時は冬休み。年末の冷え込むこの日、雪が降った。

文化祭の不思議な出会いをしてから、おかしなことがおこることもなく、平穏な日々が過ぎて行った。

それこそ、異常だと思えるぐらい、平穏な日々だった。

あくまで私が言う平穏というのは、いつもなら、誰かに影が見えるのに、その陰がまったく見当たらない日々だったからだ。

だから、季節外れの豪雨で学校が水浸しになるのは、確かにトラブルではあるが、あくまで十数年に一度あるかないかということで、まったくないことでもなく、周辺住民達は慣れたものだ。

まぁ、ここまで酷いのはなかなかないので大変だったのは事実だ。けれど、影が見える『異常』のことを考えると、日常の中の区切りでは平穏だと思える。

だが、日常が崩壊するのは簡単で、突然だ。

通りがかりですれ違った上から下まで黒のこのあたりで見かけない男を見た、その日から。

 

 

 

 

白い世界に踊る兎

 

 

 

思ったより雪が降って困ったと思いながら、雪を払って家の中に入った。その間も、降り続ける雪。

今回は結構積もりそうだなと、考えていると窓の外に動く影があった。

久しぶりの感覚。恐ろしさと不安。だが、思い切って窓を少し開けて外の様子を伺うと、そこには何もなかった。見間違いだったのかと思い、窓を閉めようとした。すると、ぴょんっと動く白いものがあった。

「え、これって…。」

見た通り、雪うさぎだった。だが、今の私はこれが何であるのかわかっている。

冬を告げる精霊がこの世界には存在する。それを管理する存在もいる。それがどんなものかわからない。だが、誰もが身近に感じられるのが、冬では代表的なものがいくつかあって、この雪兎もその一つだ。

「貴方は…鴉ですかな?」

開けた窓にぴょんっと飛び乗り、窓枠に立つ雪兎。

「うん。でも、今は鴉って呼ばないで。」

「ほぅ、何やら事情がおありのようで。わかりました。」

それで、こんなところでどうしたのかと問いかけると、今年は冬将軍と冬の女王に何かあったのか、精霊が来なかったそうだ。なのに、この異常な雪。異変を感じたから、調べようと飛び回っていたら、ちょっと疲れて休憩していたらしい。

「精霊がいない…将軍と女王の不在…。」

「私は女王に仕える者。冬が来るので先に来ていたので現状が把握できていないのですが、どうやら何かあったようなんです。」

いつもいなければいるであろう、正反対でありながらそれなりに付き合いがあって仲の良い夏の団長のところに行ったが、今年は来ていないという結果から、何かあったと思って慌てている矢先の異常気象。

「最近、ここらで変わったこと、なかったですかね?」

変わったことで思い浮かぶことと言えば、文化祭のことだが、それは直感的に違うと思った。何故なら、あれらは冬に属するものではないからだ。

もし、何らかの冬や水、雪など、今起こってる異常の力に属する能力があれば可能性はなくはないのだが、彼等の持つ属性は違いすぎる。自分とも、彼等とも次元の違う存在だ。

そう言えば、この前は上から下まで真っ黒の男を見たことを思い出した。

この辺りの人ではない、見かけない存在。それがもし、こちら側に害を与える存在であれば、あの男が何か関わっている可能性もある。

「この前、この辺りでは見かけない、全身真っ黒装束の人ではないような何者かなら見かけたよ。」

そう言うと、少しだけ考えて、すぐに何か思い立ったのか慌てだす雪うさぎ。

「もしかしたらそれは、『闇精霊』かもしれません!」

「闇精霊?」

「ここ数年、光を奪いこの世界の安定を阻む闇精霊がいると聞いたことがあります。」

「でも、闇精霊は頭がいい。それこそ、光精霊と対を成して、役割をよく理解している連中だよね?普通じゃありえないじゃない?」

影を知る鴉だからこそ、闇精霊と遭遇することもあった。その際であっても、彼等は領域を荒らさない限り傍観に徹し、こちらに攻撃を加えることはない。

「とにかく一度その男が本当に闇精霊かどうかを確認する必要がありますね。」

そう言って少し考えた雪うさぎは、結の方を見て、明日共に行動してもいいかと訪ねて来た。

実際、小精霊に属する冬の眷属の雪うさぎは人から見えることはない。時折見える人間もいるようだが、大抵は視えない存在であるので、連れて行く事には問題ない。

ただ一つあるとすれば、冬の眷属であるが故にとても冷たく寒いということだ。

明日は着込んで学校へ行く必要がありそうだ。

 

 

 

 

