
|
季節は秋。 文化祭や体育祭。イベントが目白押しで忙しい日々が続く。 「よっしっ、試験終わり!」 やっとのことで終わった試験。最終日は部室へ集まることになっている。 私、霧生結 とっととHRの後に走っていく。 「おはようございまーす!」 扉を開け、中に入れば、すでに数人がきていた。 「いらっしゃい。」 出迎えてくれたのは部長の大谷鈴火だ。 「部長、おはようございます。あ、試験お疲れ様です。」 「霧生さんもね。」 「で、相変わらず島谷君は寝てるんだね。」 「いつものことだけど、最近はここを寝る場所として利用している気もするよ。」 困ったものだ。そういう部長に私も苦笑する。そこへ、誰かが部室へとやってきた。 「すいません、遅れました。」 やってきたのは柳田香夏子。 「泉は今日はこれないみたいだから、これで全員だし、始めようか。」 島谷を起こすように言われ、私が起こすと、何とか目をあけた彼は頭をあげた。 「じゃあ、始めます。次の文化祭に向けて。」 こうして、今日も桜華高等学校文芸部が始まる。 季節外れの桜と再会 以前から決まっていた、文芸部で出す冊子のテーマは秋に合わせてハロウィンだ。その話の進行状況の報告と、印刷予定日の決定。わくわくする決め事。 「あと、展示を何にするかだけど、ハロウィンにまつわる何かにするつもり。」 「元々は収穫祭だよね?」 「西洋のお盆みたいなことも聞いたことあるよ。」 いろんな話をしながら、決めていく。その過程が結は好きだった。 今まで、人との付き合い方が苦手でこんなに楽しく過ごせなかったから、今はとても楽しくて仕方ない。 でも、それは全ておかしなものが見えるからだ。 私はどうも、幽霊と言うものが見えるらしい。あくまでぼんやりとした影だが、幼いころはその影が怖くて、自分の陰にも怯えていた。 最近になって、その人のオーラのようなものもあることに気づいた。 不安だったり気持ちが落ち込んで負の感情に支配されている人は、良く見る黒い影がまとわりついているし、楽しかったりすると色のついたオーラが放たれている。 だから、私はどうも幽霊が見えるのとは少し違うが、その人の今の状態を見ることができるようだった。 それがわかってからは、影を怖いと思うようなことは少なくなった。あくまで、ほとんどが生きている人間のものであるが、幽霊のものも混ざっているから、完全に恐怖を消すことは今もできていない。 そんな私が出逢ったのは、部長の鈴火と今日は来ていない彼女の幼馴染の泉だった。 二人は幼馴染で、鈴火は占いで過去が見えて、泉は未来が見えるらしい。その力は本当で、私は二人に何度も助けられた。 二人か言わせると、あくまで子ども遊び程度のもので、『本物』にはかなわないとか。それがどういう意味かわからないが、私は嬉しかったのだ。はじめて、私以外の人から理解されないものをわかってくれる人と出逢えたのが。 しかも、部活をやって一年。新しく入ってきた新入生の一人、島谷蓮は私よりしっかり幽霊が見えるんだと思う。だが、私はあくまで影の存在だから、彼のようには見えないと思う。 あくまで思うというのは、彼に確認していないからだが、私が見ていた影を、彼も見ていたことがあるから確かだと思う。 理解されないものが見えても、変だと言われないこの環境は、私を楽しくさせ、やっと友達をつくることができた。 「じゃあ、これから各自用意することになるから。」 部長の声ではっと意識が戻る。いけない。すっかり過去を思いしんみりしていた。 とにかく、展示と当日の衣装の準備を始めないといけない。さようならと言って別れ、今日も気分よく私は家に帰った。 それから忙しく展示と衣装の制作に追われていた。もちろん、クラスの喫茶店の方も忙しくて、けれど、中学校ではできなかった、皆でやることが楽しくて、忙しいなんてこと、思う暇もなく時間が過ぎて行った。 今日、部室で集まって現状報告と、前日準備や当日のことで改めて決まったことの報告がされる日。 私はふと、部室から見える木をみて想った。 「そういえば、この学校って七不思議があるのに、どうしてお話が七つじゃなくて六つなんですか?」 鏡にまつわる、限定された不思議な話。だが、それ以上に印象に残るのが、七不思議でありながら、六つしかないことだった。 「あーそれはわからないわ。」 「けど、ひとつ言えることがあるとすれば、もう不思議じゃなくなったから、かな。」 過去に何があったのかわからない。誰が作ったのかもわからない七不思議が、いったい誰が解決してひとつ消したのかもわからない。 過去が見える泉が言うのなら、不思議じゃなくなったということが答えなのだろう。 