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懐かしい夢を見た。 これが夢だとわかるのは、今目の前にあるものが、すでにないものだとわかっているからだ。 それでも、夢で会えるのなら、もう少しこうしていたいと時々思う。だが、必ず夢は終わり、目覚めがやってくる。 「…朝か。」 今日の夢は懐かしい、故郷がまだあり、家族がそこにいるまだ何も起こっていないあの日の夢だった。 「『…お前がわざと見せたのか?』」 問いかけると、頭に響く女の笑い声。 『久しく忘れかけていた記憶を、ワラワがわざわざ見せてやったまでだ。お主はどうも、何も見ないか悪夢しか見ぬ。お主の中にいるワラワは、お主が不安定になると不愉快なのじゃ。』 それは魂を共有しているから、百も承知だろうと言われて、黙るしかなかった。 『それで、昨日あの紅いのにいろいろ言われていたが、どうするつもりじゃ?』 「答えた通りだ。」 『そうか。なら、忘れるなよ。そして、覚えておけ。ワラワは退屈が嫌いじゃ。それ以上に、もう表舞台に出るのは面倒じゃ。』 「わかってる。だから、お前は今まで何度も俺の身体を持って行けるのに、しなかった。そこは信用してるし、だからこそ、俺は最後の契約者としてお前を隠すとも決めた。」 『せいぜい頑張るがいい。短い人の一生などあっという間。』 「普通の人だったらな。」 『言うようになったの。』 「お前のおかげだろ。」 『ふふふ…本当、面倒だが面白いガキよな。』 すうっと響く声が遠のく。 布団から出て、手早く着替えると、部屋を訪ねるノック音が聞こえた。誰かと思うと、珍しい客だった。 「何か予定変更でもあったか?」 「いや。ただ、昨日のことで聞きたいことがあってきた。」 「へぇ…これから仕事だとわかってて時間作れということか?」 「ああ。」 いつもとは違う、真っ直ぐなその瞳にからかいの色はない。 「わかった。中に入れ。」 そう言って部屋に通すと、じっとこちらを見る視線があり、それが今からの内容が今までの日常のやりとりとは少し違うことを物語っていた。 「それで、要件は何だ。」 「…昨日、ミュリーから聞いた。」 そう言って話し始めたジュリは、ヴィレッドが聖獣に近いものを女王と同じように持っている可能性があること。それを、話したくないだろうから誰も知らないが、薄々そんな気がしていて、その為に女王の身体をとって現れる聖獣に何度か呼ばれる可能性があること。 そして、もしそれが本当なら、以前から気になっていたことがあったのだと彼女は言った。 「もしかして、故郷はリュクゼルクじゃないか?」 「…どうしてそう思う?」 「両親がそこの騎士だった。そして、滅んだ後も、昔話をしてくれた。その国の神話として、聖獣の話を。」 古いアルバムも見た。その中に、ヴィレッドに似ている人物がいることに気づいた。だが、その記憶が正しければ、今の年齢と合わない。 「そう思ったから、別人だと思っていた。だが、昨日、聖獣のことでやっとわかった。」 年を重ねても、見た目の年は重ねることなく聖獣の力の影響で止まっているのじゃないかと。 「聖獣に詳しいわけじゃない。だが、その力を得る代償は、寿命だったり、視力だったり、いろんな不都合がでることを両親は教えてくれた。」 そう言って、ジュリはこっちを見てはっきり言ってきた。見た目の年齢、それが代償なんじゃないか、と。 彼女が差し出した写真に写っているのは、自分そっくりの人物とその他たくさんの騎士。その中に彼女と似た面影の懐かしい女騎士と、女騎士と結婚したと噂に聞いた騎士の姿も写っている。 確かに、あの二人は国が亡ぶ前、彼等の両親の事情で一時的に休暇を得て外に出ていた。 「あの二人の子、だったのか。」 「やっぱり、知ってるんだ。」 「そうだな。そして、間違いなく、そこに映っているのは俺だな。」 「そうか。