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捕まってたまるか 絶対に逃げてやる 絶対に逃げて、生き残る そうして、必ずあの三人ともう一度会うんだ 背後まで迫って着ている声と足音 ただひたすらに、道であろうとなかろうと、走り続けた 癒しの心を持って・・・ 走って走って、だけど疲れが身体を重くしていき、転がる石の中の一つにつまずき、その場に転んだ。 足音はまだ少し遠いが、このままでは捕まってしまう。 逃げなくてはいけないのに、荒れて整わない息と、疲労で疲れきった身体のせいで力が入らない。 起き上がって逃げなければいけないのに、その力さえない。 足音が迫ってくるのが聞こえてくる。 ここでもう終わりなのだろうか。そう思った。 「いたぞっ!」 その声が聞こえ、大きくなった足音から、もう駄目だと思い、覚悟した。 だが、いつまで経っても、何も起こることはなかった。 反対に自分のすぐ側から、別の誰かの声が聞こえてきた。 「何をしているのですか。」 凛とした静かな声。だが、冷たく鋭いそれに、追っ手達は聞き覚えがあるようだった。 「げ、幻獅殿・・・。」 「こ、これは・・・。」 何か言い訳のようにしろどもろになる彼等の声と震えているのがわかる様子に、いったいどうしたのかと顔をあげる。 そして見たのは、長い白の髪を結った背の高い男。魔導師のような服を身に纏い、呪術で使うような石の数々の装飾をつけ、眼鏡をかけた厳しそうな男だった。 その整った顔に、雰囲気が少しかつての友の一人に似ている思った。 「彼は確かにこの場所とは違う者。しかし、敵ではありません。」 今すぐ引きなさいと命令を下す。そこから、彼が彼等よりも偉い者だとわかった。だが、安心はできない。 ここは天界でもあの切り離された庭でもない。まったく違う魔界の森だ。 もし、この男も強い者であれば、今の自分では適わない。 追っ手はしぶしぶながらも去って行ったが、この後どうなるかと覚悟を決めていたが、どうしてか身体を起こされた。 「怪我の方は・・・酷い有様だね。ま、いい。治療するから、もう少し歩いてくれ。」 そう言って、手を引いていく男。今聞き間違いでなければ治療をすると言っていた。いったい、どういった風の吹き回しだ。 強い者なら、自分が何者かだってわかっているはずなのに。 だが、それすらも見透かされているかのように、不思議がっていた自分に彼は相変わらずこちらを見ずに答えた。 「君が来る事はわかっていた。私も似たようなものだからね。それと、君にはまだ死んでもらっては困るからね。」 やる事がある。それを終えるまでは死んでもらっては困る。 「それと、先に言っておくが、君は一度死に、転生してから目的の人物・・・三人と出会えるよ。」 全て見透かされている。まるで、共にあった、そしてどうなったかわからぬ灯音と同じ。だが、雰囲気はまったく違い、それは目的の人物の一人、女のように長い髪と容姿を持ちながらも、中身はまったく正反対な男と同じ。 「だから、それまでは絶対に死んでもらっては困るからね。・・・璃音。」 間違いなく、自分のことを知っている。そう思えた瞬間だった。だって、名乗ってもいないのに、この男は自分の名前を知っていた。それだけで充分。 自分達の名前はそこまで外に知られている物ではない。そう灯音は言っていたから。 連れて来られた小さな家。たくさんの本や紙、そして実験道具や薬品がある家。 不思議な世界に迷い込んでしまったのではないかと思うぐらい、魔界に相応しくない空気がここにあった。 「そもそも、私は魔界の住人ではないからね。・・・そこに座ってくれ。」 椅子を指さし答えた男は、璃音が言う前に全てをわかって話してくるから、少し居心地が悪い。 何かがさごそと薬を探しているのか棚の中を漁っている男の首元から、にょっきりと出てきた白く長い物体。 「何でもわかるのは、僕がリサーチしたからだよ。だから、幻獅は悪くないよ。」 「そうだそうだ。もし幻獅に何かしたら俺がぶっ飛ばすぞ。」 そう言いながら、かわいらしい顔をした二匹の蛇に『え?』と目をぱちくりとしている璃音に、ごめんごめんと謝りながら、男は二匹の蛇の頭をつかんで、自分の服の中に押し込んだ。 もしかして、服の中で飼っているのだろうか。とんでもなく可笑しな人なのだろうか。そう思ったが、どうやら違うようだ。 「私の使い魔だ。悪かったね。黙っていろと言ったのだが・・・。」 傷を見せてごらんと言われて、素直に見せてしまってから、そう言えば知らない人には決して近づいてはいけませんと言われていたなぁと思い出す。それも、遠い過去のように思えてしまうけれど。 