竜神の化身である蒼い珠が消えたという話はすぐに村中に知れ渡った。 「どうするのだ。竜神様がこの地から去られた。」 「災害がこの地に押し寄せる。もう、竜神様は守ってくださらぬ。」 村では不安の声が響く。恵一郎は夢が本当であり、水玉を守り、祈りを捧げるという責任がある為、しっかりしていなかったからと落ち込んでいた。 「この村はもう終わりだ。」 誰もが言った。誰もが諦めた。誰もがこの村の運命だと納得した。 雪夜もかなりショックを受けていた。守りたかったこの家と竜神の二つを失う事になるからである。家と竜神は二つが両立して成り立つ。 雪夜も他の村の者と同じように諦め、これが運命だと納得した。 辰季は納得できなかった。あれだけ大切にしていたのなら、どれだけの時間竜神はこの地にいたのか。お互いがいて成り立つと思っていた。だが、一つがかけるとこんなにもあっさりと崩れる。 辰季はどうにかならないのかと考えた。 そもそも、急にどうして竜神の化身と呼ばれる水玉は消えたのか。恵一郎が見たという夢も気になる。 そんな時、声が頭に響いた。 『この地に降りし竜神よ、我はお前にこの地を捧げよう。その代わり、この地を守り、我に力を貸しておくれ―――――。』 聞いた事の無い人の声である。声はまだ続く。 『竜神よ、この地はどうだ。我の住む地、我の思い出の地。我が一生を過ごす地。竜神よ、守護する地を捜しているのなら、この地はどうだ?』 これは、竜神に話し掛ける誰かの声だろう。 『お前、名はなんと言う。我、水を司る竜神、スイキョウ。』 また別の声。この声がこの地を守る竜神なのか。 『スイキョウか、言い名前だな。我は辰樹だ。』 『タツキ・・・。契約しよう。タツキがこの地を捧げると言うのなら、全ての力を持つて、この地は守り抜こう。その代わり、力を貸してほしい。』 『この地を守ってくれるのなら構わない。我はもう、残された時間は少ないからな。』 『そうか、それでタツキは頼んだのか。』 『そうだ。この地は我の全て。そして、見た夢で少年が出てきた。それは我だ。』 『生まれ変わり・・・。』 『その時にもう一度会おう。せっかく知り合えたというのに、時間がたりな・・・い・・。』 蒼い大きな竜は動かなくなった男の姿を見、涙を流した。大きな蒼い涙。男は涙に包まれて、消えた。竜も消えた。残ったものはあの青い珠だけであった。 はっと、起き上がった。いつの間にか眠っていたようだ。 「夢・・・なのか。」 夢にしてははっきりと覚えている。なんだろう、何か思い出せそうだ。だが、何を思い出そうとしているのだろうか。 だんだんと夢の記憶があやふやとなってくる。 そこへ、恵一郎がやってきた。真剣な顔で話があるといって、前に座った。 「辰季、お前も私と同じで『力』の持ち主のようだな。」 意味がわからなかった。力の持ち主と言われてもそんなものを持った覚えも無いし、使った覚えも無い。 「鷲が夕べ見た夢、闇の中に水玉が消える。竜神に仕える祈り人は夢で竜神からいろいろ聞く。明日起こる災害を知ることも出来る。そこで、闇に消える直前、鷲は水玉に何かが映ったように見えた。それは、人の顔だと思う。この意味がわかるか?」 最初は何がいいたいのかわからなかったが、徐々に理解してきた。人の顔らしきものが水玉に映った。つまり、何者かが水玉に近づいた。もしかすると、その何者かが水玉を持ち去ったのかもしれないということ。 「まだはっきりとはわからぬ。鷲もどうやら歳だな。」 恵一郎は苦笑していた。だが、辰季にはその意味がわからない。 「竜神に祈りを捧げる人の歳というのは十から最高でも六十までだと言う事を知っているか?たぶん、知らぬだろう。歳の制限があるのは、己の持つ力が衰えるからだ。衰えれば竜神からお告げを聞く事も出来ぬ。つまり、役に立たぬし、他の一般民と同じだからだ。」 「そうか、それで恵一郎さんは自分で最後だって言ったんだね。僕がいなかったから。」 理解できた。恵一郎がどうして他の村のものが代わりをすると言っても断ったのか、この神社を終わりにした方がいいといったことが。 「竜神の祈り人をすることが出来る者は、竜神の血をわけた先祖を持つ竜宮寺ぐらいだ。」 「え?」 辰季はここへ来てから驚く事はそれなりにあったが、これには今まで以上に驚いた。自分や雪夜、恵一郎はこの地を守護する竜神の血をわけた一族。 「残り時間がつきてきた先祖の男が竜神と出会い、血を分け与えられ、一命を取り留めたそうだ。その日から力に目覚めた。竜神の力をコントロールする事の出来る力。お互い、共存しあった仲だったと言われている。だが、竜神と違い、人の命は短い。仲良くなった竜神と男に別れがやって来る。