あれから数日が過ぎた。

あの日脱走した以降、真面目に仕事として机に向かう女王の姿があり、すっかり油断していた。

「また、逃げられたっ…!」

からっぽの執務室を見た瞬間、部屋を出て速やかに門番に連絡を入れ、ミュリーの元へと向かう。

「ミュリー!」

扉を開けると、そこにはいつもいる彼の姿はなかった。

珍しい事態に、どういうことだと少し首を傾げ、そう言えば自分と同じ女王付きであるメイド頭のジュリが朝から姿がないことを思い出した。

「何がどうなってるんだ…?」

女王がいなくなることはあまりよくないことではあるが、日常としてありえることだ。だが、使用人である彼等がそろって見かけないということは異常だ。

とにかく庭師のカルテスと料理長のソルティを探すために庭やキッチンへと向かった。しかし、そこには目当ての人物はいなかった。

こうなると、監視塔にいるはずのウーリアも医務室に居座っているバーバルもいないだろう。

「いったい何が…。」

ここ最近、何かおかしなことがあったわけではないし、事件があったわけでもない。外へ出る予定も何かイベントがあったわけではない。

もし何かあれば、真っ先に言われて、準備に走り回る羽目になるのは自分だ。だから、これはない。

とにかく他の使用人たちに彼等の行方を聞いてみるも、確信の得られる返答はなく、とにかく今は報告上では何もないので本来の業務を先に終わらせることにした。

出入口の橋は一つ。そこの川から力で通行者の監視をするのも自分の仕事だ。

いつもは監視塔からウーリアが見張っているし、ミュリーもいるし、国外からキーツが情報を集めてくる。

その報告を真っ先に受けるのが自分とジュリで、戦闘態勢を整える。

考えていると、こちらに気づいたジュリの部下のメイドが話しかけてきた。

どうやら、用事で数名抜けるから、夕方まで通常業務をしておけという女王の命令が下ったのだそうだ。

「それはいつのことですか?」

「今朝急に、ですわ。」

「そうでしたか。わざわざありがとうございました。」

礼を言うと彼女は頭を下げてから、仕事へと戻って行った。

「俺への連絡がない、女王公認での『騎士』を含む用事、か。」

何を企んでいるのかはわからない。ろくでもないことかもしれない。だが、ジュリだけではなく、ミュリーがついていっているのだ。最悪の事態にはならないだろう。

「とにかく、先に国境の監視と街中の警備をしておきますか。」

国境にも町でも問題が起きなければ、女王がこの国にある間は問題に巻き込まれることがないということになる。

通常業務として仕事に向かい、意識を水に集中させ、自身を水と同化させる。そして、水が映した記憶を読み取って行く。

その時だった。橋の上を渡る不審な人物達が現れた。普段なら橋に近づいた時点でウーリアが気づき、威嚇発砲をするのだが、今回はそれがない。それをいいことに入り込んできたというところだろう。

「何者か知らないが、面倒だな。」

ただの不審者ならいい。放っておいても問題にはならない。この国に害を成す存在ならば、放ってはおけない。

目印と監視の為の硝子の欠片を対象につけておく。水から創り出した、鏡のように映す硝子。

「とにかく、監視をして気を付けて…ん、あれは…。」

水から出て、町の方へ歩きながら考えていると、前方からローズの姿が見えた。

「今日はどこかでかけるのか?」

新しく仲間となったとしても、彼女はあくまで街に住む何でも屋だ。だから、女王と共に消えた奴等とは違い、変わらず街中にいてもおかしくないのだが、どうも変な感じがする。

「ああ…そうか。お前がいるということは、今日か。」

「何のことだ?」

何でもないというが、確実に今日起こってる異変のことを知っているのだろう。

「女王のこと、知ってる口ぶりだな。」

「…そうだな。だが、これを私の口からいう事はできない。」

「だろうな。…騎士にとって、女王の命令は絶対だからな。」

「ま、すぐにわかることよ。」

悪いことではないから許してあげてよという彼女に、そこは問題にしてないと答えると、真面目だなと言われた。

「それで、不審者が国に入り込んだ。…女王も騎士も大半が留守の状態だ。気づいてる可能性もあるが、問題が起こってからでは遅いからな。」

手伝ってほしいと言うと、わかったとあっさり承諾が得られた。

「私の女王に対する手伝いは終わったけど、他の皆の手伝いはまだだろうから。もし、その邪魔者のせいで計画が壊れたら…女王様はきっとお怒りで暴れるでしょうしね。」

普段は女王らしくもなくうろうろ出歩く非常識な王族であるが、力がないわけではない。それこそ、本気になれば騎士全員を殺すことぐらい簡単にできるほどの正真正銘の化け物なのだ。