的確に手当てはされ、終わった。まるで成れた手つき。灯音よりも正確であり、そこで気付いた。 「もしかして、医者か何かか?」 「そう言えば、自己紹介すらしてませんでしたね。」 今更のように思い出して、男はこちらを見て、笑顔で名乗った。 「桜姫楼 幻獅。医学を主に担当する、巫女様に仕える北方守護獣玄武です。以後、お見知りおきを。箱庭楽園の生贄殿。」 その言葉に驚きが隠せなかった。守護獣とは、以前読んだ本で知っている。そして、いつだったか、朱音が『外』で起こっている出来事を話しているのを聞いてしまい、彼がその一人なのだとわかった。 だが、箱庭楽園の生贄の意味はわからなかった。 「きっと、貴方は知らないのでしょう。だから、教えておいてあげます。計画者はもう、この世にはいません。貴方方を守る為、自らの命を投げ出した。」 「何の事を言ってるんだよ。」 「では、はっきりと言いましょう。楽園には同じ魂を四つに分けて生まれた子供を一人の天使が育てました。それはいつの日には、柱として生贄にするため。残りの半分は神を守る右翼と左翼に。」 信じられないと思った。裏切られたと思いながらも、やっぱり朱音のことは嫌えなかった。 なのに、こんな真実は知りたくなかった。 「つまり、運命の歯車は新たに回り始めた。」 そう言って、幻獅は水晶を取り出した。そして、それを見るように言い、一言、呪文のような言葉を唱えると、透明な水晶の中に霧の様な白い靄が立ちこめ、青い色に変わってすーっと消えてなくなった後、その中に見覚えのあるものが映った。 「灯音!」 そこにいたのは、間違いなく灯音だった。石となり、動かないままそこにいる。 「朱音がこの場所に隠した。私に管理を任せてね。」 「そんな・・・。」 この人は知っていた。だから、教えてくれた。だけど・・・。 「どうして、朱音を止めてくれなかったんですか?」 「それは私の役目ではない。それに、そうあらねば、今お前はここにはいない。消えてなくなっていた。」 さっきも話したように、『魅音が飲み込み、今の自分が消え去る。』という運命を朱音が変えた。こういう形であったのしろ、守りたいがために自己犠牲を承知の上で行動した。 「それが、あの時の彼女の役目であった。だが、まだ死んではいない。」 「え?」 それは、すがりたい希望のように思えた。 それが本当なら、今の自分が死んでもう一度生まれ変わってから三人と出会えるのなら、あの二人とももう一度言葉を交わすことが可能なのではないかという希望が出てくる。 「朱音は、自己犠牲を覚悟した上で行動し、自らの犠牲という運命すらも変えてしまった。いや、正確にはお前達が裏切りを信じられなくても、彼女がどうしてと、やはり最後には信じる気持ちも残っていた。だからだ。」 信じる気持ちは大きな力を生み出す。とくに、あの四人の力は強大だ。だからこそ、柱と神の補佐に選ばれたのだ。 すっと、水晶が切り替わり、今度は柱が映った。そこには朱音の姿があった。 だが、それだけではなかった。 「紫音・・・?」 柱の前で泣いている紫音の姿があった。見つけたと思ったが、きっと今のままでは会えないだろう。それはわかっていた。 だが、紫音の様子が変わり、聞こえた声で璃音も希望を見つける。 「生きてるのか?」 「だから、死んではいないと何度も言っているだろう?」 「そっか。良かった。」 なら、この人が言うように、今は自分の役目とやらをやり遂げよう。 それによって、何かが変わるのなら。 「すぐに、怪我も治るだろう。」 突然言われた言葉に、そう言えば痛みがほとんどなくなっているのに気付いた。 にゅっとまた蛇が現れて、使われた水は聖水で、それも癒しの水ですぐに治るのだと、ご丁寧に教えてくれた。 「ありがとう。」 まだ言っていなかったお礼の言葉を言う。すると、あまり気にした風はなく、ただ治ればいいと言って、薬を片付け始めた。 なんだか、おかしな人だと思う。聞いていた話では、自分達同様にばらばらになりながらも、巫女が再び現れるのを待つ者。 「あの。しばらく、一緒にいてもいいですか?」 「構わない。ただし、容赦しないからな。誰であっても。」 「望むところです。」 魅音と散々いろいろやってきているから、大丈夫。会うまでは負けないと決めたから、今は会えなくてもまた会えるのを信じて生きると決めたから。 「今日からお願いします。」 頭をさげた。 こうして、璃音の新たな日常が始まるのだった。 そして、この日この人に着いて行くと決めた事を少し後悔するのはもう少ししてからのこと。
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