次の日、学校へ向かうため、足元をぴょこぴょこついてくる雪うさぎに気をつけながら通学路を進んでいた。

すると、突如世界が歪んだ。

「…何かに、捕まった?」

「これは…?!」

雪うさぎもどういうことだと周囲をきょろきょろ見る。

「四季に属する者でも、確かに結界とかつかえる人達いそうだけど…これはなんだかおかしい。」

春なら春の温かさが、夏なら夏の暑さが、秋なら秋のさわやかさが、冬なら冬の寒さがある。それこそ感じ方はそれぞれだが、使う者の属性のような気配がするのだ。

しかし、これはどれにも属さない。それこそ、先日会った彼女達に近い何か…そう考えていた時、視界の先に人影があった。

すぐには気付かなかったが、あの人影こそ、先日見かけた全身真っ黒装束の男だった。

「あの人、あの人だよ。」

そう言って示した先にいた男を見た雪うさぎは、考える。どう考えても、あれは精霊ではない。精霊の力の波動を感じはしても、闇精霊ではない。

「違う。」

「うん。改めてこうやって向かうと、確かにあの独特な闇を感じない。」

結も感じた感想を述べれば、雪うさぎは落胆した。

そんなことをしている間に、男がこちらを向いて近づいてきた。

「えっと、闇精霊ではないけど、ここは違う場所ってことであの人がこの空間作った張本人だと思うんだけど…。」

「必然的にそうなりますな。」

「これって、まずい状況なのかな?」

敵かどうかはわからない正体不明の存在が近づいているのだ。味方なのかすら疑わしい。

そこへ、この空間を引き裂くような亀裂が入った。

そちらへ男も視線を向けた。

広がる亀裂の音が響いた時、そこから第三者が姿を見せた。

「あーもう、やっと出られた!」

そう言って、男の前に飛び出た人の姿を認識した時、見覚えがある姿にはっとなる。

「あれ、あの人って…。」

その呟きが彼女にも届いたようだ。こちらを見てきょとんとした後、警戒していた男をじと目で見て文句を言いだした。

「どういうこと?」

全く状況がわからないが、以前出逢ったあの女の人と、目の前の男の人とは知り合いだということだけはわかった。

 

 

 

 

あの後、とりあえず移動した先は、先日の桜が咲いていた空間とよく似た、この現と並行して存在する別の場所だった。

向こうからこちらは認識できない、そういう空間。

ここなら誰にも邪魔されずに話ができる。そう彼女はいって、改めて自己紹介をした。

「私は白城雅美。この世界の管理者のようなもの。で、こっちは異界からの侵略や侵入の監視、異界への無断通過を防ぐ為の扉の番人、黒桜乱。面倒だったら黒ちゃんでいいよ。」

「なんですか、それは。」

黒ちゃんと称された、人ではない胡散臭い男が困っていた。どうやら、彼は彼女より立場が下のようだ。

「そてにしても、貴方もこちら側の者のようですが…どうしてあのような場所に?」

「そうだ。そうだよ。ちょっと問題解決の為に、あの『黒い繭』を囲う様に指示した黒ちゃんの結界の中に入ってきてたし。何があったの?」

とりあえず、雪うさぎと昨日した会話をし、ただ学校へ向かうためだけに歩いていたら迷い込んだことを話した。

「成程…元々こちら側の、それこそ私に近い影の存在であるから、足を踏み外したということでしょうね。」

「私は巻き込まない為に結界頼んだのに…ダメじゃん。」

「申し訳ありません。…はぁ、まったく、これでまたあの女の小言が増える。」

溜め息と一緒になんだかへこんでいく男。よくわからないが、私が迷い込んだことで彼は誰かに文句を言われることになるようだ。

鴉であることを思い出したとはいえ、この世界の番人のことを知ってはいるものの内容を知らない私にとって、彼等は未知の存在に近い。どうしてそうなるのかを理解はできない。

「とりあえず、冬のことはどうにかなるわ。」

そう言って、ぽんっと、何もないところから白い光の玉を出した。

正確には、光を纏った何かをだした、だ。

「女王?!」

雪うさぎの言葉に、えぇー?!と驚くことになる。

その後、話を聞くと、すでに異常に気付いた彼等が動き始め、原因をつきとめていたそうだ。

なんでも闇精霊の一体が不調に陥り、先ほどの場所に根を張り、黒い淀みになっていったそうだ。そこへ、冬の女王達が遭遇し、取り込まれて黒い繭の中で眠っていたらしい。

このまま眠っていれば、精霊も女王も魔に堕ち、彼等の始末対象になっていたそうだ。

そうなる前に、繭の中から闇精霊も女王達も起こして外へ出さないといけない。その為にここ数日繭の中に彼女は潜り、他の連中が中へ取り込まれないように外から遮断する結界で覆っていたそうだ。