だからこそ、化け物である俺たち『騎士』がそろったのだろう。そして、誰よりも化け物でありながら、人間らしい彼女に惹かれてしまった。

俺たちが自身を化け物と称することも、自分を化け物だと思う事も嫌がる女王であるが、誰よりも化け物であることを理解している。

だから、力を使ったらどうなるかを理解しているから、害敵への攻撃に関して女王は何もしない。

その為に、騎士がいる。だから、何があろうとも女王を『守る為』には、この国に害敵をおいておかない。

騎士もまた、そういう女王への理解があるから、率先して動き、この国の平和を守る。

だから、女王が今どこで何を企んで計画を練っているかなんて、後でもいいことだ。

「それで、今どこにその面倒なお客さんがいるかわかるの?」

「ああ。どうも、会話を聞く限りでは、ろくでもない連中のようだからな。」

丁度排除することも決めたところだというと、ならば手伝うと彼女は言い、ワイヤーとナイフを出した。

「とりあえず、私ができるのはこのぐらいだが…本当にスノークイーンだというのなら、私の手助けすらいらないのだろうけど。」

周囲への安全の為の保険ってことでという彼女に、礼を言い、二人は侵入者の元へと向かった。

今回の敵と対峙する前に、移動の間に知ることができた情報によって、大方今回の奴等のことがわかった。

「なら、狙いは女王ということ?」

「そうなるな。奴等はそれがどういうモノなのかを知らない。ただ、この国の王族が持つものだと認識している。」

「でも、間違ってはいないわよね。」

何せ、その狙いそのものが女王の持つ力であり、それが化け物と呼ばれる所以なのだから。

「知らないって罪よね。」

「例外もあるがな。」

「そうかしら?」

「ああ。スノークイーンの正体を知らない連中とかな。」

「…そうね。」

次の通りに出れば、対象と遭遇できる。

「とにかく、あの通りでは困るから、こっちに来てもらわないとね。」

ワイヤーを張り、狙いを定める。ヴィレッドも周囲に見られないように、水の膜で対象を隠す。

釣り上げるように、こちらへと引き込んだ

 

 

 

 

仕事は嘖々と進み、片づけ終わった後、手伝いの礼を述べると、何故か笑った彼女が言う。そろそろ帰らないと探されてしまうと。

その意味を理解しかねずにいると、突然頭に響くノイズが走った。

『やっと繋がりました。』

「ミュリーか?」

ほらねと言うと、彼女はまたどこかでと言って帰って行った。

『まったく、いつまでどこで何をしてるんです?』

「不審者の駆除だ。」

『…そうでしたか。今日は全員戦闘に関することを禁じられえていまして、視ていませんでした。すいません。』

「気にするな。女王の命令は絶対だ。」

『女王もあなた一人でも大丈夫だとおっしゃってましたので。』

それに、確立として、このたった一日わざわざ侵入者が来るとも思えなかったし、実力を考えても問題ないと判断したが、少し早急な判断だったかと彼は言うが、それも彼が悪いのではない。

「結局は、侵入する馬鹿が悪いんだ。どうも、目的もアレが何であるかを理解していなかったようだしな。」

『…成程。まだ、いたんですね。そんな馬鹿な人たちが。』

そもそも、アレを守る為に騎士がいる。そして、アレによってこの世界が壊されるのを阻止する為に騎士がいるのだ。

『とにかく、今すぐ戻ってください。そうしないと、そろそろ女王が脱走してしまいます。』

「わかった。」

とんだ日になったものだと思う。けど、結局自分たちは女王を『守る為』の騎士なのだからこれが日常なのだ。

戻って他の連中に今日のことを報告して、外にいるキーツに新たに情報収集を頼む段取りをつけると、来てほしいと言われた部屋へと向かった。

そこで、驚かされる羽目になった。

「おめでとう。今日は貴方が死んで貴方が生まれた日。」

そう言って、女王はヴィレッドのお祝いをするのだと、一つの包みを渡した。それはブラックローズの店主に頼んだ装飾だと言う。どうりで彼女は知っていて、それでも今日は参加せず町にいたわけだ。

「ありがとうございます。…確かに私はあの日死んで、あの日に生まれたんでしょう。」

大事にしますというと、嬉しそうに女王は笑った。

彼女だから、脱走したりよくわからないことを計画して困らされても、離れようという気になれないのだ。

きっと、これからも彼女を守る為の騎士として存在し、彼女から守る為に騎士として剣を取るのだろう。

誰よりも彼女がこの世界を自身の手で壊すことを望まないから。