「私にもわからない。だけど、見えたことから言うなら、もう不思議として存在しなくなった、かしら。」 「七不思議にカウントされないものになった、ってことですか?」 「そういう感じ。旧校舎の…といっても、旧校舎がもう存在しなくなったら、それはもう存在しない話になってしまうでしょ?そういうもの。」 とにかく、昔はあって今はないものが、七つ目だったんだなと納得してそのままミーティングを進めた。 「よし、今日もがんばって書いて、仕上げるぞー!」 靴をはきかえ、誰もいないその場所で気合を入れる。結が門へと向かう道すがら、門からこっちへくる人を見かけた。 もう夕方で、訪問者がいるとは思えない時間だ。それも、制服を着ていないし、学校の教師ではなさそうだ。 何の用だろうと、すれ違いざまにその人を見ると、私は足が動けなくなった。 その人が校舎の中へ消えるその時まで、私はそのままだった。 久しぶりに感じる。得体のしれない不安。もうすぐハロウィンだからだろうか。 あの人は本当は人ではなくて、人の中に紛れた別のものだったんじゃないだろうか。 不安になって、そのままそこに立っていた私に話しかける声がした。 「何、してるんだ?」 「あ、えっと。」 普段から眠そうにしている島谷蓮がそこにいた。 「島谷君。今女の人…。」 じっとこっちを見ている彼。ふぅっとため息一つ。 「あれは間違いなく『人間』だ。」 絶対的な自信の元、言われた言葉。 「どうせ、気づいているんだろ?」 「あの、その…。」 「まぁ、言いにくいことなのは事実だ。俺は見える。お前とまた違った世界だろうけどな。」 人間は人間に。それ以外は全部首と腕に輪がついているらしい。そういう風に見えるのだと、彼は言った。 「他の奴にはどう見えるのか、俺は知らない。だが、俺の世界では、人間じゃない奴には目印のように輪がついている。」 それはまるで、この世界に繋がれている囚人のようで、変な感じだと彼は言った。 「とっとと帰るぞ。変な空気が流れ出してる。」 間違いなく、これからこの学校内は何か起こる。そう断言して、彼は門に向って歩いて行った。私も動く足を動かして、あわてて彼を追いかけた。 ひょんなことから彼のことを知った私は、少しだけ似た世界が見える人との出会いに興奮してすぐに眠れなかった。 だからか、あの人のことを忘れていた。 思い出したとき、私はあの人と再会して、おかしな世界に迷い込んでいた。 文化祭当日。 午前中にクラスの喫茶店で接客をして走り回っていた。 「先輩、こっち向いてポーズです。」 そういって、フラッシュが光る。 「なっ、香夏子ちゃん!」 「似合ってますよ、先輩。」 「ちょっと、それどうするつもり?」 「記念です。あとは、後日文化祭の報道新聞用です。」 「やめてー。」 必死にお願いしたが、間違いなく使われるだろう。変なところ律儀なこの後輩は、毎回いろんなことを新聞として書くのに、いろんな人を平等に載せるのだ。だから、この半年でほとんどの人が彼女の手によって新聞の上に載ったことだろう。ある意味すごいことだ。 けれど、不思議なのは、彼女はどこにでも現れて、タイミングよく写真をとっていることだ。 本来ならば見落としがちな細かいことでも、彼女はそれにカメラを向ける。 一度だけ、楽しいのかと聞くと、レンズの中という区切られた世界だけど、それがまた綺麗なんだと彼女は言っていた。 本当に見えている世界よりも、音のない平面の世界の方が、綺麗なんだと。その意味が今もいまいちわからないが、彼女なりの想いがあってのことだろうから、私は気にしないことにした。 「休憩入ってー。ほら、あんたたちは今から仕事!」 クラス委員の指示で、入れ替わる。私は急いでクラブ展示の方へ向かい、着替えた。 黒いとんがり帽子に黒いマント。合言葉はトリックオアトリート。やってくるお客へお菓子を反対にばらまく、おかしな展示場。 友人や教師、その日たまたまやってきたお客さん。いろんな人と騒ぐ一日。あっという間に終わった一日に、ほっと一息つくと同時にどっとつかれて、つい椅子に座ってぐったりすることになった。 「部長…動けない。」 「なら、休んでから動いてちょうだい。」 すぐに片づけもしないから。そう言って、お茶を置いてそこから離れた。 本当いい人だなと思いながら、私の分としておかれたお茶を一口飲んだ。 その時ふと、窓の外を見た。どうして見たのかわからない。ただの無意識の行動でしかなかったはずのその行動が、私の人生を大きく変えることになった。 そこには、この時期には咲くはずがない、満開の桜の木があった。そして、昨日見た女の人がそのそばに立っていた。 不思議な光景だった。 