竜神様の帰る場所




 山に囲まれた小さな村。僕、竜宮寺辰季は今日からここに住む事になった。

 前まで、それなりに交通も店もよくて不自由は無かったのだが、今日からこの隔離されたようにひっそりとある村に引っ越す。
 この村は母、竜宮寺雪夜の実家があるのだ。

 先月、父が事故で亡くなり、今の家では生計が立てていけないらしいので、こちらの祖父の家で暮らす事となった。
 祖父の家は、村の東の端にある古い神社だ。雪夜はここの巫女さんだったと言う。辰季はそんなことはどうでもいいと思ったが、そうはいかなくなった。

 この神社では、この村を守護する竜神が住むといわれていて、毎年、竜神がこの地に恵みをもたらした四月二十日が村の祭りであり、神社で祈りを捧げる日でもある。祖父は歳が歳なので今年から辰季に教えて、祈り人をやらそうとしていた。

 祈りは、神社の奥にある小さな滝の奥に治められている水玉に今年もいい年だったので、来年もよろしくお願いしますといったように、祈るらしい。
 辰季はそんな面倒なことはしたくなかったが、雪夜が笑顔で言ったので断れなかった。

 父が死んでから、雪夜はふさぎ気味であった。あんな笑顔はほとんど見なかった為、どうしたらいいのかと頭で考えている間に、うなずいていた。

 六十七代目の祖父竜宮寺恵一郎から祈り人を継ぎ、六十八代目の祈り人となる。




 車が止まる。到着したようだ。

「やっぱり、こっちの空気は綺麗よね。あ、おじいちゃん。」
雪夜は神社の前で立っている祖父の恵一郎に手を振る。

「あれが、恵一郎さん?」
「そうよ。やっぱり覚えていないわよね?あなたがほんとうに小さかった頃に一度だけ来ただけだからね。でも、今日からは毎日お話できるわね。だって、辰季ちゃんはおじいちゃんの次の祈り人になるんだものね。」

楽しそうである。この前まで寂しそうな顔で窓の外を眺めていた人ではない。
 辰季はその顔に騙された。移動の最中に小さい頃からいろいろと竜神様の話を聞いて、巫女として、おじいちゃんの祈りのお手伝いをして竜神様が会いに来てくれるとか楽しそうに言っていた。
 その最中に、恵一郎がもうすぐ祈り人をやめる歳となるので、村内でどうしようかと悩んでいたところだったと話が出た。その時に、恵一郎の孫なので、次は僕で決まりだと言った。笑顔でやってくれるよね?と言って。気付いた時にはうなずいていた。

 辰季は面倒ながら、次の祈り人となってしまった。

 恵一郎は僕が来るまでは、村の誰かが続けるという事に反対し、今年で終わりにすると言っていた。辰季が次を継ぐなら続けると言った。村の人も反対はしなかった。むしろ、喜んだ。こうなると、さらに断れなかった。

「よく来た。疲れただろ、中で休むといい。」
そう言って、辰季と雪夜に言い、先に中へ入った。

「あれでも、喜んでいるのよ。」
「そうなの?」
「おじいちゃんは照れ屋さんだからね。」

楽しそうだ。やはり、こっちにきて良かったかもしれない。雪夜が完全に普段通りの笑顔を取り戻しつつあるからだ。
「さ、ここが竜神様の降り立った竜伝神社。長い事続いているからぼろちいけど、私の思い出のつまった私の家なのよ。」

辰季は見渡した。天井の板は見る限りではしっかりしている。だが、年はかなりのものだろう。もしかしたら、見えない側は酷く痛んでいるかもしれない。

 柱をぺんぺんとたたく。しっかりしている。きっと、強い木だったのだろう。何年も竜神が降り立ってからずっとここに立つ神社。たくさんの思い出や記憶が集まる場所。

 辰季には何も思い出も記憶も無い。そう思うと一人だけ仲間はずれのようだ。僕は知らない。母の実家があることは知っていたが、どこにあるのかは知らなかった。引っ越す前にはじめて知ったのだ。それまで、祖父がいる事も知らなかった。家が神社だと言う事も知らなかった。知らないことばかりであった。

 辰季はここにいていいのだろうか。そう思った。そんな時、
「辰季、そこに座りなさい。」
「あ、はい。」
恵一郎が話し掛けてきた。

「今日からはここがお前の家だ。そして、来年からお前が竜伝神社の主で竜神への祈りを捧げる祈り人となるんだ。わかるな?お前はよそものではないからな。」
よそものではない。それを聞いて少しうれしかった。どうやら、恵一郎には辰季の思っている事は何でも知られているようだ。

「さて、まずは竜の滝へ行くとするか。鷲は今年で最後だから、実際の祈りの前にいろいろと見せておく方がいいかもしれぬしな。」

恵一郎は立ち上がって、ついて来いと言った。雪夜はいってらっしゃいと言って、辰季に手を振っていた。




 神社を出て、少し裏の山に向かって歩いた。足場は草がたくさんあって歩きづらい。

「気をつけるのだよ。ここには熊も蛇も狐もおるからな。」
狐はいいとして、熊と蛇は遠慮したい。

「ほら、ここが竜の滝だよ。よく見ておきなさい。竜神はこの滝に降りられて神社へ来られたのだ。」
竜の滝と呼ばれる滝。それはテレビで見た何kmもあるような大きなものではなく、高さが三メートルで、幅が一メートルと少しぐらいのもの。

