。

「私はここでこの子達の面倒を見ているカレン。で、この子はクロウ。」

 本当に感謝していると、心から言うように、笑顔でカインに言う女。

「この子を助けてくれてありがとう。お礼を言うわ。」

 女、カレンの自己紹介を受けて、カインも名乗る。

「ご丁寧にどうも。俺はいろいろと放浪する旅人、カイン・サンシャール。」

カインとカレンは握手を交わした。お互いを認識したという合図。

 そしてすぐに、カレンは本題へと入る。クロウから聞いた、頼みごとが何なのかと。

 協力できる事ならば、できる限りの協力をしようとカレンは思っている。クロウの身を守ってくれた代償に変わるくらいの御礼をしたいと、心から思っているからだ。

 内容がやばいものならば、決して受けるつもりはない。だが、カインがそんな事を自分達に『協力』を申し出るとは思えないという、どこかで信頼にも似た感情を持っていた。

 今日はじめて会ったのだが、相手の事を理解できたから。

「実はね、俺の旅は、ただ何気なしに放浪するだけじゃないんだ。ある目的の為に、旅を続けているんだ。」

「目的?」

「そう。俺はあるものを探しているんだ。何処にあるかもあやふやなんだが。それが見つからないと困るんだ。」

 見つかったとしても、旅を終えることはないだろうが、縛られた旅からは解放されるから、目的を果たすために今と言う日々を過ごしている。

 今、この旅は監視がついているようなもので、自由などはない。

 自分達は今まで自由気ままに旅を続けてきたから、その旅に戻る為にどうしてもしなければいけないのだ。

 そんな事まで、相手に話すつもりはないだろう。だから、その内容は言わずに話を進める。

「俺はその探し物の気配があると感じるまで放浪する旅人。だから助けた事に関しては、ただの偶然だからな。たぶん、二度目はないだろうな。次の旅へ出るから。」

「確かに、旅をするならそうなるだろうな…。」

 この街に探し物があるから滞在しようと考えていたところに出会ったのだと、出会いの経緯を話した。そして、その探し物を領主が持っている事も話した。

 カレンは子供達をあの極悪人の事に巻き込めないと、協力の内容を聞いて、悪いけれど協力は出来ないと答えた。

 あの男は、金だけで動く男で、それ以外には容赦ない男なのだ。

 彼女達の境遇を見れば当たり前の反応なので、カインは気にせずに話を続けた。

 自分が頼みたい事の内容を聞けば、それには協力してくれると思っていたからだ。

 カインはただ、領主の簡単な人柄や噂など、少しでも知っている事に関して教えてほしいのだと言った。すると、知っていることは少ないので役に立たないかもしれないといいながらも、カレンは話してくれた。

 現領主、バドリック・ディスタードの噂や人柄などを、知る限り話してくれた。自分がこうなった経緯も全て、もし必要な内容があり役に立つののならばと、話してくれた。

 話の内容を聞きながら、表情には出さないが、かなり怒りを感じさせる事にキーアは気付く。きっと、カレンは気付いていないだろうが。

「誰もがあの男には不満を覚えている。前領主様は本当に立派で良い人だったと言われているが、あの男に関しては、ただの権力者という認識しかない。」

 辛そうなカレンに掛ける言葉は見つからない。

「誰もが考えている。近い未来に、神があの男へ天罰を下すのだと。」

 悔しそうに唇を噛み締める姿を見て、思い出す過去の事。

 カインは一度目を閉じて思い出す過去を無理やり押し込んで、カレンを励ますように元気な笑顔で話しかける。

「様子をこっそり見ていたけど、本当に何様だっていうぐらい偉そうだったな。」

 カインの言葉に、理解しきれないカレン。やがて、バドリックの屋敷へ忍び込んだ事を理解し、カレンに驚かれた。

 側で聞いているクロウも驚いていた。どうやら、それ程までにも、大変な事らしい。

 職業が職業なだけに、カインにとっては門や塀を越える事は簡単に出切る事である。しかし、彼等のような普通の人間には出来ない事なのだ。

 そう言えば、忘れてたなと罰が悪そうな顔をすぐに隠すカイン。側では何やってるのよと、今にも文句を飛ばしそうなキーアが、今は後で文句をたくさん言ってあげると態度で示すかのようにそっぽ向いていた。