ちなみに先に将軍は外へ出て、本来の仕事の下準備をすでに始めているらしい。それをきいて、何事もなく終わりそうでほっとする。

「本当にご迷惑をおかけしました。」

「御無事で何よりです!」

感動の再会をする二つの冬に属する者達。

「本当にありがとうございます、雅美殿。」

「気にしないで。貴方も、あの子を許してくれるからお互い様さ。」

「わかっています。彼等とて、悪さをするものではないということは。」

冬の調整に戻るので、また後日改めて挨拶にくるといい、女王はそこから出て行った。これで、大雪はやむことだろう。

「ありがとう。ではまた。」

そう言って、雪うさぎも私と別れて女王をおいかけていった。

結局、何かをすることなく、事件は終わった。

「黒ちゃんは早夜さんへの報告と事後処理お願いね。」

「承知しました。」

そう言って、すっと暗いその先に溶けるように消えた。

「さて、家…そうね、学校まで送るわ。」

そう言って、差し出された手。

「もし、何か質問があれば、答えられることなら答えるよ?」

移動の間にねと、付け足された言葉。彼女の顔と手を交互に見て、差し出された手を取る。

「あの、闇精霊は、どうなったんですか?」

女王の安否は知った。なら、今回の原因となった闇精霊はどうなのかと聞いた。

「大分弱ってて、今は眠ってる。消えてはいないよ。あの子だって、不測の事態に巻き込まれた被害者だから。」

「そう、ですか。」

そうこうしている間に、視界の先には見慣れた校舎が見えてきた。

「ほら、ここでお別れ。学生を楽しんでね。また、ね。」

そう言って、彼女の姿はそこから跡形もなく消えた。そして、周囲に誰もいなかったのに、急に現実に戻されたかのように気配が増え始めた。

止まっていた時が動き出した。そういう表現が近い。

「また、ね。次はどんなところで会うんだろう。」

全てこちら側ではなかったのだから、彼女と次に会うときもそうだろう。

「おはよう。」

今は、私の今を楽しむことにする。先を進んでいる鈴火と泉に声をかければ、おはようと声がかえってくる。

この瞬間、日常が戻ったと思う。

その日の夜は、白い兎が遊び跳ねるように、ふわっとした雪が降った。

 

 

 

 

もう一度周辺を探ってから戻れば、ナイフの手入れをする黒桜乱と遭遇した。

「珍しいね。」

「そんなことないですよ?これでも、あの人や貴方を守る為に日々必死なんですから。」

そう言った彼は、まだ少しだけ過去を思っているようだった。

「本当に良かったの?」

「何がです?」

「私は私。どうしても、貴方の知ってる『天空』じゃない。」

彼を今もここへ繋ぐのは、昔からただ一つのことだった。

「ええ。知ってます。あの日から、やっと止まっていた心が動いた。もう、ちゃんと切り替えてはいますよ。」

だから、雅美が気にすることではないのだと、彼は言う。

「なんだかんだといって、あの人とも付き合いは長い。この場所とも、ね。だから、あの番人共のことは気に入らないけれど、全てを嫌ってるわけでもないんです。」

なんといっても、この世界は天空が愛して守りたかった世界なのだから。そう彼は言ってほほ笑んだ。

「そっか。じゃあ、私もこれからは切り替えることにする。」

「そうしてください。今回も、こんな切れ端しか、不法侵入者を潰せてないんですから。」

忌々しそうに言う彼は、かつて番人達とのけりをつけた時と同じ目をしていた。

だから余計に雅美は思うのだ。綺麗に笑うこともできる彼を、これ以上鬼のように変貌させないようにしたい、と。きっと、なんだかんだと言いながらも早夜さんだってそう思っていると、雅美は知っている。

「もう、何も奪わせはしません。あいつ等からも、この世界からも。その為の、得物の手入れは丁寧にしておかないといけませんからね。」

そういって、ちらりと見えるナイフ。

「お帰り、雅美。今日はごめんね。私が行くはずだったんだけど。」

「いいよ。その代り、『学校』の亀裂の補修してくれたじゃない?」

今回の騒動で、侵入者によって闇精霊が暴走衰弱し、その余波で近くの学校に歪みによる世界の亀裂が入った。

それ込での計画なのかは、今はわからない。

「思ったより大きくなる前で私は助かったけど、そっちの方が大変だったみたいじゃない。」

「でも、適材適所でしょ。補修といった技術はわたしでは駄目だもの。私は他者や対象を感じること。他の能力は今までが今までだから、まだまだ早夜さんにはかなわないからね。」

あれから数年。長いようで短い月日の中で、変わっていったこともあるが、まだまだなことも多く残っている。

「それに、私はあの学校だけはなくしたくないんだ。」

いつか再びあの時のように再会できる日の為の、目印として。

「今後は本体のことも考え、不測の事態に備える必要があるわね。」

「そうなったら、新しい『番人達』にも手伝ってもらえばいい。」

月日は流れたのだ。新しい番人もまた、彼等の側にいる。当初よりは状況は変化している。

「とりあえず、今日はゆっくりしたいね。」

食べなくても死にはしない。けど、人であった頃の名残で、食事を楽しむことを今も続けている。

水神も呼んで、今夜は鍋パーティもいいかもしれない。

こうして、人知れずに冬の問題は片付きつつも、誰も知らないところで事態は一刻一刻と動き始めていた。