妻と子を残してはいけぬと竜神にこの地の守護を任せたらしい。男は確か、三十六で亡くなったと聞いた。若いが、しかたないのかもしれない。一度死んだとされてもおかしくはないからな。竜神の血によって一時的に命を繋ぎとめただけであるからな。その後、竜神は水玉を残して姿を消したと言われている。だが、今でもこの地に住まい、守護し、今もその仲の良かった男の帰りを待っていると言われている。」 それを聞いて、先程の夢を思い出した。あの会話は、竜神と辰季の先祖で竜神に血を与えられて命を繋ぎとめた男。二人に別れの時が来た時だ。 そう言えば、夢で少年を見たと言っていた。それが自分の生まれ変わりだと。ならば、二人はもう一度会う為にお互い捜しているのかもしれない。 そう考えていた時、恵一郎は言った。 「辰季、さっきの夢の事、教えてもらえないか。」 何もかも見抜かれているよううだ。恵一郎の目は辰季の全てをまるで透明のガラスから見ているように全て丸見えのよう。 「・・・な、なんにも夢なんか見てないよ。」 とっさにごまかした。自分は何に混乱しているのか、何を知ろうとしているのか、そして、何を捜しているのか。わからない、だから、答えられない。これは、ただの言い訳に過ぎないかもしれないが、今はまだ言ってはいけない気がする。 「お願いだから。近くで竜神に関する事があれば、鷲は気付く。お前は夢で竜神の記憶を見た。何を見たのか教えてほしい。鷲は今まで一度も竜神の記憶を見たことは無い。もしかすると、辰季が見た夢は今回の闇に消えた水玉のことで何かわかるかもしれないのだ。」 恵一郎がどれだけこの村を、この神社を、そして、竜神を大切にしているのかはわかっている。だけど、今の自分には何も答えられない。これは事実である。 確かに夢を見た。そして、あれは竜神と辰樹と呼ばれる竜神に助けられた、竜神の血を分け与えられて命を繋ぎとめた先祖でもある男との別れの、最後の会話。どうしてそんなものを夢で見たのかはわからないが、何か大事な事をまだ忘れている気がしてならない。 「・・・・それほどまでいいたくないのならかまわない。だが、何か話してくれるようになったら話してほしい。」 黙り込んだ辰季を見ていて、気ばかりがあせっているなと思い、その場を立ち去った。あのままでは、何をしてでも辰季に言わせようとしただろう。 辰季はこのことで恵一郎を傷つけたと悔やんでいた。だが、話は出来ない。 何かが足りない。何か、もっと別の事を知らなければいけない。そして、誰かに会わなければいけない気がしたのだ。 「やっぱり、何がどうなっているのかわかんないや。」 空を見上げる。その時、一瞬空に何か光るものがあった気がした。何だろうと考える前に辰季は走り出した。 どこを走ったのかわからない。だが、目の前にはあの竜の滝があった。 「村の方に向かって走っていたはずなのだが・・・。」 なぜか反対の神社の裏にいるのだ。それも、何かに惹かれるように惹かれる方へ向かって走った。すると、自分は竜の滝の前に立っていた。 「竜神は、どこにいった・・・?」 目を閉じた。どうして閉じたのか自分でもわからない。ただ、何かの声を聞こうとした。 何の声 ――――― 風の声 何の気配 ――――― 自然の気配 何の記憶 ――――― 大地の記憶 この地 ――――― 竜神の守護域 風の声聞き、自然の中にまぎれる別の気配を感じ、大地の記憶を読み取り、竜神の力を借り、この地を守り生きていく。 「僕は今まで、こんな感じは知らなかったな・・・。」 なぜか目から涙が零れ落ちた。何が悲しいのか、何がうれしいのか、何が痛いのか・・・。 「僕は、生きているんだね。何千年という時を得て、この地に戻ってきたんだね。」 そう言った後で、はっと気付く。今自分は何を言った。何千年と言うときを得てこの地に戻ってきた?それではまるで、あの竜神と仲のいい男ではないか。 まさか、自分はその男の生まれ変わりなのか? また記憶が飛んでいる。いつの間にか滝の奥のあの部屋にいる。やはりそこには水玉はない。もう一度見たら何かわかる気がしたのだが、残念である。 辰季はあの水玉が竜神の化身ならば、教えてくれるかもしれないと考えたのだ。竜神が答えてくれるかもしれないと思った。本当に竜神が待っているあの男の生まれ変わりが自分なのかどうか。 その時、風がどこからと吹いて辰季を包み込んだ。 「わ、何だ?!」 風は強い。辰季は吹き飛ばされないように近くの柱にしがみついた。 何か、聞こえる。 強い風の中、目を開けて、様子を見ようとした。 その時、風はやんだ。 そこにいたのは、一人の自分と同じぐらいの歳の少年であった。 |