…勘違いかとずっと思っていた。」 けど、いつも聞かされていたのだと彼女は言う。どうも、彼女の両親は姉より俺のことを気に入ってくれていたようだ。あくまで仕える主として姉のことを好いてはいたようだが、王族というより同僚として認めてくれていたようだ。 「二人は元気なのか?」 「勿論。まだまだ働けるとか言ってたけど、田舎に引っ込んで自然相手にのんびり過ごしてるはず。…国が滅んでから。」 「そうか。」 「でも、そうか。まだ、滅んだわけじゃなかったんだな。」 あの国の、古い歴史と物語はと彼女が言う。その時の顔は少しほっとしたような、懐かしむような、ヴィレッド自身も覚えのあるそれに、むず痒くなる。 「それで、話はそれだけか?」 「いや、改めてちゃんと確認もしておこうと思ってな。」 「何をだよ。」 「こっちが勝手に推測して出た結論だ。お前の口からちゃんと聞きたい。」 ちゃんと、名前もと。 やれやれといった思いだ。 「…昨日に続き、またリュクゼルクの王族のことでとやかく言われる羽目になるとはな。」 今さらな問題ではあるが、思い出したいと思うが、同時に静かにしまっておきたい過去だ。けど、たしかにそろそろ潮時だということは、昨日で理解している。 「とりあえず、名乗れ。何でも、礼から始まるものだろ。」 できれば、いや、二度と名乗るつもりのなかった名前を、久しぶりに口にする。 「リュクゼルク第二王子、ヴィレスタ・リュクゼルク。リュクゼルク国の聖霊グレイシャンディの最後の契約者だ。」 「ジュリエッティ・グラスフォート。リュクゼルク国第一騎士団団長ホークス・グラスフォートの娘。」 改めて名乗るのも変な感じだ。だけど、彼女の名前は懐かしい。今さら、彼女の正式な名前を知らないことを思い出した。 「私は女王の騎士だが、両親の心残りだった、亡国最後の王族の騎士にもなってやる。」 「はぁ?」 名乗ったら、いきなりカミングアウトされた内容に驚く羽目になる。 「何を言って…。」 「両親は一度、国に戻った。その時、言っていたのだ。誰かが造った墓があった。だが、そこにたった一人、名前のない王族がいた、と。」 それが、お前だろうと言う彼女の言葉に、俺は何も答えず黙った。 「どうするつもりもない。ただ、探していた。今も探してるだろうけど、お前は会う気はないだろう。だが、私は昔から決めていた。女王を守るつもりではあるが、見つけたら、今度は一人にさせない。」 きっと、一人でいるのだろうと思った。大事な家族の墓を造り消えた誰かを探してきた。もしかしたら、両親が言う王族じゃないのかもしれない。 「けど、見つけた。お前は確かに強いが、仲間としても、これからも一人で勝手にさせない。」 女王の騎士になるのは、自分が先でも、女王を誰よりも長く先に傍にいて守ってきたのは彼だ。そういった彼女の眼は、かつて覚悟を決めて戦いに挑む騎士、彼女の母と同じだった。 「相変わらず、言ってることが滅茶苦茶だな。」 「そうだな。だが、両親の心残りにお前も付き合え。お前がどうしようとも、私は私の意思を貫く。」 だから、今更逃げようたって逃がさない。彼女はそう言って、仕事に戻ると部屋を出て行った。 本当に、おかしな連中ばかりだ。だから、復讐にだけ、走れないのだ。 それにしても、ミュリーには気付かれても、ジュリには気付かれないとは思ったのに、ジュリの方が先に来るとは思わなかった。執事とメイド。同じ主に仕える者同士。 「長い間に、復讐よりも、今を選んだから、そんな心配は最初から無用なんだよ。」 あの当初なら、間違いなく復讐として、影に潜み、影の中から敵を撃っただろう。そして、自分もまた、影に消えただろう。 「本当、お節介。」 『そう思うなら、心配させぬようにすればいいじゃろ。』 「あんたもだ。」 『言う様になったの。可愛げのない。』 そう言いながら、楽しそうに笑う声が響く。どうしてか、自分も笑っている。 「理解者、か。」 |