そして、ふとこちらを見た女の人と目があった。 「あっ…。」 その瞬間、一面が黒い影に包まれ、私とその女の人と桜の木だけになった。 この感じ、覚えている。私は知っている。 そう、ずっと忘れていた。忘れたくて、私自身がカギを閉めた、遠い記憶の中に、確かにあった。 「こんにちは。珍しいね、こんなところにやってくる人がいるなんて。」 もう、いないと思っていた。そう、その女の人は言った。 「あの、私…。」 「別に私は害になることをしないなら、好きにしたらいいと思うよ。だって、彼女もそうだから。」 ねっと、桜の木に話しかける女。すると、すうっと姿を見せた、透けている女。明らかに人間じゃないそれは、幽霊と言った存在のようなもの。 「貴方…。」 「ああ、私?私は人間だったものだよ。ちょっとだけ、貴方とは違うよ。」 ね、鴉さん。そう、女ははっきりと私に言った。 「私はいつでもここにいる。彼女は私の友人。だから、久しぶりに会いにきたの。」 あなたも、誰か探してるの?と聞かれ、頷いた。忘れてはいたが、確かにいた。私を助けてくれた人にお礼がいいたくて、私はここにいる。 「そっか。伝えられるといいね?」 ざっと、風が吹く。晴れていく影。 初めから、そこには何もなかったかのように、元に戻った。 けれど、もう戻れないことを私自身が良く知っていた。 私は、おかしな影が見えていた。だが、本当は違っていた。 私こそがその陰の仲間で、私こそが、『人間じゃない』のだということ。 「部長…。」 「どうした?元気に…なってないね。」 無理なら今日はもう帰るか?と言われ、私は首を横に振った。 はじめてだ。話せる相手にも話せないこと。 とりあえず、と、始まる片づけ。私はとにかく片づけに集中した。そうじゃないと他のことを考えてしまいそうだったからだ。 「私が人間じゃなくても、今まで通り、仲間と呼んでくれる?」 聞きたくても、聞けない言葉。 不思議な女との出逢いが思いがけず明るみにした私の秘密。いつまで、私はここにいれるのか。 けれど、もう少しだけでいいから、私はここにいたいと思った。だから、今は秘密にしておこうと思う。 いつかの別れの日がきても、この出会いを後悔したくないから、考えなければいけないとも、思いながら。 『困ってたわね。』 「そうだね。」 『雅美は、後悔してる?』 桜の木にもたれる女。誰もいないその場所で交わされる会話。 「後悔はしてない。だって、私は私。皆がそう言ってくれたから。」 だから、また会えるその日がある限り、大丈夫。そういう女は少し寂しそうだった。 『嫌なら、『番人』なんて降りたらいいのよ。』 「そういうわけにもいかないよ。だって、早夜さんはもう『番人』になれないから。」 『そうだけど…でも、あの男もいないし。』 女は首を横に振る。 「大丈夫。寂しいけど、貴方もいるから。そうでしょ?桜妖華。」 新しい物語はすでに始まっている。繰り返される物語が。 きっと、早夜は忙しいことになってイライラしてるかもしれないし、あの男が巻き込まれてこき使われているかもしれない。 けれど、それもまた、物語の中の一片でしかない。 「それに、今度の子たちは頼もしいじゃない。」 『そうね。貴方の時と違い、いろんなものが混ざってるわ。』 「影に潜む鴉に未来を見る力、過去を見る力、見えないものを視る力、聞こえない音を聴く力。一つだけでは役に立たないことも、五人そろえば…きっと何とかなる。」 だから、彼らがまた同じ物語の道を辿っても、きっと答えは私とは違う。だから、大丈夫だと言うと、何かまだいいたそうではあったが、それ以上何も言わなかった。 「でも、懐かしかったな。」 あの頃は、こんな『世界』が存在することを知らなかった。彼等より、この世界を知らない子どもだった。 「じゃあ、またくるわ。今はまだ眠っているけど、もう少ししたら『アレ』が起きるだろうから。」 眠ったままなら問題ないけど、起きたら大変なことになる。だから、今は帰るけど、その時が来たらまた来ると女は言って、そこから離れた。 『再会か…嬉しいものであると同時に、今は悲しいな。』 その再会は、常に異常事態を告げるもので、平穏とは程遠いものだからだ。 それでも、再会というものは嬉しくなる。また、次もと望んでしまう。 それはきっと彼女と彼女の仲間とも同じだろう。 『お前たちもまた、会えるといいな。』 あれからどれ程の月日が流れたか。人とは短い一生だ。 年を取らなくなった彼女と、年を取る人の一生のまま時を進む仲間たち。 いつかくる別れの日。彼女たちは何を選ぶのかわからない。 けれど、それが彼女たちの幸せにつながるものであってほしいと願わずにはいられない。 |