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第一章 夢幻の救世主
また、同じ夢を見た。いつもと同じ夢。ただ、日に日にはっきりと内容を覚えているようになり、相手の顔もだんだんとわかるようになってきた。 「いったい、何なんだろ?」 夢の相手は、ただ動かずじっとしているだけ。見えない透明の壁の前で、悲しそうにして立っているだけ。 決して涙は見せない彼だが、その表情は悲しそうで、泣いているように見える。だから、心が泣いているが、感情としては泣けないのだと思う。それか、泣くという事を忘れてしまったのかもしれない。 それがいっそう、彼を思い出させる。 感情を全て忘れてしまった彼。夢の彼と同じだと、思ってしまう。 「夢の彼が笑えば、彼も笑える日が来るのかな?」 希望に近い願い。ほぼ、叶うはずの無いその願い。いつも、神に祈り、願い続けている。 神はいない。いつもそう考えて神を否定してきたが、彼が感情を忘れた日から、何故か神に祈るようになった。何かにすがりたかっただけなのかもしれないが。 でも、心のどこかでまだ願っている。神が救世主を遣わせて、この世界の均衡を正してくれるのだと。そうすれば、もしかしたら彼の感情が戻るのではないかと。 ただの希望でしかないそれ。しかし、世界の均衡さえ取り戻せれば、何かが変わるかもしれないという希望。 だが、すぐにその希望を押し隠して、彼女・・・ローラは身の回りを片付けて、家としている小屋から出た。 外は、平和だと言っているかのように晴れ渡り、気持ちのよい風が吹き渡っていた。
街では、いつもと同じように、異邦人達と争っていた。 「オマエなんか、殺してやるっ!」 その叫ぶような声と共に相手へと向かっていくのは、太めで普段は人がよく、そんな言葉を使うとは思えないようなパン屋の親父だった。 誰もが毎日ぴりぴりして、穏やかな日は遠ざかっていく。ローラは多少話した事があり、いろいろ世話をしてくれていた人だが、気にせずに通り抜けて行く。 きっと、明日には彼の葬儀があるだろうと思いつつも。 街では毎日葬儀で忙しい。理由は簡単。人と異邦人との争いと、自然の怒りの中で、多くの命が失われていくからだ。 毎日が悲しみや憎しみで沈み、そして荒れていく。そんな中で生き抜くためには、関わらない事が一番だからだ。 どんなに、自分にとっていい人であっても。自分は彼が一番だから、彼以外の選択はするつもりはない。 「葬儀ぐらいには、顔を出すべきだよね。」 奥さんはたまったものじゃないし、知らない相手まで呼ぶ事はしないだろう。だから、勝手に見に来て、冥福を祈ろうかと思う。 そんな時、彼女は感じ取った。何か『力』のようなものが通りぬけるのを。 昔から、そういった事を感じ取れるので、今更驚きはしないが、今日のは何か、今までとは違うように感じた。 穏やかで優しさを感じる反面、怒りと憎しみや、人の醜い心をも持ち合わせている。それだけではなく、それが同時に通り抜ける。 いったいこれは何かと、力が向かった方向を見る。そこは、先ほど横を抜けた場所。あの二人の元だった。 飛び掛り、もう駄目だと思っていたパン屋の親父。異邦人もこれで終わりだと思っていたことだろう。 その一撃はパン屋の親父に届く事はなかった。 いつの間にか現れた一人の長い髪を靡かせた綺麗な女が、一撃を止めたのだった。 始めは呆然としていた異邦人だが、すぐに状況を理解し、怒りのままその相手に攻撃をしようとした。しかし、その攻撃もまた、相手に届く事はなかった。 「テメェ・・・。」 思い通りにいかないために、怒りを露にする異邦人。だが、女は興味がないのか、無表情で異邦人を見ていた。 「何故、邪魔をする!」 事の起こりは自分とこの親父の事。どうして第三者が邪魔をするのだと、叶わないと知ってか、半分八つ当たりのように問いかける。 「目の前で、うるさかったから。」 「なんだと!」 それだけの理由で邪魔をしたのかと、言えば、それがうるさいんだと、挑発するような態度に、まわりはそわそわとし始める。このまま、この辺り一体が争いの場になり、巻き込まれるのではないかと心配をしていたのだ。 そんな様子を見ていたローラは、その女が何かを隠している事に気付いた。異邦人より強いと、わかる何かを持っている。 目的がパン屋の親父からその女に変わったと同時に、異邦人は仕掛けてきた。しかし、異邦人が思っていたような結果ではなかった。街のほとんども、思わなかっただろう。 突進してきたはずの異邦人は、女の元にたどり着く前に、反対方向へと吹き飛ばされたのだ。もちろん、女は動いていない。 「何?!」 異邦人はかなり驚いていた。いったい、自分に何が起こったのかさえ、わかっていない。だが、ローラは違う。 「・・・風が、動いた・・・?」 確かに、空気が歪み、それが異邦人を弾き飛ばした。まるで、風が女を守るようにして。 「オマエ、何者だ!」 明らかに、その女は人ではない。どちらかというと、自分と同じ異邦人と呼ばれる部類のものだ。 街の人間達も興味を向けて、女が答えるのを待つ。 「私ですか?・・・ただの旅人ですよ。争いを止める仲裁者でもありますけどね。」 そう言い、これ以上二人が続けるようなら、容赦なくいきますがと言えば、異邦人は舌打ちして、帰っていった。 葬儀が免れたパン屋。これで、元に戻るかと思えば、そう簡単な問題ではない。 ここは、異邦人を嫌う王が、異邦人を差別して、異邦人以外の一般の人々を集めた街だ。 おわかりだろうが、女は尋常ではないため、受け入れる事は出来ないのだ。 「悪いが、今すぐ別の場所へと行ってくれ。」 助けられたパン屋の親父と、夫を失わずにすんだ妻。街のほとんどが、今の事に対しては感謝をしている。しかし、異邦人かもしれないのなら、それは問題だったのだ。 ローラはわかりましたと言い、歩き出した女の後を追う。 誰かに呼ばれた気がしたが、気にしない。自分は自分が思ったように生きるのだと決めたから。 それに何より、あの女こそ噂の救世主ではないのかと、思ったからだ。 歩くのがはやい女を走って追いかけ、なんとか追いついたローラは、彼女はほぼ無理やり自分の小屋へと連れ帰った。 女も、すぐには行き先が決まらないし、行き場もないから丁度いいと言ってくれたので、無理やりではないのかもしれないが・・・。
街の人間達はあまりいいようには思わなかったが、争う気がないのなら、今は問題ないと思う事にしたのか、何も言ってこなかった。
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