「ほら、ここから中に入るのだ。」
そう言って、恵一郎は滝の中に入った。辰季も見失わないように追いかけた。

 中はそれほど暗くはなかった。水を通り越して光が入っているからだ。
暗くないのはありがたかったが、流れ落ちる水の音が中に響いて少し頭が痛い。

 恵一郎はどんどん奥へ入っていった。辰季はだんだん暗くなっていく道を追いかけながら歩いた。
 しばらく歩くと、奥から灯りが差した。そこは、小さな部屋のようになっていて、よくテレビみた神社とかでの儀式のような部屋。

「ここが、祈り人とその周りの数人のみが知る神社の秘密であり、あの宝玉こそが竜神の化身と言われて今まで奉納されていた水玉だ。」
透き通る水晶のような直径二十cmほどの蒼い珠。これが、神社の宝でもあり、村の宝でもあり、竜神の化身と呼ばれるもの。

 辰季はその蒼い珠に何かひかれるものがあった。

 その時、頭がズキと痛み出した。急に痛み出したため、膝をついてしまった。恵一郎はそれに気付き、ここの空気が合わないのだろうと言って、辰季を抱えて外に出た。

 目を覚ました時はもう夕方であった。




 雪夜は夕飯のしたくをしていた。恵一郎は、村の集会か何かに出ていると雪夜は言う。今回の集会内容は次の祈り人が辰季だと言うことでの話らしい。

「辰季ちゃんがもうすぐ祈り人になるのかぁ。いいなぁ。」
雪夜は夕飯のおかずを机に並べながら言う。本当にうらやましそうに言う。辰季は、なりたいのかと聞くと、小さい頃からの夢だったと答えた。

 祈り人は基本的には男が継ぐ。それを聞いた時、雪夜は諦めたのだと言う。巫女として祈り人の変わりを勤める事は出来るが、完全な祈り人にはなれなかったのだと言う。

 雪夜は祖母から聞いた話から、どうしても祈り人となりたいと夢に思ってきたらしい。
 それは、百年に一度、竜神がこの地に降り立ち、祈り人に審判を下すのだと言う。

 もし、祈り人が気に入らなければその地を去り、気に入れば全ての力を貸すと言われていた。雪夜は一度でいいから竜神に会ってみたいのだと、祖母の話を聞いて、祈り人になれば竜神に会えると信じていたらしい。
 はっきりと、いつがその百年目かはわからないらしい。前の代もその前もその前も何も無かったのだと言う。その間に百年という月日は経過している。

 このことから、この話は違ったとがっかりしたのだという。でも、もしかしたらとまだ諦めてはいないらしい。百年ではなく、二百年かもしれないと小さい頃考えたのだと言う。

「それにね、辰季ちゃんがここに一回来た時ね、雨が降ったのよ。二ヶ月ぐらい雨が降らなくて村の人たちが困っていた時にね。私もおじいちゃんのことが心配でもあったから、ペットボトル六本ぐらい水を入れて持っていったのよ。だけどね、辰季ちゃんを車から降ろしたときに雨が降り出したの。その時にね、私は思ったのよ。辰季ちゃんは竜神様に認められた祈り人になる子だってね。」

信じられないような話を話す雪夜。自分がこの家の来た時に急に雨が降った。雨が降らなくて困っていた時に?
 祖母が言った竜神が降りてきて祈り人に審判を下すと言う話。雪夜は困るほど水がなくなったときに辰季が来て雨が降り、水が地に帰ってきた。
 竜神が全ての力を祈り人に貸すといっていたように辰季に貸したのではないかと雪夜は考えている。

 辰季は始めからここへ来るようになっていて、祈り人となることが決まっていた。そう思うと、なんだかいらいらいした。自分のことは自分で決める。竜神だかなんだか知らないが、そんなもののために自分の運命を左右されたくはない。

「私ね、竜神に会いたかったけどね、それよりも、ずっと竜神様がこの地にいられるようにこの神社が続いていく事が今の願いなの。だから、辰季ちゃんがやってくれるって言った時は本当に良かった。」

聞いた時、今の言葉は撤回しておこうと思った。雪夜が本当に大切に思っている竜神と、大事な居場所であるこの神社を守ろうとしている姿を見て、自分がどういっても雪夜はこの意志を貫くと思う。たぶん、自分もそうなるような気がした。辰季は恵一郎の孫であり、雪夜の子なのだから。二人が守ろうとしているものを守れなくて、本当に守ろうとするものを守れない気がしたのだ。

 話をしていて、いつの間にか三十分も経っていた。恵一郎がドアを開けて帰ってきた。




 その晩、急に強い風が吹き、雨が降り出し、嵐となる。百年に一回あるかないかの大嵐だと恵一郎は言った。この村は、竜神によって守られているので、心配する事はないと言った。

 だが、次の日、恵一郎は水玉が暗闇に消える夢を見て、慌てて滝に向かいあるかどうか確認をしにいった。
 そこには、蒼い珠だけが無くなっていた。


 竜神が村から姿を消したのだった。