 カレンはカレンで、カインのような人間がいるのねと、呆れていた。

「アンタ、相当な馬鹿ね。でもまぁ、いいわ。そんな馬鹿は歓迎するよ。私は貴方のような馬鹿の味方だからね。」

「俺は馬鹿じゃないが、確かに馬鹿は好きだな。馬鹿の種類にもよるが。」

「私も馬鹿の種類によるね。領主のような馬鹿は嫌いだからな。でも、お前みたいなお人よしな馬鹿は好きさ。」

 この街の今の状況では絶対にお目にかかれないような、クロウを助けたお人よし。

 最終的には、同じお人よしな馬鹿だと言われて、クククと声を必死に堪えながら笑うカレンの姿がそこにあった。

 久しぶりにこれだけ笑ったものだ。

 珍しく思い切り心から笑っているカレンの姿を見ただろう子供達は、同じようにうれしそうに笑っていた。

 

 

 しばらくして、笑いが収まったカレンはカインの探し物がどんなものか気になり、思い切って聞いて見る事にした。

 いつもならそこまで関わろうとはしないが、なんだか知りたいと思ったのだ。

 何かを胸の内に隠すように、人と一線を引いている目の前の男の胸の内。きっと二度と会う事はないだろうと思うこの男を、知りたいと思ったのだ。

 そんなカレンの問いに、そうだなと、少し困りながらもカインは答えた。

 カインもまた、今日のような賑やかな日を過ごせたのが、久しぶりだったからかもしれない。

「小さな欠片さ。硝子みたいに透き通っていながら、宝石のように光をもって輝く欠片。」

「へぇ、そりゃぁ、あの男も持っていそうな物だね。でも、噂は聞かないからわかんないよ?」

 どうやら、カインの探し物はいかにも領主が好みそうなものだ。

 あの男は金や銀といった物や豪華な装飾品が好きだ。価値もわからないくせに、何でも手に入れようとする愚かな男。

 手に入れれば、自慢をするばかりの面白みもない男。

 確かに持っていそうだが、噂を聞かないので、間違いなのではないのかと、少し心配しながらカインの様子を伺うカレン。

「それでも、ここにあることは間違いない。それに、さっき見たときに確認もしたから間違いないしな。」

 そう言い、話は終わりと断ち切るように立ち上がったカイン。ふとある事に気付き、カレンに鞄から焼き菓子を取り出して渡した。

「クロウに俺が言った、頼み事を聞いてくれたお代と、今日の話に付き合ってくれたお礼だよ。俺は言った約束は守る男だからさ。あの男みたいに、口だけではないから、遠慮せずにもらっておいて。」

 突然の事で判断が遅れたカレンだったが、自分の手に持たされた物を見て驚く。ここら辺では絶対に食べる事は無理な高価なもの。

 甘くて美味しい、子供達が物欲しほしそうにいつも見ているもの。自分では、決して手に入れてあげられないもの。

 さすがにカレンもお礼としては高すぎると、カインに言う。

「で、でも、情報と言ったって、領主の噂とかだけで・・・。」

「それでもいいの。そのおかげで、対策を考えられたし、今のこの町の状態を知ったんだから・・・な・・・。」

 何故か背中がゾクリ寒気が走り、訳も解らぬ恐怖を覚えた。

 今、目の前にいるのは先程まで自分と馬鹿な話をしてさわいでいた男ではなく、何かに飢えた獣。いや、遠い昔に母親に読んで貰った絵本に登場する、世界を破壊する魔人のように見えた。

 この町を出る前にまた会えたらいいなと言って、最初に会って話をした時と同じようにふざけた口調と空気に戻し、カインは部屋を出て行った。

 だがしばらく、カレンは焼き菓子を手に持ったままそこで固まっていた。カインが出て行った後もまだ、動けずにいたのだ。

 カインのあの目を見て、石にされてしまったかのように体が言う事を聞いてくれず、動けなかった。

 今まで経験した事がないほどの恐怖を、あの時のカインの目を見て感じたのだ。

「・・・いったい、あの男は何者?」

 部屋にいるのは子供だけ。答えてくれる者はいない。

 当の本人も、すでに建物から出た後だったから、誰も答えてはくれない。

 カレンの中だけに、彼女は何度も繰り返し問い続けた。決して見つからない答えを探して、何度も。

 だからだろうか。カレンは自分の思考に囚われていた為に、何か決意しているクロウの目を見ていなかった。普段の彼女なら気付くはずのものを、あの目に囚われて、優先すべきものを見落としてしまったのだ。

 クロウは前から決めていたものを、今夜決行する事を決意していた。

 普段のカレンならば、すぐにクロウの考えに気付き、止めていただろう。それを、カレンは見落としてしまったのだ。